断章3
カテドラル四天衆!
アスマの《バーニング・ヴォルケーノ》を、私は守り抜いた。
勝負前に決めたアンティに従い、キザン家の相伝である《殺生石》も手に入れることになった……のだけれど。
なにやら、様子がおかしい。
「……イサマルくん?」
マロー先生が咳払いをする。
「イサマル・キザンくん。
「ううっ。ひっく、ひっく……」
イサマルくんはうつむいて、すすり泣きのような声を出している。
見え透いた手だ。
「こらっ!もう騙されないわよ、どうせ嘘泣きなんだから」
イサマルくんに近づくと――彼は人目もはばからずに声をあげた。
「ううう……うえぇ……うわぁぁあぁぁぁん!!!」
「――ウソでしょ!?」
ガ……ガチ泣き!?
ちょっと待ってよ、たしかにイサマルくんは見た目は幼いけど……!
年齢はウルカと同い年の15歳のはず。
元の世界で言えば、高校生ぐらいにあたる。
それが……!
「嫌やぁ!《殺生石》は渡したくないぃ!これはウチのデッキのキーカードなんやぁ……!これが無くなったら、もうウチのデッキにイサマルくん要素は残っとらんもんんんんん!!!」
こ、こんなに恥も外聞もなく大泣きすること、ある!?
「アンティはあなたが決めたことじゃない!いまさら負けたからって……あなた、それでも
「うっさいわ、このブス!」
――なんですってぇ?
「
「……黙って聞いてれば、好き勝手にわがままばかり」
もう、頭に来た。
こうなったら、おしおきをする必要があるようね……!
私は人差し指と親指で輪っかをつくると――。
「いつまでも子供じゃないんだから、反省しなさい!」
ぱちん。
――と。イサマルくんの丸いおでこに、デコピンをした。
「「……え?」」
私とイサマルくんは――同時に呆けた声を出す。
観客席からも、どよめきが巻き起こった。
私は自分の手をじっと見る。
――おかしいわ、私……なんで、こんなことを?
イサマルくんは急に押し黙る。
やがて、いそいそと決闘礼装からカードを取り出した。
「あ、あの、これ……《殺生石》」
「ええ、受け取ったわ。ありが……とう?」
「それと、うちは子供じゃないから。ウルカちゃんと同じ、15歳!」
そう言うなり、彼はそそくさと会場を後にしていく。
「何なのよ、急に」
マロー先生は「ふむ」と呟き、イサマルくんの後ろ姿を見送った。
「ウルカさん。たしかに、イサマルくんの態度には目に余るものがありましたが――暴力はいけません。以後、気をつけるように」
「は、はい」
――でも、イサマルくんは決闘礼装を装着していたはず。
決闘礼装を装備しているかぎり、望まない暴力行為からは
私のデコピンはイサマルくんに届いた――いや、そもそも。
「どうして……あんなことしちゃったのかしら、私」
『百人一首』――望郷の歌、か。
もしかして、ホームシックなのかもしれない。
――この世界に来てから、もう一か月以上になるものね。
「……しのぶちゃんに、また会いたいなぁ」
玉緒しのぶ。
前の世界で、「わたし」が『新川 真由』だった頃の幼馴染。
「わたし」よりもずっと頭が良くて、すごい会社に務めてるのに――普段は子供っぽくて、感情が激しくて、イタズラが大好きで――いつしか、あの子をたしなめる「儀式」のように、よくデコピンをしてたっけ。
しのぶちゃんは『百人一首』が大好きだった。
そのせいで無意識に彼女とイサマルくんを重ね合わせてたのかもしれない。
「イサマルくんには、悪いことをしたわね」
☆☆☆
「なんで、なんで、どうして!?嘘でしょ、でもあの雰囲気、間違いないよねぇ!?」
桃色のおかっぱ頭をイサマルは両手で抱えた。
「どうして、真由ちゃんが『デュエル・マニアクス』の世界にいるのぉ!?」
聖決闘会室。
すでに部外者であるミルストン・ジグラートは退去している。
この場にいるのは会長であるイサマルと、書記のドネイト・ミュステリオンだけだった。
ドネイトは魔導書型の決闘礼装を開き、ウルカ・メサイアの情報を呼び出す。
「……ウルカ嬢は、外の世界における会長の……友人だった。そういう……ことですか?」
「たぶん、っていうか絶対!――ウルカ・メサイアはベータ版の『デュエル・マニアクス』でアクセスしてる『
「推理。……会長、それは……違います」
前髪に隠れていた水晶のような瞳をあらわにすると、ドネイトは立ち上がった。
猫のように丸めた体躯を伸ばす。
イサマルは困惑の表情を浮かべた。
「うち、なにか変なこと言った?」
「……あれは推理などではありません。会長を含めた、外の世界におけるザイオン社の社員――『
その鋭い眼光も、ハキハキとした喋り方も、普段の彼を知る者からすると別人に見えた。
ドネイトは続ける。
「推理の本質とは、すなわち発想の飛躍にあります。一を聞いて十を知る、二から九を飛ばすのが推理であり、一から順繰りに十まで数を数えるのは推理ではありません。たゆまぬ観察で一から八まで詰めることは誰にでも出来る、そこで九から十までを埋めるのが推理です。たとえば」
と、ドネイトは言葉を区切る。
「
「う、うん。言われてみれば……そんなこと言ってた!」
「正確には『性格も口も頭も悪い』でしたね。会長がよく話していたので覚えています。ともあれ――こちらの世界におけるウルカ嬢と会長を繋ぐ人物――秘密主義のイスカ出身である、イサマル氏の過去にまで言及できるほどに詳しい人物――そのような者がウルカ嬢の周囲にはいないこと、加えてウルカ嬢が『
犯人は会長自身。定番でありきたり、カビの生えたロジック、推理としては初歩の初歩ですが――いかがでしょうか?」
「すごい!さっすが、ドネイトくん!やっぱりウルカは真由ちゃんなんだね」
イサマルが目を輝かせる。
それを見て、我に返ったようにドネイトは縮こまった。
「あ、あぁ……また、やってしまい……ました」
「どうしたの?」
「推理とか……探偵とか……そういうのを、聞くと。小生はいつも……こうなるのです。ごめんなさい……調子に乗り、ました……」
爛々と見開いていた水晶の瞳を前髪で隠す。
イサマルは「へへへ」と笑った。
「別に、いいと思うけどなぁ。それってドネイトくんなりのこだわりなんでしょ?わかるよ。うちも、向こうの世界ではオタクだったし。好きなもののことになると、つい早口になっちゃうんだよねっ!」
ドネイトは口元を緩めた。
「……やはり。しのぶ嬢は、無理に……イサマル氏の真似など……しなくていいのでは?」
「え?」
「小生の……観察するかぎりでは……向いていないかと。性格的に」
玉緒しのぶ――イサマルは、着物から扇子を取り出した。
「そ、そうはいかんよ?一応、仕事とはいえ……こうしてイサマルくんになりきるのは、ウチの夢やったんやし!」
「でも……もう無いですよね。
《殺生石》……」
「うっ」
「だから……いきなり会長がいくのではなく。小生たち、
「ううっ。それは、言わんといてぇ!」
イサマルが泣きつくと、聖決闘会室にキンキンとした声が響いた。
「んん?なになにー、ボクたちの噂してるのー?混ぜて混ぜて!」
「……」
室内に入ってきたのは二人組の人影。
それは良く似た相貌の男女の双子だった。
どちらも鮮やかな緑髪をしているが、その雰囲気は真逆である。
自分のことを「ボク」と呼ぶ活発な少女。
緑髪をツインテールにして、肩には赤・青・緑・茶の四色に染められたマントを羽織っている。
制服にはカラフルなワッペンがあつらえられて、スカートの丈も短くなるように派手に改造されていた。
対して、一言もしゃべらない寡黙な少年。
こちらは緑髪を飾りけのない短髪に切り揃えて、肩にかけられたマントは白黒二色。そこには正二十面体の模様が描かれている。
双子の姉とは異なり、制服は校則通りの実直なものだった。
だが――箱型のパズルを手にして、魔力を込めて変形させているその様子は、ある意味では姉よりも異様な雰囲気を漂わせている。
緑髪の少女は快活に笑った。
「にひひ。かいちょー、負けちゃったねぇ!コテンパンだねぇ!大泣きしてたねぇ!可愛い可愛い!ボクたちがなぐさめてあげる♪」
緑髪の少年は、双子の姉に小声で耳打ちする。
少女は「うんうん」とうなずいた。
「ウィウィも、かわいそかわいそだって!とりあえず、おジャマするよー!」
双子はズカズカと聖決闘会室に入ってくる。
イサマルはあからさまに嫌な顔をすると、扇子を閉じた。
「……邪魔するなら、帰ってぇや。エルちゃん、ウィンドくん」
少女の名はエル・ドメイン・ドリアード。
「学園」の一年生であり、現・
『ラウンズ』の一角。
――二つ名は『
少年の名はウィンド・グレイス・ドリアード。
「学園」の一年生であり、現・
『ラウンズ』の一角。
――二つ名は『
どちらも全くの無名から、この一か月で『ラウンズ』入りを果たした新鋭だ。
無論、その立役者となったのは――。
「かいちょーには”ほうおん”しなきゃ。だって、ボクたちが『ラウンズ』になれたのは……かいちょーとドネドネのおかげだからね!ドネドネが組んでくれたデッキ、いきなりつよいんだもの!」
ウィンドは姉に耳打ちする。「うんうん」とエルは頷いた。
「ウィウィも言ってるよ、ドネドネのデッキはつよいつよい!……あれ?じゃあ、ボクたちが勝てるのはドネドネのおかげ?じゃあ、かいちょーは放っておいても問題、ないない?」
「なっ……自分らをドネイトくんに引き合わせたんはウチやろ!この恩知らずっ!それに、ウチのバックにはザイオン社がついとるんやからな、これからもちゃんとバックアップするで!」
エルは「にひひ!」とお腹を抱える。
「うそうそ。かいちょーには感謝してるって。ボクたちの家はビンボーだからね!『ラウンズ』でいるあいだは学費も免除されるし……成績次第では卒業してから”はばつ”に入れるかもしれないなんて、もうサイコーだよ!”ゆちゃく”!”しゅうわい”!”あまくだり”!夢は広がるねー、ウィウィ?」
ウィンドがパズルを変形させると、完成した面に笑顔の顔文字が浮かんだ。
イサマルは扇子で額を抑えて、ため息をつく。
「『
エルとウィンド。
この二人は『デュエル・マニアクス』のメインストーリーでランダムに登場するモブキャラクターであり、本来は物語に影響を与える存在ではない。
イサマル――しのぶがこの二人を引き立てた理由。
それは……この二人が原作において、運営の想定を超えた異常な強さでプレイヤーをおびやかした「調整ミス」のキャラクターだったからだ。
――と、ここでイサマルは思い当たる。
「――そういえば。いまさらやけど、なんでドネイトくんはウチに力を貸してくれるん?エルちゃんたちはともかく……ドネイトくんは元から『ラウンズ』やし」
「あぁ……それは、その……」
「『デュエル・マニアクス』ではいつもお世話になってるお助けキャラだったから、つい力を借りちゃったけど。ウチは主人公のユーアちゃんじゃないのに」
イサマルは「そや!」と扇子で手を叩いた。
「『デュエル・マニアクス2』では、ドネイトくんが攻略キャラに昇格するって話もあったんや。カードゲームに慣れてへんプレイヤーはみんな、デッキを組んでくれるドネイトくんが大好きやったからね。なんなら「学園」を支配した暁には、ユーアちゃんの
「なんでも……ですか」
ドネイトはまっすぐに背を伸ばすと、じぃっ……とイサマルを見下ろした。
「えっ……ドネイトくん?どうしたん?」
「…………」
「ちょっと、何か言ってよ。怖いよ」
しばらく立ち尽くしたあと、「そう……ですね。考えて、おき……ます」とだけ言って、ドネイトはソファーに座りこんだ。
イサマルは目をぱちぱちとさせる。
「欲しいもんがあるなら言うてや?キミは頑張ってるんやから。遠慮はせんでええからね」
☆☆☆
「……ねぇねぇ。どう思う、ウィウィ?かいちょーのアレ、わざとやってるのかなぁ?」
二人から離れたところで、エルはウィンドにささやいた。
双子の弟はそれに応えて、姉にこっそりと耳打ちをする。
「うんうん。だよねだよね。かいちょーってイサイサごっこしてるだけで、そんなに悪い人じゃないと思うし。ドネドネの”じゅんじょう”をもてあそんだりしないよね?」
ウィンドは「たぶんね」と小声で呟いた。
「にひひ」とエルは愉快そうに口元を抑える。
「ドネドネ、報われるといいねー。がんばれがんばれ。ボクたちも応援しちゃうぞ♪」
☆☆☆
一段落したところで、エルは話題を変えた。
「そうそう。かいちょーが負けたってことは、ボクたちがウルウルを潰せばいいの?」
「はぁ?ダメやっ!ウルカ・メサイア潰しは中止。とりあえずは保留や。ええな?」
「ええー。虫虫デッキ、面白そうだったのに~。ねー、ウィウィ?」
ウィンドはパズルを組み替えて、あざやかな蝶を形作る――と、それをぐしゃぐしゃにした。
イサマルは眉間にしわを寄せて、手を横に振る。
「ウルカ――真由ちゃんについては、正直、わからないことだらけや。調べなきゃあかんことが多すぎる。ザイオンの社員でもない真由ちゃんが、どこでベータ版を手に入れたのか……それと、あのザイオンXとかいうスピリット」
ウルカ・メサイアの新たなエースとなっていた、銀髪の少女精霊を思い返す。
「
ドネイトは顔をあげた。
「《「
「……理由はわかんないけど、真由ちゃんがあの妖怪ババアと繋がってる可能性がある。とりあえずは探りを入れる必要があるね」
――とはいえ。うちはともかく、あの真由ちゃんが企業スパイみたいな器用な真似、できるとは思えないけど……。
そこでイサマル――玉緒しのぶは思い当たった。
「よく考えたら、今はうちがイサマルくんで、真由ちゃんがウルカってことは……」
――もしかして。考えてもみなかったけど……!
――そうだ、この世界は乙女ゲームなんだ。
「……ウルカをウチが攻略したら。うちが、真由ちゃんの……彼氏になれるの?」
一瞬だけ浮かんだ甘い妄想。
秘めていた想いが顔をのぞかせる。
ところが――その場の者たちの反応は冷ややかだった。
「無理、です……ね」
「無理だよ♪」
「無理」
「なんでやーっ!自分ら、冷たすぎるやろ!こんなときだけ息ピッタリか!っていうかウィンドくん、久々に喋ったと思ったら否定から入るってどういうことやねん!口を開いたら否定ばっか言う子は嫌われるで!これ、社会の常識ぃー!覚えときや!」
エルは「にひひ」と笑って、指をちっちっと振った。
「かいちょー、忘れちゃったの?ウルウルはアスアスの婚約者なんだよ?」
「……あ」
――よし。計画を変更する!
「まずはアスマくん潰しや!夏休みまでにアスマくんから《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》を奪っておくのは、どのみち既定路線やったしな!ついでにウルカちゃんとの婚約も破棄させたるわーっ!」
「にひひ、”こうしこんどう”だ!楽しいねー!そういえば……あのねあのね、聞いて聞いて。アスアスが、もうすぐ「学園」に戻ってくるんだって!」
イサマルは「ほぉ」と扇子を閉じて、ニヤリと笑った。
「やっぱり、他の王子や雇われの刺客じゃアスマくんの相手にはならんかったわけか。となると、本格的に迎え撃つ必要がありそうやね」
「えっ、じゃあボクたちの出撃!?にひひ、楽しみ楽しみ!」
「いや――」と、イサマルは思案する。
「アスマくんには……ミルストンくんをぶつける。そのために根回しをしとったからな」
ミルストン・ジグラート。
『英雄殺し』の異名を持ち、古今東西の兵法に通じる
「えぇー。どうして、そこでミルミルなの?」
ウィンドに耳打ちされ、エルは不満げな顔で「うんうん」とうなずいた。
「……ウィウィも言ってるよ?ミルミルよりも、ボクたちの方がつよいつよい!」
「単純な
そう――ことアスマに対する刺客という意味では、ミルストン・ジグラートの右に出るものはいない。
因縁の相手である。
今から15年前に勃発した『五龍戦争』。
五つの国と五体の
同時に――
中でも最も悲惨を極めた戦場となった絶対防御決戦空域――アルトハイネス王国領・オーベルジルン鉱山近郊、通称:『黒き森』。
ミルストンの父親は、そこで命を落とした。
「ちぃとだけ、ネタバレしたるわ。ミルストンくんのおとんを死に追いやったのは――まだ赤ん坊だった頃の、アスマくんなんやで」
<断章3『カテドラル四天衆!』 了>
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