言の葉の庭の真実! 埋葬呪言の伝道、シャムウーン!(後編)

私の――ターン。


「……ドローッ!」


祈るようにカードを引く――だが。


黄金の奇跡は、訪れなかった。


「やっぱり……そう、都合よくはいかないわね」


相対するイサマルくんは、私の様子を見てけらけらと嘲笑う。


「んん?まさか、フォーチュン・ドローができるとでも思っとったんか?キミごときに、そんな力が宿るわけないやろうが!へへへ」


「くっ……!」


くやしいが、そのとおりだ。


フォーチュン・ドロー。


天命に愛された決闘者デュエリストにだけ訪れる奇跡。

己の望む理想のドローを現実とする、黄金の手。


かつて、一度だけ私はそれを手にしたことがあった。

『ダンジョン』でのザイオンXとの決闘デュエル――だが、それは私の実力じゃない。


『光の巫女』であるユーアちゃんの共導者デュナミストとなった私が、彼女の祈りによって一時的に黄金の光を託された。


あの後、何度か試してみたけれど――ユーアちゃん自身も、その力をコントロールできていないようだった。


あくまで一度だけの奇跡。二度は起きない。


「フォーチュン・ドローには頼れない……それでも、私は諦めないわ!」


《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》の特殊効果を発動する……!


「前のターンにコストとして使用された場合、ザイオンXをデッキから手札に加えることができる!続いて――《時計仕掛けの死番虫しばんむし》を手札から召喚よ!」


決闘礼装のメインサークルにカードをセットする。


召喚陣に出現したのは、薄い茶褐色の体色をした昆虫型スピリットだ。

カブトムシのメスにも似た丸っこい甲虫である。


死番虫しばんむし――英名をデスウォッチ・ビートル。

雌雄の求愛行動の際に「コチ、コチ、コチ」という時計に似た音を立てることから、その名が付いた。


《時計仕掛けの死番虫しばんむし》を見たイサマルくんは薄笑いを浮かべる。


「はっ……死番虫しばんむしやと?そいつの元になった虫は見たことがあるで……畳や本を食い荒らす、薄汚い害虫やんけ。なら、害虫は害虫らしく消毒したるわ――この領域の炎でなぁ!」


「領域効果――!」


「[灼熱炎獄領域イグニス・スピリトゥス・プロバト]の領域効果が発動する――火のエレメントをもたないスピリットのBPは1000ダウンするでぇっ!」


周囲に展開した活火山が、一斉に火を噴く。

流れるマグマ――そこから出現した灼熱の炎が死番虫しばんむしに襲いかかる!



先攻:イサマル・キザン

メインサークル:

言之葉之彼岸シャムウーン

BP5500(+1000UP!)

=6500

サイドサークル・アリステロス:

《殺生石》(”銀毛九尾”蘇生実験、失敗!)


領域効果:[灼熱炎獄領域イグニス・スピリトゥス・プロバト]


後攻:ウルカ・メサイア

【シールド破壊状態】

メインサークル:

《時計仕掛けの死番虫しばんむし

BP1300(-1000DOWN!)

=300



「……っ!この多層世界拡張魔術ワールド・エキスパンションは、私が《バーニング・ヴォルケーノ》で付与した領域効果なのに……っ!」


「残念やったなぁ?そのフィールドスペルを活かせるのは、キミではなくウチの方や。ウチの《言之葉之彼岸シャムウーン》は拝火の伝道――生命の根源たる火を司るスピリットやからね」


『歌仙争奪』を終わらせ、魔女メフィストを除去するために発動した《バーニング・ヴォルケーノ》……だが、それが裏目となった。


多層世界拡張魔術ワールド・エキスパンションの領域効果は互いのプレイヤーに対して平等に働く。

今となっては、火のスピリットをもたない私に牙を剥き、イサマルくんの切り札に力を与える……このフィールドがあるかぎり、私の勝機は遠のいていくだけ。


さらに――。


「(イサマルくんの《言之葉之彼岸シャムウーン》は墓地のスペルカードを除外することで、発動したスペルを無効にする特殊能力を持つ。彼の墓地に眠るスペルカードの枚数は15枚――事実上、私のスペルは完全に封じられているわ!)」


いや――正確には「ほぼ」完全に、か。


たった一枚だけ――使が存在する。

だけれど、そのカードは私の手札には無い。


もしも、私にフォーチュン・ドローができたなら……!


「(……あのカードを、引くこともできたのに!)」


「はん。どうやら、もう打つ手はないようやねぇ?」


「いいえ……まだよっ!」と、私はスピリットの特殊効果を発動した。


リスクはある――だが、今の私に打てる手はこれしかないっ!


「《時計仕掛けの死番虫しばんむし》の特殊効果を発動――カウントダウン・トゥ・ヘヴン!

 私はデッキからスペルカードが出るまでカードをドローし……そのあいだにドローしたスペル以外のカードを全て墓地に送る!ただし、四枚ドローするまでにスペルを引けなかった場合には……《時計仕掛けの死番虫しばんむし》を破壊して、自身の手札を全て捨てなければならないっ……!」


「ははっ、なんやその効果は。イチかバチかのギャンブルやとぉ?ええ趣向やね。そのカウントダウンは――死番虫しばんむしが刻む、キミの敗北へとつながる死神の葬送歌っちゅうわけや!」


「死神の時計が導くのは、あなたの敗北よ。これは――私の勝利へのカウントダウンになるわ!」


もちろん、ハッタリだ。


勝てる保証なんて無い。私には天命に愛された奇跡なんて訪れない。

だけど、それは足掻かない理由にはならない。


アンティ決闘デュエルの打ち合わせのときに、イサマルくんは言っていた。


「……キミが見苦しく足掻くたびに、どんどん人が不幸になるで?」


――そうなのかもしれない。


本来の乙女ゲームには「わたし」は存在しない。

『デュエル・マニアクス』のあらすじをねじ曲げるたびに――ユーアちゃんも、アスマも――私との決闘デュエルで深く傷ついた。


だけど――。


「(私が破滅を回避したことで起きたのは、悪いことばかりじゃないわっ!)」


ユーアちゃんとは本当の友達になれた。

お互いを許し合うことができた。


ウルカの親代わりをしていたメルクリエにとっても、私が――ウルカが破滅しなかったのは、きっと嬉しかったはずだ。


ザイオンX――シオンちゃんは何者なのか、まだよくわからないけれど。

でも、私やユーアちゃんと一緒に過ごして楽しそうにしている。


そうよ、アスマとだって……!


今の私はウルカ・メサイア本人じゃない。

それでも――本当はお互いを大切にしてる幼馴染同士が……すれ違ったままでいいわけないでしょうがっ!


――目的が出来た。


いつか、私は元の世界に帰るときが来るのかもしれない。

しのぶちゃんや、お父さんやお母さん――妹とも、もう一度会いたいし。


そのためにも、しばらくはウルカの身体を借りることになるけれど。


せめてそれまでは、ウルカと、ウルカの周りにいる人のことは――できるだけ、幸せにしたい。


「イサマルくん。……あなた、言ってたわね」


「……あぁ?なんや、急に」


「あなたが聖決闘会長になったのは、他人の「役割を決める」側の人間になれるからだって」


「何を言うかと思えば……。せやで、この「学園」の頂点はウチや。聖決闘会カテドラルの会長もウチ。『学園最強』もウチ。この「学園」は決闘デュエルの強さが全てを決める――いいや、「学園」だけやない、この世界そのものがそうや――それがアルトハイネスの現国王が敷いた絶対的なルールやからね」


「……私はカードゲームが好き。だけど、カードゲームで不幸になる人がいるのは嫌いよ。だって、カードゲームは楽しいものなんだから!」


もう、私の決闘デュエルで――誰も不幸になんてさせない!


「イサマルくんには感謝するわ」


「……何やて?」


「顔は可愛いけど、性格も口も悪い。悲しき過去もなんにも無いっ!……前に友達に聞いてたの。あなたなら――何の憂いもなく、ボコボコにできるんだからっ!」


「なっ……!」


私はデッキに手をかける。


――お願い。私は祈るように指を重ねる。


あのスペルカードを、手札に引き込んで見せる!


「まず一枚目――ドロー!」


引いたカードは……スピリット・カードだ。

《埋葬虫モス・テウトニクス》!


死出の旅の案内人――私は、ユーアちゃんとの決闘デュエルでフィニッシャーとなった蛾型スピリットを墓地に送る。


「まだよ、二枚目……!ドロー!」


次に引いたカードは――《ミミクリー・ドラゴンフライ》。

アスマとの決闘デュエルでキーカードとなった擬態昆虫――枯れ木のような体色をしたトンボ型スピリットを墓地に送る。


死神のカウントダウンが迫る。

喉元から、嫌な冷たさを感じる――。


あと、引けるカードは二枚だけ。私は目をつむった。


「三枚目。……ドロー!」


目を閉じたままカードを引く――。


緊張のあまり、冷や汗が流れた。


――カードを確認する勇気が持てない。

それでも、意を決して目を開く!


視界に飛び込んできたカードは――蒼銀に輝ける双翼。


「《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》……!」


ウルカ・メサイアのエース・スピリットであり――今は、私の相棒。


三枚連続でスピリット・カードを引いた私に、イサマルくんは勝ち誇った。


「へへへ。なんや、あれだけ大見得切ったくせに、ドローはパっとせえへんなぁ!?次が最後のカウントダウン。そこでスペルカードを引けなければ死番虫しばんむしは破壊され、キミの手札はすべて墓地に送られるぅ!にも見放された……これで終いや、さっさとおっ死ねぇ!」


――いや。


私はスワローテイルを墓地に送る。


「ここまでは、理想のドローだわ」


「……あぁん?」


「正直なところ、あまりの運の良さに驚いているくらいよ」


これは強がりではない。


イサマルくんの言うは、今は私に舞い降りていた。

ウルカ・メサイアの組んだ【ブリリアント・インセクト】デッキのスピリットたちが……私に力を貸してくれている!


墓地に送った三枚のスピリット・カードは、後の逆転の布石になるはず。

あとは――あのスペルカードを引くだけ。


「四枚目。これが、最後のドロー……!」


四――死の数字。

《時計仕掛けの死番虫しばんむし》の効果では、四枚引くまでにスペルカードをドローしなければならない。


震える手を、決闘礼装に添える。


思い浮かぶのは、ウルカの追憶に眠る金髪の青年――。


「アスマ……!」



☆☆☆



「……ウルカ?」


アルトハイネス首都・エインヴァルフ――大王宮。

王宮で最大の容積を誇る修練場にて。


青年は、ここにはいない少女の気配を感じていた。

一瞬、決闘デュエルから気を離した青年の元に――スピリットが飛来する。


矢じりを模した頭部をしたスピリットは、両手両足を格納した飛行形態となって攻撃してきた。

スピリットを発射した男――弓型の決闘礼装をかまえた決闘者デュエリストが叫ぶ。


「油断なされたな、王子ッ!お命を頂戴いたすッ!」


「……油断だと?」


青年――アスマ・ディ・レオンヒートは、底冷えするような低い声で呟いた。


普段は整えられている金髪のマッシュヘアーは、度重なるアンティ決闘デュエルの連続で乱れきっていたが――その奥にある真紅の眼は爛々と輝いていた。


介入インタラプト――。《死の舞塔-タワー・オブ・インフェルノ-》!」


《スリーヘッド・スカルワイバーン》をコストにして新たなスピリットが現れる。


弓使いは驚愕に目を見開いた。


「馬鹿なっ、バトル中のシフトアップ召喚など……データにはありえぬ!」


「データを更新した方がいいんじゃないかな?この程度の戦術、「学園」なら一年生のカリキュラムで習得する。王宮のレベルも……落ちたものだね」


メインサークルに出現したのは――神々しき翠玉の巨龍だ。

『スピリット・キャスターズ』における最強のスピリットの一角。


アルトハイネス王家の『札遺相伝』。


「夢幻の主、《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》!」


「アラベスクドラゴン……!これでは、拙者には勝ち目は無いぃ!爆散!」


対戦相手は降伏サレンダーを選び、敗北となった。

アスマは息をつく――が。


間髪入れず、即座に次の刺客が出現する!


「王子、お覚悟!」


敵は目の前の刺客だけではない。アスマは周囲を見回す。


フードとマントで顔も身体も隠した未知の対戦相手ミステリアスパートナーの群れが、円陣を組んで彼を取り囲んでいた。

敵の群れは、一斉に各々の決闘礼装を取り出し、デッキをセットした。


その全てが王宮の近衛兵である。

アスマの父――国王の指示の元、彼を狙う決闘者デュエリストたちだ。


戦意を鼓舞するように、アスマは長剣型の決闘礼装を振るう。

乱れた髪は逆立ち、幽鬼の如き形相をつくった。


「さぁ、来いよ……!僕からアラベスクドラゴンを奪うのだろう?やってみろよ……てめぇら如きに、出来るもんならなァ!」


「きえええええーっっっ!」


奇声をあげて襲い来る刺客。


迎撃するアスマの右手が光る。

天命に選ばれた光が――アスマを包み込んだ。


アスマは目の前に向き合いながら――同時に相反する二重思考ダブルシンクをもって、一人の少女を思い浮かべる。


――ウルカ。


僕は、負けられない。

絶対にこの地獄を勝ち抜いて「学園」に戻ってみせる。


《バーニング・ヴォルケーノ》を預けた――再戦を誓った約束。


くだらない意地かもしれない。

だけど、僕と君の関係は――言葉ではなく、決闘デュエルで交わされるべきだ。


そうさ――。


「……だって。君はもう、諦めないんだろう?」



☆☆☆



観客席にて――ユーア・ランドスターは身を乗り出した。


「あれはっ!?ウルカ様に、黄金の光が……!」


「運命力の上昇を確認。Weirding運命支配が可能となったよ」


シオンは両手でVサインを作った。

闘技場の中央では、ほとばしる光の奔流が空からウルカに降り注いでいる。


「ウルカ様に誰かの光が流れ込んでるんですね!でも、私は何もできなかったのに……どうして?」


「否定する。これはユーアの力。ユーアだもの、マスターを共導者デュナミストに選んだのは」


共導者デュナミスト――!」


シオンは無表情のまま、ユーアの手を握る。


「この世界を襲う『闇』に立ち向かえるのは、『光の巫女』であるユーアだけ。でも、ユーアは一人じゃないよ。マスターは――共導者デュナミストは、人と人との心を繋ぐ者。『闇』との戦いにおいて、指揮官の役割を果たす。心の光は共導者デュナミストを通して、人々のあいだを通る架け橋となるの」


「人の心を繋ぐ指揮官――それが、ウルカ様の力になったんですね」


――ウルカ様は、アスマ王子との絆を守るために戦っている。

――それなら、ウルカ様に降り注いでいる光の主は……きっと、アスマ王子。


闘技場の廊下で、秘めた心を吐き出していたアスマの姿を思い返す。

そうだ……二人の心は、きっと離れていても繋がっているんだ。


ユーアは口元を手で抑えて微笑んだ。


「……なんだか、妬けちゃうな。でも仕方ないですよね。ウルカ様は、私一人のものじゃないんだから」


「大丈夫。本機はユーア推し。正妻は渡しちゃダメ。安心してね、サポートするよ」


「えへへ。ありがとうございます、シオンちゃん」


握られた手に力を込めて、ユーアはにっこりと笑った。

そして、祈る。――大切な人の、願いに重ねる。


「お願い……勝って、ウルカ様!」



☆☆☆



全身に、力が満ち溢れた。


これはユーアちゃんの力?

いや、それだけじゃない――この気配は、以前にも感じたことがある。


乱暴で、荒々しく、だけど繊細で。


もしかして、これは――アスマ?


「アスマも、力を貸してくれているの……?」


右手に光が宿る。


天命に選ばれた黄金の光――それを見て、イサマルくんが呆けた声を出す。


「んな、阿呆な……?フォーチュン・ドローの光……やと。なんで、なんでやぁ!?なんでぇ、ウルカちゃんがその力を使えるんやぁ!?」


「そんなこと……私が知るものですかっ!」


なにがなんだかわからないけれど。

……この光がアスマのものだとしたら、私は嬉しい。


アスマが「わたし」に――いいや、ウルカに力を貸してくれるのなら。

ウルカ・メサイアとアスマは、またきっと元の幼馴染に戻れるはず!


「……まぁ。彼氏とか彼女とか婚約だとかって話は、勝手にやってもらうことにするわ」


その先は若いお二人で、ってことで!


――私はイメージする。


勝利へと繋がるロードを――あらゆる言葉スペルを否定し、打ち消し、その効果を無効にする埋葬呪言の伝道、《言之葉之彼岸シャムウーン》にすらも通用する唯一のスペルカード――その姿を思い描く。


理想は現実に。

このドローで、決闘デュエルに決着を着けてみせる。


決闘礼装に手をかけて――私はこの手で、黄金の奇跡をつかみ取る!



「……フォーチュン・ドロォーッ!」



ほとばしる黄金の軌跡が弧を描く。

ドローしたカード――そのテキストを確認する必要はない。


四枚目のドローはスペルカード。

死番虫しばんむしの特殊効果で手札に加えたそのカードを発動する!


「スペルカード……発動ッ!」


イサマルくんは扇子を開いて、せせら笑った。


「はん。学習しない子やねぇ、ウルカちゃんは。生きとるもんの吐く言葉は《言之葉之彼岸シャムウーン》には通用しない――あらゆるスペルカードは、炎を持って塵となる。無駄や無駄や。オフルミズドの威光――宇宙の理を知らぬ蒙昧な生者よ――真実の火をもって、二元論の真理へかしずけっ!」


我は正義なり――真理は我にあり――そう主張するかのように、炎の集合で形成された巨大な蝶は、その翼から火の粉を放つ。


七十七の聖なる火の粉は、発動されたスペルカードを滅却せんと襲いかかる!


だが――私は、笑みをつくった。


「宇宙の理を知るのは――あなたの方よ!」


「な、何……やとぉ!?」


オフルミズドの火をいくら受けても、スペルカードの放つ光は色あせない。


このカードの効果は決して無効にはできない。


それは宇宙の理――いいえ。

『スピリット・キャスターズ』における基本ルールの一つ!


「あらゆる効果は、このカードを無効にできず。スピリットの効果も――スペルカードの発動も――このカードにインタラプトすることはできない!」


「……まさか。キミが発動した、スペルカードは」


私が手にしたカードは


――そうよ。

これは、シオンちゃんから借りた魂のカード。


超古代の叡智――疑似生命系統樹ファイロ・ゲノミクス

現代では失伝した超科学の産物。


互いのプレイヤーに錬成ユニゾンを可能とさせる不可思議の魔術工房。

『スピリット・キャスターズ』における戦術の頂点に立つカードの一つ。


――銅位階級ブロンズ・レアカード。


「フィールドスペル――《アルケミー・スター》!」



☆☆☆



「こ、これは……いったい何が起きているのでしょウ!?」


目の前の光景にジョセフィーヌは困惑した。


現在、フィールドに展開しているのは黄金位階級ゴールド・レアの領域効果――それなのに。


下位にあたるはずの銅位階級ブロンズ・レアのフィールドスペルが、その領域を侵食して塗り替えていっている!


観客席も喧騒に満ちていた。

その中で――ただ一人、ジェラルドだけは「ふっ」と息を吐く。


「……そういうことか。なるほど、たしかにその手があったな」


「お義兄さん。これは、どういうことでスか?」


「失念していた。実戦ではめったに起きないケースだ……」


多層世界拡張魔術ワールド・エキスパンション


異なるフィールドスペルが激突した場合の処理は、通常ならばどちらの領域の性能が高いか――つまり、カードのレアリティによって優先される領域効果が決定する。


しかし、ここに例外が存在した……!


「異なる二つの領域効果が、それぞれ――それが領域の押し合いにおける大前提だ。ならば、もしも……二つの領域効果を展開したのが同じプレイヤーなら?」


「あッ……!」


「《バーニング・ヴォルケーノ》も――《アルケミー・スター》も――どちらも発動したプレイヤーはウルカ・メサイアだ。つまり『異なる意志の元に激突したとき』という前提を満たさない。一つの決闘デュエルで、同じプレイヤーが二種類のフィールドスペルを続けて発動することなど……そうそうあることではないがな」


「え、えートぉ……この場合は、どちらの効果が優先されるのでスか?」


「――あくまで知識だけで、実際に目の当たりにするのは俺も初めてだが。この場合には、どちらが優先されるかは……発動したプレイヤーが決定する」


ウルカがどちらを選んだかは明白だ。


灼熱炎獄を象徴する活火山群が消え失せていく。

代わりに出現したのは、謎めいた幾本もの柱だった。


一見して魔道具に見えるが――どこか違和感を感じる、未知の器具。


柱と柱のあいだには線が交わされ、そこには稲光が走る。

用途不明の透明なカプセルが並び――中には溶液に満ちた生物標本のようなものが浮かび、ぶくぶくと不気味な泡を上げていた。


《バーニング・ヴォルケーノ》を塗り替えて、展開した新たな領域の名は――。



☆☆☆



仮想空間転移フェイズ・シフト――。多層世界拡張魔術ワールド・エキスパンション


[神話再現機構ゲノムテック・シークレット・ラボラトリー]!」



イサマルくんは手をだらりと下げて、扇子を取り落とした。


「な、なんやこれぇ……《バーニング・ヴォルケーノ》じゃないフィールドスペル……なんで、そんなもんをキミが……!?」


「ちょっとした縁があって借りたのよ。――私は、このフィールドに付与された領域効果を発動するわ!」


《アルケミー・スター》の領域効果は1ターンに1度、手札を1枚捨てることで錬成ユニゾンをおこなうというもの。


言之葉之彼岸シャムウーン》が存在するかぎりスペルカードは使えない――だが、領域効果はスペルの効果ではなく、フィールド自体に付与されている!


「領域効果は《言之葉之彼岸シャムウーン》には無効にはできない。いくわよ……!手札を1枚捨てて、私は手札の《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》とメインサークルの《時計仕掛けの死番虫しばんむし》で錬成ユニゾンを実行する!」


手札からザイオンXが実体化した。

バイザーで隠された目元――その背後に、天地逆転の系統樹が出現する!


疑似生命系統樹ファイロ・ゲノミクスに申請。共鳴条件は《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》と《時計仕掛けの死番虫しばんむし》!」


申請は承認される――そう、これこそが【ゲノムテック・インセクト】デッキの新戦術!


ウルカが大事にしていたカード――貴金属や美術品をモチーフにした、絢爛華麗な昆虫型スピリットたち――この子たちは、錬成ユニゾンによってザイオンXに戦う力を与える。


その力の名は……ゲノムセクト・アーマー!


「ザイオンX、変身よ!」


「なっ……変身やてぇ!?」


フィールドの死番虫しばんむしが緑色に光る粒子へと変わる。

光の粒子はザイオンXの手元に集まり――元のスピリット・カードに戻った。


ザイオンXが左手を前に伸ばすと、その腕が決闘礼装に変形して――彼女は手にしたカードをセットする。


Death Watch死番虫!」


疑似生命系統樹ファイロ・ゲノミクスのホログラムは甲虫を模した紋章クレストに組み替えられた。


紋章クレストは覆いかぶさるようにザイオンXと一体化する!


「うふふ。あまりにも趣味が男の子に寄りすぎてるけど、仕方ないわね」


シオンちゃんが楽しそうだから、いいか!


ザイオンXの決闘礼装が、機械的な響きの音声を読み上げる。

その声は――シオンちゃんと同じものだった。



錬金武装トランスジェニック――。


 Gene Mutation。――Death Watch Beetle X!


 The Time Is a Cruel Mistress.」



ザイオンXは姿を変える。


ユニゾン・スピリットがフィールドに舞い降りた――。


十二の文字盤が配置された茶褐色の装甲――死番虫を模したアーマーに身を包んだザイオンX。


変身前同様にバイザーで目元は隠し――表情がうかがえない美貌は、まさに終焉の刻を告げる残酷な女王だ。


――これが新たな切り札。

私はメインサークルに創造されたカードをセットした!


錬成ユニゾン。――《「錬金闘虫ゲノムセクト仮相アーマー」デスウォッチ・ビートルX》!」


「デスウォッチ……ビートルX……やと!?」



先攻:イサマル・キザン

メインサークル:

言之葉之彼岸シャムウーン

BP5500

サイドサークル・アリステロス:

《殺生石》(”銀毛九尾”蘇生実験、失敗!)


領域効果:[神話再現機構ゲノムテック・シークレット・ラボラトリー]


後攻:ウルカ・メサイア

【シールド破壊状態】

メインサークル:

《「錬金闘虫ゲノムセクト仮相アーマー」デスウォッチ・ビートルX》

BP3000



「……はん。へ、へへへ」と、イサマルくんは半笑いを浮かべた。


「大げさな演出をしてまで、何が出てくるかと思えば……たかだかBP3000やんけ。灼熱炎獄の加護がなくても、《言之葉之彼岸シャムウーン》のBPは5500!そんなチンケなスピリットなんかに、負ける気がせえへんわっ!」


「……それは、どうかしら?」


「あぁ?」


「呪詛望郷の『歌織物』。鎮魂の魔術がかけられた言の葉の庭――そこに積もった歌を糧にして、亡き者が遺した言葉を力とする《言之葉之彼岸シャムウーン》――たしかに恐ろしいスピリットだったわ。でも、あなたは一つ、見落としをしている。生きてる人間の言葉を否定するというなら――その言葉を、どうやって後の世に遺すというの?」


「そんなもん……書き記せばええ。『百人一首』かて、そうや。それを詠んだ歌人はとうに亡くなってる。ウチらが、その歌を知ることができるのは……」


「……色紙や、『』に書き残されていたから。そうよね?」


『本』――その言葉を聞いて、イサマルくんの顔色が変わる。


「まさか。……ウソやろ?」


「『本』みたい古い紙はね――あなたの言うところの害虫、死番虫しばんむしの大好物なのよ!」


私はデスウォッチ・ビートルXの特殊効果を発動した!


錬成時発動効果ユニゾン・エフェクト――ブックイート・タイムオーバー!

 このスピリットを錬成ユニゾンしたとき、お互いの墓地のカードをすべてゲームから取り除く!」


「なっ、ウチの墓地が……スペルカードが……《歌仙結界》がぁっ!?」


デスウォッチ・ビートルXの全身に付けられた、十二の文字盤――時計の針が回転すると、私とイサマルくんの墓地に眠るカードはその全てが吸い込まれていく!


同時に、時計の文字盤にそれぞれ異なる紋章クレストが浮かび上がる。

これは互いの墓地に眠っていたスピリット・カードだ。


スピリットをゲームから取り除くたびに、文字盤には力が蓄えられていく。


取り除いたスピリット・カードの数は――合計で十二枚!


「この効果でスピリット・カードを取り除いた数だけ、デスウォッチ・ビートルXの上に時計カウンターを乗せることができるのよ。そして、墓地からスペルカードがなくなったことで、あなたのスピリットのBPは……!」



先攻:イサマル・キザン

メインサークル:

言之葉之彼岸シャムウーン

BP0

サイドサークル・アリステロス:

《殺生石》(”銀毛九尾”蘇生実験、失敗!)


領域効果:[神話再現機構ゲノムテック・シークレット・ラボラトリー]


後攻:ウルカ・メサイア

【シールド破壊状態】

メインサークル:

《「錬金闘虫ゲノムセクト仮相アーマー」デスウォッチ・ビートルX》

BP3000



「ゼロ……!《言之葉之彼岸シャムウーン》のBPが……ウチのエース・スピリットのBPが、ゼロやてぇぇえぇぇぇ!?」


「時は過去には巻き戻らない。私たちは死者の言葉を乗り越える。――進むのよ、未来へと!」


私は攻撃宣言をおこなう。……これで、決着よ!


「《「錬金闘虫ゲノムセクト仮相アーマー」デスウォッチ・ビートルX》で《言之葉之彼岸シャムウーン》を攻撃!」


ゲノムセクト・アーマーをまとったザイオンXが、跳ぶ。


昆虫の瞬発力を得た脚力をもって、空中を足場にするようにして何度も宙返りをしながら、その高度をあげていく。


準備は整ったようだ。

円形闘技場の空から――すでに力を失い、消える直前となったロウソクの灯に向けてザイオンXは高速で急降下する!


決め技は……跳び蹴りだッ!


「がああああっっっ!」


言之葉之彼岸シャムウーン》、鎮火!

残火は消え、いぶる煙だけが中空に残された。


攻撃の余波を受けて、イサマルくんのシールドが砕け散る。

それでも彼は吠えた。


「だが、まだシールドが砕けただけや……!まだや、まだウチはやれるで……!」


「いいえ。残念だけど、これであなたは終わりよ」


デスウォッチ・ビートルXの全身にあつらえられた文字盤――そこに封じられたスピリットが、時計の針が回転するごとに解放されていく。


「《「錬金闘虫ゲノムセクト仮相アーマー」デスウォッチ・ビートルX》は自身に乗せられた時計カウンターを取り除くことで特殊効果を発動できる。その効果は取り除いたカウンターの数で決定するわ。私が取り除くのは――」


時計カウンターが取り除かれるごとに、機械音声が鳴っていく。


Xion神造人間

Witch魔女

Beetle兜虫

Caterpillar芋虫

Silphidae死出虫

Mayfly蜉蝣

Hawkmoth雀蛾

Arachne蜘蛛女

Hound魔犬

Moth

Dragonfly蜻蛉

Butterfly


取り除いた時計カウンターの数は――十二個!


「これにより、私はバトルシークエンスのみのターンを追加するわ!」


「バトルシークエンスのみのターンを追加やとぉ!?ちゅうことはぁ……!」


「ターンをまたいだことにより、さらなる追加攻撃が可能となる!」


時計の針は先に進む。

デスウォッチ・ビートルXは加速する。


神速のスピードで空中を舞うスピリットの姿は、もう誰の目にも捉えることはできない!


コチ、コチ、コチ……と、時計の針が刻む音だけが、音速を超えた仮相の戦士の存在の影を落とす。


処刑の時は近い――イサマルくんは、ただその瞬間を待つことしかできない。

見た目だけなら幼い童女にしか見えない体躯を縮こまらせて、彼は両腕で自分を抱きしめた。


メインサークルは空白ブランク。手札も無い。


ガタガタと震えるイサマルくんの元に、フィールドを駆ける残像が徐々に近づいていく。


死神の時計が、終焉の時を刻む!


「ウ、ウソや。こんなん、ありえへん。ウチのデッキは完璧や!『学園最強』はウチなのに……!ウルカ・メサイアなんかにィ、このウチがぁぁぁぁっ!」


「トドメよっ!

 第二打撃ネクスト・レベル――ロード・オブ・ザ・ゴッドスピード!」


神速で繰り出される二度目のキックが、ライフ・コアを砕く!


「がぁっ、くっ……いやああああっっっ!」


響く断末魔。かくして、時が全てを裁いたタイム・ジャッジド・オール


追加ターンの攻撃によって――決闘デュエルは決着する。


立会人のマロー先生は、手にしたアンティーク時計を胸に仕舞い、宣言した。


「勝負ありです。公式戦札オフィシャル・カード決闘デュエル――勝者は、ウルカ・メサイア!」



王立決闘術学院アカデミー公式戦札オフィシャル・カード決闘デュエル

立会人:マロー・ゼノンサード

勝者:ウルカ・メサイア

敗者:イサマル・キザン

アンティ獲得:《殺生石》



こうして、私は《バーニング・ヴォルケーノ》を守りきった。


けれども――この時の私は、まだ知らなかった。


イサマル・キザン――彼の正体が何者だったのか。

そして、再戦を約束したアスマの元に――恐るべき刺客が迫っていたことを。


勝利の美酒を味わうのは、一瞬。


やがて、少しして――「学園」にアスマが戻ってくる。

立ちはだかるのは、『ラウンズ』の一角にして最悪の『英雄殺し』。


ミルストン・ジグラート。


彼が展開する未曽有の戦術――それは決闘デュエルではなく、決闘者デュエリストという全権指揮官を擁する国家と国家が、その威信を賭けて覇権を握らんとするグレート・ゲーム。


そう――戦争だった。



Episode.4『[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪』]』End


Next Episode.5…『[決戦機動空域バトルコマンド・ウォー・フロントライン]』

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