言の葉の庭の真実! 埋葬呪言の伝道、シャムウーン!(中編)

《「人造神話ゲノム・ミュトス」アトラクナクア=アラクネア》――。


瀟洒な黒いドレスに身を包んだ異形の怪物少女。

蜘蛛女アラクネーがメインサークルに降り立つ。


――ここで一気に攻める!


「あなたの手に残された最後の《歌仙結界》。それを、この攻撃で削るわ!」


「ちぃっ……!」



先攻:イサマル・キザン

メインサークル:

《図書館の魔女、メフィスト》

BP0

サイドサークル・アリステロス:

《殺生石》

(”銀毛九尾”封印解除まで残りカウンター4個!)


領域効果:[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]


後攻:ウルカ・メサイア

メインサークル:

《「人造神話ゲノム・ミュトス」アトラクナクア=アラクネア》

BP2800



「アトラクナクア=アラクネアでメインサークルの魔女メフィストを攻撃!

 ディドリーム・アト……」


……ん?


じっ……とアラクネアがこちらを無言で見つめていた。

バイザーに隠れて表情は見えない。


「アト……」


「じーっ」


「……『第三ノ禁忌』!」


私の号令を受けて、蜘蛛女アラクネーが八本の脚を地面に突き立てながらわしわしと突進する。

対戦相手は手札から最後の《歌仙結界》を発動した。


「《歌仙結界・権中納言匡房ごんちゅうなごんまさふさ》で攻撃を無効やっ!」


メインサークルに陣取る黒ローブの少女――《図書館の魔女、メフィスト》の周囲に、和歌に記された言葉が巡る防御結界が展開する。

アラクネアの一撃は頑強な障壁によって防がれた!


イサマルくんは口角を上げる。


「へへへ。《歌仙結界》は使い切ったけど……メフィストは守りきったで。これで次のターン、メフィストの効果でふたたび《封印砕土》を引き込めば――ターン終了時には最後の封印カウンターが取り除かれ、《殺生石》から銀毛九尾が解き放たれる!」


「それは、どうかしらね?」


「何ィ……!?」


魔女メフィスト――そのカードには、ここで退場してもらうわ!


「《「人造神話ゲノム・ミュトス」アトラクナクア=アラクネア》の特殊効果を発動!このカードは1ターンに1度、「このゲーム中に発動したスペルカード」を墓地から選択して、その効果をコピーできる。私が選択するのは――」


墓地から1枚のスペルカードが出現する。


「スペルカード《黄金虫の財宝》っ!」


「《黄金虫の財宝》やと!?……待てや。そのカードの発動には、手札から2枚のスペルカードをコストとして捨てる必要があるはずやろうが!」


私は苦笑する。それはザイオンXと同じ勘違いだった。


「この効果は、あくまでスペルの効果をコピーするだけ――「このゲーム中に発動したスペルカード」という条件さえ満たしていれば、元々のカードの発動条件やコストはコピーの対象外になるのよ。私は……コピーした《黄金虫の財宝》の効果で、デッキからスペルカードを手札に加えるわ!」


「スペルカード……何をするつもりや?」


《バタフライ・エフェクト》第三の効果により、私はこのターンすべてのスペルカードをインタラプト扱いとして発動することができる。


《黄金虫の財宝》によって手札に加えたカード。


黄金の枠にふちどられた、そのカードを見つめて――私は決意を固める。


このアンティ決闘デュエルは、アスマの大切なカードを守るための戦い。

だから――このカードの力を借りることにするわ。


私はイサマルくんに向けてカードをかざした。

――カルタ遊びはここまでよ!


介入インタラプト。スペルカード――発動!」


手にしたカードを決闘礼装にセットすると――互いのフィールドの中央にあった篝火かがりびが、倒壊した。


倒された篝火からあがった火の手は一瞬で勢いを増し、あっという間に平原を広がる燎原の火となっていく。


野火だ。


『百人一首』に描かれた美しき里に、全てを燃やし尽くす残酷な炎が侵略する。

紅葉に萌える山々は、紅蓮の炎に燃える活火山へと変貌した。


桜……さしも草……松……紅葉……忍ぶ草……白菊……山吹……夏の夕の夕暮れも……まだ見ぬ冬の悲しみも……その全てが灰塵と化す!


山紫水明の箱庭は、灼熱地獄の領域に染められる。

イサマルくんの目が一段と険しくなった。


「まさか……キミが発動した、そのカードは」


「――フィールドスペル。《バーニング・ヴォルケーノ》よ!」


アルトハイネス王家直伝の『札遺相伝』。

この決闘デュエルで賭けられたアンティでもある――アスマの魂のカード。


『スピリット・キャスターズ』の戦術の頂点に属するフィールドスペル――その中でも、レオンヒート家が誇る、最強のスペルカードだ!


「……アスマのカードを、私が使うことになるとはね」


領域の内側に展開した半球状の結界は徐々に拡大し、ついには真四角の結界とぶつかり合う。


侵食し合う彼我の境界。

フィールドスペルとフィールドスペル――二つの仮想領域、二重に重なった世界。


異なる二つの領域効果が、それぞれ異なる意志の元に激突したとき……その結果は三種類に分けられる。



☆☆☆



解説席で、ジェラルドは指を三つ立てた。


「一つは、片方の領域効果のみが残る場合。もう一つは、互いの領域効果が中和され消失する場合。最後に、二つの領域が混ざり合う場合だ」


ジョセフィーヌは「ふむふむ」とメモを取る。


「実は、二つのフィールドスペルが実際にぶつかるのを見るのはこれが初めてなのでスが……その三種類の処理は、どのようにして決まるのでしょウ?」


「最後の混ざり合う場合――『アマルガム』についてはめったに起きるものではない。今は忘れろ。

 最初に挙げた二つ、つまり――「片方のみが残る場合」「両者が消失する場合」については、基準は明確だ。どちらに寄るかはフィールドスペルの性能で決まる」


ジェラルドは一枚のカードを取り出した。


「たとえば、このカードだ」


そこには無数の剣が荒野に突き刺さったイラストが描かれていた。

ムーメルティアの神話に謳われる――万物の父の宮殿たる『ヴァルハラ』に招かれた不死の戦士が戦いを繰り広げる、永遠の戦場。


ジョセフィーヌはカメラ型の魔道具を向けた。


「それは――フィールドスペルでスね?」


「《イモータル・アームズ》――このカードは銀位階級シルバー・レアに属する。フィールスペルの性能を決めるランクは全部で三階級に分けられ――同格なら打ち消し合い、上位のスペルは下位のスペルを無効にして侵食するわけだ」


銀位階級シルバー・レア……!たしか、イサマル選手が発動した《ファブリック・ポエトリー》のカードは銀色にふち取られていましたネ!?」


ジェラルドは頷く。

手にした《イモータル・アームズ》のふちは、同じく銀色だった。


《イモータル・アームズ》と《ファブリック・ポエトリー》が激突した場合には、どちらも同階級の銀位階級シルバー・レアであるため――互いの領域が中和され、後には何も残らない。


「フィールドスペルのランクはそのカードのふち色を見ればわかる。テキストに書かれているわけではないから、注意が必要だな」


「……ところで。お義兄さんは、自分のフィールドスペルを公開してしまって大丈夫でしょウか?報道部としては、記事が厚くなるので助かりまスけど」


「俺はイサマルと違って、切り札を秘密にしているわけではない。それに……フィールドスペルに頼りきった決闘デュエルは、もろく、儚いものだ。それが通じるのは格下相手だけ。――どのみち大した脅威にはならない」


「それは……イサマル選手のことでスかネ?」


「ふっ。どうだろうな。これからの決闘デュエルでわかるさ」


ジェラルドは腕を組み、灼熱に包まれゆく戦場を見下ろした。


「さて。三種類の処理のうち、今回の場合は――」



☆☆☆



四角四面の立方体は崩壊した。


フィールドスペルの頂点に立つ黄金位階級ゴールド・レアのカード――《バーニング・ヴォルケーノ》によって、世界が塗り替わる。


狂ったスケールは元に戻り、空間の広さは現実と同程度に縮小していく。

同時に半球状の領域がフィールドを包み込み、ついに――領域効果が完成した。


噴火を繰り広げる活火山。流れるマグマ。


私は宣言する。このフィールドの名は――!



仮想空間転移フェイズ・シフト――。多層世界拡張魔術ワールド・エキスパンション


[灼熱炎獄領域イグニス・スピリトゥス・プロバト]!」



完成した多層世界拡張魔術ワールド・エキスパンション

その脅威の領域効果が、フィールドのスピリットたちに襲いかかる。


「灼熱炎獄の領域では、火のエレメントを持たないすべてのスピリットのBPは1000ダウンし――さらに、BPが0となったスピリットは破壊される!」


《図書館の魔女、メフィスト》のエレメントは風。

《「人造神話ゲノム・ミュトス」アトラクナクア=アラクネア》のエレメントは地。


どちらも多層世界拡張魔術ワールド・エキスパンションには適応できない。


アラクネアに炎がまとわりつき、BPが1000ダウンする。

だが、BP2800のアラクネアにとっては致命的なダメージにはならない。


致命的となるのは――メフィストの方だ!


イサマルくんのメインサークルが炎に包まれる。

魔女の衣に火がつき、スピリットは慌てて逃げようとするが――このフィールドそのものが炎となっているのだ。どこにも逃げ場などない。


「弱者の生存を許さない殲滅領域――アスマのカードらしい、恐るべき領域効果ね」


哀れ、魔法の支配者マジック・ルーラーとして猛威を振るった魔女は、最強のスペルカードの力をもって火刑に処された。


「……メフィストがっ!キミは、これを狙っとったんか……」


「そうよ。私はこれでターンエンド。エンドシークエンスに《殺生石》の封印カウンターが1つ取り除かれるわね」



先攻:イサマル・キザン

メインサークル:

なし

サイドサークル・アリステロス:

《殺生石》

(”銀毛九尾”封印解除まで残りカウンター3個!)


領域効果:[灼熱炎獄領域イグニス・スピリトゥス・プロバト]


後攻:ウルカ・メサイア

メインサークル:

《「人造神話ゲノム・ミュトス」アトラクナクア=アラクネア》

BP2800(-1000DOWN!)

=1800



イサマルくんのターンとなる。

だが――。


「もう、あなたに《封印砕土》は使わせないわ。そのための《バーニング・ヴォルケーノ》だもの」


「おどれ、よくも……!」


イサマルくんは可愛らしい顔を歪めて悪罵する。


《封印砕土》をサーチできるメフィストはすでに破壊されている。

彼の戦術プランは崩壊した。


「デッキに1枚しか無い《バーニング・ヴォルケーノ》を手札に引き込むために、なかなかの無茶をしたけれど……その成果はあったようね」


『スピリット・キャスターズ』で重要となるのはメインサークルを巡る攻防だ。

そのためメインサークルのスピリットを直接除去するカードは存在しない。


基本的にはメインサークルのスピリットは攻撃で除去するしかない――だが、ここに例外が存在する。


それが《バーニング・ヴォルケーノ》だ。


フィールド自体にスピリットを破壊する領域効果を付与することで、BP0であるメフィストの召喚・効果を封殺できる。

多層世界拡張魔術ワールド・エキスパンションが切り替わったことにより、イサマルくんに《歌仙結界》を取られることも無い。


「……あなたが、アスマが失脚するまで大人しくしていた理由がわかったわ。《図書館の魔女、メフィスト》を維持するイサマルくんの戦術は――《バーニング・ヴォルケーノ》を必殺とするアスマには通用しないものね?」


「……ッッッ!」


そう――私は事前にこのことを予想していたのだ。



☆☆☆



「《バーニング・ヴォルケーノ》をデッキに入れるんですか?」


決闘デュエルの直前。


闘技場の選手控え室で、ユーアちゃんは驚きの声をあげた。


「ええ。きっとこのカードが切り札になるわ」


「でも……ウルカ様のデッキには火のエレメントを持つスピリットは存在しませんよね。不利になってしまいませんか?」


「そうとも限らないわ。イサマルくんのデッキが火のエレメントを主体にしたものでもないかぎり、互いのスピリットはそれぞれ平等にBPがダウンする――そこで殴り合いをしてもBPの差は同じまま……極端に不利にはならないわ。それに、このカードを採用するメリットがあるの」


私は黄金にふち取られた《バーニング・ヴォルケーノ》を手にした。


黄金位階級ゴールド・レアであるこのカードは、銀位階級シルバー・レア以下のフィールドスペルの領域効果を一方的に塗り替えることができる。同じ黄金位階級ゴールド・レアでも、中和して無効にするわ。もしもイサマルくんが仕掛けてくる『初見殺し』の正体が、フィールドスペルによるものなら――それを瓦解させる一手になるはず」


「フィールドスペルなら、シオンちゃんの《アルケミー・スター》もありますよね?《バーニング・ヴォルケーノ》のリスクは無視できませんし……あのカードを借りた方がいいと思います」


「肯定する。本機はマスターのもの、本機のカードはマスターのもの。といっても、あげるわけじゃない。永久に貸しておくだけだぞ?」


ひょっこり、とメイド服姿のシオンちゃんが現れる。


「そうね、もちろんシオンちゃんのカードは借りるわ。……ただ、問題は《アルケミー・スター》のランクが銅位階級ブロンズ・レアなこと。もしもイサマルくんのフィールドスペルが銀位階級シルバー・レア以上だった場合には《アルケミー・スター》は通用しない。逆に領域効果を上書きされてしまうわ」


「そっか……となると、たしかにウルカ様の言うとおりですね。《バーニング・ヴォルケーノ》を刺した方がいいかも」


「肯定する。それと、マスターの狙いは領域の押し合いだけじゃない。だよね?」


私は頷いた。


「そもそも、この決闘デュエルはイサマルくんが私から《バーニング・ヴォルケーノ》を奪うために始まった。私を『ラウンズ』から追放するため――それもあるけど、もしかしたら……彼の戦術にとって、《バーニング・ヴォルケーノ》は致命的な弱点なのかもしれないわ」



☆☆☆



――予想は、的中した。


メフィストが退場したことより、《封印砕土》による銀毛九尾復活の線は消えた。

[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]――イサマルくんを守っていた領域効果も、上位のフィールドスペルによって打ち消され、すでに崩壊している。


決着の時は、もうすぐね……!


「さぁ、あなたのターンよ!」


「おのれぇ……ウチのターン、ドロー!」


イサマルくんは着物の裾をずらすと、膝にセットされたデッキからカードをドローする。


「さらに、ウチは前のターンに発動した《カレイドスコープ・塔》の効果を発動する!メイン・シークエンスの開始時に、カードを1枚ドローするでぇ!」


「《カレイドスコープ・塔》?」


…………あ。


『歌仙争奪』のときにフィールドの情景を歪めて妨害してきた、あのカード!


遅効性の宝札スロー・トリップ――あれってちゃんと効果があるカードだったのね」


「当たり前やろがい。何だと思ってたんや」


ふたたび、イサマルくんはカードを引く。と――。


「あぁ?」と、彼が眉をひそめた。

まじまじとカードを見て……その口元が笑みをつくる。


「なんや……ツキはウチの方にあるようやね」


「ツキですって?」


「ウチは手札からスペルカードを発動するで。《封印砕土》!」


「なっ……《封印砕土》ぉ!?」


《封印砕土》の効果を受けて、《殺生石》の注連縄が千切れる。

残り3つとなっていた封印カウンターが2つ取り除かれ、残りは1個になった!


せっかく、サーチする効果を持つスピリットを除去したのに……。


「メフィストはもう、いないじゃない!その《封印砕土》……もしかして、今のドローで引いたなんて言わないでしょうね!?」


今のはフォーチュン・ドローじゃなかった。

つまり、単純に引きがよかったってこと!?


まぁ……引かれたくないときに引かれたくないカードを引かれるのは、カードゲームではよくあることなのだけれどー!


イサマルくんは扇子のように広げたカードで口元を隠して、けらけらと笑う。


「残念やけど、その通りやで。これで封印カウンターは残り1個――このターンの終了時に《殺生石》からすべての封印カウンターが取り除かれ、銀毛九尾が復活する!」


銀毛九尾――《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》!


東の国・イスカのみかどの権威の象徴であり――『スピリット・キャスターズ』最強である三種の『トライ・スピリット』の一角!(って、解説席でジェラルドが言ってた!)


――そんな強力なスピリットを、呼び出させてたまるものですか!


「(このターンに《封印砕土》を使われるのは計算外だったけれど……こうなったら、計画を早めるしかないわね。アラクネアが除去される可能性もあるし、今のうちに動いておくわ!)」


銀毛九尾の復活はさせない。

私はひそかに温めていた、《殺生石》に対する必勝の策を発動した。


「《「人造神話ゲノム・ミュトス」アトラクナクア=アラクネア》の特殊効果、発動!」


「アラクネアの効果――またスペルカードをコピーするんか!?」


アラクネアの効果はインタラプトとして発動する――仮にコピー元となるスペルカードが通常のスペルだったとしても、インタラプト扱いで相手ターンに発動できる。


私がコピーするカードは……!


「コピーするのは《封印砕土》よ!」


「《封印砕土》……やと!?」


「この効果の対象は、あなたのサイドサークルの《殺生石》!」


――コンストラクトカード《殺生石》。


このカードは、他のカードの効果によってフィールドを離れない。


破壊することはできない。

手札やデッキに戻すことはできない。

ゲームから取り除くことはできない。


故に復活を阻止する方法は封印カウンターが0になるまでに決着をつけるだけ――そう考えていた時期が、私にもあった。


でも、あるとき気づいたのだ。

《殺生石》の封印解除を阻止する方法は他にもあると――!


「私は……《殺生石》からわ!」



☆☆☆


会場はどよめきに包まれた。


「どういうつもりだ?」「サレンダー代わりってこと?諦めた?」「いや――」「所詮は寄生虫女のやることだ!期待して損したぜ!」「銀毛九尾、生で見るのは初めて!」「ウルカ・メサイアは――イスカの将軍家と内通していたんだああああ!!!!」「ちょっと待って、殿が言ってた《殺生石》のテキスト……!」「おいおいおい」「誰か、説明してくれよぉ!」


実況席でジョセフィーヌがマイク型決闘礼装を手に取った。


「これは驚きの展開でス!対戦相手であるウルカ選手の手により《殺生石》の最後の封印が解かれましター!何が起きているのでしょウ!?ともあれ、いよいよ降臨する『トライ・スピリット』の一角に、土器がムネムネしまス!違う、胸がドッキドキでース!」


ジョセフィーヌは豊満な胸元を弾ませた。

決定的瞬間を見逃すまいと、一斉にカメラがイサマルに向けられる。


ところが――。


「……おやァ?」


――いつまで経っても、銀毛九尾が現れる気配はない。


観客席がざわつく。

カメラに映されているのは、悔しげに歯ぎしりするイサマルの顔だけだ。


ジェラルドの声色が得意げに弾んだ。


「……気づいたようだな。ウルカ・メサイア」


「お義兄さん?これは一体、どういうことでスか?」


「教えてやる。《殺生石》のテキストをよく読んでみるんだ」



《殺生石》

 種別:コンストラクト(サイドサークル・アリステロス)

 効果:

 このカードは他のカードの効果によってフィールドを離れない。

 サークルに配置されたとき、封印カウンターを9個置く。

 各ターンのエンドシークエンスに、封印カウンターを1個取り除く。

 このカードの効果によって封印カウンターが取り除かれて0個になったとき、このカードをゲーム終了時まで《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》として扱う。



「ふむふむ……おやァ?


 !?」


「イサマルが最初に《殺生石》を発動したときにも、きちんと宣言していた。あれで律儀な男だな」


ジェラルドは《殺生石》のテキストを指す。


「ここにあるとおりだ。途中のカウンターはいくら《封印砕土》で取り除いてもかまわないが……最後の1個だけは、絶対に自身の効果によって封印カウンターを取り除く必要があるんだ」


だが、しかし――!


「これっテ……ウルカ選手がコピーした《封印砕土》によって、最後の封印カウンターが取り除かれてしまったということハ……!」


「もはや《殺生石》の効果によって封印カウンターが取り除かれることは無い。――銀毛九尾の復活は失敗した」


これがウルカが見つけ出した《殺生石》の弱点。


《封印砕土》――カウンターを取り除く効果を持つスペルカード。

このカードは《殺生石》の封印解除を早める『最高の特効薬』であると同時に――《殺生石》の封印解除を妨害する『最悪の毒』にも転じる。


ジョセフィーヌはようやく事態を把握した。


「銀毛九尾は降臨しなイ……!となれば――これはもう、ウルカ選手の勝ちなのではないでしょウか!?」


「……それは、どうだろうな」


ジェラルドは胸を抑える。

彼はイサマル・キザンとのアンティ決闘デュエルを回想していた。


《殺生石》による銀毛九尾の降臨――それは、本当にイサマルの全てなのか?


「(いいや、違う……!)」


――イサマルの戦術は、まだ底じゃない。

――俺はそこに恐ろしいものを感じて、強制的に決闘デュエルを引き分けに持ち込んだ。


ここからは未知。もはや解説することもない。


だが――俺ではなく、お前なら。


しばし、解説という役割を離れて――ジェラルドは呟いた。


「ウルカ・メサイア。……見せてやれ。お前の力を」



☆☆☆



やったわ――!


《封印砕土》の効果による《殺生石》封じが成功した。

これで、イサマルくんの勝ち筋は消えた!



先攻:イサマル・キザン

メインサークル:

なし

サイドサークル・アリステロス:

《殺生石》(”銀毛九尾”蘇生実験、失敗!)


領域効果:[灼熱炎獄領域イグニス・スピリトゥス・プロバト]


後攻:ウルカ・メサイア

メインサークル:

《「人造神話ゲノム・ミュトス」アトラクナクア=アラクネア》

BP2800(-1000DOWN!)

=1800



イサマルくんは両手で顔を覆う。


「そんな……ひどいでぇ、ウルカちゃん。せっかく……ウチが頑張って、3ターンもかけて封印カウンターを取り除いたのに……こんなことされたら、ウチはもう何もできんやん……!」


顔を隠したまま――ひっく、ひっく、とすすり泣きを始める。

予想外の彼の反応に、私はあわててしまった。


「え、ちょっとイサマルくん!?」


「うぅ……なんでウチをいじめるん……?」


「そ、そんなこと言ってもこれは決闘デュエルなんだし……!それに、まだ勝負が決まったわけじゃないわよ?まだイサマルくんのターンなんだから!」



「うん……うん……そうやね。


 まだ、勝負が…………?――へへへっ!」



手を開いて、イサマルくんはペロリと舌を出した。

なっ……嘘泣き!?


「どっちにしろ、このターンでウチは仕掛けるつもりやったからね……ちょうどええわ。《歌仙結界》を攻略したのも――ウチの本当の切り札を見せるのも。このデッキを組んでからは、キミが初めてやしねぇ」


「何を……する、つもりなの?」


イサマルくんの気配が変わる。手札からスピリット・カードを唱える。

灼熱の領域に展開された召喚陣――そこに黒い毛並みをした大型犬が出現した!


「ウチはメインサークルに《金銀妖瞳ヘテロクロミアの魔犬、ムーンストーン》を召喚!」


「魔犬……!やっぱり、あなたのデッキは妖怪デッキじゃないのね」


「せやで。……ウチのデッキで以前から残ってるカードは《殺生石》と《泰山府君祭》の二種類だけや」


「なっ……たった二種類だけですって!?」


イサマルくんはけらけらと笑う。


「ウチには優秀な友達がおってなぁ。その子に相談したんや。《殺生石》を活かすにはどうしたらええかってな……そうやって色々と弄ってるうちに、他のカードはみんな抜けてしもうたわ」


「そのデッキは《殺生石》だけに特化したデッキってわけ――!?」


でも、それなら尚更のこと。

《殺生石》が機能不全になった今、イサマルくんには打つ手が無いはず。


それなのに――彼は余裕たっぷりに語る。


「その友達は言うたんや。《殺生石》の最大のポイントは、相手とのあいだに無意識の合意を強制することにあると」


「無意識の合意……?」


決闘者デュエリストなら皆が恐れる伝説の『トライ・スピリット』を封印した《殺生石》。カード効果で除去することもできず、毎ターンのエンドシークエンスごとに破滅の時を刻むドゥームズディ・クロック――誰もが目を奪われていく、弱点なんて見当たらない。


 このカードを目にした者は無意識に考える。

 封印が解除されるまでは……ウチは攻めに転じず、『守りの王道』を往くと。


 《殺生石》を切り札と仮定した場合に――その前提を崩して攻めに入るタイミングは、ウチだけが握れるわけや」


「銀毛九尾以外にも、攻めに入る方法があるっていうの?」


それこそが、イサマルくんの本当の切り札。


「まぁ――《歌仙結界》の防御が鉄壁すぎたのは計算外やったわ。『ラウンズ』相手なら切り札を見せるまでもなく……銀毛九尾だけで蹂躙できてしもうたからね」


イサマルくんは手札からスペルカードを展開する。


「《ダブルコスト(ン)改造》、発動や!このスペルの効果により、魔犬ムーンストーンをグレーター・スピリットとして扱うことできる!」


「レッサー・スピリットを上位のグレーター・スピリットとして扱うカード……!」


こうなれば、イサマルくんの意図は明確だ。


「わかったわ、あなたの狙いは――シフトアップ召喚ね!」


シフトアップ召喚。


『スピリット・キャスターズ』におけるスピリットの最上位――エンシェント・スピリットのシフトアップ召喚には、レッサー・スピリット2体か必要がある!


「そういうことやね。《金銀妖瞳ヘテロクロミアの魔犬、ムーンストーン》の特殊効果、発動!このカードをコストにして、追加のシフトアップ召喚をおこなう――これがウチの本当の切り札や……!」


左右で色が異なるオッドアイ――魔犬の妖瞳が妖しく輝く。

その遠吠えと共に御身は生け贄となり――メインサークルに、灯が現れる。


一つ、二つ、三つ――点いた灯は七十七本。

灯は宙を舞う蝶のように飛び回りながら、鱗粉のように火の粉をちらす。


やがて、灯は一つとなる。

火と火が重なり、炎となる。いかなる形も取らない無形の元素精霊。


神秘の炎は――灼熱炎獄の領域効果の加護を受けて火勢を増す。


もしかして、このスピリットは――。


「火のエレメントを持つスピリット……ってこと!?」


「せや――これは対・アスマくん戦を想定して用意していたウチのエース・スピリット。感謝するで、ウルカちゃん。おおきになぁ……ウチのためにわざわざ《バーニング・ヴォルケーノ》を発動してくれて」


「そんなっ……!」


私は、一つ読み間違えていた。


イサマルくんがアスマの《バーニング・ヴォルケーノ》を狙っていた理由。

それは《バーニング・ヴォルケーノ》が彼の弱点になるから――そうではない。


《バーニング・ヴォルケーノ》は、彼の切り札を強化するカードだったからだ!


イサマルくんは、エンシェント・スピリットの名を唱える。



「生命の根源たるアータシュに告げる――!

 光輝はここに在り。正義は我にあり。

 死者の言葉を束ね、幾千の呪言を重ねしアシュム・ウォフーの代弁者よ!

 二元論の真理をもって、蒙昧なる生者に真実の託宣を下せ!


 シフトアップ召喚!

 拝火の伝道師――《言之葉之彼岸シャムウーン》!」



「《言之葉之彼岸シャムウーン》……これが、あなたの本当の切り札!」


それは、炎の集合体だった。


いかなる形も取らず――いかなる身体も持たず――人と見れば人に在らず、獣と見れば獣に在らず、虫と見れば虫に在らず。


……私は、気づいた。


そこに何を見出すかは、見る人によって変わるのだ。

見る者がもっとも『正しい』と思う姿として映る。


私の場合は――それは、蝶だ。

火に燃えながらも翼をひるがえす、この世で最も美しき蝶だった。


あるいは蛾かもしれない。


どちらにせよ――蝶と蛾を明確に分ける区分など、昆虫学には存在しないのだから。


「……きれい、だわ」


だけど、今は決闘デュエル中。

私はスピリットが召喚されたフィールドに意識を戻した。


イサマルくんは《言之葉之彼岸シャムウーン》の効果を説明する。


「このスピリットの本来のBPは0や。ただし――特殊効果により、そのBPは互いの墓地に眠りしスペルカードの数の250倍となる!」


「墓地のスペルカードですって……?」


私はこれまでの決闘デュエルで使われたカードを思い返す。


《ファブリック・ポエトリー》。《泰山府君祭》。

二枚の《封印砕土》。

《カレイドスコープ・塔》。《ダブルコスト(ン)改造》。


《バタフライ・エフェクト》。《メルテンス・デモーション》。

《黄金虫の財宝》。《エメラルド・タブレット》。

《バーニング・ヴォルケーノ》。


……いいや、これだけじゃないわ。


「イサマルくんはメフィストの効果を発動するために手札からスペルカードを捨てていたわね」


《ろくろ首の恫喝》。《首斬りかまいたちサイクロン》。

《煙々羅か土蜘蛛か視肉》……。待てよ。


――違う。そうか。そういうことか!


ここに来て、ようやく至る。


[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]。

言の葉の庭に仕掛けられた罠――その全容に。


「――完全に、私も乗せられていたわ」


『歌仙争奪』。


互いのターンのバトルシークエンスごとに3枚のスペルカードを取り合う特殊な領域効果。

決闘デュエルが長引けば長引くほど、どちらが『歌仙争奪』に勝利したとしても手札に《歌仙結界》が貯まっていく。


貯まった《歌仙結界》が攻撃無効に使われようが、手札コストに使われようが――イサマルくんにとっては、どちらでもよかった。


なぜなら、彼の目的は《歌仙結界》を――スペルカードを互いの墓地に送ることにあったのだから!


私は真実にたどり着いた。


「『歌仙争奪』の本当の目的。全ては墓地にスペルカードを溜めることで……《言之葉之彼岸シャムウーン》の力を増すためだったのね!?」


「へへへ。そういうことや。《言之葉之彼岸シャムウーン》は死者の言葉の体現者。埋葬された呪言を束ねて、己の力とすることができる!」


言之葉之彼岸シャムウーン》の効果は墓地の《歌仙結界》も数える。


《歌仙結界・藤原興風ふじわらのおきかぜ》。

《歌仙結界・伊勢大輔いせのたいふ》。

《歌仙結界・曾禰好忠そねのよしただ》。

《歌仙結界・在原業平朝臣ありわらのなりひらあそん》。

《歌仙結界・崇徳院すとくいん》。

《歌仙結界・権中納言匡房ごんちゅうなごんまさふさ》。

《歌仙結界・能因法師のういんほうし》。

《歌仙結界・蝉丸せみまる》。


墓地から唱えられた八つの歌――その言葉が重なるたびに、その言葉を糧として、燃える蝶の翼が大きく広がっていく。


墓地のスペルカードは22枚。

多層世界拡張魔術ワールド・エキスパンションの加護を受けた、最終的なBPは……!



先攻:イサマル・キザン

メインサークル:

言之葉之彼岸シャムウーン

BP5500(+1000UP!)

=6500

サイドサークル・アリステロス:

《殺生石》(”銀毛九尾”蘇生実験、失敗!)


領域効果:[灼熱炎獄領域イグニス・スピリトゥス・プロバト]


後攻:ウルカ・メサイア

メインサークル:

《「人造神話ゲノム・ミュトス」アトラクナクア=アラクネア》

BP2800(-1000DOWN!)

=1800



「BP、6500……!そんな、いくらなんでも強すぎるわよ!」


「バトルや。《言之葉之彼岸シャムウーン》――気色悪い蜘蛛女を燃やし尽くせぇ!

 オフルミズド・ツァラトゥストラ!」


火炎蝶の羽ばたきは七十七の火の粉となり、アラクネアを襲う。


こうなったら――《言之葉之彼岸シャムウーン》のBPを増すことになったとしても、スペルカードを使うしかない!


介入インタラプト!《歌仙結界・順徳院じゅんとくいん》で攻撃を無効にするわ!」


「……はん。無駄なことや」


イサマルくんが指を鳴らす――と、墓地から言の葉で紡がれた鎖が出現する。

炎の鎖は手にしたスペルカードに絡まりついた!


「これは……!?」


「言うたやろがい。《言之葉之彼岸シャムウーン》は死者の言葉の体現――キミごとき、生きてるもんの吐く言葉スペルなんかが――《言之葉之彼岸シャムウーン》に通用するかぁっ!」


《歌仙結界・順徳院じゅんとくいん》が焼却され、墓地に置かれる。

同時にイサマルくんの墓地から《封印砕土》がゲームから取り除かれた。


これは――スペルを無効にする特殊効果!


「……考えてみれば、当然だったわ。《歌仙結界》はあなたに与えられたカード。デッキを構築した段階で、すでに対策済みってわけね……!」


「これが《言之葉之彼岸シャムウーン》の特殊効果や。ウチの墓地からスペルカードを除外することで、スペルの効果を打ち消して無効にできる。効果を使うたびに墓地からスペルカードを取り除く必要はあるが……ウルカちゃんの墓地に新たなスペルが置かれたんで、BPは差し引きゼロやね」


《歌仙結界・順徳院じゅんとくいん》が打ち消されたことで、《言之葉之彼岸シャムウーン》の攻撃は続行となった。


ふたたび火の粉が宙を舞う。


蜘蛛女アラクネーはその身を炎で焼かれた。

同時にその余波を受けて、私のシールドが砕け散る!


「きゃあああーっ!!」



先攻:イサマル・キザン

メインサークル:

言之葉之彼岸シャムウーン

BP5500(+1000UP!)

=6500

サイドサークル・アリステロス:

《殺生石》(”銀毛九尾”蘇生実験、失敗!)


領域効果:[灼熱炎獄領域イグニス・スピリトゥス・プロバト]


後攻:ウルカ・メサイア

【シールド破壊状態】

メインサークル:

なし



形成は逆転してしまった。


死者の言葉スペルだけを真実として、生者の言葉スペルを否定する《言之葉之彼岸シャムウーン》。


ここからは、もうスペルカードは使えない。

その上でBP6500の怪物を攻略する必要がある……!


「ターンエンドや。さぁて、どないする?ウルカちゃん」


「くそぉ……!」


イサマルくんは狐のように目を細めた。

そうして、どこか探るような目つきをしながら言の葉を紡ぐ。



人はいさ 心も知らず ふるさとは

花ぞ昔の 香ににほひける



「……何よ、いきなり」


「『百人一首』の和歌がなぜ人の心を打つんか――それは、遠い昔に亡くなった死人の遺した言葉だからや」


「死人の、言葉?」


「望郷を歌った順徳院の言葉も。呪詛を歌った後鳥羽院の言葉も。死しても言葉だけは残る。この世界に残っているのは言葉だけや――ウチらを除いてな」


「何を言っているの……?」


「すぐにわからせたる。この決闘デュエルが終わったら――ウルカちゃんには、聞きたいことがたっぷりあるからなぁ」


なんだかわからないけど。

このまま終わらせるわけにはいかない……!


私は……もう一度、アスマと話したい。

そのためには――《バーニング・ヴォルケーノ》をアスマに返す。


これは私の意地。

勝手にこんなカードを押し付けた奴に文句を言ってやるためには……通さなきゃならない、意地があんのよ!


決闘礼装に装填されたデッキに目をやる。

絶体絶命の状況――それでも。



あとはそれを引くだけ――!そうよ、引くだけなんだから!


「……フォーチュン・ドロー。

 『ダンジョン』での決闘デュエル以降は一度も出来てないけど……この局面で出来たら、最高なんだけれどね……!」


泣き言を言っても始まらない。

……深呼吸をして、意を決する。



私は――デッキのカードに手をかけた。

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