鉄壁の歌仙結界! 言の葉の庭に仕掛けられた罠!(転の句)

スペルカード《バタフライ・エフェクト》。

カードから出現した蝶の刻印を目隠しにして、密談を始める。


「たしか計算が得意って言ってたわよね」と、私は声を潜めた。


シオンちゃんは応える。


「肯定する。本機の得意分野だよ」


「それを聞いて安心したわ。手短に話すわね」


私は先ほど思いついたばかりの仮説を口にした。


「イサマルくんの多層世界拡張魔術ワールド・エキスパンション――最初、このフィールドは展開された領域の各所に、『百人一首』の情景を元にしたオブジェを配置して作られたものだと考えていたわ。でも、本当はそうじゃない。順序が逆なの」


「逆?」


なぜ、このフィールドだけが正方形の形をした領域なのか?

変なフィールド――それに説明がつく答えは、これしかない。


「ここからは、あくまで私の推理にはなるのだけれど……たぶん、このフィールドは『百人一首』そのものなのよ。百人の歌人から一首ずつを取った百枚の取り札。その百枚を、タテとヨコで十かける十になるように、ぴっちりと正方形に並べた領域――」


それが[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]の正体。


シオンちゃんは唇に指を当てて思案する。


「……疑問が生じる。散らばったスペルカードは『スピリット・キャスターズ』のカード――つまり、タテ長の長方形。それを十かける十で百枚並べても、形状はタテ長の長方形になっちゃう。正方形にはならないよ、マスター」


「『歌仙争奪』の元になっているカルタ遊びは、カードゲームの一種だから使用するのは長方形のカードね。でも、『百人一首』は元々はカードゲームのために作られたものじゃない――以前、友達の家でインテリアになっているのを見たことがあるの。『百人一首』のような和歌が書かれた色紙は、ちょうど正方形の形をしていたわ……!」



☆☆☆



『百人一首』。


現在、カルタとして知られるは『小倉百人一首』とも呼ばれる。


『小倉』の名は、撰者である歌人・藤原定家ふじわらのていかが息子のしゅうとである宇都宮うつのみや頼綱よりつなの依頼を受けて、京都・嵯峨野の『小倉山荘』を飾るために選ばれた百首の詩歌であることに由来する。


定家は百枚の色紙に和歌を書き、それらを障子に貼ることで彩りとした。


現存するのは、わずかに三十枚程度。


……そのいずれもが、に近い四角い色紙にしたためられている。



☆☆☆



シオンちゃんは重ねて疑問を口にした。


「それに、本機は数えたの。フィールドに散らばったカードは合計で七十三枚――百枚じゃなかった。七十三枚では、どう並べても正方形にはならない」


「七十三枚!?それは確かなの、シオンちゃん」


「肯定する。間違いないよ」


なら――むしろ、それは推理を補強する材料になるかもしれない。


「シオンちゃん、このフィールドの大まかな外観を出してもらえる?」


「了解。まだ探索できていないエリアもあるから、Fuzzyだいたいになるよ」


彼女が私の決闘礼装に触れて相互リンクすると、モニターに映像が浮かび上がった。



山山山月山山山山山山

雲雲雲月橋山 川

雲雲雲月橋 山山 

雲雲雲月山山川滝山

雲雲雲月川   山桜

雲雲雲月川川   桜

雲雲雲月川川   桜

雲雲雲月舟  火 松

雲雲雲月舟    山

雲雲雲月舟海海海海海



「スタート地点の篝火かがりびは『火』の地点ね。シオンちゃん、西のエリアを見てみて。変だと思わない?」


「肯定する。『雲』が多すぎる。『雲』を含む歌は五首しか無いはず、『百人一首』のリストには」


「これまでの『歌仙争奪』で、私たちは『読み札がフィールドの情景に対応している』という前提で、互いに取り札を奪い合っていたわ。でも、よく考えると変なのよ――たとえば、内容に情景を含まない歌はどうなるのか?」



恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり

人知れずこそ 思ひそめしか



と、言ったように――『百人一首』には、秘めた恋心といった情念を歌う句も数多く含まれている。

当然ながら、そこには一切の情景が含まれていないのだ。


シオンちゃんはポン、と手を叩く。


「西のエリアに広がっている雲海は、物理的な『雲』ではない。ヒトの心の、形のない情念を歌うもの――それが除外された二十七首の正体?」


「それは読み札から判断することができない――つまり、どうあっても相手が取ることができない札だから除外された。そう考えれば――逆に、残りの七十三首については、どのエリアにどの札が置かれているのかを推理できる材料が与えられているんだと思うわ。だからこそ、このフィールドスペルは『スピリット・キャスターズ』のカードとして成立した……!」


しのぶちゃんは言っていた。

『百人一首』はミステリーの一種だと。


ミステリーには、一つのルールがある。

それは解けない問題を出すことができないという縛りだ。


どんなにアンフェアだろうと……どんなにイジワルだろうと。

そこには、きっと解き明かせるカギがあるはず!


「さぁー、シオンちゃん。ここからは大仕事になるわよ……!」



☆☆☆


ウルカ・メサイアが《バタフライ・エフェクト》を発動してから、すでに五分ほどが経過していた。

ウルカは蝶の刻印に隠れたまま、プレイを再開する気配が無い。


観客席からも、徐々にどよめきが大きくなってきた。


イサマル・キザンは、足と一体化した決闘礼装で地面を叩く。

そのリズムはだんだんと早くなり、ついにはあからさまに舌打ちした。


「マロー先生。これって、明らかな遅延行為やろ!失格にせぇ、失格に!」


マロー・ゼノンサード――この試合を監督する立会人である教師は、紋章が刻まれたアンティーク時計を取り出して、刻印の向こう側に声をかける。


「……ウルカさん、まだ効果対象は決まりませんか?」


「え、えーと、はい、もう迷っちゃって迷っちゃって!あと、ほんの少しだけ待ってくれたら決まるだけどなー、もうちょっとだけあれば……!」


「一分五十三秒前にも、同じことを言っていましたよ」


マローは時計の文字盤に目線を落とす。


「あと一分です。それ以上は一秒たりとも待てません。速やかに、効果対象を選択するように――さもなくば、立会人の権限をもって、イサマルくんの勝利とします」


「は、はぁーい!急ぎまーす!」と、刻印の陰から泣きそうな声が聞こえた。


イサマルは顔をしかめる。


「一体、何をやっとんのや……こいつ」


――何をやっても、悪あがきだってば。


「もしも、ドネイトくんの推理どおりに――こいつが、だとしても。こんな短時間で『歌織物』を完成させられるわけがないんだから」



☆☆☆



空中にホログラムで投影された『百人一首』が浮かび上がる。


次々に条件を指定し、再指定し、また組み替えて、スライドパズルのように百の正方形を並べ替えながら、私はシオンちゃんを案内人として言葉の迷宮を突き進んでいく!


謎を解くカギは明白だ。

ヒントは第一局、第二局、第六局に詠まれた歌にあった。


この三つの歌をフィールド上の配置通りに北から南に並べると、以下のようになる。



(北・第一局)

いにしへの 奈良の都の 八重『

けふ九重に にほひぬるかな


(中・第六局)

』の 尾上の『』 咲きにけり

外山の霞 たたずもあらなむ


(南・第二局)

誰をかも 知る人にせむ 『』の

松もむかしの 友ならなくに



『桜』、そして『高砂』。

見ての通り、隣り合った詩歌では、それぞれに共通する語句が存在する。


「この正方形のフィールドは、隣り合った句同士で必ず共通する語句を含むようにカードを配置することで作られているんだわ……!」


左から三列目に十個の『月』が並んでいるのもこのためだ。

これらは上下で『月』の語句を共通として並んでいるのだから!


『川』が北から南に流れているのも。

『山』が北端に横並びになっているのも。

『舟』や『桜』が上下に三つ並んでいるのも、全て理由は同じ!


「このフィールドは上下左右のキーワードを軸として、『百人一首』を隙間なく正方形に並べることで埋まる一種のパズルなのよ。それが――イサマルくんがこの領域にかけた魔法の正体!」


だが……思考の迷宮は「不一致」の壁に阻まれる!


「……否定する。マスターの指定した条件では埋まらない。完成度は72%だよ」


「除外する二十七首の再選定!シオンちゃんは言ってたわよね、『月』の句のうちの一句が除外されるはずだって。だったら――」


検索ワード『月』でヒットする十一首――この中に情念の句があるとしたら。


「ウルカさん。あと、残り四十秒です」と、外から先生の声がする。


「そんなっ……あと、もう少しなのに!」


焦りで喉がひりつく――と、シオンちゃんが一首を指差した。



歎けとて 月やはものを 思はする

かこち顔なる わが涙かな



「翻訳する。月が「なげけ」と言う――否定する、涙は恋に落ちた本機のせい」


「これは恋情を歌った詩歌ということ?……なら、句に登場する『月』は物理的な『月』じゃないのね!」


十一の『月』の歌の中で、フィールドの『月』が十個しか無い理由がこれだ。


そして、盤面が全て埋まらない理由にも心当たりが生まれた。

基本となる考え方は間違っていないはず――だけれど。


「もっと、発想を自由に広げる必要があるわ……!」


百の歌を選んだ藤原定家は言葉遊びが大好きな日本人――その中でも、歌人としても名高い言葉のプロなのだから。


それなら、きっと――。


「シオンちゃん、追加条件よ――の解禁!その上で、再計算をお願い!」


「承知したよ、マスター。遠近未来予測演算機構ゼノン・サブシステムを限定解放。可能性世界を予見し、未来をつかみ取るマクシウム演算の真髄、とくと見てね」


シオンちゃんの全身が黄金の光に包まれた。

これは――フォーチュン・ドローのときと同じ!


「――Weirding運命支配!」



☆☆☆



「……先生?」


イサマルが呼びかけても、マローは心ここに在らずといった様子だった。

手元のアンティーク時計が刻む針は、そろそろ一分になろうとしている。


それでも動く気配はなく。


誰にもその呟きは聞こえなかったが――その口は、こう動いていた。


「――ゼノン?」



☆☆☆



――計算は成功した。


正方形のフィールドの余白に、七十三枚――いや、百枚のカード全てが埋まる。



山山山月山山山山山山

情情情月橋山草川花花

情情情月橋菊山山紅花 

情情情月山山川滝山花

情情情月川坂雪夜山桜

情情情月川川夕夜秋桜

情情情月川川山岸草桜

情情情月舟江芦火草松

情情情月舟田田秋秋山

情情情月舟海海海海海



「まさか、二十七枚の情念のカードも同じ条件で並べることができるなんて。こんなの、偶然じゃありえないわ……」


『用捨は心に在り』――藤原定家はそう言い残した。


歌で織られた織物ファブリック・ポエトリー」。


「……これが、このフィールドに隠された真実。やったわね、シオンちゃん!」


譜面が完成した。あとは――勝ちに行くだけ!


私は興奮のあまり、シオンちゃんとハイタッチする――いつも通りに無表情の彼女だったが、そこには誇らしげな気配が満ちていた。


「マスター。本機、かっちょいい?」


「当然よ。カッコいいわ!」


「嬉しい。照れる」


刻印の外から、マロー先生が時計を読む声が聞こえる。


「ウルカさん、残り十秒です。七、六、五、四……」


シオンちゃんは《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》へと戻り――私は決闘デュエルを再開する。



「《バタフライ・エフェクト》をモード③で発動!」


蝶の刻印が空中に舞い――私は、イサマルくんと対峙した!

彼の表情には蔑みの色が浮かんでいる。


「はん。どんだけ待たせるねん。こんなんで心理戦になると思ったら大間違いやで」


「心理戦なんかじゃあないわ。ここからが、反撃開始よ!」


でも、待たせたのはごめんなさいね!


「私は手札からスペルカード《メルテンス・デモーション》を発動するわ!グレーター・スピリット一体をコストに、よりランクが低いレッサー・スピリットを手札から配置する!ビートル・ギウス、ご苦労様。選手交代よ!」


メインサークルの《悪魔虫ビートル・ギウス》をコストにして、私は手札から新たなスピリットを呼び出した。


「ここはあなたの戦場ね――存分に駆けなさい!《天鵞絨ビロード虫ホーク・アイ》をメインサークルに配置!」



先攻:イサマル・キザン

メインサークル:

《図書館の魔女、メフィスト》

BP0

サイドサークル・アリステロス:

《殺生石》

(”銀毛九尾”封印解除まで残りカウンター4個!)


領域効果:[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]


後攻:ウルカ・メサイア

メインサークル:

天鵞絨ビロード虫ホーク・アイ》

BP1600

サイドサークル・デクシア:

《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》

BP1500



召喚されたホーク・アイを見て、イサマルくんはけらけらと笑った。


「何を呼ぶかと思うたら――わざわざグレーター・スピリットをコストにしてまで、効果も持たないレッサー・スピリットを場に出したんか。ウルカちゃん、勝負を捨てるにはまだ早いで?」


「勝負を捨てるですって?とんでもない」


天鵞絨ビロード虫ホーク・アイ》――太い胴体に三角形じみた鋭角の翼を生やした、このスピリットは――昆虫界の戦闘機、スズメガをモチーフにしている。


スズメガは飛行昆虫の中でも非常に速いスピードで空を飛ぶ。

その飛行速度は種によっては時速50km以上にも達すると言われており――日本で確認できる中では最速の昆虫(ヤンマ科のトンボを除く)と呼ばれるに至った。


私はホーク・アイに飛び乗り、鷹の眼を模した柄の翼を見下ろす。

――この子となら、きっと勝てる。


「バトル・シークエンスに移行するわ。『歌仙争奪』の時間よ!」



『歌仙争奪』――第七局、開始。



ぎゅ、と背中に柔らかい感触が押し当てられる。


「って、え……?シオンちゃん!?」


バイクで二人乗りするときのように後ろにしがみついたシオンちゃん――ザイオンXは、指を口に当てて「しーっ」とする。


危ない、危ない。つい人前でも話しかけそうになっちゃう。


どうやらついてきてくれるみたいだけど……二人乗りして重量は大丈夫かしら?


ホーク・アイの様子をうかがうと「大丈夫でっせ!なんならもう一人くらいならいけるでぇ、お嬢!」みたいな感じで目をくりくりとさせていた。


……なんで、関西弁?


実況席のジョセフィーヌちゃんがカルタを取り上げる。


「それでは、第七局の読み札を読み上げまース!」


しん――と会場が静まり返る。


対峙するイサマルくんは薄笑いを浮かべ、あくまで余裕を崩さない。

それも当然だろう……ここまで、彼は六連勝。


「でも、その記録はここまでよ……!」


ん、と一拍置いて――ジョセフィーヌちゃんは言の葉を紡いだ。



あら



「……っ!?んんんーっ!!!」


ホーク・アイが急発進した。

スタートダッシュはイサマルくんと同時――、もしかして、これって!?


「運転を代わるね、マスター」


ホーク・アイに指示を与えているのは、後ろに座ったシオンちゃんだ。


並走するイサマルくんだったが――魔女の箒とスズメガの羽ばたきでは、こちらに分がある!徐々にその差は開いていく。


イサマルくんの声が焦りに染まる。


「んなっ……!こいつ、なんで『決まり字』を……!さっきまで、素人やったやないかっ!」


あっという間に、彼は後ろに見えなくなった。

私はようやく合点する。


「……そうか。『決まり字』――『百人一首』では「上の句」を何文字か読んだ時点で「下の句」が何なのか確定するんだっけ」


「肯定する。『あら』から始まる句は、百の歌の中で二首だけ。そのうちの一首はこれ」



あらし吹く みむろの山の もみぢ葉は

竜田の川の にしきなりけり



「みむろの山……『山』のエリアね」


北端に連なる山脈に向けてホーク・アイは一直線に突き進んでいく。


シオンちゃんは、こっそりと耳元でささやいた。


「隣り合うカードとの共通の語句。対象のカードと隣接するカードのうち、左のキーワードは『山・吹く』。右のキーワードは『山・吹・嵐』。下のキーワードは『竜田の川』」



み吉野の 『山』の秋風さ 夜『ふけ』て

ふるさと寒く ころも打つなり


『ふく』からに 秋の草木の しをるれば

むべ『山』風を 『嵐』とい言ふらむ


ちはやぶる 神代も聞かず 『竜田川』

からくれなゐに 水くくるとは


「これが――」


『あらし』『吹く』 みむろの『山』の もみぢ葉は

『竜田の川』の にしきなりけり


「――こうなる。だよね、マスター」



私は風圧に負けずと頷いた。


「ええ、そうなるわ。……ところで、シオンちゃん。「上の句」の読み上げでは『あら』の時点で特定できる「下の句」は二首までなのよね?どうして『あらし』まで待たずに動くことができたのかしら」


「うん、それはね……」



☆☆☆



「……そんな、ウソやろ」


追いつけないと悟った時点で、イサマルは箒を止めて空中で静止した。


誰ともなくイサマルは独白する。

――だが、その口調はこれまでと全く違ったものとなっていた。


「情景から判断して『山』のどれか、と当たりをつけるのはわかるよ。でも……『あら』を『決まり字』にするってことはさ……!」


『百人一首』で『あら』から始まる和歌は二首のみ。



あらし吹く みむろの山の もみぢ葉は

竜田の川の にしきなりけり


あらざらむ この世のほかの 思ひ出に

今ひとたびの あふこともがな



――このうち。『あらざらむ~』の可能性を除外できる理由があるとしたら。


「『あらざらむ~』は『情念の歌』に分類される――《ファブリック・ポエトリー》の領域効果の対象外となるカードだから……!まさか、あの短時間で……マジで『歌織物』を完成させたっていうの!?いや、そんなわけない。ありえないっ!」


会場にジョセフィーヌの声が響く。


「なんと!第七局にて、ついにウルカ選手が『歌仙争奪』初勝利でス!《歌仙結界・能因法師のういんほうし》、ゲット~!」


決闘礼装のモニターに「ウルカ・メサイア 取り札取得」と表示される。


「なんで、なんでぇ……!?これまでは、手を抜いてたってこと!?本当はあっちの世界で『百人一首』の知識があって――うちと同じで、林直道の本を読んでいたってわけ!?」


――わからない。一体、何が起きてるっていうの?


桃色の髪をかきむしり、狼狽するイサマル・キザン。


そうして――『歌仙争奪』は第八局へ。



☆☆☆



「よし……行ける。行けるわっ!」


――第八局、決着。


第七局に続いて、第八局の『歌仙争奪』にも私は勝利した。



これやこの 行くも帰るも 別れては

知るも知らぬも 逢坂の関

《歌仙結界・蝉丸せみまる



「うふふ。この歌、好きなのよね。口に出すとリズム感が良くて」


二連続でドンピシャで位置が的中した。

もう間違いない、やはり完成した譜面にミスは無いようだ。


天鵞絨ビロード虫ホーク・アイ》の機動力と、シオンちゃん――ザイオンXの的確な『決まり字』のナビゲート。

このターンの『歌仙争奪』はこちらの独壇場となった。


――もう一枚たりとも《歌仙結界》のカードは渡さないわ!


「……嘘や。こんなん、ありえへん」


「イサマルくん?」


先ほどまで喜々として決闘デュエルに興じていた少年は、今ではすっかり憔悴していた。

『歌仙争奪』に負けて落ち込むのはわかるけど……いくらなんでも尋常じゃない。


私はホーク・アイから降りて、イサマルくんに駆け寄った。


「ちょっと大丈夫?もしかして体調が悪いんじゃ」


「触んなやっ!」


伸ばした手は少女のように細く、華奢な腕で乱暴に払われた。

暴力行為を検知した決闘礼装が自動で波動障壁バリアーを張る。


「……何するのよ!」


「お前、なんなんや。ウチと同じなら――社長の指示で動いとるんか?」


「社長……?」


何を言っているんだろう……。

私たち、学生よね?


イサマルくんは殺意のこもった目つきで私をにらむ。


剣呑な雰囲気となったところに、マロー先生が割って入った。


「そこまでです。今は決闘デュエルの最中。双方、語りたいことがあるのでしたら――その思いはカードに乗せるように。いいですね?」


「……はい」


「ちっ」


再び、両者ともに『歌仙争奪』に備える。


実況席から、陽気な声が届いた。


「次がこのターン最後の『歌仙争奪』になりまス。はりきって、どうゾー!」


一瞬の静寂。

私も、イサマルくんも、誰もが次の瞬間に向けて押し黙る。


まるで限界ぎりぎりまで引かれた弓がきしきしと鳴るように――。

今なら、遠くの山で針が落ちる音すらも聞き漏らさないだろう。


果たして――インパクトの時間が訪れた。



もも



弓が放たれる。


同時に空を駆ける二つの星。

スピードスターは宙を舞う――最後の栄冠は、誰の手に。



☆☆☆



ももしきや 古き軒ばの 忍ぶにも

なほあまり ある昔なりけり



『百人一首』の最後を飾る望郷の歌。

ももしき――宮中の忍ぶ草を眺め、今はなき古き時代に思いを馳せる。


『歌織物』における位置は、最北端の最も東。

正方形の右上の頂点に位置する。


その対角となる左下には『情念の歌』の中から対応する歌が配置されている。



人も惜し 人も恨めし あぢきなく

世を思ふゆゑに もの思ふ身は



こちらは『百人一首』の九十九首目――世を恨めし呪詛の歌。


後鳥羽上皇と順徳上皇――承久の乱で鎌倉幕府に敗れ、流刑に処された二人の上皇の歌が『百人一首』の最後を飾る二首となっている。


『百人一首』は何を目的として編纂された歌集なのか?

藤原定家は百の歌をもって何を語ろうとしたのか?


イサマル・キザンは答えを得ている。

答えは目の前に広がっている。


[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]――!


『百人一首』研究家――林直道がたどり着いた『歌織物』説。

こうして「形」にしてみれば、定家の意図は明白だ。


自身のパトロンであり、愛憎入り混じる恩人である後鳥羽上皇に向けた鎮魂の歌。

鎌倉幕府執権・北条義時――彼の率いる武士階級に敗れ、流刑の身となり、生涯のあいだ都に戻ることを許されず、ついには流された地で果てることになった二人のみかどに贈る『歌織物』。


四季折々の景色。美しき和の原風景。山紫水明の桃源郷。

この光景こそ、後鳥羽上皇の離宮が存在した地。

歌人――定家たちが、しばしば優雅な歌合せに興じた新古今のふるさと。


水無瀬の里、そのものなのだから。


――うちが憧れて、空想の中で愛した風景。

――かつて毎日をカルタに興じた日々を思い出す。

――その世界を、我がもの顔で踏み荒らす女がいる。



「……ざけんなや。なんでザイオンの社員がこんなところにおるんやとか、社長の意向がどうとか……もう、どうでもええ。『歌織物』はウチの領域や。この「学園」はウチの庭やっ!ウチはイサマル・キザンやぞ……?二つ名は『三国伝来・白面九尾』ッ!第一回キャラクター人気投票では堂々の一位!(次回からは段ボール投票は一票扱い!)設定年齢15歳、かに座のB型ッ!ウルカ・メサイアみたいな公式設定資料集でも1ページで紹介が済まされる名前付きのモブキャラなんかに……負けてたまるかぁーっ!」



イサマルは手札からインタラプト・スペルを切る。


「発動せよ、スペルカード……《カレイドスコープ・塔》!」



☆☆☆



マイク型決闘礼装を握って、ジョセフィーヌが叫ぶ。


「おおーとお、ここでイサマル選手がスペルカードを発動でース!」


機動力で勝り、イサマルを引き離して正方形の右上の頂点を目指すウルカ――その目の前に、突如として鏡で出来た塔が出現した。


それと同時に、周囲の光景が歪み、騙し絵のようにその形を変えていく!


「これは……何が起きているのでしょウ!?」


「アナモルフォーシスだ」と、ジェラルドは目を閉じたまま言う。


「美術技法の一つ――アナモルフォーシス。あらかじめ歪んだ絵を描いておき、あのような鏡の円柱を置くと、鏡の中には正常に整った絵が見える――という芸術だ。あのスペルカードは、その因果を逆転させている」


「因果の逆転……でスか?」


「鏡の円柱をフィールドに置くことで、鏡の中の光景を真として、周囲の光景を偽と定義することで地形をねじ曲げている。俺もあれには苦戦したものだ」


「……ところで、お義兄さん。どうして目を閉じているんでしょウ?」


「教えてやる。――こうしていれば、酔わないぞ」



☆☆☆



「な、何よこれーっ!?目が、目が回るー!」


イサマルくんが発動した《カレイドスコープ・塔》によって、周囲の景色が歪んだ鏡に映った世界のようにぐにゅぐにゅと曲がっていく。

これって、あれだわ……ラテアートを崩したときみたい!


ねじ曲がる山脈の連なりに向けて、らせんの軌道を描くようにして箒に乗ったイサマルくんが突っ込んだ。


「このコースは何度も練習しとる……これで、いただきやーっ!」


「くっ……これだけぐちゃぐちゃな視界じゃ、進むことができないわ!」


後ろに乗っているシオンちゃんが、私の目を両手で隠した。


「……シオンちゃん?」


「ジェラルドが良いことを言っていた。こうしていると酔わないみたい」


ホーク・アイがホバリング飛行をして、その場に留まる。

シオンちゃんは呟く。


「マクシウム演算により鏡面の屈折率を算出。飛行可能な最適ルートをサーチ――計算完了。口も閉じててね、マスター。舌を噛むよ」


「それって、もしかして……んんっ!」


慌てて口を閉じる。次の瞬間――ホーク・アイは急発進した!


「(きゃあああーっ!視界が見えなくても、整備不良でガタガタのジェットコースターに乗ってるみたい!)」


何度か腰が浮きそうになるたびに、ぎゅっ、とシオンちゃんが力を込めて支えてくれる。


やがて、前方からイサマルくんの声が聞こえてきた。


「なっ……!おかしいやろ、もう、追いついてきたんか!?」


「んんん!!(いっけーっ!)」


ホーク・アイがイサマルくんに並ぶ。あとは直線勝負だ。


私は目を開けた。


鏡の塔に幻惑され、奇妙に歪みきった言の葉の庭を抜けて――。

いよいよ、ゴールとなる山脈が見える。


「もらったわーっ!」


「渡すかぁーっ!」


『歌仙争奪』――果たして、第九局の行方は。



決闘礼装のモニターに――結果が表示される。

「ウルカ・メサイア 取り札取得」



私の手には最後の《歌仙結界》が握られていた。


「終局~!《歌仙結界・順徳院じゅんとくいん》はウルカ選手が取得しましタ~!」


「クッ……クソがぁっ……!」


「やった……やった、わ。一枚も渡さなかったわよ……!」


第七局、第八局、第九局。


このターンの『歌仙争奪』は三連勝……!

あとは――イサマルくんの《歌仙結界》を削るだけだ。


私たちは再び篝火へと戻る。


『歌仙争奪』は終わり――『スピリット・キャスターズ』が再開された。


「さぁ……バトル・シークエンスよ!」



先攻:イサマル・キザン

メインサークル:

《図書館の魔女、メフィスト》

BP0

サイドサークル・アリステロス:

《殺生石》

(”銀毛九尾”封印解除まで残りカウンター4個!)


領域効果:[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]


後攻:ウルカ・メサイア

メインサークル:

天鵞絨ビロード虫ホーク・アイ》

BP1600

サイドサークル・デクシア:

《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》

BP1500



「ホーク・アイとザイオンXで、メインサークルの《図書館の魔女、メフィスト》を攻撃!」


「そんなら……《歌仙結界・在原業平朝臣ありわらのなりひらあそん》と《歌仙結界・崇徳院すとくいん》で攻撃を無効にするっ!」


これで、《歌仙結界》は残り1枚。

――そのカードも、削りきる!


私は手札に抱えた三枚の《歌仙結界》を眺める。

イサマルくんの戦術を、私も使わせてもらうわ。


「私は手札の《歌仙結界・能因法師のういんほうし》と《歌仙結界・蝉丸せみまる》を墓地に送り、スペルカードを発動するわ!」


「《歌仙結界》を手札コストに……。よくも、そいつはっ……!」


「そうよ、これはあなたの真似。そのためにどうしても、このターンの『歌仙争奪』に勝つ必要があった……そして、前提条件はクリアされたわ」


このターン、《バタフライ・エフェクト》第三の効果によって私はすべてのスペルをインタラプト扱いで発動することができる。

2枚の手札コストを要する、必殺のカードを私は唱えた。


介入インタラプト!《黄金虫の財宝》――このカードにより、デッキから任意のスペルカードを手札に加えることができるッ!」


手札に加えたのはインタラプト・スペル。


見せてやるわ――これが【ゲノムテック・インセクト】デッキの真価よ!


「スペルカード《エメラルド・タブレット》。このカードにより、私はバトルシークエンス中にフィールドのスピリットで錬成ユニゾンをおこなうことができる!」


錬成ユニゾンやと……!?」


私の背後に、ホログラムで構成された翡翠の石板タブレットが出現する。

石板に描かれた図形は錬金術の秘奥――疑似生命系統樹ファイロ・ゲノミクス


疑似生命系統樹ファイロ・ゲノミクスに申請。共鳴条件は《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》と効果をもたないインセクト・スピリットカード1体!」


ザイオンXと《天鵞絨ビロード虫ホーク・アイ》が天地逆転した系統樹にセットされ、一枚のカードとなる。


錬成ユニゾンッ!」


「なんなんや、それ……!そんなん、ウチ……知らんぞっ……!?」


「まぁ……超古代の叡智、とでも言っておこうかしら。この力によって、私は決闘デュエル中に新たなカードを創造するわ!」


メインサークルに出現したのは、漆黒のドレスをまとった銀髪の蜘蛛女アラクネー


「ユニゾン・スピリット――《「人造神話ゲノム・ミュトス」アトラクナクア=アラクネア》!」



先攻:イサマル・キザン

メインサークル:

《図書館の魔女、メフィスト》

BP0

サイドサークル・アリステロス:

《殺生石》

(”銀毛九尾”封印解除まで残りカウンター4個!)


領域効果:[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]


後攻:ウルカ・メサイア

メインサークル:

《「人造神話ゲノム・ミュトス」アトラクナクア=アラクネア》

BP2800



「さぁ……ここからが、逆転の始まりよ!」



☆☆☆



聖決闘会室。


各々の決闘礼装のモニターで、二人の青年が試合を観戦していた。


眼鏡の青年――ミルストンは、愉快そうな声色で笑う。


「……どうやら。会長殿は窮地に陥ったようだな。錬成ユニゾンか。まさかウルカ・メサイアがあれを扱えるとは」


前髪で隠れたドネイトの瞳が、わずかにきらめく。


「ミルストン先輩は……あれをご存じなのですか。召喚でも、配置でも……ない。あのような、スピリットの……使い方。小生は……寡聞にして、知りませんでした」


「ロストレガシーの中でも、情報は厳重に秘匿されている、曰くつきの代物だよ。知らなくても無理は無い――いくら書記殿が博覧強記の鬼才と言えども、学生の身では限界があろう」


「だが」――と、ミルストンは呟いた。


「こうして公衆の面前で侯爵令嬢殿が披露してしまった以上は、情報秘匿の必要性も薄れた。少しはやりやすくなったよ。会長殿も……ひょっとしたら、負けるかな?」


「……『燻製ニシンの虚偽』」


「何だと?」


ドネイト・ミュステリオンは、初めて前髪に隠れた瞳をのぞかせた。


その瞳には、何も映っていない。

全ての光を吸い込む立体の穴。


見る者を吸い込み、虚空への供物とするような水晶の瞳だ。


「『燻製ニシンの虚偽レッド・へリング』。より重要な手がかりから目を逸らすために用意する、偽の手がかりのことです。よく言うでしょう――『奇術師が左手を上げたら、右手を見よ』と。そういうときには、たいてい右手でこっそりとタネを握っているものです。お決まりのやり口ですよ。それとも、兵法好きのミルストン先輩には――『誤った指図ミス・ディレクション』と言った方がわかりがいいですかね?」


「君は……」


ミルストンは「君は、書記殿か?」という言葉を飲み込んだ。

先ほどまでそこにいた人間と、まるで別人に見える。


「ああ……すみません。少し、舌が……回りすぎました」と、再び瞳は前髪に隠れた。


「”木の葉を隠すなら森に隠せ。森が無ければ森を作れ”――と、小生は会長に……助言しました。そして……あの方は、あれほどまでに見事な『森』を……作りました。うん……やっぱり、会長は……すごい」


「『森』が『誤った指図ミス・ディレクション』だと?それは、つまり――」


[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]。

《ファブリック・ポエトリー》によって展開された、あの領域は――。


「破られることが前提の、偽の手がかり……だと言っているのか!?」


「……そう、です。読者を騙すためになら……どんな大仕掛けでも仕込むなんて……推理小説ミステリでは、よくあること……ですから」


「あれだけのフィールドスペルを使い捨てるというのか。正気の沙汰ではないぞ」


ドネイトは猫背を丸めて、肩を落とした。


「ただ……計算外だったのは……ほとんどの相手が、破られてもかまわない……サブプランに過ぎない『燻製ニシン』に……頭から食われて……敗北してしまったこと、です。すみません。それは……先輩も含めて……ですが」


前髪越しに、モニターに映るウルカに水晶の瞳を向けた。



「……ウルカ嬢は、すでに罠にかかっています。小生は、楽しみです……本当の解決編に……たどり着く読者が……やっと、現れたのかも……しれない」

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