鉄壁の歌仙結界! 言の葉の庭に仕掛けられた罠!(承の句)

私のターンのバトルシークエンスが開始する――。

それは、このフィールド独自の争いである『歌仙争奪』の始まりを告げた!



先攻:イサマル・キザン

メインサークル:

《図書館の魔女、メフィスト》

BP0

サイドサークル・アリステロス:

《殺生石》

(”銀毛九尾”封印解除まで残りカウンター8個!)


領域効果:[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]


後攻:ウルカ・メサイア

メインサークル:

《悪魔虫ビートル・ギウス》

BP2400

サイドサークル・デクシア:

《エヴォリューション・キャタピラー(ゴースト)》

BP1400



『歌仙争奪』、第一局。


イサマルくんが呪言を呟く。

実況席にいたジョセフィーヌちゃんの元にカルタの束が出現した。


「読み手は実況の姉ちゃんに頼むわ。先生に頼んでもええんやけど……姉ちゃんは盛り上げ上手みたいやしなぁ」


立会人を務めるマロー先生は、篝火かがりびの下で頷いた。


「公平な進行になるのでしたら、私は構いませんよ。ジョセフィーヌさん、読み上げはハッキリと、どちらの選手にも聞き取りやすいように」


「合点承知でス!」と実況の少女は敬礼で応えた。


カルタの束を入念にシャッフルするジョセフィーヌちゃん――それを見ながら思考を巡らせる。


『歌仙争奪』のルールでは、肝心な部分が伏せられていた。


本来のカルタ遊びの場合には、読み手が読み札にある「上の句」を読み上げて、プレイヤーはそれに対応する「下の句」の取り札を取得することでゲームが進む。

テーブルや床に並べられたカルタを一望すれば、慣れたプレイヤーなら対応する「下の句」の札がどこにあるのかは一目瞭然だ。


そのため、カルタ遊びで重要視されるポイントは「読み札を聞き分ける聴力」「札を覚えておく記憶力」「札を早く取る身体能力」「読まれる前後でどの札を取るかを決める判断力」に分けられる。


「(とはいっても、私はカルタについては詳しくないわ。しのぶちゃんが高校生のときに競技カルタの選手だったから、今のは彼女の受け売りなのだけれど――まぁ、それは置いといて)」


では、今回の『歌仙争奪』の場合――読み手が読み上げる「上の句」に対応する、「下の句」の《歌仙結界》はどこにあるのか?


[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]。


始原魔術によって展開された、広大なフィールドを一望する。


先ほど篝火からフィールド中に散らばったカードは、今、どこにあるのか――これだけ広いと、とても肉眼では視認することはできない。


一つの仮説はある。


まずは、それを検証してみるしかないってことね……!


「では、第一局の読み札を読み上げまース!」


喧騒に満ちていた観客席が、ピタリ――と静まりかえった。


静寂の中で、緊張が走る。

私はイサマルくんと無言でにらみ合った。


そして――ジョセフィーヌちゃんの透き通る声が会場に響いた。



誰をかも 知る人にせむ 高砂の

松もむかしの 友ならなくに



「松もむかしの――『松』!」


篝火から少し離れた地点から、東側に位置する箇所――ちょうど立方体の端の角にあたる部分に、松の木が生えているのが見えた。


本来の四季を無視して、色とりどりの草花が萌える平原。

この光景に隠された、本当の意味――!


私は走る。同時に、イサマルくんも動き出した。

走る方角は同じ――仮説は合ってたようだ!


「やっぱり――このフィールドは『百人一首』に描かれた情景に対応しているのね!」


山桜。小川。松。釣舟。紅葉。白菊。滝。

これらはいずれも『百人一首』の詩歌にあったものと一致している。


《ファブリック・ポエトリー》によって描かれた情景そのものが、読み札の「上の句」に対応する「下の句」になっているってことね。


「もらったわーっ!」


距離はそう遠くない。先に走り出した私の方が有利!

有利の、はず、なのに……!


「へへへ、やるやん。けど、勝負ってのは始まる前から決してるもんやで」


「な、そ、それって……!」


イサマルくんが足に装着していた『チャクラ・ヴァルティーン』――自走車輪型決闘礼装の車輪が、彼の魔力を受けて回転する。

私は追いつけるだろうか、ローラーブレードで平面を駆けるスピードに。


結果は――。


「第一局を制したのは……イサマル選手でース!

 《歌仙結界・藤原興風ふじわらのおきかぜ》、ゲット~!」


「はぁ、はぁ……。自走するローラーブレードになんて……走って勝てるわけないじゃないのよーっ!」


私とイサマルくんは、マロー先生が待つ篝火の場所に空間転移した。

『歌仙争奪』のたびにスタート地点に戻される仕組みになっているらしい。


イサマルくんは取得した《歌仙結界》のカードを手札に加えた。


「準備がなってないなぁ、ウルカちゃん。そんなにくやしがるなら、そっちも同じような決闘礼装を用意しとったら良かったのに」


「よく言うわよ。対戦相手の口を封じてまで、徹底的に事前の情報を伏せていたのは……これが狙いだったのね」


「”彼を知り己を知れば百戦あやうからず”――なんて、序列第五位の『英雄殺し』なら言うとこやけどな。情報戦の段階でウルカちゃんは負けとる。言わんでもわかるやろ、あとは答え合わせや」


「くそぉ……!」


まさか、『スピリット・キャスターズ』で純粋な身体能力が問われることになるなんて、そんなの考慮してないわよ!


実況席からジョセフィーヌちゃんの陽気な声が響く。


「はいはい、皆さん、お静かに!続いて、第二局でース!」


再び、読み札が読み上げられる。



いにしへの 奈良の都の 八重ざくら

けふ九重に にほひぬるかな



第二局――《歌仙結界・伊勢大輔いせのたいふ》もイサマルくんの勝利に終わった。


今度は『桜』。

『桜』が咲いているエリアは『松』のエリアから少し北に位置するところで、同じく立方体の東端に隣する場所だった。


二回連続ということは、これで確定だろう。


《歌仙結界》のカードは、読み札に対応する情景のエリアに置かれている――それが『歌仙争奪』の隠されたルールの正体だ。


「でも……決闘礼装のアドバンテージの差がデカすぎる。これじゃ、いくら場所がわかっても追いつけないわ」


肩を落とす私に、メインサークルの《悪魔虫ビートル・ギウス》がにじり寄り、つるつるとした縞模様ストライプの頭部をすりつけるようにした。

これは――もしかして、慰めてくれているのかしら?


「ふふっ、ありがとね。ビートル・ギウス」


私も手のひらでビートル・ギウスの頭に触れる。

……そこで、私は「あること」に気づいた。


「そうだわ。これはカルタ遊びじゃなくて《スピリット・キャスターズ》なんですもの。だったら……!」


迎える――第三局。


「それでは、読みあげまース!」と、ジョセフィーヌちゃんが読み札を取る。



由良の門を 渡る舟人 かぢをたえ

ゆくへも知らぬ 恋の道かな



「今度は――『舟』!」


フィールドの西方向を見る。

西方向には十の月が横並びになっており――その手前では滝から分かたれた小川が、南端の海岸に向かって流れている。


小川には三隻の『舟』が点々とあった。

私とイサマルくんは同時に駆け出す。


「へへへ、いただきや」


イサマルくんが平原をローラーブレードで駆ける――そのを私は飛んだ。


「残念――お先に行かせてもらうわ!」


「な、なんやて!?」


白黒の縞模様ストライプが、透明な後ばねを展開して羽ばたかせる。

私は《悪魔虫ビートル・ギウス》の背中に乗り、大空を直進した!


「これは《スピリット・キャスターズ》。だったら、一緒に戦うスピリットの力を借りるのは当然よねっ!」


普段は硬い前ばねの裏にたたまれている後ばね――これを開いて羽ばたかせることで、カブトムシは飛行能力を得る。

主に飛ぶのは暗くなってからの夜間だから、普段はそれほど飛行する虫のイメージはないみたいだけれど、そのスピードは馬鹿にできたものではない。


イサマルくんは行儀悪く舌打ちをした。


「第三局で気づくとは……決闘デュエルとなると猿知恵だけは働くようやね。せやったら、こっちも隠しておく必要もないわけか。……メフィスト!」


《図書館の魔女、メフィスト》が魔法陣から出現すると、手にしていた箒を空中に放り投げる。

イサマルくんは箒に飛び乗ると、足元の決闘礼装がそれを挟み込むように変形し――サーフボードのように空中を飛び始めた!


「《図書館の魔女、メフィスト》――あの魔女っ子スピリットは『歌仙争奪』も見越したファースト・スピリットだったの!?」


「《ファブリック・ポエトリー》の領域効果を誰よりも熟知しとるのは、このウチやで。それぐらい当然やろうが!」


くっ……飛行速度は、向こうの方が早い!

それでも最初にスピリットを使った分だけこちらがリードしている。


「いっけーっ!ビートル・ギウス!」


三隻の『舟』のうち、篝火から西方角に向かった最短距離にある『舟』のエリア。

そこにめがけて飛行し――先に到達したのは、私とビートル・ギウスだ!


「やったぁ!……って、あれ?」


先にエリアに到達したはずなのに――決闘礼装のモニターには《歌仙結界》取得のメッセージが現れない。


「おかしいわね……」


「はっ、残念やったねぇ。ウルカちゃん」


箒に乗ったイサマルくんが隣の『舟』に着地した。

同時にそこから光るカードが飛び出し、イサマルくんの手に収まる。


決闘礼装のモニターに「イサマル・キザン 取り札取得」と表示される。


「これって、もしかして……」


決闘礼装を操作し、発動済のスペルカード《ファブリック・ポエトリー》の情報を呼び出す。

先ほどの領域効果の説明以降、ここから『百人一首』のリストを確認できるようになっていた。


「検索ワードを指定……『舟』を指定するわ」


三件の和歌がヒットした。



わたの原 八十島かけて 漕ぎいでぬと

人には告げよ あまの釣舟


由良の門を 渡る舟人 かぢをたえ

ゆくへも知らぬ 恋の道かな


世の中は つねにもがもな なぎさ漕ぐ

あまの小舟の 網手かなしも



「三隻の『舟』。『舟』の語句を含む三首の和歌。これって、つまり――それぞれの『舟』が、いずれも別の歌に対応してるってわけ!?」


「正解や。いやぁ、ウルカちゃんは飲み込みがええね」


イサマルくんはけらけらと笑う。

私は歯噛みした。


「イサマルくんは、何度もこのフィールドの決闘デュエルをしてるから、どの歌がどのエリアに対応しているかを記憶している。……これまでの試合を全て無観客試合にしていたのは、このためだったってわけね……!」


「そういうことや。何度も決闘デュエルを繰り返したり、観戦されたりしてエリアを覚えられると面倒やからなぁ」


イサマルくんが到達したエリアは、三隻の『舟』の中でも真ん中に位置する舟だった。

読み札の「由良の門を~」に対応していたのは、『三隻』の中でも、その『舟』だけ――そんなの、初見で見抜けるはずがないわ……!


実況席のジョセフィーヌちゃんが『歌仙争奪』の終了を宣言する。


「《歌仙結界・曾禰好忠そねのよしただ》はイサマル選手が取得。これで第三局が終了するので、ウルカ選手のバトル・シークエンスを再開しまス!」


「バトル・シークエンス……!」



先攻:イサマル・キザン

メインサークル:

《図書館の魔女、メフィスト》

BP0

サイドサークル・アリステロス:

《殺生石》

(”銀毛九尾”封印解除まで残りカウンター8個!)


領域効果:[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]


後攻:ウルカ・メサイア

メインサークル:

《悪魔虫ビートル・ギウス》

BP2400

サイドサークル・デクシア:

《エヴォリューション・キャタピラー(ゴースト)》

BP1400



こうなったら、少しでもイサマルくんの《歌仙結界》を削るしかない。


「私は《悪魔虫ビートル・ギウス》と、ゴースト状態となった《エヴォリューション・キャタピラー》でイサマルくんのメインサークルを攻撃するわ!」


「ほな……《歌仙結界・藤原興風ふじわらのおきかぜ》と《歌仙結界・伊勢大輔いせのたいふ》でウルカちゃんの攻撃を無効にするで」


言の葉の結界によって、私のスピリットの攻撃は阻まれた。


「あなたの狙いがわかったわ。『スピリット・キャスターズ』ではフィールドに召喚できるスピリットの数は――メインサークルと2つのサイドサークルを含めて――最大で3体まで。『歌仙争奪』に勝利して毎ターン3枚の《歌仙結界》を手に入れてしまえば、それを発動しているだけで攻撃は届かなくなる!」


「ただの時間稼ぎやないで。キミの手が遅れれば遅れるほど、状況はウチにとって有利となる」


私はターンエンドを宣言した。

一時的に呼び出されていたゴースト・スピリットはサイドサークルから退去する。


ターン終了に伴い、イサマルくんの《殺生石》の封印解除が進行した!



先攻:イサマル・キザン

メインサークル:

《図書館の魔女、メフィスト》

BP0

サイドサークル・アリステロス:

《殺生石》

(”銀毛九尾”封印解除まで残りカウンター7個!)


領域効果:[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]


後攻:ウルカ・メサイア

メインサークル:

《悪魔虫ビートル・ギウス》

BP2400



「ウチのターン、ドロー。ここでウチは《図書館の魔女、メフィスト》の効果を発動するで」


「メフィストの効果――1ターンに1度、スペルを2枚捨てることでスペルをサーチする効果だったかしら」


「せや。ウチは手札から《歌仙結界・曾禰好忠そねのよしただ》と《煙々羅か土蜘蛛か視肉》を墓地に送り――このカードをデッキから手札に加える!」


二枚のカードがメフィストの魔法陣に投げ込まれて、一枚のカードが出現する。

そのとき――《殺生石》が、大きく胎動した気配を感じた。


私の視線は、イサマルくんが手札に加えたカードに注がれる。

顎から汗が垂れた。


あのカードは――おそらく、彼の切り札。

朗々と唱えられたスペルカードの名は――!


「《封印砕土》、発動やっ!」


呪文スペルから放たれた魔力が《殺生石》を包み込む。

その瘴気がひときわ大きくなる――すると、《殺生石》を縛っていた縄が破れた。


「これは……封印解除の加速!?」


「《封印砕土》はフィールドのカード1枚を対象にして、その上に乗ったカウンターを取り除く効果がある!取り除けるのは最大2個までや……ウチはその効果で《殺生石》の封印カウンターを2個取り除いた!」



先攻:イサマル・キザン

メインサークル:

《図書館の魔女、メフィスト》

BP0

サイドサークル・アリステロス:

《殺生石》

(”銀毛九尾”封印解除まで残りカウンター5個!)


領域効果:[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]


後攻:ウルカ・メサイア

メインサークル:

《悪魔虫ビートル・ギウス》

BP2400



予想通り、封印解除を加速する方法をイサマルくんは持っていた。

その方法は――彼の布陣と恐ろしいほどにまで嚙み合っている。


「スペルカードをサーチする《図書館の魔女、メフィスト》によって、イサマルくんは安定して《封印砕土》を手札に加えることができる。さらにコストには『歌仙争奪』で入手した《歌仙結界》を当てることができる……《歌仙結界》はメフィストの特殊効果のコストとなる、スペルカードだから!」


「このターンの終了時と、次のウルカちゃんのターンの終了時で《殺生石》の封印カウンターが取り除かれれば残りは3個。次のウチのターン、ふたたび《封印砕土》を発動すれば残りは1個――つまり、そのターンの終了時には銀毛九尾の封印が解除されるわけや」


さらに――《ファブリック・ポエトリー》の領域効果はバトル・シークエンスが開始するたびに誘発する。


「さぁ――バトル開始や。『歌仙争奪』の時間やで!」


『歌仙争奪』――第四局、開始。



☆☆☆



「そんな……このままじゃ、ウルカ様が負けちゃう」


ユーアの表情は悲痛に染まった。

それもそのはず――闘技場に展開された箱庭世界の中で、ウルカは一方的にやられるままになっていたのだから。


『歌仙争奪』――第四局、ならびに第五局。



ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川

からくれなゐに 水くくるとは

《歌仙結界・在原業平朝臣ありわらのなりひらあそん


瀬を早み 岩にせかるる 滝川の

われても末に あはむとぞ思ふ

《歌仙結界・崇徳院すとくいん



読み上げられたのは、いずれも『川』に対応する和歌だった。

北側に位置する山々から南側の海岸まで『川』はフィールドを縦断するように流れている。

それらのうち、どこが読み札に対応する『川』なのか――初見のウルカが戸惑っているうちに、イサマルは悠々と取り札を取得していった。


元より、飛行を専門としていないカブトムシをベースにした《悪魔虫ビートル・ギウス》では、魔女の箒の飛行能力を手に入れたイサマルに機動力と小回りで劣る。


「ウルカ様は、空中戦では分が悪すぎます……!」


さらに取り札と読み札の対応も完璧ではない。

取り札の位置についてだいたいの当たりは付けられても、詳細なエリアについては勘になってしまう。


この状況では『歌仙争奪』でウルカに勝ち目は無い……!

そしてイサマルがスペルカードを手札に加えるほど、決闘デュエルの勝利も遠ざかる。


「フィールドに散らばった百枚のカード――せめて、何枚かでもウルカ様が手に入れることができたらいいのに」


「否定する。……百枚じゃなくて、七十三枚」と、ユーアの膝元から声がした。


視線を下ろすと、膝枕で横になっていたシオンと目が合った。


「シオンちゃん!いつの間に起きてたんですか」


「《悪魔虫ビートル・ギウス》のコストで墓地に送られたあたりから。……ユーアの太もも、柔らかくて気持ちいい。ずっと、こうしていたい。マスターを落とすなら膝枕、間違いないよ」


「ウルカ様に、膝枕……!?そ、そんなことしたら……死んじゃいます!

 ――それよりも。七十三枚、ってどういうことですか?」


シオンはむっくりと起き上がった。


「《ファブリック・ポエトリー》の領域効果が発動したとき、篝火からフィールドに光の球となって《歌仙結界》のスペルカードが散らばった。それを目で追った。本機は数えたよ、全部で七十三枚。百枚じゃなかった」


「え……でも、それっておかしいです」


ユーアは決闘礼装を操作して『百人一首』のデータを呼び出した。


「『百人一首』として登録されている読み札は、全部で百枚のはず。それが本当は七十三枚だとしたら――欠けた二十七枚は、一体なんなんですか?」


「……本機は、疑問」


シオンは決闘礼装のモニターを指差す。


「よく数えてみて。『月』を含むカードは全部で何枚?」


「えーと……」



・あまの原ふりさけ見ればかすがなる三笠の山にいでし月かも

・いま来むといひしばかりに長月の有明の月を待ちいでつるかな

・月見ればちぢにものこそ悲しけれわが身ひとつの秋にはあらねど

・あさぼらけ有明の月と見るまでに吉野の里に降れる白雪

・夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを雲のいづこに月宿るらむ

・めぐりあひて見しやそれともわかぬまに雲隠れにし夜はの月かな

・やすらはで寝なましものをさ夜ふけてかたぶくまでの月を見しかな

・こころにもあらでうき世にながらへば恋しかるべき夜はの月かな

・秋風にたなびく雲の絶え間よりもれいづる月の影のさやけさ

・ほととぎす鳴きつるかたをながむればただ有明の月ぞ残れる

・歎けとて月やはものを思はするかこち顔なるわが涙かな



「一、二、三、……全部で、十一枚ですね」


「肯定する。なのに、


ユーアはフィールドのあるラインで横並びとなっている月の数を数えた。


「……本当だ。でも、どうして?もしかして、どれか一枚は新月だから見えないとかでしょうか」


「十一枚のカードを確認した。どれも新月について書かれたものではないの。本機は推測する。『月』にまつわるカードのうちの一枚は――たぶん、欠けた二十七枚の一つ」



☆☆☆



『歌仙争奪』――第六局。


「ごめんなさい……もうちょっとだけ頑張って、ビートル・ギウス」


イサマルくんの動きに翻弄され、ビートル・ギウスにも疲れが見え始めた。

角を撫でると、ビートル・ギウスは気合を入れるように後ばねを震わせる。


一方、箒で空中に待機するイサマルくんには疲労の色は無かった。


「思ったより歯ごたえが無いなぁ。ちと、買いかぶりすぎたかいな?」


「くっ……まだまだ、勝負はこれからよ!」


実況席から、ジョセフィーヌちゃんが呼びかけた。


「では、このターン最後の読み札となりまス!がんばっていきましょウ!」


んっ、と喉の調子を整えて――彼女は読み札を口にした。



高砂の 尾上の桜 咲きにけり

外山の霞 たたずもあらなむ



『桜』――!

このフィールドには『桜』の木は三本しかない。


そのうちの一本は最初のターンに読み上げられた「いにしえの~」のカード――。

《歌仙結界・伊勢大輔いせのたいふ》だ。


自動的に、このカードは残りの二本のうちの一本ということになる!


「ビートル・ギウス、狙うは『桜』よ!」


だが――。


「トロいなぁ。飛ぶのもトロければ、動き出すのもトロい。読み上げを終わるまで待っとったら、『歌仙争奪』にはならへんで?」


「……っ!スタートダッシュでも、出遅れたっ!」


イサマルくんは本気を出し始めたようだ。


まだ『桜』の語句が出る前――まだジョセフィーヌちゃんが最初の「たか」を言った時点で、すでに彼は近くの『桜』の木に向かって飛んでいた。


以前にしのぶちゃんから聞いたことがある――『決まり字』と呼ばれるテクニックだろう。


『百人一首』では「上の句」が読み始められてから「下の句」を取っていいことが確定するまでの文字数が、それぞれの句ごとで異なる。

同じ文字から始まる句が複数あれば確定までに多くの文字数が必要となるし、少なければその逆だ。

たとえば『決まり字』が一文字の句では、「上の句」が一文字読まれた時点で対応する「下の句」がどれなのか特定することができる。


どうやらイサマルくんは――『スピリット・キャスターズ』だけではなく、カルタ遊びにも習熟しているようだ。


「イサマル選手が《歌仙結界・権中納言匡房ごんちゅうなごんまさふさ》も取得!これにて、このターンの『歌仙争奪』は終局でース!」


実況の合図と共に、私たちは篝火の元に戻される。


イサマルくんはバトルシークエンスの開始を宣言したものの、その目的は『歌仙争奪』にあったようだ。

スピリットによる攻撃宣言はせず、そのままエンドシークエンスへと移行する。


「ウチはこれでターンエンドや。《殺生石》の封印カウンターが一つ取り除かれるで」



先攻:イサマル・キザン

メインサークル:

《図書館の魔女、メフィスト》

BP0

サイドサークル・アリステロス:

《殺生石》

(”銀毛九尾”封印解除まで残りカウンター4個!)


領域効果:[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]


後攻:ウルカ・メサイア

メインサークル:

《悪魔虫ビートル・ギウス》

BP2400



「私のターン、ドロー!」


このターンが勝負だ。

イサマルくんにターンが渡れば、再度の《封印砕土》によって《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》の降臨を許してしまう。


できれば、このターンに決着をつけたい。


「(でも、イサマルくんの手札には三枚の《歌仙結界》がある。さらにこのターンにも『歌仙争奪』はおこなわれる。いったい、どうしたら……!?」


すると――デッキから《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》が出てきた。


「あ、そっか。前のターンに《悪魔虫ビートル・ギウス》の召喚コストにしたから、このターンになったら手札に加えることができるんだったわね」


私はザイオンXを手札に加える。


シオンちゃん――ザイオンXとの決闘デュエルを思い出す。

あのときも、未知の領域効果を前に苦戦を強いられた。


それでも、フィールドスペルの効果は互いのプレイヤーに対して平等に働く。

そこに突破口があったのだけれど――。


……ん?


「……ああっ!!!」と思わず声が出た。


イサマルくんはビクッと肩を上げた。


「な、なんやねん!いきなり大声出すな、阿呆」


それどころじゃない。


気づいてしまった。私は『歌仙争奪』第二局でフィールドを見渡したとき、何か違和感を感じていたのだった。


――このフィールド、何か変。


その違和感の正体がわかった。


「――


[神話再現機構ゲノムテック・シークレット・ラボラトリー]。

――ザイオンXの展開したフィールドも。


[灼熱炎獄領域イグニス・スピリトゥス・プロバト]。

――アスマの展開したフィールドもそうだ。


どちらも、その形状は半球状のドームだった。


なのに、このフィールドは――四方を四角四面に区切られた、立方体の形をしている。

立方体ということは――上から見た場合には、正方形だ。


このフィールドが正方形の形をしている、意味……!


さらに、もう一つ気づいたことがある。


第六局でイサマルくんがスペルを取得した『桜』のエリア。

そこはちょうど、第一局の『松』のエリアと、第二局の『桜』のエリアの中間にあった。


第六局の歌、第一局の歌、第二局の歌。

それらの共通点。


もしかして……いや、そんなことがあるの!?


歌で織られた織物ファブリック・ポエトリー」。


前の世界での、しのぶちゃんとの日常を思い出す。



☆☆☆



「『百人一首』はね――謎の歌集、とも言われてるんだよ。知ってた?」


「謎?……何が謎なのかしら」


暇つぶしに、二人で『水曜日のダウンタウン』を見ながら坊主めくりをしていたときのことだ。


しのぶちゃんは山札からドローした『蝉丸』のカードを見せる。



これやこの 行くも帰るも 別れては

知るも知らぬも 逢坂の関



「――これなんかは、良いと思うんだけどね。ただ、当時の名歌を集めたにしては、あまりにも凡歌が多い……また、収録された歌人の中でも代表作とは言えない歌がわざわざ選ばれていた……っていう疑問が、室町時代に成立した『百人一首』最初の注釈書でも指摘されてんの」


「そうなんだ。私には、どれも良い歌に見えるわよ」


「まぁー、そこは当時もプロがプロに言うことだからねー。手厳しいお言葉なわけよ。で、撰者の藤原定家ふじわらのていかはこんな言葉を残してる。曰く――『名誉の人、秀逸の詠、皆これを漏らす。用捨は心に在り』ってね」


「……つまり、どういうこと?」


「『名人の歌や秀逸な歌があったとしても、そのほとんどが漏れている。何を入れて何を入れないかの基準は私の心に在る』――って感じ。『百人一首』はただ良い歌を集めただけのアンソロジーじゃない。そこには、定家にしかわからない何らかの意図があったんじゃないか……っていう、ミステリーなわけよ!」


「ふーん……まぁ、それはそれとして。『蝉丸』を引いたから、しのぶちゃんの負けね。パシリ決定~♪」


「くっそーっ!それ、ローカルルールだかんね!」


しのぶちゃんはコートを着込んで、コンビニに行く準備をした。

そろそろアイスが食べたくなったのだった。


「そういえば。しのぶちゃん」


「ん、何?」


「私、『蝉丸』って名前が蝉だから好きなんだけど、歌の意味はよくわからないのよね。さっきの歌って、どういう意味なのかしら?」


「あぁ――



これやこの 行くも帰るも 別れては

知るも知らぬも 逢坂の関



 逢坂の関、ってのは京都の関所のこと。色んな人が行ったり来たりする……。まぁ、人生ってのは、出会うこともあれば別れることもある。別れることもあれば、また出会うこともある――って、感じの意味だよ」



☆☆☆



「思い……出したわっ!」


私は手札からサイドサークル・デクシアにスピリットを召喚する。


「《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》を召喚!さらに――スペルカード《バタフライ・エフェクト》を発動するわ!」


発動したスペルカードから、モルフォ蝶を模した三つの刻印が出現する。

イサマルくんは警戒心をあらわにした。


「《バタフライ・エフェクト》やと!?」


「《バタフライ・エフェクト》には三つの効果がある!私は――」


三つの刻印が私を取り囲み、周囲から見えなくする。


「――えーと、どれにしようかしら?」


「……あぁ?」


「ちょ、ちょっと考えるから待っててね!少しだけ!少しだけだから!」


私は刻印で目隠しした中に、ザイオンX――シオンちゃんを招き入れた。


「どうしたの、マスター」


「実は、シオンちゃんに頼みたいことがあるんだけど」


こうやって決闘デュエル中に密談しているところを見られるわけにはいかない。


「頼み事。任せて、マスター。なんでもするよ」


その言葉を待っていた。



「そう――シオンちゃん。あなた、たしか計算が得意って言ってたわよね」

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