鉄壁の歌仙結界! 言の葉の庭に仕掛けられた罠!(起の句)

一か月ぶりに訪れた、円形闘技場の地。


ついに、イサマルくんとの公式戦札オフィシャル・カード決闘デュエルの火ぶたが、切って落とされようとしていた。


謎に包まれた新生・『学園最強』の実力が見られるとあって、闘技場の観客席は満員となっている。

一か月前のアスマとのアンティ決闘デュエルのときに勝るとも劣らない盛り上がりだ。


「ウルカ様ーっ!がんばってーっ!」


「がんばれっ。がんばれっ。がんばれっ」


最前列の席にはユーアちゃんと、メイド服を着たシオンちゃんがいた。

どうやら応援に来てくれたらしい。


「まま、任せなさい。おお、大船に乗ったつもりでいるといいわっ」と、私は平静を保ちながらクールにキメる。


対峙する対戦相手――桜柄の着物を着たおかっぱ頭の少年――イサマルくんは、狐のように目を細めてニヤついた。


「ははっ、なんや自分……足元がガクついとるやんけ。それでまともに決闘デュエルできるんか?」


「はぁー!?ガクついてなんていませんけどぉ!?」


まずい、どうやら見透かされているようだ。

実は全然、平静なんて保てていない。


なにせ――この決闘デュエルに負けたら、アスマの大事なカードである《バーニング・ヴォルケーノ》が奪われてしまうのだ。

もし、そうなったらあいつに会わせる顔がない……って。


「(あー、だからもう、なんでアスマなんかのために私が気をもまなきゃならないのよ!勝手にこんなカードを押し付けて……!次に会ったら、絶対に文句を言ってやるんだから……!)」


だから、ここは勝たなくっちゃ。

そのためには――ダンジョンで手に入れた新たな力を使いこなすしかないわね。


見てなさい。

まだ「学園」の誰も知らないカードで、会場の度肝を抜いてやるわ!


「……なんか、企んどるなぁ?ウルカちゃん」


「それはそっちも同じでしょ。初見殺しを十八番おはこにしてるのは、あなただけじゃないってことを……じっくり教えてあげる」


対峙する二人の決闘者デュエリスト

そのあいだに、立会人を務めるマロー先生が進み出た。


「それでは、双方、決闘礼装にデッキをセットするように」


私はきらびやかな宝石が埋め込まれた籠手型の決闘礼装に、自らの【ゲノムテック・インセクト】デッキをセットした。

決闘礼装が自動でデッキをシャッフルし、ライフ・コアにシールドが展開される。


対して、イサマルくんは小声で何かを呟く。


すると、一瞬にして彼の下半身が魔法陣に包まれ――足に履いていた下駄の代わりにローラースケートのような器具が装着されていた。


「『スピリット・キャスターズ』の精霊魔法ではない……イスカの始原魔術ね」


「せや。こんなもん程度でいちいちカードを振り回す必要なんて無いやろ」


始原魔術。


カードを媒介にして精霊を使役するアルトハイネスの『スピリット・キャスターズ』や、スピリットを純粋な魔力に変換して魔道具を操作するムーメルティアの『Edithイーディス』とは異なる――それら後発の技術の原型となった原初の魔法。

神通力――術者自身の魔力によって大気中の自然精霊に指令を与えて魔法現象を引き起こす――その正式名称を『六門魔導』と呼ぶ。


「ところで、その決闘礼装ってどこにカードをセットするの?」


「ここやで」


イサマルくんが着物の裾をズラすと、左足の膝小僧に当たる部分にはデッキをセットするアタッチメントが装備されていた。

なるほど。決闘デュエルの際にはあそこからカードをドローするわけね。


……なんか、えっちじゃない?


「自走車輪型決闘礼装『チャクラ・ヴァルティーン』――準備完了や」



☆☆☆



「ローラースケート型の決闘礼装……。おかしいです」


観客席で、ユーアは親指を口元に当てて思案した。


「決闘礼装の形状は自由とはいえ、あんな形の決闘礼装をわざわざ使うなんて。シオンちゃんは変だと思いませんか?」


「かっちょいいよ」


「…………うん、そうだね」


――聞く相手を間違えた。

ユーアがそう思ったところで、シオンはうーんと伸びをした。


「じゃ、そろそろ行くね。ユーア、本機の親機は任せた」


「親機?ってなんですか」


「こっちの本機」


そう言うなり、シオンは目を閉じて、力を失った。

横に座っていたユーアにもたれかかるようにして、体重を預ける。


「シオンちゃん?ちょっと、大丈夫ですか!?」


まさか、死んでしまった……?と、青ざめたユーアだったが――よくよく耳をすますと、きちんと呼吸はしていた。

どうやら眠っているようだ。でも、どうしてこのタイミングで?


それと入れ替わるようにして――会場では大歓声が上がる。


闘技場に召喚されたスピリットを見て、ユーアは合点がいった。


「そっか……向こうに行ったんだね」


自分の膝元を枕にして、寝息を立てるシオンの頭をユーアは優しく撫でる。


「シオンちゃん。ウルカ様を、よろしくお願いします」



☆☆☆



「ファーストスピリットを召喚するわ!

 《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》!」


「ファーストスピリット――《図書館の魔女、メフィスト》を召喚や!」


決闘礼装から展開された召喚陣に現れたのは、見目麗しき美少女スピリット。

会場からも歓声が響いた……って。


「何よぉ、そのスピリットはっ!?」

「何やぁ、そのスピリットはっ!?」


イサマルくんが召喚したスピリット、《図書館の魔女、メフィスト》。

黒色の魔女帽に、同じく全身をすっぽり包むようなローブをまとった西洋の魔女――猫のようなイタズラっぽい笑みを浮かべたその美貌は、ユーアちゃんの『聖輝士団』やランドグリーズにも劣らない。


ただ、いくら【陰陽・百鬼夜行】デッキとは違うかもと言ってたとはいえ――!


「それのどこが妖怪デッキよー!?どっから、どう見ても魔女っ子でしょうが!」


「これは立派な妖怪デッキのエースやで。魔女かて、大枠で言えば西洋妖怪。つまりは妖怪やろうが!」


ま、まぁ確かに『ゲゲゲの鬼太郎』のアニメにもよく出てくるけど!

魔女っ子の美少女キャラ――私は五期の子が好きだったわ。


「それにしたって、使い手のイサマルくんが和風コーデなんだから、もう少しデッキの方も揃えなさいよ!ドレスコードってやつがあるでしょ!あと、前から疑問に思ってたんだけど、「学園」では基本的にみんな制服なのにイサマルくんだけ何で着物なのよ!?」


「うっさいわ!そない言うなら、自分の召喚したスピリットこそ何やねん!」


イサマルくんは、私が召喚したザイオンXを扇子で指した。


「あー……まーね、これはその……」


ザイオンXは、以前にダンジョンで戦ったときと同じように、その豊満な裸身をぴっちりとした白いメカニックスーツで覆っている。


前回と違う点が一つ。


腰まで届く銀髪が伸びている頭部にはバイザー型のヘルメットが装着されていた。

これはシオンちゃんの正体が、ザイオンXだとバレないようにするための配慮だ。


……正体を隠すなら、口元も隠した方がいいと思うのだけれど。

シオンちゃんの要望で、バイザーで隠されているのは目元だけになっている。


「ウルカちゃんのデッキは貧乏くさい安っぽくギラギラした昆虫スピリットの寄せ集めやろうが!それがどうして美少女のスピリットが入っとるねん!あと、どうみても世界観が違うやろ、なんか!」


「そ、それは……」


「その疑問には――私が、お答えしましょウ!」


マイク型決闘礼装で拡声された声が響きわたる。

この声は――ジョセフィーヌちゃん!?


観客席の目立つところにセットされた実況席には、褐色の少女が陣取っていた。

隣の席に座っているのはジェラルドだ。


「今回から『ラウンズ』の公式戦札オフィシャル・カード決闘デュエルの実況は、我々、報道部が担当することになりましタ!こちらは解説の『ラウンズ』序列第二位、ジェラルド・ランドスターさんでス!」


「ジェラルドだ。報道部ではないが、解説を任されることになった。報酬は――ユーアから聞いているな?」


「はいでス!では、さっそく《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》について語っていきましょウ!あのカードは何を隠そう、先日発生したばかりのダンジョン『嘆きの地下坑道・Lv7』にてドロップした、ウルカ選手の新戦力……という情報が入ってまース!これは期待大でス!

 ダンジョンについて詳しく知りたい方は、報道部が発行している『デイリー・アカデミー』をご購読くださイ!購入は月額課金サブスクがお得でース!」


「ジョセフィーヌちゃん……。まったく、商魂たくましいんだから」


その節は、ありがとうね!


「……なんや。つまりは、付け焼刃っちゅうことかいな」


イサマルくんは扇子で口元を隠すと、けらけらと笑った。


「多少のパワーカードを入れたからって、簡単に勝てるほど決闘デュエルは甘くないで。『スピリット・キャスターズ』におけるデッキの完成度は、それぞれのカード同士のシナジー……相乗効果によって決まる。そういう意味ではカードパワーが劣ったとしても、前のゴミ虫どもの寄せ集めの方がまだマシかもしれへんなぁ?」


「それはどうかしら?あなたに見せてあげるわ――【ゲノムテック・インセクト】デッキの、本当の力ってやつをね!」


マロー先生が咳払いをして、存在をアピールする。


「では、アンティの合意は取れているので省略しましょう」と、先生は決闘デュエル開始の宣言に移った。


「これよりアンティ決闘デュエルを開幕いたします。精霊は汝の元に、牙なき身の爪牙となり、いざ我らの前へ。決闘者デュエリストの皆さん、互いのプライドを、己のカードに宿すように。よろしいですね?」


常に薄笑いを浮かべていたイサマルくんの口元が、真一文字に締まった。

私も決闘礼装に手をかける。


ここからが本番だ。

アンティに賭けられた《バーニング・ヴォルケーノ》を想う。


アルトハイネス王家直伝の『札遺相伝』。

私とアスマを繋ぐカード。


「――そのカードを預けるのは今だけだ。必ず、僕の手で取り返してやる」


彼はそう言った。


私はアスマときちんと話をしたい。

このカードを持っているかぎり、きっとまた話す機会がくるはず。


約束だからね。


「だから……負けないわ」


いくわよ――。


「「決闘デュエル!」」


ついに、新生・『学園最強』とのアンティ決闘デュエルの幕が上がった!



先攻:イサマル・キザン

メインサークル:

《図書館の魔女、メフィスト》

BP0


後攻:ウルカ・メサイア

メインサークル:

《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》

BP1500



「先攻はウチやな。ウチのターン、ドロー!」


イサマルくんは着物の裾をズラすと、膝の決闘礼装からカードをドローした。

そのドローに不思議な安心感を覚える。


「あ、フォーチュンドローじゃないのね」


「……何やて?」


「普通にドローする人、久々に見た気がして。最近、当たり前みたいにフォーチュン・ドローする人ばかりだったから」


「フォーチュン・ドロー?あんなもん、曲芸やろうが」


イサマルくんは「はん」と鼻を鳴らした。


「『ラウンズ』のランカーでも、フォーチュン・ドローは決闘デュエル中に一回くらいしかできへん。おまけにピンチに陥ったときにしか使えんときている。そんなん当てになるかいな」


「あれ?でもアスマは毎ターン、当然みたいに連発してたけど」


ちなみに、シオンちゃん――ザイオンXもそうだった。


「アスマくんは例外や。あれはバケモンやから」と、イサマルくんは舌打ちをする。


「フォーチュン・ドローなんてもんが無くても、きちんとデッキが回るように構築する――それが、デッキ・ビルダーの腕の見せどころってわけや。

 いくでぇ――《図書館の魔女、メフィスト》の特殊効果発動!」


イサマルくんが突然、手札から二枚のカードを空中に向かって手裏剣のように投げた。

回転する二枚のカードは《図書館の魔女、メフィスト》が展開した魔法陣の中に入ると、代わりに一枚のカードが出現する。


「何をしたの!?」


「マツリカ・ジルマ・マジ・マジョルカ――1ターンに1度、メフィストがメインサークルに置かれている場合、手札からスペルカードを2枚捨てることで、デッキから任意のスペルカード1枚を手札に加えることができるんや」


「サーチ効果。なるほど、そういうことね……!」


『スピリット・キャスターズ』では、ゲームの開始時に互いのプレイヤーはデッキからレッサー・スピリットを1体選択してメインサークルに召喚する。


ファースト・スピリット――このルールを利用して、任意のカードを手札に加えるサーチ効果を持つスピリットを選択しておけば、フォーチュン・ドローをしなくても好きなカードを初手から手札に引き込める――それが《図書館の魔女、メフィスト》をファースト・スピリットにした理由。


ちょっと待って。

任意のスペルカードを手札に加える、っていうことは……!


「イサマルくん。あなた、まさか」


「なんや、天然ちゃんって聞いてたけど、決闘デュエルとなると勘は鋭いんやね。そうや、その、まさかやで」


イサマルくんは銀色に縁どられたスペルカードを見せた。


瞬間――世界の色が変わる感覚。ぞわり、と鳥肌が立つ。


「来るのね……!」


「ウチは手札から《ろくろ首の恫喝》と《首斬りかまいたちサイクロン》を墓地に送り、このカードを手札に加えた。

 発動せよ、フィールドスペル――《ファブリック・ポエトリー》!」


フィールドスペルが発動したことにより、世界の姿が形を変える。


――平原が広がる。そこは、絵に描かれし桃源郷。


上手には山の連なり、下手には波打ち際。

風そよぐ小川は湧きて流れる、小舟が漕ぎし音にきく浜。


紅葉あふれる山々から、川に注ぐ滝の音色。


春夏秋冬のカリカチュアたる箱庭世界――だが、その空間は急に拡張していく。

凄まじい速度。私はとっさに反応できなかった。


「これは……!?これまでのフィールドスペルじゃない!?」


「アルトハイネスの連中はセンスっちゅうもんが無い。カードに封じ込められた精霊の世界そのものを多層世界として召喚する――出力は大したもんやで?けど、召喚した多層世界を転訛した仮想世界として、現実にテクスチャとして張り付ける――正確には対戦相手を巻き込んだ転移、やな――それだけじゃあ、ただ周囲を塗り替えるだけで面白くないやろ」


イサマルくんが発動したフィールドスペルが付与する領域効果――仮想空間は、すでに円形闘技場そのものよりも広大な世界となっていた。


『箱』庭は巨大な『箱』そのものとなりつつある。


山紫水明の風景は、その密度はそのままに、大きさだけを拡げていく。

巨大な透明の箱の中に構築された、まさに等身大サイズの生態系ビオトープだ。


片方の面には、見渡す限りの雲海。

雲海の上には、横並びに十の月が並ぶ。

月は、それぞれに満ち欠けを異としている。


山々、雲海、波打ち際、そして平原。

四つのエリアは、その端となる地点を透明な壁によって仕切られていた。


壁の向こうには闘技場の観客席が見える。

まるで私やイサマルくんが小さくなって、箱庭の中に入ってるようにも見えるけど――それは違う。


彼我の領域内では、スケールの概念そのものが変わっているんだ。


元の面積を無視した空間そのものの拡張。

これって……!


「そうや。これが本物の『多層世界拡張魔術』やで、ウルカちゃん」


透明な壁が天蓋を作り、ついに、四角四面の立方体が完成した。


私とイサマルくんのあいだに、巨大な篝火かがりびが現れる。


《ファブリック・ポエトリー》によって付与された、領域効果――。

イサマルくんがその名に呪を込める。



「展――。


[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]っ――!」



私は戦慄した。


「これが、イスカの始原魔術を織り込んだ多層世界拡張魔術ワールド・エキスパンション……!」


多層世界拡張魔術ワールド・エキスパンションなぁ。けったいな名前を付けたもんやで。ウチらは単に『展』と呼んどる」


イサマルくんは、さらに手札からスペルカードを発動した。


「《泰山府君祭》を発動し、デッキから《殺生石》を手札に加えるで」


またサーチカードを!

それに、たしか《殺生石》って……。


「そのカード……この決闘デュエルのアンティにしていたコンストラクトね」


「せやで。イスカ将軍家筆頭、キザン家の『札遺相伝』。ウルカちゃんにも見せたるわ。サイドサークル・アリステロスに《殺生石》を配置ぃ!」


イサマルくんのサイドサークルに巨岩が出現した。

紫色の瘴気に包まれた《殺生石》だ。


「これで、ウチはターンエンド。これにより《殺生石》の上に置かれた封印カウンターが一つ取り除かれる!」


「封印カウンターですって?」


その宣言通りに――《殺生石》を縛っていた九本の注連縄のうち、一本が千切れた。

イサマルくんは目を細める。


「《殺生石》に置かれた九個の封印カウンターは、各プレイヤーのターンエンドごとに一個ずつ取り除かれていくんや。そして、このカードの効果によって最後の封印カウンターが取り除かれたとき――《殺生石》は三国伝来の銀毛九尾に転じる」


三国伝来の銀毛九尾。

噂には聞いたことがあるわ――。


「たしか、そのカードの名は――《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》!」


「予告しとくで。銀毛九尾の封印が解かれたなら――キミが勝てる可能性は、ゼロや」



先攻:イサマル・キザン

メインサークル:

《図書館の魔女、メフィスト》

BP0

サイドサークル・アリステロス:

《殺生石》

(”銀毛九尾”封印解除まで残りカウンター8個!)


領域効果:[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]


後攻:ウルカ・メサイア

メインサークル:

《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》

BP1500



☆☆☆



実況席のジョセフィーヌは、決闘礼装を操作しながら頭を抱えていた。


「《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》。イスカのみかどが所持する伝説のカードという触れ込みでスが、イスカの秘密主義もあって信頼できる情報源ソースの選別が難しいでース!というわけでお義兄さん、解説をお願いしまス!」


「任された。あと、そのお義兄さんというのは……いいな」


ジェラルドは腕を組む。


「《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》は、元々はイスカのカードではない。アルトハイネス王国が『スピリット・キャスターズ』を創始する際に生み出した、三枚のカードのうちの一つだ」


「聞いたことがありまス。『スピリット・キャスターズ』最強と謳われる『トライ・スピリット』のカードでスね!」


「《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》。

 《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》。

 《ダインスレイヴ・エクスマキーナ》。


 生まれた土地は同じであっても、進む道は分かたれた。

 これら『トライ・スピリット』――中でも《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》は、イスカの象徴的支配者であるみかどの手に渡り、以後、二百年以上のあいだイスカの守護神となっている」


ジョセフィーヌは「おや?」と首をひねる。


「でも、イサマル選手はイスカの将軍家の嫡男でしたよネ?仕える相手であるみかどが所持するカードを、どうして彼が使えるのでしょウ?」


「……イスカの政治状況は少々、複雑だ。あの国では長いあいだ、政府の実質的な権力は軍部にあたる将軍家が握っている。君主であるみかどの権威は保たれてはいるが、その立場は大きな制約を受けているようだ。

 それに《殺生石》は銀毛九尾の本体そのものではなく――その精霊核の一部を流用して生まれた、分霊わけみたまと呼ばれるカードだ。表向きは、将軍家に対するみかどの信頼の証として託されているのだろう」


「なるほド~!この人、マジで何でも知ってまスねえ!お義兄さん、流石でス!」


「……ついでに教えてやろう。イサマルの《殺生石》は他のカードの効果によってフィールドを離れないという耐性を持っている。つまり――破壊することも、手札やデッキに戻すことも、ゲームから取り除くこともできない。

 銀毛九尾の封印が解かれる前に、ウルカ・メサイアがイサマルを倒すことができるかどうか――それが、この決闘デュエルの勝敗を左右することになる」



☆☆☆



――とはいっても。


「各ターンの終了ごとに封印カウンターが取り除かれる、ってことは――銀毛九尾の封印が解かれるのは――えーと」


私が指を折って計算に苦戦してると、メインサークルに召喚されていたザイオンX――シオンちゃんが、こっそり近寄って耳打ちした。


「(マスター。封印カウンターが0になるのは、イサマルの先攻5ターン目の終了時だよ)」


「(……そっか!シオンちゃん、ありがとう)」


「(任せて。計算は得意なの、本機は)」


私たちがひそひそ話をしてると、イサマルくんが訝しげな表情をした。


「何をコソコソしとるんや?」


「な、なんでもありませぇーん!」


となると、やっぱりおかしい。


《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》が強力なスピリットだったとしても、私のターンを含めたら9ターンかかるというのは、いくらなんでも悠長すぎる。


《殺生石》には銀毛九尾の封印解除以外の目的があるのか――あるいは、封印解除を早める手段があるのかしら?


それに――《図書館の魔女、メフィスト》。


「メインサークルにBP0のスピリットを放置したままターンを渡すなんて……どうみても罠よね」


こういうとき、無策で突っ込んで罠にかかる――というのは、カードゲームアニメではよくあることなのだけれど。

私は引っかからないわ!なにせ、中の人は大人なのだし!


「そういうわけで……とりあえず、ドローしてから考えるわ。私のターン、ドロー!」


中央に燃える篝火かがりびがドローしたカードを照らす。

よし、このカードを召喚するわよ!


私はフィールドのザイオンXをコストにして、グレーター・スピリットをシフトアップ召喚した。


「現れなさい、《悪魔虫ビートル・ギウス》!」


白黒の縞模様ストライプに彩られた外骨格に身を包んだ、カブトムシ型のスピリットがメインサークルに出現する。

ミラーボールのように甲冑を輝かせながら、ビートル・ギウスは派手なロック・ミュージックを鳴らして踊る。


イサマルくんは眉をしかめた。


「なんや、うっとおしいスピリットやな。ちんどん屋かいな」


「これがこの子の召喚時発動効果サモン・エフェクトよ。3枚までデッキの上のカードを墓地に送り――昆虫型スピリットがいれば、ゴースト・スピリットとして配置できるわ!

 ビートル・ギウススリータイムズ!」


ビートル・ギウスのリズミカルなダンスに合わせて、私は決闘礼装から三枚のカードをドローして墓地へと送る。

墓地に送られたカードは――全て昆虫カードだ!



《エヴォリューション・キャタピラー》

《死出虫レザーフェイス》

《オトリカゲロウ》



この中だと――BPが一番高いのは、この子ね!


「君に決めたわ……《エヴォリューション・キャタピラー》をサイドサークル・デクシアに配置!」



先攻:イサマル・キザン

メインサークル:

《図書館の魔女、メフィスト》

BP0

サイドサークル・アリステロス:

《殺生石》

(”銀毛九尾”封印解除まで残りカウンター8個!)


領域効果:[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]


後攻:ウルカ・メサイア

メインサークル:

《悪魔虫ビートル・ギウス》

BP2400

サイドサークル・デクシア:

《エヴォリューション・キャタピラー(ゴースト)》

BP1400



「何を企んでるか知らないけど、罠があるなら踏み抜くだけよ。手数を増やして、一気に攻める!」


サイドサークルには半透明の幽体となった芋虫スピリット――《エヴォリューション・キャタピラー》が配置され、臨戦態勢を取った。

よし、準備は整ったわ。


「いくわよ……バトル!」


「――バトル。言うたなぁ、ウルカちゃん」


イサマルくんは手持ちの手札を扇子のように拡げると、その背をもって私を指した。


「この瞬間――《ファブリック・ポエトリー》によって付与された領域効果が発動する!」


「領域効果……っ!」


煌々と灯っていた篝火かがりびが、唐突に勢いを増した。

その中から――無数のカードが噴水のようにあふれていく。


あふれたカードはそれぞれが光の球となって、広大な領域の各地に散らばっていった。


これは――?


「何が起きたの……?今のカードはいったい、何!?」


「《歌仙結界》や。フィールドスペルは互いのプレイヤーに対して平等に働く、そういう縛りで成立する魔術――故に、その領域効果の説明も術式に組み込まれとる。……とはいえ、たらたら説明するのもタルいわ」


イサマルくんは膝を上げて、片手で左足の決闘礼装のモニターを操作する。


「なぁ。実況の姉ちゃん。《ファブリック・ポエトリー》の領域効果を送っといたから、ウチの代わりに説明してくれへん?」


「はーイ!任されましター!」


実況席のジョセフィーヌちゃんが、会場に向けて効果を読み上げる。


「えー、《ファブリック・ポエトリー》の領域効果が発動してるあいだ――バトル・シークエンスの開始時に『歌仙争奪』がおこなわれまース!」


「『歌仙争奪』?なんだか、ろくでもない予感しかしないわね……」


領域名――『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』と聞いたときから、嫌な予感はしているのだけれど。


「『歌仙争奪』の概要は以下の通りでース!」



・『歌仙争奪』はバトルシークエンスの開始時に3回おこなわれる。

・『歌仙争奪』の開始時には読み札が読み上げられる。

・読み札が一文字でも読み上げられた瞬間から、プレイヤーは領域内を探索できる。

・領域内には取り札としてスペルカード《歌仙結界》が配置されている。

・読み札と取り札は一対一で対応しており、取り札付近のエリアに先に到達したプレイヤーは《歌仙結界》を取得する。

・読み札が読み上げられる前に動いた場合はお手付きとなり、無条件で相手プレイヤーが《歌仙結界》を取得する。

・読み上げられた読み札は、それ以降のゲーム中は二度と読まれることは無い。

・《歌仙結界》の効果は全て共通する。


 《歌仙結界》

 種別:スペル(インタラプト)

 効果:

  スピリット1体の攻撃を無効にする。



……って。


「これって……やっぱり、『百人一首』のカルタ遊びじゃないのよーっ!?」


「へぇ。なんや、ウルカちゃんは『百人一首』を知ってたんやね」と少年は声色を低くした。


「アルトハイネスでは知名度が無いと思っとったんやけど。腐っても侯爵令嬢、イスカの文化にも習熟しとるとは……教養があるんやねぇ。

 それとも――どこかで、知る機会でもあったんか?」


「え……」


いや、そもそも。


『デュエル・マニアクス』の世界に『百人一首』ってあるの!?

この、どうみても西洋ファンタジーっぽい異世界に!


実況席のジョセフィーヌちゃんも困惑している。


「わ、我らが報道部の情報網を持ってしても、『百人一首』という言葉についての詳細は掴めていませン。いや、何そのゲームといった方が正しいでス!お義兄さん、これは一体!?」


ジェラルドの目元に影が差した。


「……俺にだって、わからないことぐらいある」


「お義兄さん!?」「ジェラルドも知らないの!?」


思わずジョセフィーヌちゃんと私のリアクションが被った。

ジェラルドは重々しく言葉を絞り出した。


「正直なところ、イサマルと決闘デュエルしたときも、あいつが何を言っているのかよく意味がわからなかった。わからなかったので、まぁ……な。ウルカ・メサイア、お前には期待しているぞ」


「いや、それでよく引き分けられたわね、あなた!?」


イサマルくんはけらけら、と天使のような美貌を歪めた。


「――さぁて。楽しい楽しい『歌仙争奪』の始まりやで、ウルカちゃん」



☆☆☆



聖決闘会室にて。


前髪で目元を隠した青年が、決闘礼装のモニターで試合を観戦していた。

『ラウンズ』の一角、ドネイト・ミュステリオンだ。


「『百人一首』を知っていた……やはり、ウルカ嬢は……」


「会長殿同様に、ロストレガシーに精通している。と、考えていいのかな?」


そこに、眼鏡をかけた神経質そうな青年が現れた。


ミルストン・ジグラート。

「学園」の三年生にして、ドネイト同様に『ラウンズ』の一角だ。


「……ミルストン先輩」


「失礼。ノックはしたのだがね。ずいぶんと試合に見入っていたようだな、書記殿」


ソファーに腰を下ろすと、ミルストンは眼鏡を整えた。


「『百人一首』――イスカのダンジョンで発見されたロストレガシーの一つ。百人の歌人から一首ずつを集めた歌集――そこに書かれている人名や地名が、現代では失伝した古代文明を解き明かすカギになるのではないか――と、研究者には注目されている。私も会長殿と決闘デュエルしたときには驚いたよ――まさか『百人一首』をフィールドスペルに再構成するとはね。

 あれも、書記殿の入れ知恵なのだろう?」


「……小生は、基礎となるアイデアを提供しただけです。実際に……カードとして成立させるための魔術のノウハウや……キザン家から持ち出した精霊核は、会長のもの。それに……『百人一首』に対する知識と……あそこまでの理解は……小生の及ぶところでは……ありませんでした」


「そう、それなのだよ。私の疑問はね」と、ミルストンはこめかみを抑えた。


「”我れはあつまりて一と為り、敵は分かれて十と為らば、是れ十を以て其の一を攻むるなり”――私はロストレガシーの研究を専門としている。故に、疑問なのだよ。会長殿はどうしてあれほどにまで――そう、この私よりも――『百人一首』について詳しいのか?」


「……会長は……キザン家の知古に専門家がいたから……と、おっしゃっていましたが」


「書記殿。君は会長殿にたばかられている」


ミルストンは、ドネイトの決闘礼装のモニターに目を落とした。


『ウイチグス呪法典』のページには、イサマルの得意げな顔が映し出されている。



「会長殿が編み上げた《ファブリック・ポエトリー》の基礎理論――『百人一首』に込められた「仕掛け」には、イスカの研究者も目を剝いていたよ。あの知識は専門家から仕入れたものでは決してあり得ない。

 書記殿。彼は――イサマル・キザンとは、何者なのだ?」

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