ほうかご再レンセイ!

「今日はプリンを作っていくよ。

 火精よ、燃えたけれザラマンダー・ゾル・グルーエン


「学園」の厨房で、エプロン姿のシオンちゃんがスピリットを召喚した。


「お鍋に水とグラニュー糖を入れて《家守り精霊ハウスキーパーサラマンドラ》する。

 まんべんなく焦がすよ、カラメル色になるまで」


「うーん、もう匂いが美味しそうね!」


水精よ、蜿くれウンディヌス・ジッヒ・ヴィンデン

 適温に《家守り精霊ハウスキーパーウンディヌス》で温めた湯を加えて、よく混ぜる。Unison錬成!」


シオンちゃんは鍋の中で錬成ユニゾンしたカラメルソースをプリン型に流し込んでいく。

この型は地霊コボルト元素変換オルタレイションによって生成したものだ。


並べられた四つの型に、分量通りにソースが分けられた。


「続けてお鍋に牛乳を入れて、弱火で《家守り精霊ハウスキーパーサラマンドラ》。沸騰寸前になったら攻撃は中止。ボウルに卵とグラニュー糖を入れて、よく混ざるように《家守り精霊ハウスキーパージルフス》する。少しずつ入れていくよ、温めた牛乳を。……マスター、バニラエッセンスを取って」


「これかしら?」


「肯定する。これをちょびっとだけ入れて――風精よ、消え失せよジルフス・フェルシュヴィンデン。混ぜた材料を茶こしでこして、プリン型に流し入れるようにしてUnison錬成


「あとは固めるだけね。この後はどうするの?」


「20分ほど弱火で《家守り精霊ハウスキーパーサラマンドラ》しながら蒸して、3~4時間ほど《家守り精霊ハウスキーパーウンディヌス》で冷やし固めたら、完成だよ」


「となると……食べられるのは夕ご飯の後になりそうね」


「否定する。本機の食い意地をナメないでほしい」


「そんなこと言っても、完成するまでには時間がかかるでしょ?」


「《惑星地球化計画アルス・マグナ閉鎖系・時間加速キトリニクス》」


「……は?」


シオンちゃんがスペルを発動すると、プリン型が煙に包まれて――煙が晴れると、そこには完成した四つのプリンが並んでいた。


いや、いやいやいや!なんか、すごいことが起きた気がするのだけれど!?


「シオンちゃん?あなた、一体、何をしたのかしら……?」


「……時短レシピ?」


「時短レシピってこういうのじゃないと思うわよ!?」


そこに、栗色の頭がひょこっと現れた。

小柄な少女は、お皿を持ちながら今か今かと待ちわびていたようだ。


「――ですが。

 ウルカ様にお呼ばれしたのは私のため……プリンは私のおやつとなります!」


「ユーアちゃん……!」


いや、そんな気合を入れなくても、ちゃんとユーアちゃんの分もあるから!



――そんなわけで。



イサマルくんとのアンティ決闘デュエルを明日に控えた今、一旦、ユーアちゃんと話しておきたいこともできたので……「学園」の厨房を借りてお菓子作りにいそしんでいたのでした。


場所は変わって、食堂の一角にあるラウンジ。

話題が話題なので、できるだけ目立たない端っこの席を選ぶ。


プリンに舌鼓を打ちながら――早速、本題に入った。


「でね、話したいことというのは――うん、やっぱりこういう固めの食感で卵の味が濃いプリンが良いわね――じゃなくて、イサマルくんのことよ」


「イサマルさんのこと――たしかに、最近はもっとこう、舌ざわりがとろける感じのミルキーなプリンが流行りですよね――じゃなくて、前の世界のお友達の話とプロフィールが違うという話ですか?」


「マスターはこの世界の人間じゃない、元の世界でイサマルのことも聞いていた――食感を柔らかくしたい場合は、卵の代わりに卵黄を使う。あと、牛乳の一部を生クリームに替えると口当たりよく錬成ユニゾンできるよ――じゃなくて……何の話?」


「……食べながら話をするのはお行儀が悪いわね。ちゃんと味わってからにしましょう」


一旦、議題は置いておこう。


うん。うま、うま、うま。

甘い……甘いわ!


……ふぅ。



「「「ごちそうさまでした!」」」



というわけで、あらためて。


「しのぶちゃん――私の前の世界での友達ね――の話によると、イサマルくんの序列は第七位だったはずなのよ。それが今ではアスマに替わる序列第一位の『学園最強』。おまけに聖決闘会長なんですって。そんなこと、あるかしら?」


「私の方でも調べてみました。たしかに一か月前の聖決闘会カテドラル戦挙までは、イサマルさんは聖決闘会カテドラルの庶務で、ラウンズでも序列第七位でした。これは前の世界でウルカ様が認識していたプロフィールの通りです」


「となると、今から一か月前に何かが起きたってこと……?」


「バタフライ・エフェクト」と、シオンちゃんが呟いた。


「《バタフライ・エフェクト》?私のカードがどうかしたの?」


「否定する。マスターのカードじゃなく、カオス理論におけるバタフライ・エフェクトのこと。蝶の羽ばたきのような小さな変化であっても、どこにどのような影響を与えるかわからない……という意味」


「その言葉なら、聞いたことがあるわ。でも……イサマルくんのランキングや、戦挙の結果に影響を与えた一か月前の出来事って?」


「あっ!」と、ユーアちゃんが大きな声をあげる。


「たしか――ウルカ様がアスマ王子に勝ったのって、ちょうど一か月前くらい前ですよね?」


「言われてみれば……」


その通りだ。


それに、イサマルくん本人が言っていた――私が勝ったことでアスマは「学園」に登校していない――そのために、戦挙ではイサマルくんの不戦勝になったって!


私はチュートリアル決闘デュエル以降の『デュエル・マニアクス』の本来の展開は知らない。

だけど、イサマルくんによる聖決闘会カテドラル戦挙でのクーデターが、本来のゲームでも存在するイベントだったとしたら――。


元々は副会長のアスマにイサマルくんが敗北することで鎮圧されるはずだった謀反が、私がアスマに勝ってしまったことで成功してしまったのかもしれない!


「……イサマルくんは東の国の出身って話だったわね。もしかしたら『下剋上』を狙ってたのかも」


「『下剋上』……って、なんですか?」


「立場が下の者が、上の者の首を取ることで逆転することよ。イサマルくんの国は、前の世界で「わたし」が生まれた国に似てると思うんだけど――私の国では、老いも若きも誰もがみんな、『下剋上』が大好きなの。

 あと、テニス用語としても有名ね」


「そうなんですね……」


「――だとすると。結局は、私がアスマに勝ってしまったことが原因になるのね」


私はため息をつく。


『デュエル・マニアクス』の筋書きをねじ曲げたことで、私はユーアちゃんやアスマを傷つけた。

あのときは、ただただ自分が破滅の未来を避けるのに必死だったのだけれど。


胸の前で固く締めていた私の手をほどき、ユーアちゃんが両手で握った。


「ユーアちゃん?」


「……ウルカ様は、自分のもてる全力を尽くしただけです。それに、アスマ王子も――本心ではウルカ様のことを大事に思っているようでしたよ」


「それが――悩ましいところなのよね」


「え?」


――実のところ、アスマとウルカは根っこではお互いを大切に思っているらしい。

そのことは、ウルカの記憶をたどることで私も気づいていた。


「偽りの救世主」事件をきっかけにして、自暴自棄になったウルカとの絶縁。


ボタンのかけ違いが全ての原因であり――こうして破滅を回避した今となっては、真摯に言葉を尽くすことで――少なくとも、元の幼馴染程度の関係には戻れるんじゃないかと思っている。


「……だからこそ。アスマには申し訳ないのよ。だって、アスマが大切にしているのは「わたし」がこの世界に来る前のウルカなんだもの。だから、ユーアちゃんに話したように「わたし」とウルカが別人だってことを――アスマにも、ちゃんと話しておかないとって」


「そう……ですか。いや、それならいいんですけど」


なぜか、ユーアちゃんは納得がいってない様子だ。


「どうしたの?」


「今のウルカ様もアスマ王子のことが好きなんじゃないか……って思ってました」



 ……はぁ!?

「……はぁ!?」



思わず、握られていた手を放した。


「な、な、な、何でそうなるのよ!?アスマのことなんてなんとも思ってないわよ!この世界に来るまで知らなかったんだし!」


「……でも。ウルカ様、自分で気づいてないんですか?今のウルカ様になってからも、アスマ王子にはずっと気安い感じで接してますよね」


「そ、それは……」


あれ?でも、確かにそうだ。

言われてみると、この世界に来て初めて知ったようなアスマに対して、なぜか親近感みたいなものを感じながら、ずっと話していた気がする。


向こうからされているのは「退学」を賭けた嫌がらせばかりなのに。

まるで、「わたし」自身がアスマの幼馴染になったような……。


ユーアちゃんは目を鋭くする。


「ウルカ様も、自分で言ってたじゃないですか――今の自分は、元のウルカ・メサイアと異世界の自分が一つになってる、って。それって、今のウルカ様もやっぱりウルカ様ということで……つまり、元のウルカ様が大事に思っている人のことは……同じように、大事に思ってしまうんじゃないですか?」


「そ、そ、そんなこと……ないわよ。た、たぶん……」


「……ウルカ様はアスマ王子の婚約者ですから。私が、口を挟めることじゃないんですけど――」


「――けど?」


ユーアちゃんは口をとがらせる。


「少し、妬きます。私――ウルカ様が思ってるほど、いい子じゃないので」


……え?


「それって、どういうこと?」と聞き返そうとしたところで――。


「マスター、お客さんが来たよ。一名様、ご案内」


いつの間にか食器を片付けていたシオンちゃんが、一人の青年をラウンジに連れてきた。


黒髪黒眼に浅黒い肌をした、長身の影法師。

『ラウンズ』の一角であることを示す金縁の黒マントを肩に羽織った青年――ジェラルド・ランドスター。


ユーアちゃんのお兄さんだった。


「――失礼する。プリンをいただけると聞いて参上した」


「お兄様の好物ですもんね」


そう言って、着席したジェラルドにユーアちゃんはプリンを薦めた。


「だから四つ用意してたのね。てっきり、もう一個食べられるものかと思ってたわ」


「やらんぞ」


「……別に取らないわよ」


どうやら、ユーアちゃんに呼ばれて来たようだ。


「ところで、どうしてお兄さんが?」


「ジェラルドでいい。年上だが、敬語も不要だ。生憎と、他人に敬われるほど上等な生き方をしていない」


「そ、そう」


――ちゃんと話すのは初めてだけど。なんか、面倒くさそうな人!


ジェラルドは一口、一口、しっかりと味わいながらスプーンを動かした。

やがて食べ終えると、ナプキンで口元を拭う。


「……ご馳走になった。食事分の礼は果たそう。イサマルの件についてだな」


「イサマルくん?」


そこで、ユーアちゃんが学園指定の決闘礼装を操作した。


「ウルカ様、これを見てください。イサマルさんが会長になってからの『ラウンズ』戦なんですが――全てのデータが、閲覧不可になっているんです」


「本当だわ。でも、おかしいわね。『ラウンズ』同士の公式戦札オフィシャル・カード決闘デュエルって、アーカイブに残って図書館で自由に閲覧できるんじゃなかったかしら?」


ジェラルドが口を開く。


「……この一か月のあいだ。イサマルが『ラウンズ』に仕掛けた試合は全てが無観客試合のクローズ戦。その上で、ある特殊なアンティが賭けられていた」


「特殊なアンティ?」と、私は首をかしげた。


ジェラルドは頷く。


「イサマルが勝利した場合には、アーカイブにデータを残さないこと。そして決闘デュエルの内容を口外しないこと――」


「そんな……めちゃくちゃなアンティ、通用するの!?」


「通用する。立会人次第ではあるが、な。実際、イサマルはそれに見合うだけの『札遺相伝』を積んだ。イサマルが勝ってもカードが手に入るわけでもない……いわば、一方的にリスクを背負っている形となるというのに。そして勝利を続け、ランキングを上げた……今となっては新生・『学園最強』の序列第一位というわけだ」


それだけ徹底した情報統制をおこなう理由は、一つしかない。

おそらくは、私が一か月前にアスマに仕掛けたのと同じ!


、ね。きっと、種が割れないかぎりは必殺となるような戦術をぶつけてくる。だから情報が漏れないようなアンティをかけて口を封じてきた……!」


「そういうことだ。今の奴のデッキはこれまでとは別次元のものとなっている」


そう考えると、いよいよしのぶちゃんの情報は当てにならない。

妖怪をモチーフにした【陰陽・百鬼夜行】デッキという話だったが……どこまでその原型が残ってるか、怪しいものだ。


ここで、一つの疑問が芽生えた。


「でも、あなたも口外しちゃいけないアンティを賭けてイサマルくんと戦ったんじゃないの?今みたいに、決闘デュエルの内容をペラペラ喋っちゃっていいのかしら」


「俺は負けていない」


「えっ、じゃあ勝ったの!?」


「……勝ったわけでもない」


んん??どういうこと?


見かねてユーアちゃんが説明した。


「ええと……お兄様は交戦した『ラウンズ』で唯一、イサマルさんと引き分けたんです。だからデータは残ってないんですけど、口外不可のアンティが課されているわけじゃないので……何か教えてもらえるんじゃないかと」


「なるほど、それでプリンで釣って誘き寄せたのね!」


「プリンに釣られたわけではない。ユーアの頼みなら、できるだけのことはする」


でも、それなら百人力だ。

イサマルくんがどんな初見殺しを狙っていたとしても、ここでジェラルドに話してもらえばその戦術は瓦解する。


明日までに対策を立てることもできるわ!


「じゃあ、教えてちょうだい。イサマルくんの狙っている戦術について!」


「悪いが、ウルカ・メサイア。――お前には教えられない」


「……なんですって!?」


食器に手を合わせると、ジェラルドは立ち上がった。

ユーアちゃんが制服の裾を掴んで引き止める。


「待ってください。お兄様、お願いです。ウルカ様の力になってください!」


「ユーア。お前の願いならできるだけのことはする――だが、ウルカ・メサイアに対する協力となれば話は別だ」


「そんなっ……!どうしてですか、お兄様」


「それは、ウルカ・メサイア――この女が、現在の『ラウンズ』の決闘者デュエリストの中で最大の脅威だからだ」


黒一色の影の巨人――ジェラルドは、その2m近い長身から、油断なく私に眼光をぶつけた。

その闘気に、鳥肌が立つのを感じる。


「アスマもイサマルも、俺にとっては勝てない相手ではない。必勝を誓うのは難しいが、勝ち目が見えないわけではない。だが、ウルカ・メサイア。今の俺ではお前に勝つことはできない」


「何よ、それ……。私のことを買いかぶってるの?」


「過大評価ではない、正統なる評価だ。お前の強みは俺と同じ。決してあきらめることなく、虎視眈々と相手の弱みを見抜き、針の穴のような勝機をつかむ。俺の強みを、俺よりも高精度に実行する――言うなれば、俺の上位互換だ。できることなら、ここで負けてくれるとありがたい」


ジェラルドはマントを翻すと「だから言っただろう。他人に敬われるほど上等な生き方をしていないと」と言い残し、ラウンジを去って行った。


ちょっと待ちなさいよ。

これじゃ、ジェラルドの奴……!


「あいつ、プリンを食い逃げしただけじゃないっ!」


断固抗議する!プリンを返せーっ!


「ごめんなさい、ウルカ様。まさか、お兄様があんなことを言うなんて思わなくて」


「……まぁ。それだけ私のことを評価してる、っていうのは――悪い気はしないわよ」


それに、なんだかんだで「初見殺しを仕掛けてくる」という情報だけはしっかりと渡してくれた。

一応、これはプリンの分の義理なのかしら?


ともあれ――。


どうやら、イサマルくんとの決闘デュエルはぶっつけ本番になりそうだ。

一体、どんな初見殺しが待ち受けているのやら。


私を励ますように、シオンちゃんは両手でVサインをつくる。


「大丈夫。マスターの特訓の成果を見せるとき。強くなってるよ、マスターは前よりも」


「……そうね。私の【ブリリアント・インセクト】デッキ――いいえ。新生【ゲノムテック・インセクト】デッキの力を見せるときが来たわ」


「がんばってくださいね、ウルカ様!」


ええ、とユーアちゃんに応えたところで――私は一つ、気になることを聞いた。


「ところで、ユーアちゃん。この一か月のあいだで、ジェラルド以外でイサマルくんと引き分け、ないしは勝利した『ラウンズ』の人っていなかったの?」


「そうですね……ウルカ様とお兄様、アスマ王子以外の『ラウンズ』はみんなイサマルさんに負けてますね……おや?」


「どうしたの?」


「データだと、序列第九位――ドネイト・ミュステリオンさんとは決闘デュエルしてないみたいです。どうしてでしょう?」


「ドネイト・ミュステリオン……?」


聞き覚えのある名前だ。

たしか、しのぶちゃんはこう言っていたはず。


「……初心者救済」


「ウルカ様?」


「私の友達が言ってたの。その人はとても頼りになるって」



ドネイト・ミュステリオン。


そのキャラクターは攻略対象ではない。

代わりに特別な役割が与えられているとか。


曰く、手持ちのカードで最も強力なデッキを組んでくれるAI機能を持つ――カードゲームに不慣れな乙女ゲームプレイヤー向けの、お助けキャラだと。



「……すっかり忘れてたわ。今度、相談してみてもいいかも」

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