御前試合

「クラスが違うから、こうして会うのは初めてやね。よろしゅう」


「よろしく……お願いします」


目が合ったとたんに、気恥ずかしさで頬に熱がこもる。


見た目だけなら完璧なアスマ王子を幼馴染としているために、美形には慣れているはずのウルカだったが――その基準をもってしても、目の前の少年の「美」は群を抜いていた。


女性ものの着物を着こなしてもまったく違和感のない、性差を超えた可憐な容姿。

ウルカと同い年の一年生ということになっているけれど、小柄な体躯も相まって童女じみた雰囲気をかもしだしている。


それにしても――。


「なんや、他人の顔をじろじろと見てからに」


「ご、ごめんなさいね。つい……」


桃色に染まったおかっぱ頭も手伝って、まるで精巧に作られた日本人形のようだ。


イサマル・キザン。


私の対戦相手にして――『反円卓の騎士リバース・ラウンズ』の現・序列第一位。

「わたし」の前の世界の友達、しのぶちゃんの推しキャラ――それにしても。


「(本当に、しのぶちゃんのコスプレそっくりなのね……!)」


藍に染まった扇子を口に当て、物憂げに流し目をするその様子は――以前に見せてもらった、彼女のコスプレ写真とそっくりだった。


さすがにクオリティが高いコスプレだったことがわかる。

こうして「本物」と比較する機会がくるなんて、思ってもみなかったけれど。



授業を終えた、放課後のことだ。



生徒が退出した講義室に、私とイサマルくん、そして立会人となるマロー先生が集まっていた。

次の決闘デュエルについて、互いにアンティ条件の合意を取るための打ち合わせだ。


マロー先生――丸眼鏡がトレードマークの、私やユーアちゃんの担任――は一言、一言を噛んで含めるような口調で語りかけてきた。


「……ウルカさん。君は『ラウンズ』同士でのアンティ決闘デュエルは、今回が初めてになりますね?そのことに間違いはないかな」


「はい、今回が初めてになります」


「よろしい。では、いくつか確認することがあるので、よく聞いておくように」


年の頃はそこまで老けていないはずなのに――色素がすっかり抜け落ちた老人のような銀髪と、眼鏡の奥にのぞく柔和な微笑みもあって、独特な雰囲気のある大人だ。


……そういえば、マロー先生もユーアちゃんの攻略対象なんだっけ?

授業以外で話すのは初めてだし、すっかり忘れてたわ。


「(それにしても、先生と学生が恋愛するってどうなのかしら?CEROレーティングはどうなってんのよ、CEROレーティングは!)」


「ウルカさん?よく聞いておくように、と言ったはずですよね」


「あっ、す、すみません!」


「集中力が切れていましたよ。以後、気をつけるように」


私が先生に注意されたのを見て、イサマルくんはあざけりの様子を隠さずにニヤついていた。

この子、聞いてた通りに性格悪そう!


コホン、とマロー先生は咳払いをする。


「まず、『ラウンズ』同士のアンティ決闘デュエルは基本的に拒むことはできません。これも「学園」の頂点に立つ決闘者デュエリストとして、他の生徒たちの規範となることを奨励されているためです」


「今回は、同じ『ラウンズ』のイサマルくんから挑戦されたから、私はこのアンティ決闘デュエルを拒否できない……ということですね」


「せや。それでもって、賭けるアンティは挑戦者が提示することができる」と、イサマルくんはカードを取り出した。


「ウチは《殺生石》を提示するで。イスカ将軍家筆頭・キザン家の『札遺相伝』や」


「《殺生石》……。コンストラクトカードなのね」


イサマルくんが提示したカードには、紫色の瘴気をまとった禍々しい巨岩が描かれていた。

なにか恐ろしいものを封じ込めるように、岩には注連縄が交わされている。


マロー先生は続けた。


「挑戦を受けた側の決闘者デュエリストは、提示されたアンティと同等の価値を持つアンティを提示しなくてはなりません。その価値を計り、判定するのが立会人――今回の場合は、先生の役割になります」


「質問があります」と、私は手をあげた。


「提示されたアンティに吊り合うカードを持ってない場合はどうなるんですか?」


自慢じゃないが、ウルカのデッキは貴族としてはそこまで豪華なものじゃない。


【ブリリアント・インセクト】デッキなんて言って、イラストばかりは金銀財宝をモチーフにしたきらびやかなカードだが――結局は、昆虫スピリットの寄せ集め。

レアリティが高いカードといったら、エースである《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》と《階級制度》ぐらいなものだ。


これも、メサイア家でウルカが冷遇されてるせいなのだけれど……。


すると、イサマルくんは手にした扇子を閉じた。


「トボけるのはあかんなぁ、ウルカちゃん。ウルカちゃんは持ってるやろ?ウチの《殺生石》にも吊り合うカードを」


「まさか……《バーニング・ヴォルケーノ》のことを言っているの!?」


「アスマくんから手に入れた、王家直伝の『札遺相伝』。それなら吊り合うどころか、こっちからオマケを出してもええぐらいやで?」


けらけら、とイサマルくんは笑う。


でも、このカードを勝手にアンティにするわけにはいかない。

助け舟を期待してマロー先生を見るが、その答えはにべもないものだった。


「……吊り合うカードを持っていない場合には、アンティの再提出を要求することもできます。ですが所持している場合には、そのカードを差し出さなくてはなりません。これは『ラウンズ』が、この「学園」の規範であり続けるために定められたルールなのです」


「そんなっ……!」


「別にしんどい顔する必要ないやろ?勝てばええやん。それだけの話や」


「でも……このカードは、本来は私のものじゃないわ。アスマがお父さんから受け継いだカードで、それを私が預かってるだけよ」


「知らんがな、そんなん」と、イサマルくんは扇子を開いて、優雅に扇いだ。


「ウルカちゃんのカードに《殺生石》に並ぶカードが《バーニング・ヴォルケーノ》しかないのは、すでに調査済みや。ついでに言えば『ラウンズ』の騎士たちの中で、あれ以外のゴミカードでアンティ決闘デュエルを受ける奴なんて一人もおらんて」


「……ゴミですって?」


「ゴミはゴミ、ほんまのことを言うてるだけやろうが。すわろーている、やっけ?あんなカード、『ラウンズ』環境ではケツを拭く紙にもなりゃせんし――他のゴミ虫どもかて、みんな同じ。その意味をウルカちゃんにもわかるように、よく説明してや――先生」


「イサマルくん。挑発的な言動は控えるように」と、マロー先生は釘を刺す。


「ウルカさん、まだ説明が途中でしたね。『ラウンズ』はその強さの格を保ち続けるために、一定期間以上のあいだ『ラウンズ』との決闘デュエルが成立しなかった場合には、ランキングから除名されるシステムがある――というのはご存じですか?」


「え、ええ。たしか定期的に決闘デュエルをしてランキングを変動させる必要があるのは聞いてます……って」


そうか――そういうこと。

マロー先生は頷いた。


「『ラウンズ』同士の決闘デュエルは基本的には拒むことができない――その数少ない例外が、アンティとして提示されたカードのレアリティがあまりにも低い場合です。『ラウンズ』戦におけるアンティカードには、一定以上のレアリティが必要となるわけです」


イサマルくんは意地の悪い笑みを浮かべた。


「《バーニング・ヴォルケーノ》が無くなったら、その紙束みたいなゴミデッキではアンティ決闘デュエル自体が成立せえへんってわけや。そうすれば、いずれはランキングは降格。キミは『ラウンズ』から除名。まぁ――少しずつでも、この「学園」をさっぱりさせていかんとなぁ」


これもちょっとした掃除みたいなもんやで――と、彼は天使のような顔のまま、毒に満ちた言葉を吐く。


「……どうして?」


「あぁん?」


「イサマルくんと会うのは今日が初めてよね?私、あなたに何かした?」


ウルカの記憶をたどる。


たしかに、以前のウルカ・メサイアは『光の巫女』の一件でユーアちゃんに対して憎しみを抱き、嫌がらせを続けていた。

アスマとの関係も「偽りの救世主事件」をきっかけにギクシャクとしたものとなっていた。


それでも――この、イサマルという少年とは何の因縁もないはず。

ここまでの悪意をぶつけられる心当たりがない。


イサマルくんは「はぁ」とつまらなそうに鳴く。


「そもそも、未だに「学園」におるのが間違いやろうが」


「……え?」


それは、どういうこと?


「間違い、って……そんな」


「ウチがなんでわざわざ聖決闘会カテドラル戦挙なんてめんどいことまでして会長になったのか――それは「役割を決める」側の人間になれるからや。ウルカちゃんも虫が好きなら、わかるやろ?自然の中では、どんな虫けらにも役割は存在する――」


イサマルくんは歌を詠むように、残酷な言葉を口にする。


「食われるもんには食われる役割。いたぶられるもんにはいたぶられる役割。殺されるもんには殺されるもんの役割がある――そうやって回っとるんが世の中やろ?ウルカちゃんの役割はなぁ、破滅や。一か月前のユーアちゃんとの決闘デュエルでも――その少し後のアスマくんとの決闘デュエルでもええわ。どちらにしろ、そこで負けとったら退学したんやろ?なら大人しく負けたらよかったやん」


「……勝手なことばっか言ってんじゃないわよ!私の役割が破滅ですって!?そんなの、イサマルくんが決めることじゃないわ!」


「アスマくんなぁ。ウチ、まだ勝ててないねん」


「アスマ……?」


急に話が変わったので、私は面食らった。


「どうして、そこでアスマの名前が出てくるのよ」


聖決闘会カテドラル戦挙で戦うのを楽しみにしとったんやけどな。彼、副会長やろ?けど……そんときはもう、ウルカちゃんに負けた後やった。不戦勝になったわ。――あれから、「学園」にも顔を出してないんやで」


「そう……だったの」


知らなかった。


アスマに避けられてるのは知ってたし、何度かコンタクトを取ろうとしても「実家に用事があって戻っている」という噂を聞くばかりだった。

でも――まさか「学園」自体に登校していなかったなんて。


「私が、勝ったせい……?」


「ウルカちゃんは疫病神やなぁ。キミが見苦しく足掻くたびに、どんどん人が不幸になるで?せやから、ウチが駆除してやろうって話や。それとも『ラウンズ』の連中にまで、病原菌をまき散らすつもりか?あぁ?」


けらけら、と笑うイサマルくんを無視して先生がまとめた。


「では。互いのアンティは《殺生石》と《バーニング・ヴォルケーノ》ということで、よろしいですね?」


「……はい」


マロー先生の言葉は、ほとんど頭に入っていなかった。


――ユーアちゃんだけじゃ、なかったんだ。


私が破滅を避けるために決闘デュエルに勝ったことで、苦しんでいたのはユーアちゃんだけじゃない。


アスマ・ディ・レオンヒート。

ウルカ・メサイアの幼馴染にして、婚約者。


アンティ承認のために取り出した《バーニング・ヴォルケーノ》――黄金の枠にふちどられたそのカードを見て、私は決意を固める。


――もう一度、アスマと話さなきゃいけない。

そして、そのときには《バーニング・ヴォルケーノ》を返すんだ。


「ウチにとっては落ちとる小判を拾うようなもんや。楽しみやなぁ、アンティ決闘デュエル


だから……こんな奴に、負けられない!


「覚悟しなさい……!絶対に、あなたなんかに渡さないんだから……!」



☆☆☆



「……アンティの条件を、追加しなくてよかったんですか……会長」


聖決闘会室に戻ったイサマルを、一人の青年が出迎えた。


高い上背を猫のように丸めた、陰気な雰囲気の青年だ。

伸ばした前髪で目元が隠れていて、その表情は伺えない。


ドネイト・ミュステリオン――「学園」の二年生で、聖決闘会カテドラルの書記を務めている。


「なんや、情報が早いなぁ。ウチ、まだ何も言うとらんで」


「正式に、試合が決定した時点で……決闘礼装に、各自の条件は……出ますから」


ドネイトは手にした魔導書型の決闘礼装『ウイチグス呪法典』を開く。

紙片型のホログラムが空中に舞い、これまでのイサマルの公式戦札オフィシャル・カード決闘デュエルのアンティ条件が浮かび上がった。


そのいずれにも――「決闘デュエルに敗北した場合、その内容は口外しないこと」と記されていた。


「今回も……同じようにアンティを課して、口を封じた方が……良かったのかと」


イサマルは目を閉じて、言の葉を紡ぐ。



花の色は 移りにけりな いたづらに

我身世にふる ながめせしまに



「……?」


「まぁ、そろそろ潮時やろ。いくらアンティと言うたかて、いつまでも人の口に戸は立てられへん。それに今回の目的はあくまでウルカちゃんから《バーニング・ヴォルケーノ》を奪うことや。これまでの『ラウンズ』戦と違って、ランキングを上げることにはない」


「そ、そう……ですね」


「なぁに、安心しぃ」


イサマルはドネイトの肩に両手を置いて、笑顔を見せる。

その表情は、ウルカに向けていた悪意に満ちたものとは異なる、屈託のない無垢な笑みだった。


「ドネイトくんが組んだデッキは完璧や。実際、『ラウンズ』の連中かて誰も手も足も出なかったやんか。……ジェラルドくんは、別として。とにかく、もっと自分を信じなあかんよ?キミは、天才なんやから」


「すごいのは……会長です。し、小生は……書きかけのプロットを……放置していただけ」


ドネイトは、イサマルから目を逸らした。


「小説に、読者がいないと……完成しないように。デッキは、組まれただけでは……完成しない。それを手にする決闘者デュエリストがいなければ。ただ……」


「……ただ?」



「ウルカ嬢には……気をつけた方がいいかもしれません。あの子は、その……もしかしたら……会長と、同じ……かもしれませんから」

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