第四章[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪』]

Magic Ruler- 始原魔術の支配者 -

「はぁ……!はぁ……!な、なんで……カードゲームでこんなことしなくちゃならないのよぉ……」


風光明媚な平原である。


遠くに見えるのは山吹色に葉が染まる山々の連なり。

桜は春。夏、秋、冬、美しき四季の花々や景色がモザイク模様のように点々と配置された、「和」の原風景が誇張されたミニチュアの箱庭。


あるいは一枚の絵か。

ただ、この場所は――箱庭というにはあまりに広すぎた。


公式戦札オフィシャル・カード決闘デュエルの舞台である円形闘技場、その地を上書きして展開された領域効果は――もともとの空間の面積を無視して、世界を拡張し――それだけでオープン・ワールドとも呼べる、一つの小世界を形成していた。


[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]。


これが――イサマルくんのフィールド・スペル!


「へへへっ、お先やで。ウルカちゃん」


山紫水明に彩られた平原をイサマルくんが軽快に駆けていく。


動きづらそうな桜柄の着物を着こんだ美少年は、それでも息も絶え絶えに走る私を悠々と追い越した。

彼の足に装着されたローラースケート型の車輪は、魔力を注ぐことで回転し、まるでスケートリンクのように地上を走行する。


自走車輪型決闘礼装『チャクラ・ヴァルティーン』――妙な決闘礼装だと思ったら、最初からこのために用意してたってわけね!


「ちょっと!最初からそんなの用意するなんて……!ずるいわよーっ!」


「堪忍なぁ。まぁ、言うてもウルカちゃんかてお金持ちやん?こうなるって知っとったなら、最初から準備できてたやろ?――知っとったら、の話やけどな」


決闘デュエル前の徹底した情報統制――これも、全てそのために。

これが、新生・『学園最強』の戦い方……!


「はぁ、はぁ……だめぇ、もう限界……」


体力が尽きた。

バクバクと音が鳴る胸に手を当てて、抑えるようにして肺の中の空気を吐き出す。

全て吐き出したら、一回、深くて大きい息を吸う。

これを繰り返す。


漫画の『喧嘩商売』で主人公の佐藤十兵衛がやっていた呼吸法だ。

いや、『稼業』の方だっけ?


「よくエレベーターが無いビルで階段を登ったときに、これをやったわね……」


桜が咲いているエリアにイサマルくんが飛び込んだのを見た。


「たしか、さっきの読み札は――」



いにしへの 奈良の都の 八重ざくら

けふ九重に にほひぬるかな



「――やっぱり、読み札はスペルカードが置かれたエリアに対応しているわけね。桜の読み札なら、桜のエリア。だいたいの当たりはつけることができる……!」


決闘礼装のモニターに「イサマル・キザン 取り札取得」の表示が出た。

また、スペルを取られてしまった!


「まだまだ止まらなイ!先ほどの『歌仙争奪』に続いて、《歌仙結界・伊勢大輔いせのたいふ》もイサマル選手が取得でース!」


会場で実況するジョセフィーヌちゃんの声が、フィールドに響き渡った。

闘技場に集った観客たちも、初公開となるイサマルくんの奇想天外な戦術に驚きを隠せないらしく、どよめきと熱狂が飛び交っている。


《歌仙結界》――。


「あのスペルカードを取られ続けるかぎり、私の攻撃はイサマルくんには届かない。それを防ぐためには、イサマルくんより先に取り札を取るしかない……って。

 こんなの、『スピリット・キャスターズ』じゃないわよーっ!?」


「何を言うのかと思うたら。そんなの、当たり前やん」


『歌仙争奪』が終わったことで、私とイサマルくんはスタート地点となる篝火かがりびに戻った。


四季折々の景色が凝縮された平原。

片方には連なる山々、片方には雅に点々と舟が浮かぶ青海原。

十に並ぶ月と、その向こうに広がる雲海。


規格外の効果と広大さを誇る領域の中で、イサマルくんはけらけらと笑う。


「アルトハイネスの『スピリット・キャスターズ』も、ムーメルティアの『Edithイーディス』も――その原型はイスカの始原魔術『六門魔導』に由来する。言うたら、ウチの魔術こそが本家・本道ってわけや。

 それだけやない――このフィールドの恐ろしさは、ここからやで」


イサマルくんのフィールドで、コンストラクトが胎動する。


注連縄を交わされて封印を施された巨岩は、禍々しい瘴気をまとっていた。

特級の呪物――《殺生石》。


《殺生石》に眠るのは、あの《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》に並ぶとも言われる最強のスピリットだ。


この『デュエル・マニアクス』の世界における、三大大国――アルトハイネス王国、ムーメルティア共和国、そして終の地たるイスカ――その全てに、そのカードの恐るべき力が伝説として残されている。


三国伝来の銀毛九尾。


「《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》……!あのスピリットの召喚こそが、あなたの狙いね!」


「ウルカちゃんはこのまま指をくわえて、せいぜい和歌を楽しんどいたらええ。このフィールドのどこを探しても――キミの勝ち筋なんて、落ちとらんのやからなぁ」


イサマルくんが付与した領域効果――[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]。


これまでに見たことのない戦術。

未知のフィールド・スペル。


「……あれ?」


フィールドを見渡して――私に、ある違和感が芽生えた。


《バーニング・ヴォルケーノ》とも《アルケミー・スター》とも違う……。


「このフィールド、何か変……?」


何が変なのかな?


違和感。その正体を探ろうとするけれど――。


「さーて、では次の読み札に参りまース!」


――おっと、考え込んでる場合じゃないわね。


ジョセフィーヌちゃんの声に耳をすます。

次が、このターンにおける最後の『歌仙争奪』となる――!


こうして再び、前代未聞の奇妙な決闘デュエルに身を投じるのだった。




さて、ここで――時間は数日前にさかのぼる。




「シオン・アル・ラーゼスだよ。今日からマスターのお世話をするね、メルクリエと一緒に。よろしくね」


女子寮の自室にて。


片眼鏡モノクルをかけた青年――執事のメルクリエに挨拶をしているのは、落ち着いた色合いのクラシカルなメイド服に身を包んだ銀髪の少女だった。


服装は質素なものだが、人目を引くのはその容姿だ。

腰まで届くほどの長くてさらさらとした銀髪に、この世のものとは思えない絵本の妖精のような現実離れした可憐で無垢な美貌。


サファイヤのように輝く瞳を見ていると、思わず吸い込まれそうになってしまう。


シオン・アル・ラーゼスと名乗る少女――その正体は、何を隠そうザイオンXだ。


目の前にいるのが、まさか知性を持つスピリットだとは思っていないだろうメルクリエは――相変わらず、好々爺じみた様子で応じた。


「いやぁ、助かります。私めも最近は「学園」の講師としての仕事も増えてきたところで、先日は体調を崩してしまいました。お嬢様にもご迷惑をおかけしましたな」


「いいのよ、これまでが無理させすぎだったんだから。それにシオンちゃんなら女の子だし、女子寮にも泊まれるわ」


「肯定する。一つ屋根の下。同棲するよ、マスターと」


「言い方」


メルクリエは家事用の《家守り精霊ハウスキーパー》デッキをザイオンX――シオンちゃんに渡した。


「では、これはシオンさんに渡しておきましょう。お嬢様に伺いましたが、シオンさんはこういったデッキの扱いもお上手だとか。実に頼もしい」


「任せてね。何でもできるよ」


「では、お嬢様が採った昆虫の標本作りもお願いできますかな?」


「それは無理」


「何でもできると言ったはずでは!?」


シオンちゃんはメルクリエから目を逸らした。

こっそり、私の方に目線を向ける。


「……標本は、もう作らない。それは本機の役割ではないから」


シオンちゃんは《家守り精霊ハウスキーパー》デッキから一枚のカードをドローした。


Activation発動せよ

 スペルカード《プリンセスオーダー・オーダーメイド》をActive発動


呪文スペルから奔出した魔力が私に注がれる。


プリセットとしてカードに登録されていた衣装として、白と翠で彩られた丈の長い決闘術学院アカデミーの制服が私の身を包んだ。

お化粧も施され、髪の毛もくるくると魔力によって優しく編まれていく。


「やったわ!縦ロール、復活ね。これでユーアちゃんも喜ぶわ」


私としてはセットが面倒なだけの髪型なんだけど、どうもユーアちゃんにとってはお気に入りらしいし。

あの子の反応が今から楽しみだ。


メルクリエも感嘆の声を漏らす。


「これほどの精度でスペルを操るとは。いやはや、素晴らしいですな」


「ええ、メルクリエと変わらないわ」


「いいえ。私め以上でございます」


「……そうかしら?そんなに変わらないと思うのだけれど」


「マスター、マスター。ここ、どう?」


シオンちゃんはひょい、と現れると――その両手で、制服の上から私の胸をつかんだ。

彼女が手に力を込めると、ふにふに、と力に合わせて肌が波打つ感覚が走る。


「ちょ、ちょっと何をするのよ!?ハレンチよ、やめなさい!」


「神は細部に宿る。見えないところにこだわる、それが職人」


「見えないところ……?」


そういえば。なにか、いつもとちょっと感覚が違うような……?


「ちょっとお花を摘みにいってくるわね」と言って、私は一旦トイレに入って、それを確認する。


――やっぱり!


私はあわてて戻ってきた。


「さっきのスペルで、ブラジャーまで変えたの!?」


「肯定する。マスターのおっぱいは大きいから、ブラジャーを選べないのはわかる。でも、あの無地のデザインは良くない。マスターも女の子なのだから、おっぱいをいじめちゃダメ。だから、かっちょよくしてみたよ」


「かっちょよく、って……」


たしかに薄緑の上品なレースが走る、いかにも貴族っぽい華麗なデザインのブラジャーに替わっていた。


それだけじゃない。


これまでは胸元を締めるような形になっていたので、肩に疲れを感じていたのだけれど――上半身全体で支えるように力が分散する構造へと変わっているようだ。


考えてみると、ウルカ・メサイアはやたらと胸が大きい。

その一点について言えば、ジョセフィーヌちゃんやシオンちゃん以上だ。


「女性キャラクターがやたらと発育が良い」のはカードゲームアニメではよくあること、ということで――これも私が『まゆ』だった頃には無かった悩みとして、そういうものだと諦めていたのだけれど。


私はその場でジャンプしてみた。


「動き回っても胸が揺れない!身体が楽だわ」


「すごいでしょ。スペルの構造を解析して、改良してみたんだよ。マスターのために」


シオンちゃんは相変わらずの無表情のままだが、手元に作ったVサインが誇らしげだ。


「……そういえば。メルクリエはどうして外から見ただけで気づけたの?」


「それはもう。執事ですからな」


「執事という概念に対する過信がすごいわね」


メルクリエは同僚となるシオンちゃんに対して、簡単な引継ぎをした。

もちろん彼も使用人を辞めるわけではないが、これからは分担して私の世話をするという形になるようだ。


「ところで、お嬢様。シオンさんは、先日のダンジョン探索で知り合った身よりのない平民の方ということですが」


「え、ええ。そうね」


そういうことになっている。


「肯定する。マスターは命の恩人。スピリットに襲われて死にそうになってたところを助けてくれたんだよ。かっちょいいよね」


「なるほど、なるほど。お嬢様への恩を返したいので働く、というのはわかります。わかりますが――」


メルクリエは片眼鏡モノクルを光らせた。


「――それにしては、シオンさんはあまりに決闘者デュエリストとして優秀すぎるのでは?先ほどの呪文スペルの使いこなしを見ても、とても野生のスピリットに苦戦するような方には見えないのですが」


「そ、それは……」


ちょっと経緯が強引だったか。


「この子は知性のあるスピリットで、アンティ決闘デュエルで手に入れたカードです」というのが本当のところなのだけど、彼女としては出自を隠しておきたいらしいし。


ウルカとしての常識と照らし合わせても、この世界には知性のあるスピリットなんてものは存在しないことになっている。


もし見つかったら、「わたし」の世界で言えばスカイフィッシュとかニューネッシーとかチュパカブラとかモスマンとかフラットウッズ・モンスターとかモケーレ・ムベンベみたいなものなわけで――どっかの研究機関に捕まって、解剖とかされちゃうかもしれないし。


さて、どう誤魔化そう――としたところで。


ピコン!と決闘礼装のモニターが通知を知らせた。


「ええと、メッセージが来たみたいだから確認するわね!」


モニターに指を滑らせて、画面を確認する。


「これはアンティ決闘デュエルの挑戦状……!?」


シオンちゃんも横に並んで覗き込んだ。


「対戦相手はイサマル・キザン。マスター、この人って強いの?」


「そうね、この人なら知ってるわ。イスカの出身で『ラウンズ』の一人。たしか序列は第七位で、妖怪をモチーフにしたデッキを使う人だわ」


『デュエル・マニアクス』については詳しくない私でも、イサマル・キザンというキャラクターについては事前の情報を叩きこまれている。

なぜなら、私にこのゲームを布教した友達――しのぶちゃんの推しキャラだからだ。


ユーアちゃんの攻略対象でもある。


「ああでも、私が『ラウンズ』に入って、元は序列第一位のアスマが降格したから――もしかしたら、今の序列は第六位かも。あと、聖決闘会カテドラルの庶務でもあるらしいわね」


「お嬢様。それは違います」


メルクリエが訂正した。


「イサマル様は一か月前の聖決闘会カテドラル戦挙で、前会長を含む全ての会員に勝利し、現在は会長に昇格。その後も『ラウンズ』のメンバーを次々と倒したことで、現在の序列は第一位となっております」


「え……第一位って、それじゃ」



「はい。イサマル様はアスマ王子に替わる、新たな『学園最強』でございます」

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