人間標本1・2

――意識が目覚める。


冷たい岩肌に頬をつけて、私は地面へと横になっていた。


「……助かった、のかしら」


ユーアちゃんと『ダンジョン』を攻略している最中に、私はいきなり崩れた地面に足を取られ、奈落の底へと落下してしまった。


とっさに《ローリーポーリー・トリニティ》を召喚し、ダンゴムシ型のボディの内側にユーアちゃんと入り込むことで、なんとか衝撃を緩和したのだけれど――。


「うん、痛くない。とりあえずは大丈夫そうね」


立ち上がった私は、周囲の様子を確かめた。

辺りは一面の、闇。


決闘礼装を起動して――幸いにも、故障はしていなかったようだ――私は《明星のライトニング・バグ》を召喚して、辺りを照らすことにする。


――やがて、だんだんと周囲の光景が浮かび上がってきた。


「ここは……」


そこにあったのは、異様な空間だった。


いくつもの巨大な円柱が、広大な空間に延々と並び立っている。

柱は一定の間隔を持って、先が見えないほど奥まで立ち並んでいるようだ。


天井も異様に高く――だいたいの目算だと、ビル5、6階分の高さはありそう。


「そうだ、ユーアちゃんは!?」


頭がはっきりしてくると、近くにユーアちゃんがいないことに気づいた。

ライトニング・バグが周囲を照らしまわるが、視界の範囲には人影はない。


私は息を吸って「ユーアちゃーん!いたら返事をしてー!」と、声を張り上げる。

だが……返事は無かった。


ウルカは魔法の扱いには長けていないので、汎用魔法の一つである魔力による身体能力強化――その一種である、声量の強化(拡声)は使用できない。


こうなったら、スピリットに頼るしかない。

そう――私は落下する最中に、すでにスピリットを召喚していた!


「《カノン・スパイダー》。ユーアちゃんに付けた糸をたどれる?」


呼びかけに応じて、赤と青の原色に染め上げられたド派手な体色の虫が現れる。

この八本脚は、ついさっき捕まえたばかりのクモ型スピリットだ。


《カノン・スパイダー》がお尻をあげると、暗闇の中に一筋の線がきらめいた。

この糸の先に――彼女がいる!


「ユーアちゃん、無事だといいのだけれど……!」



☆☆☆



その、少し前。


……ユーアは、暗闇の底に落ちていくウルカを見下ろしていた。


「お願い、ランドグリーズ!ウルカ様を助けて!」


ユーアの呼びかけに応じて、戦乙女ワルキューレは空中を駆ける。


ウルカ・メサイアの顔は恐怖に染まり、必死にこちらに手を伸ばしていた。

一刻も早く、助けないと……!


《戦慄のワルキューレ騎士ナイト、ランドグリーズ》とユーアは、余人には計り知れない深い絆で結ばれた関係にあった。

ただのスピリットと決闘者デュエリストではない。

まさしく以心伝心――言葉を交わさずとも、ユーアの思うがままにランドグリーズは空中を舞い、的確に最短距離を取って落下するウルカに近づいていく。


あと少し。

あと少しで、その手が彼女に届く――と、感じたそのとき。


ユーアの心臓の裏側を、ひんやりとした泥のようなものが触る気配がした。


もしも――


「――え?」


今、私は……何を、考えたの?


嘘。


嫌、嫌、嫌……そんな、なんて馬鹿なこと……!


「どうしたのよ、ランドグリーズ!?」とウルカが叫ぶ声を聴いて、ユーアは我へと返った。


気づくとランドグリーズは人形のように動きを止めて――まるでユーアの意思に反抗するかのように、エーテルで構成された肉体を崩壊させた。

スピリットが――自ら、召喚陣から退去したのだ。


ランドグリーズの支えを失ったことで、ユーアはウルカ同様に空中に投げ出された。


「きゃああああああーーっ!」


「……ユーアちゃん、捕まって!」


空中でユーアを抱き留めたウルカは、そのまま召喚したスピリットの殻に入り込む。

二人を落下の衝撃から守るように、ダンゴムシ型スピリットは形態を球体へと変化させていった。


スピリットの内部で、ウルカはユーアを抱きしめると、少しでも離すまいと力を入れて胸元に引き寄せた。

ウルカの暖かい体温を感じる。

その温もりとは裏腹に――ユーアの心は、次第に冷えていった。


今すぐに、ここから消えてしまいたい。


『光の巫女』?みんなを『闇』から守って戦うヒロイン?


違う!


この私が……こんな汚らわしいことを考えてしまう私が、人々を救う救世主メサイアなわけがない。


ゼノンの予言は――メサイア家に下された予言は、本当は間違ってなかったんだ。


――ウルカ様が、本物の『光の巫女』だった……!

――私は、「偽りの救世主」。

――もしも、このことがお兄様にバレたら……私は……。


重力を失った浮遊感の中で――ウルカに抱かれながら、ユーアは声を殺して泣いた。


もう、どうなってもいい。ここで死ぬなら、それも構わない。


この世界に、私の居場所は――ない。



☆☆☆



「この先ね……!ユーアちゃん、待ってて!」


胸の動悸を抑えながら、私は走る。

あーっ、こんなことになるなら、普段から鍛えておけばよかった!


《カノン・スパイダー》の糸を頼りに到着した場所は、広大な地下空間の中でもひときわ目立つ場所だった。


そこにあったのは奇妙な金属製の祭壇のような施設だ。

これまで等間隔に並んでいた円柱は、中央にある祭壇を取り囲むように円周に配置されている。


な、何よ……これ。


祭壇の下にはコンソールのようなものがあり、決闘礼装のモニターに似た画面が表示されている。

そこに書かれていたのは――。


「漢字よね、これ。つみ、その……?」


何の文字かもわからない奇妙な記号の羅列の中に「罪園」という文字列が挿入されていた。


『デュエル・マニアクス』は世界観こそ中世ヨーロッパ風だけど、そこは日本のゲーム会社が作ったものだから設定が甘くて――特に架空の言語やアルファベットが用いられているわけではなく、作中で使われてる言葉は現代日本のものと同じだ。


公用語も思いっきり日本語。

だから漢字だって、平気でカードテキストや日常生活に使われてるのだけれど……。


「罪園」――この言葉、どこかで見たことがある気がする。

「わたし」はどうしてもそれが気になって、コンソールの画面に指で触れてしまった。


そのとき――突如、周囲に配置された円柱が青白く発光し、周囲の壁面に光る青いラインが幾筋も流れ始める!

やがてコンソールには無数のパラメータ・バーが出現し、なんらかの計算を始めた。

気づくと、広大な地下空間は一面を青い発光ラインが走る近未来的な世界へと変貌していた。


まるで昔見た、電脳空間を舞台にしたディズニーのSF映画のような光景だ。


「これは、魔道具……!?いや、違うわ!」


魔道具なら、決闘者デュエリストの端くれであるウルカには微量であっても魔力が感じられるはずだ。

だが、これほど近距離で大規模な発光現象が起きているというのに、魔力を少しも感じない。


まさか――。「わたし」は、元にいた世界のことを思い出す。


間違いない。

この施設の動力は魔力ではなく――おそらくは、電力。


「……なんで『デュエル・マニアクス』の世界に、機械があるのよ!?」


青い発光が中央の祭壇をライトアップする。


私は祭壇を見上げて、その頂上にある小さな柱に、ユーアちゃんがくくり付けられていることに気づいた。

彼女は意識を失っているようで――コードのようなもので、身体を拘束されている。


「ユーアちゃん!」


「本当に迷惑。Active起動してしまうなんて」と、鈴虫のような響きの声がする。


振り向くと、そこには奇妙な風体の少女がいた。


年の頃はウルカと同じか、少し上くらい。

腰まで伸びた長い銀糸のような長髪に、妖精じみた白い肌。

サファイアのような真っ青な瞳は、周囲の空間に走るラインと同じ光を帯びている。


人間離れした美貌――だが、それよりも気になるのは、その全身がまるでロボットアニメのようなボディラインにぴったり張り付いた白いメタリックなスーツを着ている点だ。

その顔立ちに引けをとらない、出るとことが出たスタイルの良さを惜しげもなく晒している――まぁ、やたらと登場する女性キャラクターの発育が良いのは、カードゲームではよくあることなのだけれど――それにしたって『デュエル・マニアクス』の世界観からは浮きすぎてる!


「あなた、誰!?」


「必要を感じない。質問に対する回答の」


銀髪の少女は私を無視するかのようにコンソールに近づくと、画面に触れて操作をする。


「メサイア因子を検知。微量だけれども。……そう」と、少女は初めて私と目を合わせた。


「残りはそっちに行っていたの。想定量よりも足りないと思っていたら」


「メサイア、因子……?何を言っているの。それよりも……ユーアちゃんをあそこに置いたのは、あなたなの!?」


私は祭壇の頂上で拘束されているユーアちゃんを指差す。


「だとしたら、早く解放しなさい!」


「それは無理」


銀髪の少女が片手をあげると、それに呼応するかのように地面を這うコードが幾本も現れて――即座に、私の四肢を拘束し、近くの円柱に縛り付けた!


「なっ……!」


「役割があるから。あの検体には」


やっぱり!

正体はわからないけど――どうやら、この少女がユーアちゃんに危害を加えた張本人で間違いないらしい。


私は必死に四肢を拘束するコードに力を込めるが、とても破れる気配はしなかった。


「あなた、ユーアちゃんに何をするつもりなの!?」


「標本にする」


「……標本ですって?」


標本って、あの?


「死後に湿気を避けながら日陰で充分に乾燥させ、乾燥の過程で少しずつ毎日形状を修正し、乾燥後は水分を含ませてから足や翅を針で固定したりピンセットで微調整して見栄えよく固定する、あの標本のこと!?」


「標本に詳しいんだ。人間って」


それはまぁ、趣味だから。


「命を奪うなんて野蛮なことはしない。本機は人間ではないのだから」


そう言うと、銀髪の少女はコードを操り、祭壇にくくり付けられていたユーアちゃんを意識がないまま立たせるようにした。


「低体温状態を保つことで人工的に休眠状態にする、本機の制作する人間標本は。――いずれ目覚めることになる、この地ならぬ遠い約束の地で」


人工休眠?

それはつまり、SF映画に出てくるコールドスリープのようなものだろうか。


でも――!


「待ちなさい、ユーアちゃんはそんなこと望んでないわ。それに、ユーアちゃんにはお兄さんとか、きっと家族の人とか、友達だっているのよ!勝手にそんなことしていいわけないでしょ!」


「本機は求めていない。Permission制作許可の必要を」


銀髪の少女は背中を向けると、私の声には耳を貸さずに祭壇に向かって歩いていく。


どうしよう。


このままでは、ユーアちゃんがとんでもない目に遭ってしまう。

だけど、このコードは力ずくでは引きはがせないし……拘束されているからには、決闘礼装を起動してスピリットに頼ることもできない。


動くのは口だけ。


こんなとき、どうしたら……!


「……待って。よく考えたら、ここってカードゲームの世界じゃない」


だったら――いけるのか!?


自分でも半信半疑、上手くいく保証なんてどこにもない。

それでも、ここはこの可能性に賭けるしかない。


一か八か。私は……力いっぱいに叫んだ!


決闘デュエルよ!もし、私が勝ったなら――ユーアちゃんを見逃しなさい!」


ピタリ――と、銀髪の少女は足を止めた。

ゆっくりと少女は振り返る。そこには何の表情も浮かんでいない。


これは……いけたか!?

それとも、やっぱり無理か!?


「……Duel決闘。本機はその必要を感じている」


私の四肢を拘束していたコードが解ける。


よし、上手くいったみたい!

……やってみたら、いけるものなのね!?


こうなれば、あとは決闘デュエルで勝てばいいだけだ。


相手のデッキは正体不明。

それでも、ユーアちゃんを助けるにはこれしかない。


私は決闘礼装を構えて、銀髪の少女と対峙した。


「本機の名称はザイオンX。機体情報を開示する、それがDuel決闘の相手ならば」


「ザイオンX……。それが、あなたの名前なのね。私は――」


「――ウルカ・メサイア。すでに登録済み」


え、どうしてこの子は私の名前を……?

疑問に思う間もなく、広大な地下空間に機械じみた合成音声が響いた。


「恒星間移民星船『ノア』がこれより管理機能を代行する。決闘者デュエリストは、決闘デュエルの参加権となるアンティを定義せよ」


「えっ、何この音声!?」


「管理機能を行使することにした。ウルカがノアを起動してしまったから」と言って、ザイオンXは当然のようにアンティを宣誓した。


「ザイオンXが定義する。Duel決闘の勝者は、敗者のコントロールを得る」


コントロール?

何を言ってるかわからないけど……とりあえず、負けたら言うことを聞けってことかしら?


まぁいいや、こっちはいつも通り。


「ウルカ・メサイアが宣誓するわ!私が勝った暁には、ユーアちゃんを見逃すこと!」


合成音声が宣誓をまとめた。


「両者のアンティを確認。コンフリクトを回避。ズーラン・バランスの均衡は許容量に収まっている。問題なしオールグリーン。管理機能をアンティ決闘デュエルコードへと移行する。精霊は召喚者の元に、非武装者の抑止力となり、いざ制御下へと入れ。両者の人間性をカードに託すことは、決闘者デュエリストの義務である」


行くわよ――!


決闘デュエル」「Duel決闘!」


二人の声が重なる。

ここに、アンティ決闘デュエルの幕が切って落とされた!


ルールに従い、私はデッキからレッサー・スピリット1体を選択する。


「ファースト・スピリットを召喚、《エヴォリューション・キャタピラー》!」


召喚の声に応じ、私のメインサークルに芋虫型のスピリットが出現した。

さぁ、ザイオンXのデッキは――。


――と。

その瞬間、私は、目を疑うことになった。


対戦相手――ザイオンXがデッキからスピリットカードを選択する。

よく見ると、彼女は決闘礼装を装着している様子がない。


ところが――彼女の前には決闘礼装もないのに三種の召喚陣が展開されている。

そのうちの真ん中のサークルから、ザイオンXのファースト・スピリットが現れた。


Summon召喚

 ――《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》」


ザイオンXの召喚に応じて出現したのは、彼女と瓜二つの銀髪の美少女。


そんな、まさか――。



「ザイオンX、あなたの正体は……ってこと!?」


「肯定する。かっちょいい、でしょ?このフォルム」



ザイオンXは、表情をまったく変えないまま応えた。

メインサークルの《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》は、彼女とまったく同じ表情のまま、こちらは姿勢を低くして、カンフー格闘家のような派手な構えを取った。


メカニカルなボディスーツと相まって決まってはいるが……というか。

これは――もしかして、決めポーズなの?



「な、なんなのよ、この子……!?」

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