ダンジョン突入!

「私は、《悪魔虫ビートル・ギウス》を召喚!」


豪華な宝石がはめ込まれた籠手ガントレット型決闘礼装、そこから投影された召喚陣に私はカードをセットする。


呼びかけに応じて出現したのは、白黒の縞模様ストライプに彩られたド派手な外骨格に身を包んだ、カブトムシ型のスピリットだった。

白い部分は金剛石ダイヤモンド状に複雑にカットされた甲殻により、まるでディスコのミラーボールのように光を乱反射する。


さらに兜の一本角で、目の前にいる粘性状スライムスピリットを威嚇した。


「ビートル・ギウスの特殊効果を発動!このスピリットは、3枚までデッキの上のカードを墓地に送り――その中に昆虫型のスピリットがいれば、ゴースト・スピリットとして呼び出すことができる!

 ビートル・ギウススリータイムズ!」


陽気に踊るビートル・ギウス。

その奇妙にノリが良いロックなダンスに合わせて、決闘礼装からカードが飛び出し、次々と墓地へと送られていく。


1枚目――ダメだ。

2枚目――違う。

3枚目……よし!


「私はこの効果で、墓地に送られた《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》をサイドサークル・アリステロスに配置。行きなさい、スワローテイル!

 ――絢爛たるハビタット・ストーム!」


召喚陣に出現した半透明の姿をしたゴースト版スワローテイルは、その蒼銀色の両翼を振るわせて、すべてを腐食させる鱗粉の嵐を巻き起こした。


粘性状スライムスピリットはたまらずエーテルで構成された仮初の肉体を崩壊させる。

そうすると、内部から白く発光する精霊核が中空に現れた。


この瞬間を……待っていたっ!


捕獲キャプチャー!」


私が何も書かれていない空白ブランクのカードをかざすと、球体の形をした精霊核がカードに吸い込まれる。


捕獲キャプチャー完了!ええと、どれどれ……。



《カノン・スパイダー》

種別:レッサー・スピリット

エレメント:地

タイプ:インセクト

BP1700



空白ブランクカードで捕獲キャプチャーした粘性状スライムスピリットは、インセクト・スピリットのカードに変化していた。

イラストに描かれているのは、赤・青のビビットな二色によってケバケバしく彩られたクモ型のスピリットだった。


一見して有毒種特有の警戒色に見えるけれど、テキストにはそれらしいものはない。

というか、テキストが無い。

有毒種に見せかけるためのベイツ型擬態なのかしら?


「特に効果はないようだけれど、レッサー・スピリットにしてはステータスが高めなのがありがたいわ。昆虫型のスピリットって、基本的に打点が低めだから……今のところ、スワローテイルだけが頼りなのよねぇ」


とりあえず、これで戦力増強はできた。


――ここは「学園」近郊に出現した『ダンジョン』。

報道部であるジョセフィーヌちゃんによって『嘆きの地下坑道・Lv7』と呼称されている、先日になってデータベースに登録されたばかりの新ダンジョンのようだ。


地下坑道と名付けられた通り、うす暗い洞窟状の通路が延々と続いている。

周囲を照らすのは、私の周囲を飛び回っている緑色の発光体だ。


「あなたのおかげで進むことができるわ。ありがとね、ライトニング・バグ」


私はサイドサークル・デクシアに召喚しておいた《明星のライトニング・バグ》に礼を言う。

お尻を光らせて健気に飛び回るホタル型のスピリットは、それに応えて歓喜の舞いをした。


「さて、と。そろそろユーアちゃんと合流する時間よね」


決闘礼装のモニターで時間を確認すると、ちょうど定時集合の時間となっていた。

先ほど広場のようなスペースを見つけておいたので、一旦戻ることにする。


「あ、ウルカ様!スピリットは捕まえられましたか?」


「ぼちぼちってとこね。どれも小粒なインセクト・スピリットだけど……」


広場で合流した私とユーアちゃんは、互いの戦果を見せ合うことにした。

って、これって……!


「さすがは『光の巫女』ね。同じ『ダンジョン』で捕獲キャプチャーしていても、なんか……みんなキラキラしているわ!」


ユーアちゃんが広げた一連のカードは、どれも光のエレメントを持つ輝かしいスピリットだった。

大して、私が捕まえたスピリットはどれも茶色か黒かって感じで――配色からして地味!


私が肩を落としていると、ユーアちゃんは慌ててフォローしてくれた。


「ウルカ様のスピリットだって、派手なカードがあるじゃないですか!ほら、この蜘蛛のスピリットとか」


「さっき捕まえた《カノン・スパイダー》ね。うん、この子は色合いは派手だわね。色合いだけは。でも、打点は高めとはいえ効果も持たないし……」


「効果を持たない方が使いやすいってこともありますよ!アイスクリームだって、結局シンプルな味わいのバニラ・アイスクリームが一番だったりするじゃないですか」


「そ、そうね……ユーアちゃんの言う通り。バニラも美味しいわね!」


必死になだめてくれるユーアちゃんが愛らしい。

な、なんて良い子なのかしら……!これが、原作主人公のオーラ!


ひとまず、私は気持ちを切り替えることにした。


それにしても。


ユーアちゃんが捕獲キャプチャーしたカードをざっと眺めてみると――麗しい少女兵士たちで構成された「聖輝士団」を除いて、目に映る単語はどれも――。


《イズンのリンゴ》

《移り気なリョースアールヴ》

《セイズの魔術師》

光輝あれハヴァマール

《樹木の知恵、ヴィルメイズ》

《フォークルヴァングの司祭》


これって……。


「うすうす思ってたんだけど、ユーアちゃんのデッキって北欧神話がモチーフになってるのね。切り札であるランドグリーズも戦乙女ワルキューレだし」


「ほくおう、ですか?……私が操る光のスピリットは、どれもムーメルティアの神話をベースにしたスピリットだと思いますが」


しまった。思わず、前の世界で得た知識を披露してしまった。


「そ、そうね!言い間違えたわ!北欧じゃなくてムーメルティア!」


私は「おほほ」と、無理やりに笑ってごまかす。


乙女ゲーム『デュエル・マニアクス』の舞台は、基本的には西洋ファンタジー風の異世界だ。

決闘礼装や『スピリット・キャスターズ』によって部分的には便利にはなっているものの、時代設定としては中世ヨーロッパに近い。


地球とは関係のない世界という設定になっているため、カードモチーフなどもこの世界由来のものということになっているのだろう。

ややこしい話だ。


ユーアちゃんが坑道の一つに懐中電灯型に似た魔道具を向けた。


「おかえりなさい、ランドグリーズ。周囲に野生のスピリットはいた?」


坑道から出てきた《戦慄のワルキューレ騎士ナイト、ランドグリーズ》――亜麻色の長髪をたなびかせながら空中を浮遊する、麗しき鎧姿の戦乙女――は、ユーアちゃんの問いに頷き、出てきた坑道を指さした。

どうやら、新しい野生のスピリットを見つけたらしい。


「行きましょう、ウルカ様」


「そうね。今度こそ、強いスピリットをゲットするわよ~!」


私はユーアちゃんと共に、ランドグリーズが偵察していた坑道に入っていった。


とはいえ、思ったよりも『ダンジョン』攻略によるスピリットの収集は上手くいっていない――というのが正直なところだ。


先ほど見せ合ったカードでわかる通り、捕獲キャプチャーした精霊核をカードに封印して『スピリット・キャスターズ』に加工する過程で、精霊核の形は元になったスピリット以上に、捕獲者である決闘者デュエリストの影響を強く受ける。


『生得属性』。


捕獲キャプチャーの原型となった精霊縛術を生み出した東の国――イスカでは『始原骨子』とも呼ばれる、その人が生まれ持った魔術の素質――その属性によって、精霊核がどのようなカードになるかが決定するのだ。


『光の巫女』であるユーアちゃんは、光のエレメントを持つスピリットを操ることができるこの世界でただ一人の決闘者デュエリストであると同時に――この世界で唯一、光のスピリットカードを生成できる人物でもある。


「(ゼノンの予言にある、いずれこの世界を襲う『闇』。それに対抗できるのは光のスピリットだけ……と言われているわ。まさに、ユーアちゃんはこの世界の主人公ってわけね)」


「ウルカ様、止まってください。……ランドグリーズが、スピリットを見つけたみたいです」


ユーアちゃんがしっ、と指を自分の口元に当てる。


先導するランドグリーズは、曲がり角の先を覗き込むと、こちらに対して微笑み、指を二本立てた。

ユーアちゃんはランドグリーズに対して親指を立てる。


「どうやら、この先に二匹いるようです。奇襲をかければ、先攻を取れますから――私とウルカ様で、それぞれ一匹ずつを担当しましょう」


「ええ。任されたわ」


それにしても、ランドグリーズはすごい。

『スピリット・キャスターズ』にも人型のスピリットはそれなりにいるが、基本的には決闘者デュエリストの指示を聞いて動くだけの人の形をしたロボットのような存在だ。


スピリットの知性は、基本的には動物程度のもので、それを訓練して言うことを聞くように調教していくことになる。

ウルカの場合は、あの性格にもかかわらず自分が操る昆虫型スピリットには優しかったので、一応の信頼関係は築けている。


だけれど、ユーアちゃんとランドグリーズを見ていると――それは一般的な決闘者デュエリストとは別次元の関係に思える。

ランドグリーズの様子は、傍から見ていると人間そのものと変わらない。

せいぜい、言葉をしゃべれない点だけがスピリットっぽいぐらい。


『光の巫女』のエース・スピリットともなれば、他のカードとは違う特別な力があるのかもしれない……。


ユーアちゃんが合図をしたので、私は思考を止め、奇襲に集中することにした。


一、二、の……三!


私はユーアちゃんと同時に曲がり角を飛び出し、決闘礼装を構える。


決闘デュエル!先攻は私よ、ドロー!」


決闘デュエルです!先攻はいただきます!」


坑道の先にいたのは、二匹の大鬼オーガスピリットだった。

これは、難敵の予感!


「「グオオオオ……!」」


大鬼オーガは巨大な棍棒を握り締めて、こちらに襲いかかる!


が、今はまだ大鬼オーガのターンではない。

決闘礼装から展開された波動障壁バリアーが、棍棒の一撃を受け止めた。


「行くわ、スピリット召喚――!」


と、カードを構えた瞬間――突如として発生した、浮遊感。


私の足が踏みしめるべき大地を失う。

轟音と共に地面が割れ、足元が空き……底無しの奈落が口を開けた!


「な、なんなのよこれーっ!?」


そのまま足元を失くした私は、奈落へと落ちていった。


果てしない落下の中で――上空にユーアちゃんがいるのを見つける。

彼女はランドグリーズに支えられ、空中に留まっていた。


「お願い、ランドグリーズ!ウルカ様を助けて!」


ランドグリーズは表情を凛々しくすると、ユーアちゃんを抱えたまま私の方に飛んできた――が。


「――え?」


「どうしたのよ、ランドグリーズ!?」


その動きは突如として静止し、人形のように動かなくなる。

しばらくするとランドグリーズは消失し、ユーアちゃんも空中へと投げ出された。


「きゃああああああーーっ!」


「くっ……!ユーアちゃん、捕まって!」


私は空中でユーアちゃんを捕まえると、二人で身体を密着させ、丸まるようにして抱き合った。


「護法の使者――《ローリーポーリー・トリニティ》!」


召喚された白銀色のダンゴムシ型スピリットは、その内部に私たちを格納し、球体状の防御形態へとトランスフォームする――スフィア・イン・ディスガイズ!


「なんとか、なれえええええぇーーー……!」


あとは目をつむって、祈るしかない。


そうして――私たちは、奈落の底へと落ちていったのだった。



☆☆☆



地の底で、声が響く。

その声は天の御使いのような柔らかな慈愛の声質をもって――天の御使いの如く、冷酷で機械的な発音でこう言った。


「――メサイア因子を確認。Boot起動


 Zillions

 Immortal

 of

 Nameless one

 

 Xion.


 神造人間ゲノム・コアザイオンX――Ignition再点火

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