第三章[神話再現機構ゲノムテック・シークレット・ラボラトリー]
てこいれっ!
アスマとのアンティ
ユーアちゃんとの退学を賭けた
どうして『デュエル・マニアクス』の世界に来てしまったのかはわからないままだけど……ここは私が大好きなカードゲームの世界なのだし。
とりあえず、しばらくは「学園」での生活を目いっぱい楽しむことにするわ。
まずは悪目立ちしないように、平穏第一でいくわよ!
「……と、思ってたんだけどね」
「ウルカ様の縦ロールが……無い!?」と、ユーアちゃんは困惑している。
うーん、やっぱり目立つわよね。
今の私は青紫色のロングヘア―に、簡単に櫛を入れて流しただけの髪型だ。
午前の授業が終わり、昼休みになってユーアちゃんと昼ごはんを一緒にすることになったのだけど――食堂に着座するなり、こうユーアちゃんは切り出したのだった。
「最初は別人かと思いました。ウルカ様に、双子の妹でもいたのかと……」
「そ、そう言わないでよ。……やっぱり、変かしら」
「変ですっ!縦ロールが無いウルカ様なんて、ウルカ様じゃありません。
ただ、美人なだけです!」
「ただ、美人なだけなら――それでいいじゃないのっ!?」
ユーアちゃんは、ふふっと笑って付け加えた。
「……まぁ、冗談はおいといて。真面目な話をすると、ウルカ様は侯爵令嬢なんだし――それに見合った身だしなみが必要になると思いますよ」
やっぱり、そうよねぇ。
というのも。
「実は、メルクリエが体調を崩しているのよ」
「えっ、メルクリエさんが?」
メルクリエ――。
メサイア家からウルカの世話をするために「学園」に出向している執事だ。
執事といっても、ウルカにとっては一介の使用人というわけではない。
理由あって本家から冷遇されているウルカ・メサイアの世話を焼く、唯一の人物であり、それはさながら身分の差を超えた家族のような関係でもある。
父親――というには若すぎるから、どちらかというと兄代わりのような存在か。
「(メルクリエの年齢は20代の半ばくらい。……ここに来る前の「わたし」と同じくらいだと思うと、まだ未成年のうちから女の子一人の面倒を見続けてたことになるのよね。すごい人だわ)」
本来の『デュエル・マニアクス』では、ユーアちゃんに敗北したウルカ・メサイアは「学園」を退学し、本家からは追放されてアスマとの婚約も破棄となり、消息を絶っている。
――そのとき、メルクリエはどうしたのだろう。
本家に留まったのか。それとも、ウルカと運命を共にしたのだろうか。
私はテーブルに供された鶏肉のコンフィにナイフを入れる。
「昨日、お見舞いに行ったときに《
「
ユーアちゃんがカゴのパンを取って薄く切ると、コンフィの皿に残ったオリーブ油のソースに浸して、口に運んだ。
少し、はしたない気もするけど……美味しそう。
ダメよ、今の私は侯爵令嬢。侯爵、令嬢……。
ユーアちゃんは舌に広がった味わいを噛み締めて、満足そうに微笑む。
「『スピリット・キャスターズ』の精霊魔法って、便利なものなんですね。私はムーメルティアの生まれなので……私の国では、この国ほど精霊魔法が一般的ではないんです」
「アルトハイネスでは貴族はもちろん、平民であっても『スピリット・キャスターズ』を扱うことができるものね。メルクリエの
ただし、日常生活での普段遣いには便利でも、デッキとしては強力なものではない。
先日のアスマとの
主菜を食べ終えると、デザートが運ばれてくる。
これは……とうもろこしの、アイスクリーム?
おそるおそる口に運んでみると――え、甘くないの!?
甘くない代わりに、脂肪分によるコクが野菜のうま味を増している。
「美味しさ」が舌の熱で溶かされるような感覚――こんな高級っぽい料理、「わたし」がいた世界では食べたことない!
「うま、うま、うま」
結局、侯爵令嬢の仮面を保つことはできなかった。
やっぱり「わたし」は一般庶民よねぇ。
その後、食堂の帰り道。
校舎の廊下を歩きながらユーアちゃんは呟いた。
「……メルクリエさん、早く良くなるといいですね」
「ええ。考えてみれば、メルクリエには無理をさせすぎてるのかもしれないわ」
「学園」の女子寮は、夜のあいだは男子禁制である。
そのため、使用人を連れ込んでいる貴族の子女たちも、住まわせているのは女性のメイドだ。
ウルカの場合は、本家から借りられるメイドがいなかったため――メルクリエは男子寮に住み込んで、毎日女子寮に通勤してウルカの世話をしていた。
のみならず、本家からの給金だけでは経費が賄えないため、男子寮に住み込みながら用務員の仕事を手伝ったり、
……あれ?
でも、メルクリエの
ユーアちゃんは「あの、」と切り出す。
「放課後になったら、私もお見舞いに行っていいですか?メルクリエさんって、ウルカ様の親代わりみたいなものじゃないですか。だから心配で」
「ありがとう!きっと、メルクリエも喜ぶわ。そうね、私の家族同然なのだから……って」
「どうかしましたか」
「私……ユーアちゃんに、そのことを話したかしら?」
「あっ!」
なにか変だ。
「偽りの救世主」事件の後で、ウルカ・メサイアはメサイア家の中でも立場を失くした。
そのために本家では冷遇され、母親に恩義があるメルクリエだけが世話を引き継いだ――これは事実だ。
だけれど、このことはユーアちゃんには話していなかった。
「偽りの救世主」事件はウルカがユーアちゃんを憎むきっかけとなった話であり、もしそのことを知ったなら、たとえ自分に責任が無いことであってもユーアちゃんは気に病むに違いない――と感じたためだ。
「もしかして。ユーアちゃん、誰かにそのことを聞いたの?まさかアスマが……」
ユーアちゃんに話しそうな人と言ったら、あいつぐらいしか考えられない。
「あっ、いやっ、違っ!違うんです、アスマ王子じゃなくて……お友達に聞いたんです」
「友達ぃ~?怪しいわね……」
もし、いたとしたなら――それは悪い友達だ。
ユーアちゃんを守護る会(現在、総員一名)会長として、厳しくチェックしなくては!
こっちの世界では同い年だけど、「わたし」からしたらこの子たちはまだ子供だもの。
しっかりと、大人の威厳を見せるわよ……!
「そんな事情通で何でも知ってるのにべらべらと喋るような友達、いたとしたら絶対にタチが悪い子よ!さぁ白状なさい、その子の名前は誰!?」
「えーと、えーと、そ、その子の名は……!」
「はーイ!呼ばれた気がして現れましタ!報道部のものでース!」
突然、私とユーアちゃんのあいだに挟まってきたのは――褐色の肌をした、健康的で活発そうな女の子だった。
私たちと同じく白と翠で彩られた丈の長い
「あなた、たしか……アスマと
「その通りでございまス。
「し、親友~!?」
そんな……!ユーアちゃんの親友は、私だと思ってたのに。
「ユーアちゃん、聞きたいことがあるわ。この子……本当に親友なの!?」
「は、はい。ジョセフィーヌちゃんは、入学してから『光の巫女』ということで周りから距離を取られがちだった私を、色々と気にかけてくれまして……」
「ターゲットに多少距離を取られても、ガンガンに詰めていク!空気は読まなイ、いや読めなイ!それが取材精神の基本でース!」
「いや、この子、取材って言ってるわよ!?」
「あはは、ジョセフィーヌちゃんもちょっと変わってる子なので」
「問題無シ!取材という名の、友情でース!」
そう言いながら、ぎゅっ……とユーアちゃんにハグする。
ユーアちゃんも、困った顔をしながらもまんざらではない様子。
そうか、これはアレだ。
自分にとっては一番の友達だと思ってた子なのだけれど、その子にとっては自分は数ある友達の一人でしかないやつ!
カードゲームでは……違う、人間社会ではよくあることよね!(泣)
そういえば、思い出したことがあった。
「ちょうどよかったわ。ええと、ジョセフィーヌちゃん。あなたなのよね……私に「寄生女王」なんて二つ名を付けたのは!」
「その通リ!『
……何か、問題でモ?」
「問題しかないわよ!「寄生女王」って何よぉー!私だって、アスマの「覇竜公」みたいなカッコいいやつが良かったのよ!」
「ちなみに、お兄様の二つ名は「無銘の剣」です。『ラウンズ』では唯一の平民出身者なので……」とユーアちゃんが補足した。
「無銘の剣」――ずるい、ユーアちゃんのお兄さんの二つ名もカッコいい!
だいたい、『
どうして円卓なのに序列があんのよ。序列があったら丸くした意味無いでしょうが。
ジョセフィーヌちゃんはチッ、チッ、と指を振った。
「お言葉ですガ、ウルカ様。よおく思い出してくださイ。……ウルカ様の名を一躍有名にしたユーアっちとの
「決め手となったスピリット、って……」
えーと、たしか。
(回想①)
「《
(回想②)
「《
(回想終了)
「……全部寄生虫だこれーっ!?」
「こと寄生虫スピリットの扱いにかけては、この「学園」でウルカ様の右に出る者はいませン。寄生の女王、「寄生女王」でス!」
「搦め手の強い
そ、それ褒められてるのかしら~???
なんか釈然としない……。
さらにジョセフィーヌちゃんが畳みかけた。
「クレームなら、報道部からもウルカ様に申し上げたいことがありまス。カウンタークレーム、発動!」
「そんな概念無いでしょ」
「いいですカ、ウルカ様。ウルカ様の
「……華ですってぇ!?」
「たしかに『学園最強』に勝ったのはすごいでス。でも、デッキ切れによる勝利っていうのは、どうにも……映えませン。ユーアっちの「聖輝士団」やランドグリーズのような、キラキラとした人目を惹きつけるようなスピリットの数々を見てくださイ。それに対してウルカ様と言ったら、地味ィ~な虫、虫、虫!
はっきり言いましょウ……今のウルカ様の
「めちゃくちゃ好き勝手言ってくるわねぇ……」
ただ、今の私のデッキがこのままではいけない――という危機感はある。
これから『ラウンズ』とのアンティ
アンティで手に入れた《バーニング・ヴォルケーノ》は、火のエレメントを持たない私の【ブリリアント・インセクト】デッキでは大した戦力にはならないし――パラサイトとのコンボによる無限ドローも、相手のデッキに一枚でも対策札が入っていれば失敗してしまうハイリスクな戦術だ。
所詮は「初見殺し」――何度も頼るわけにはいかない。
ジョセフィーヌちゃんは、そこでマイク型の決闘礼装を操作してホログラムを出した。
これは――「学園」周辺の地図?
よく見ると、地図の一点が青く光っていた。
「そこデ……ウルカ様に提案がありまス。どうでしょウ、新たな力を手に入れるために『ダンジョン』に潜ってみませんカ?」
『ダンジョン』――たしかに、その可能性はすでに考えた。
「スピリットを仕入れるとしたら……それしか無いわよね」
「ちょうど、出現したばかりの活きのいい『ダンジョン』があるのでス。情報料は今回はロハということで――いずれお返しは、精神的ニ」
「私も……行きます。ウルカ様が行くのでしたら」とユーアちゃんも手を挙げた。
「一緒に来てくれるの?」
「……ウルカ様は、一人にしておくと危なっかしいので。それに」
――ウルカ様が強くなるのなら、私も置いてかれたくないから。
そう、決意を秘めた目で加えた。
私たちが頷くと、ジョセフィーヌちゃんはニィッと笑う。
「待ってましタ。それでは、テコ入れの始まりで~~~スッ!」
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