VS『学園最強』! 飛んで火に入れ、熱き虫!(後編)

アスマが決闘礼装の剣で切り開いた、真っ白な地下空間。

闘技場の地面に生じた裂け目から、活火山が支配するフィールドに向けて――数多の本棚が飛び出していく!


叡智なる地下大図書館コスモグラフィア・アリストクラティカ』――そこに収められたカードを収納した本棚が、魔法の力で空を飛び回っているのだ。


揺れが収まり、いくらか落ち着いたらしい観客席。

そこに向けてアスマは剣をかざし、魔力による拡声で長広舌を振るった。


「お集まりの観客諸君!よくご覧になるといい……公式戦札オフィシャル・カード決闘デュエルの場では、本日が初公開だ。これこそが、我らがアルトハイネス王家の誇る地下大図書館――そこに貯蔵された2億4千1万と、1千6百十枚の珠玉のカードたち。僕はこれから、その中から厳選された選りすぐりのカード1枚を持って――この虫けら女に誅伐を下してやろう!」


円形闘技場に集った生徒たちから大歓声があがった。


アスマの言によると、彼はこのカードをこれまで公式戦では一度も使っていなかったらしい。

当然と言えば当然だ。

《コスモグラフィア・アリストクラティカ》を発動するまでもなく、ほとんどの相手は『学園最強』である「覇竜公」の敵にはならなかったのだろう。


今回もそう。

ただ、勝利だけを求めるのならこの場でわざわざ使うまでもないはず。


それだというのに、ウルカが相手となると――彼は惜しみなく発動してきた。

いつだって、このカードは彼の「ご自慢」なのだろう。


「……変わらないのね」


思わず呟きを漏らしたが、アスマには届かなかったらしい。

彼は同じ調子で朗々と語り続けていた。


「『叡智なる地下大図書館コスモグラフィア・アリストクラティカ』に足を踏み入れることができるのは、アクセス権を持つ王位継承者候補を除けば、王宮でもごく一部の人間だけだ。この場の者たちには貴重な経験となっただろう!

 ――ああ、例外が一人いたか」


アスマは観客席にアピールしていた剣先を、今度は私へと向けた。


「覚えているかい、ウルカ。君がまだ5つの頃のことだ。大図書館のことを聞いた君は、そこに連れていけと僕にうるさく泣きついていたねぇ?仕方がないから仲の良い侍従に無理を言って、こっそり入れてもらったんだ。あとで父上にバレたときには……君は「アスマに無理やり入れられた」と言い訳をしていた……まったく……そうやってすぐに責任を逃れようとする癖は、今と変わらない」


「……そんなことあったかしら。覚えてないわよ、子供の頃のことなんて」


私の言葉に、アスマのイラつきが高まったのを感じる。

いいぞ――ここが、この決闘デュエルの勝敗を分ける分水嶺となる!


「……自分のやったことには責任を取ってもらう。君がユーアさんに犯した不正という罪――それに裁きを下すのに、ぴったりのカードが見つかったよ!」


空中を回遊する飛行本棚の一つが、アスマの号令に従って静止する。

彼はそこから書籍型の箱に包まれた、1枚のカードを取り出した。


カードを手札に加えたことで、地面に開いていた次元の裂け目は閉じていく。

役目を終えた飛行本棚も図書館へと戻っていった。


私はため息をついた。


「私に、裁きを下すカード?とんだ思い上がりね。私を陥れるために不正に手を染めたのは――裁きを受けるべきなのは、あんたの方じゃない」


「うるさいうるさいうるさい、黙れぇっ!こうなったのも全部、君が悪いんだ。ユーアさんとの決闘デュエルだけじゃない。全ては、君があるべき責任から降りたこと――その代償を払っている、ただそれだけのことだ!」


「代償……」


ようやく、「わたし」も理解に至った。

アスマは――ウルカ・メサイアを憎んでいる。


全てはそこから始まったのだ。


激情に燃えるアスマが、手にしたスペルカードを決闘礼装にセットする。

その瞬間、炎をまとう十字架が出現した。


「インタラプト・スペル、発動……《嗜虐の火刑法廷》!」


「……《嗜虐の火刑法廷》ですって!?」


「このカードの発動時、僕はカード名を一つ宣言する。そして、宣言されたカードが相手の手札にあるかを確認して、もしそのカードがあればゲームから取り除く。もし無ければ、僕は手札を失う――」


「――手札が0枚のあんたにとっては、ノーリスクのカードってことね」


さらに言えば、この局面でアスマが宣言するカード名にも見当はつく。


「僕が指定するカード名は《ミミクリー・ドラゴンフライ》だ。

 さぁ、ウルカ……てめぇの手札を公開しなァ!ひゃはははっ!」


「くっ……!」


私は《嗜虐の火刑法廷》の効果に従って手札を公開した。



《ミミクリー・ドラゴンフライ》

《千蟲譜目録》

《ミミクリー・ドラゴンフライ》



「……《ミミクリー・ドラゴンフライ》は、私の手札にあるわ」


「おいおいおい。こいつは馬鹿げた不運エキサイティングだなぁ、ウルカァ。お前、二枚目の《ミミクリー・ドラゴンフライ》を手札に引き込んでいたのかよ。なら――どっちもあの世へ逝けぇ!」


燃える十字架の炎が私を襲い、手札にあった二枚の《ミミクリー・ドラゴンフライ》を焼却した。


アスマは勝ち誇った顔で告げる。


「最後に残された手札は《千蟲譜目録》かぁ?たしか、そのカードはデッキから昆虫型スピリットを選んで手札に加えるカードだったよなぁ。それで三枚目の《ミミクリー・ドラゴンフライ》を手札に加えようとしても、無駄なことだっ!」


その瞬間、私の周囲の地面から燃える十字架が出現し――その二本の十字架には、それぞれ青い体色をしたトンボがくくりつけられていた。

この姿は――擬態する前の、本来の《ミミクリー・ドラゴンフライ》!


「ひゃははは!最っ高の眺めだねぇ、ウルカ。《嗜虐の火刑法廷》によってゲームから取り除かれたスピリットと同名のカードは、以後、この決闘デュエルのあいだ特殊効果を発動することができなぁい。

 あの厄介エキサイティングな擬態効果も、もう使うことができないんだよ……!」


「――でも。これで、あんたは全ての手札を――《コスモグラフィア・アリストクラティカ》を、使いきったわ」


この瞬間を、待っていた。


勝利の道筋は、か細く、容易に焼き切れてしまう危うい糸だったけれど。

いくつもの条件をクリアして――ついに、この局面が訪れた。


周到に張られた糸は、まるで蜘蛛が飛び回る蝶を捕らえるように。

「覇竜公」の手元に忍び寄り、その思考を密かに縛っていく。


『学園最強』、アスマ・ディ・レオンヒートを――ハメる。


おそらく、まだこの世界では誰も見たことのない戦術。

とはいっても……「わたし」がいた世界のカードゲームアニメでは、定番の。


究極の「初見殺し」が、結実する!


私の隠された意図も知らずに、アスマはせせら笑った。


「手札だと?アラベスクドラゴンの効果を忘れたのか。たとえ手札を使いきろうが……このターンの終了時には、僕は手札が5枚になるようにドローできる。何枚手札を使おうが……次のターンから、てめぇをなぶり殺せるなら問題ねぇーんだよ!」


「……それは。、の話でしょ」



☆☆☆



「……勝負は、着いたようだな」


決闘デュエルの終幕は近い。

立会人の仕事に戻るべく、ジェラルドは席を立った。


「ウルカ・メサイアが戦線を維持するためには、《ミミクリー・ドラゴンフライ》のコピー能力は不可欠だった。《嗜虐の火刑法廷》による特殊効果の封印は決闘デュエル終了時まで続く……もはや、あの女に打つ手は無いだろう」


ジェラルドは手元の昆虫図鑑に目を落とした。


「……多くのトンボは、冬のあいだは水の中で幼虫ヤゴとして過ごす。そうやって息を潜めて目立たないように過ごしているのは、水中は大気中よりも温度変化が少ないためだ。《ミミクリー・ドラゴンフライ》のように、成虫の姿で越冬するトンボは少ない。アスマに目をつけられた時点でこの敗北は決まっていたが……よく耐えた。奴は最後まで目の前の決闘デュエルを投げ出さなかった。

 俺も認めるぞ、ユーア。……あの侯爵令嬢は、昆虫だったのかもしれん」


だが、トンボについて長々と語る兄の言葉は――ユーアの耳には入ってなかった。

ユーアは目を見開いて、決闘デュエルの盤面に注目する。


《バーニング・ヴォルケーノ》。

《バタフライ・エフェクト》第三の効果。

《コスモグラフィア・アリストクラティカ》。

《女王の継承-ターマイト・リィンカーネーション-》。


「ウルカ様の最後の手札は、《千蟲譜目録》。これって」


「……ユーア?」


我に返ったユーアは、興奮してジェラルドに叫ぶ。


「この決闘デュエル……ウルカ様の勝ちです!」



☆☆☆



それは、遠い日の記憶。


白一色に染められた細長い廊下の中。


幼い金髪の少年が、手を繋いだ少女を引っ張っていく。


「ほら、もう少しで本棚が見えるよ。早く、早く!」


青紫色の髪をした少女は、少年と同じくらいの年頃のようだった。

年齢はたいして変わらないが、少年よりも少しだけ背が高い。


そのせいか、お姉さんぶった口調で少年をたしなめる。


「本当にいいの?アスマのお父さんに見つかったら、怒られちゃうんじゃないの?」


「大丈夫だって。爺やなら、きっと黙っててくれるよ!」


やがて、二人は廊下を抜けて――。


「うわぁ……」と、少女は感嘆の声を出した。


見渡すかぎり、無限に続くような広大な世界がそこにあった。


叡智なる地下大図書館コスモグラフィア・アリストクラティカ』。


アルトハイネス王国・王家――レオンヒート家の誇る大図書館。


空中には、まるで回遊魚のように茶色い何かが飛び回っていた。

その一つ一つの飛行本棚に、数えきれないほどのレアカードが収められているのだ。


少年は誇らしげに手を広げた。


「これが、コスモグラフィア・アリストクラティカだよ。これ、全部が僕のカードなんだ!」


「全部?じゃあ、アスマは全部のカードを覚えているの?」


「……それは、まだだけど。でも、よく使うカードはちゃんと覚えなさい、って父上に言われてる」


バツが悪そうに、少年は頬をかく。

その様子がおかしくて、少女はくすくすと笑った。


「なんだよ。いっぱいあるんだから、大変なんだよ!」


「そんなにいっぱい?」


「いーっぱい。いっぱいなんだよ!」


「そうなんだ。じゃあ、すっごくエキサイティングね!」


少女が口にした言葉に、少年は首をかしげる。


「えきさいてぃんぐ……って?」


「心をはずませるような、ワクワクする気持ちのことよ。ほら、これみたいに」


少女は一枚のカードを取り出す。


それはレッサー・スピリットのインセクト・カードだった。

BPは低いが――そのイラストは、白金色にキラキラと輝く綺麗なものだった。


少年は目を輝かせた。


「うわぁ、きれい!カッコいい!」


「でしょ?でも、これってあまり強くはないのよね」


テキストをよく読んだ少年は「本当だ。弱っちいな」と笑った。


「なにか使い道があればいいんだけれど。……そうだわ。これ、アスマにあげる!」


「僕にくれるの?」


「ここに連れてきてくれた、お礼よ。アスマは強い決闘者デュエリストだから、きっと使ってくれるわよね」


「うん……ありがとう、ウルカ!」


少女からの初めてのプレゼント。


少年は心をはずませるような、ワクワクする気持ちを――エキサイティングを、感じていた。


ウルカから貰った、そのカードの名は――。



☆☆☆



「……《魔素吸着白金パラジウム・パラサイト》、だと」


私は手札から《千蟲譜目録》を唱えていた。

《バタフライ・エフェクト》第三の効果により、私はこのターンのあいだ全てのスペルカードをインタラプト扱いで唱えることができる。


私がデッキから選択して、手札に加えたカードは――。



魔素吸着白金パラジウム・パラサイト》

種別:レッサー・スピリット

エレメント:地

タイプ:インセクト

BP500

効果:

手札にこのカードが加わったとき、自分フィールドに配置しなくてはならない。

フィールドに存在するかぎり、自分はスピリットを召喚できない。

このスピリットが破壊されたとき、対戦相手はカードを1枚ドローする。



私はパラサイトの効果を宣言した。


「私は手札に加えた《魔素吸着白金パラジウム・パラサイト》の特殊効果を発動するわ!このカードが手札に加わったことで、メインサークルにパラサイトを配置する!」


強制配置効果により、《魔素吸着白金パラジウム・パラサイト》が私のフィールドに出現する。


魔素吸着白金パラジウムによって構成された装甲のような外皮をまとう寄生虫スピリット。

地球上の生物で言えば、ダイオウグソクムシのような大型の等脚類に近い外見をしている。

その装甲は白金色に輝いており、見た目は宝石のように麗しい。


……よく見ると、身体の大部分を占める胸部からは、生物の体内に引っかかるために退行した付属肢が密集しており――ユーアちゃんみたいな子が、苦手とするのもわからなくはないけれど。


私は可愛いと思うんだけどなぁ。



先攻:ウルカ・メサイア

【シールド破壊状態】

メインサークル:

魔素吸着白金パラジウム・パラサイト》

BP500


領域効果:[灼熱炎獄領域イグニス・スピリトゥス・プロバト]


後攻:アスマ・ディ・レオンヒート

メインサークル:

《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》

BP4000(+1000UP!)=5000



メインサークルに置かれたパラサイトを見たアスマは「……勝負を捨てたか、ウルカ」と吐き捨てた。


「僕への当てつけのつもりか?この場で、そんなスピリットを僕に見せて……!決闘デュエルを侮辱するつもりかぁっ!」


アスマの燃える怒りは、灼熱炎獄の領域効果となってパラサイトに襲いかかる。


「[灼熱炎獄領域イグニス・スピリトゥス・プロバト]――火のエレメントを持たないスピリットのBPを1000ダウンさせ、これによりBPが0となったスピリットを破壊する。死ねぇ、虫けらァ!」


「……そうよ。私は、その効果を待っていた!」


多層世界拡張魔術ワールド・エキスパンションの炎に焼かれ、パラサイトは絶命する――。

だが、そのカードが墓地に置かれることはない。


「《女王の継承-ターマイト・リィンカーネーション-》の効果が適用されるわ!このスペルが発動されたターン、破壊されて墓地に置かれるスピリットは、代わりに私の手札に戻る!」


リィンカーネーションの効果によって、手札に戻ったパラサイト。


「さぁ、アスマ。パラサイトが破壊されたわ――カードを1枚ドローしなさい!」


「僕にドローさせる……!?何を考えている、ウルカァ!」


アスマが決闘礼装からカードを引いた。


そして、次の瞬間――パラサイトの効果が発動する!


「手札に加えたパラサイトは、自身の効果で再びメインサークルに配置!」


行きなさい、パラサイト。これがあなたの本当の力。


飛んで火に入れ、熱き虫!


「なっ……[灼熱炎獄領域イグニス・スピリトゥス・プロバト]の……領域効果を……発動……!」


メインサークルに配置されたパラサイトは、領域の炎によって焼かれる。


破壊されたパラサイトは、私の手札に戻る。


パラサイトが破壊されたことにより、アスマはカードをドローする。


「そんなっ……!馬鹿なっ……!」


カードをドローするアスマの表情が焦りで歪む。

ようやく彼も気づいたようだ。


そう、これは――無限ループ!


一度始まったループは、もはや私にも止められない。


魔素吸着白金パラジウム・パラサイト》の特殊効果は強制効果。


私は手札に戻ったパラサイトを、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、領域効果の火へと焚べ続けた。


これこそが、不敗の「覇竜公」へと突き立てる虫の一噛み。

か細い蜘蛛の糸をたどった先にある――唯一無二の、勝利への道筋だ!


私の意図を悟ったアスマは――ドローを続けながら、苦渋の声を漏らす。


「これがっ!君の、狙いだったのか……!」


「……アラベスクドラゴンはカード効果を受けない無敵のスピリット。【鉄壁】の存在によって、搦め手でライフを狙うことも難しい。さらには《バーニング・ヴォルケーノ》による多層世界拡張魔術ワールド・エキスパンションもある。

 そんなとき、気づいたの。『スピリット・キャスターズ』における敗北条件は、ライフ・コアの破壊だけじゃないって」


昨日、ユーアちゃんと励んでいたデッキ調整。


その最中、決闘デュエルに夢中になるあまり、私はデッキのカードを全て引ききってしまった。

ユーアちゃんは言っていた。


『スピリット・キャスターズ』では――。

となる。


「この僕がっ……!こんな手で……!?」


残りのデッキには、対応策は無いようだ。


これで完成したループは壊れない。


パラサイトは多層世界拡張魔術ワールド・エキスパンションの炎へと無限に飛び込み続けることになる。


これで勝負は――決した!


敗北を悟ったアスマに、私は告げる。


「この作戦で一番の障害となるのは――あんたの《コスモグラフィア・アリストクラティカ》だった。パラサイトの無限ループによるデッキ破壊を狙う以上、あんたは《コスモグラフィア・アリストクラティカ》を必ず手札に加えることになる」


レオンヒート家の誇る2億4千万枚のカードには、絶対にあるはずなのだ。

この無限ループからも脱出することができるような、必殺の対策メタカードが。


「あんたご自慢の地下大図書館だもの。実際に目にしたことを思い出したら、震えが止まらなかったわ。だから――あんたを挑発して、《コスモグラフィア・アリストクラティカ》を吐き出させた。

 決闘デュエルに勝利するためではなく、私をいたぶるために使うように仕向けたのよ」


おそらく、勝利だけを狙うなら――あの局面で、すでに私は敗北していた。

《嗜虐の火刑法廷》ではなく、別のカードを選択していたのなら。


「……覚えていたのか」


「え?」


「君は、覚えていないと言ったじゃないか。子供の頃に、地下大図書館コスモグラフィアに連れていったときのことを……」


それは、あくまでアスマを挑発するために言ったことだ。


ウルカ・メサイアの中のアスマの記憶は、ひたすら決闘デュエルで負け続けたこと、馬鹿にされたこと、婚約者とは名ばかりの絶縁状態にあったこと――そんな苦い記憶ばかりだった。


だが、それも――あの「」事件の後のことだ。


「忘れるわけないじゃない。あんな凄いもの見せられたら、嫌でも記憶には残るわよ」


「ウルカ……」


「でも、物事を都合の良いように曲げるのはあんたの悪い癖ね。何が『連れていけと僕に泣きついた』よ。地下大図書館コスモグラフィアのアクセス権をお父さんにもらったから、私に見せたいと泣きついたのはあんたの方だったでしょうが」


アスマは力なく項垂れる。

ドローを続けた彼の手札は、すでにデッキそのものとなっていた。


どうやらループが終わるときが来たようだ。


「この無限ループは、私の意思では止められないわ。止められるのは、あんたがこれ以上カードをドローできなくなったときだけ」


もうすでに、彼のデッキにカードは無い。


「……これで、決着のようだな」


私は、いつの間にか闘技場に戻っていた立会人である黒衣の青年と目を合わせる。

立会人――ジェラルド――は頷き、こう宣言した。


「勝負あり。勝者は、ウルカ・メサイア!」



王立決闘術学院アカデミー公式戦札オフィシャル・カード決闘デュエル

立会人:ジェラルド・ランドスター

勝者:ウルカ・メサイア

敗者:アスマ・ディ・レオンヒート

アンティ獲得:不正告発の取り消し、及び《バーニング・ヴォルケーノ》



こうして、私は二度目の破滅を退けたのだった。



Episode.2『[灼熱炎獄領域イグニス・スピリトゥス・プロバト]』End


Next Episode.3…『[神話再現機構ゲノムテック・シークレット・ラボラトリー]』

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