第10話 旅立ち

 ギルド長の口から告げられた、不合格の文字が頭の中で木霊する。


 全身の力が抜け、短剣を地面に落としてしまう。

 静まり返った訓練所に、乾いた音が響いて消える。


 私、ダメだったんだ。


 冒険者とは言っても、全ての人が戦闘をする訳では無い。後方支援に特化した能力の人もいれば、日常生活を少し楽にする程度の能力しかない人もいる。

 だからこそ、私は能力を使った戦い方を見せれば勝てなくても合格になると思っていた。


 私は甘かった。


 見ていたギャラリー達がひそひそと話し始める。

 お腹を抑えていた手で、服をギュッと握る。


 応援してくれたシュトラールに合わせる顔が無い。


 その時、一人の職員が慌てた様子で訓練所に駆け込んできた。

「ギルド長! 魔獣が街を襲ってきました! 狼型の魔獣です!」

 次の瞬間ギルド長が街へと駆け出し、試験を見ていた職員達も慌てて訓練所から出ていく。


 誰もいなくなった訓練所。

 静まり返ったその空間は、私の周りだけ時が止まっているようだった。


 私は冒険者になれなかったんだから、魔獣は冒険者達に任せよう。私は街の人達と一緒に避難して、この前のように怪我人の治療をしよう。私にはそれくらいしか出来ることがない。

 もう、日常に戻ろう。

 今まで通り、いつも通り生きよう。

 ギルド長に従って、守ってもらえば良い。

 私は無力なのだから。


 あぁ、せっかくシュトラールに練習相手になってもらったのに。

 少し、仲良くなれた気がしたのに。


 少しだけ、変われた気がしたのに。

 全部無駄だったのかな。

 無駄に、したくないな。


 せっかく能力を使えるようになったのに、私は今までと何も変わっていない。

 変わらなきゃ。


 何か私の能力で出来ることを見つけなきゃ。


 結構ギルド長には勝てなかったけど、さっきみたいに上手くやれば不意を突くことくらい出来るはず。


 そうだ。そうだよ。

 もう、周りには誰もいない。

 遠慮する相手は、もう誰一人ここにいない。


 私は地面にしゃがみ込み、両手を地面につけて意識を集中させる。


 バチッ


『低い視線で人混みの間を走っていく』

 バチッ

『冒険者の振りかぶった剣を鋭い爪で弾く』

 バチッ

『家の中に侵入し、小さな子供を追いかける』


 バチッ

『荒れる街を崖の上から見下ろす』


 見つけた。


 目を閉じて、自分の視界に戻す。

 地面の短剣を拾うと誰もいない訓練所を飛び出し、そのまま街の外の森へと全力で走り出す。


 この前みたいにただ視ているだけの惨めな思いはしたくない。今度こそ、この手で、この力で誰かを守りたい。

 冒険者じゃなくても、自分勝手でも利己的でも何でも良い。

 誰かを助けるのにプライドも肩書きも親交も必要ない。


 私なら、できる。


 先程視た崖が近くなり、辺りを見回しながら進んでいく。


 ……いた。


 群れのリーダーらしき魔獣を見つけると、そのまま死角から全速力で突っ込んでいく。短剣を持っている手に力を込め、心臓目掛けて身体ごと突っ込む。

 不意を突かれて慌てる魔獣に噛み付かれ、肩に激痛が走る。足の時の比じゃないくらいの痛みに力が抜ける。

 今ここで少しでも退けばもう二度とチャンスは無いと、自分を奮い立たせるように叫ぶ。湧き上がる思いを全部乗せて、更に深く突き刺す。


 肩に牙が突き刺さったまま、魔獣が息絶えたことを確認する。


 アドレナリンが切れ、肩がドクドクと痛み始める。

 崩れるように地面に大の字に寝転がると、目をつぶって意識を集中させる。


 バチッ


『崖がある方向を見ていた視界は、対峙していた冒険者に背を向け、逃げるように森へと去る』


 目を開けて、自分の視界に戻す。

 良かった。今回は間に合った。

 次の瞬間、激しい頭痛と目の前が眩しい光で埋め尽くされ、意識を保てなくなる。


 最後に見えた空は、雲一つない晴天だった。



「やぁ。おはよう」

 恨めしいほどの美形が隣に座っていた。


「今回の冒険者試験、残念だったね」

 友達の居ない私が言うのも変だが、シュトラールには気遣いというものを勉強して欲しい。

 しかし、シュトラールにはここ数日練習に付き合ってもらっていた恩がある。

 無下にしてはいけない。


「しかし、ギルド長もやり手だよね。能力を公開しないと冒険者になれないって君に教えて無かったんだろ?」

 シュトラールの言葉に、私は知っていたと言おうとして気付く。

 そうだ。

 結局私は最後まで、ギルド長以外には能力を教えていなかった。それは、練習に付き合ってくれたシュトラールも例外では無い。



 あれはシュトラールに、私の練習相手になって欲しいとお願いした時のこと。


「それで、私は何をすれば良いかな」

 シュトラールが私の練習相手になる代わりに、旅の手伝いをすることでお互い合意したまでは良かった。

 しかし、私は自分の能力を教えるかどうかを決めあぐねていた。

 自分の能力を喋ればそれがまたねじ曲がった噂となり、皆に避けられて冒険者として活動出来なくなり、結局ギルド長のお世話になる……という未来が見えたから。

 最悪、秘密を知られることを恐れた人に殺されることも視野に入れた方が良いだろう。

 そもそも、シュトラールがわざと喋った極秘情報を知っている事で脅される可能性もある。完全に信用しない方が良い。


 そうして結局出した結論がこれだった。

「決まった時間に人目がある場所で、普段通り過ごしてもらえますか?」



 こうしてシュトラールに能力を言うことなく、練習に付き合ってもらっていた。

 幸いなことに、シュトラールは何も言わずに協力してくれたおかげで、視界を視る能力がある程度コントロール出来るようになった。しかもその決まった時間に私に基本的な武器の使い方や、受け身の方法、簡単な体術まで教えてくれた。


 しかし、私がその中途半端な覚悟のまま試験に臨んでしまったせいで、不合格という最悪の結末を迎えることとなってしまった。


「ところで、その怪我だとまだ出発するのは難しそうだね」

 出発という文字が上手く理解しきれず、真意を探ろうとシュトラールを見つめる。


「うん? 旅の手伝いしてくれるんだよね」


 ……そうか。

 冒険者になれなくても、旅について行くことはできるから。

 自然と私の口角が上がっていくのが分かる。

 私の中の何かが沸き立つ。


「明日、行こう」

 自分の口から突然飛び出た言葉に、私自身がびっくりする。


「そう。じゃあ明日、迎えに行くね」

 シュトラールは少しも驚いた素振りを見せず、ゆっくり右手を差し出してきた。

 綺麗なその指先を眺め、私もゆっくりと手を伸ばしてそっと握る。


「私は視ているだけの人間になりたくない」


 指先に、力が入る。


「私は、誰かを守る力が欲しい」


 ゆっくりと顔を上げ、目を合わせる。


「私、あなたの味方になります」


「これからも私の練習相手、よろしくお願いします」

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不尽の瞳 @saito_yurin

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