美人薄命
三鹿ショート
美人薄命
彼女ほどの佳人ならば、異性など選り取り見取りなのだろうが、彼女は一人の男性に対して、己を捧げていた。
一途なその姿を見て、人々は彼女に対する印象をさらに良いものへと変化させたのだが、私にしてみれば、彼女は愚かな人間だった。
何故なら、彼女が選んだ人間は、善人ではなかったからである。
彼女が自分に執心していることを良いことに、生活費を稼がせ、毎日のように遊び歩いては、彼女以外の女性と関係を持っていた。
彼女ほどの人間が恋人であるにも関わらず、何故そのような行為に及ぶことができるのか、私には理解することができなかった。
同時に、胸を張って他者に紹介することが不可能な人間を恋人としている彼女についても、理解することができなかったのである。
おそらくは、私以外の多くの人間も、同じようなことを考えているだろう。
それでも、彼女に関係を絶つように告げることができないのは、彼女が心から恋人のことを愛しているということが分かっていたからだ。
彼女が幸福ならば、他者がとやかく言うべきではない。
それゆえに、これから先も、彼女に対する心配が消えることはないのだろう。
***
ある日、傷だらけと化した彼女を見て、私は驚きを隠すことができなかった。
事情を問うと、彼女は笑みを浮かべながら、
「実は、私が常よりも遅く帰宅したことで、彼が食事をとる時間に遅れが生じてしまったのです。私が悪いことは明白であるために、彼が怒りを抱き、拳を振るったとしても、仕方の無いことなのです」
その程度のことで暴力を振るう彼女の恋人もそうだが、彼女もまた、そのような行為を何の疑問も抱くことなく受け入れてしまっているために、異常だと言ったとしても、過言ではないだろう。
その意味においては、彼女と彼女の恋人は良い関係なのかもしれないが、他者からすれば、その関係は容易に受け入れることができるようなものではない。
このまま彼女の恋人の暴力が過激と化していけば、彼女の生命も危うくなってしまうことは確かだろう。
だからこそ、彼女の友人として、私は行動することを決めた。
***
彼女に対する暴力を停止するべきだと告げると、彼女の恋人は呆れたように息を吐いた。
そして、私に対する敵意を微塵も隠そうともしていない視線を向けながら、
「自分の持ち物をどのように使おうとも、その人間の勝手だろう」
そのような言葉を吐いた後、彼女の恋人は何かに気が付いたのか、突然口元を緩めると、
「もしかすると、きみは彼女に対して、特別な感情を抱いているのではないか。自分が好意を抱いている人間が私に奪われたために、何としても別れさせたいと考えた結果、何かしらの理由によって、我々の関係を終わらせようとしているのではないか」
私は首を左右に振った。
「彼女が美しいということを否定するつもりはないが、その隣を歩くことができるほどに、自分が素晴らしい存在であるとは考えていない。ゆえに、私は彼女と深い関係を築きたいとは考えていないが、友人として、放っておくことができないのだ」
「もしも私がきみの友人で、恋人との関係に口を出されては、あまり気分が良いものではないと思うが」
「きみのような人間を、私が友人として選ぶわけがない」
私の言葉を耳にすると、彼女の恋人は眉間に皺を寄せた。
「どういう意味か」
「恋人を働かせながらもその恋人を裏切り、遊び歩いているような人間が友人など、他者に知られてしまえば、恥ずかしくて外を歩くことができないという意味だ」
彼女の恋人は目を見開いたが、即座に邪悪な笑みを浮かべると、
「自分の恋人のことを極悪人であるかのように評価する人間のことを、彼女は友人と思うだろうか。心から愛している恋人のことを悪く評価されれば、彼女がどれほど良い人間だったとしても、これまで通りに接触してくれることは無いと思うが」
その言葉で、自分が迂闊だったということに気が付いた。
此処で彼女と彼女の恋人との関係を終わらせるということしか考えていなかったために、このような反撃を彼女の恋人が思いつくということを、想定していなかった。
彼女はこれまで通り、私との関係を続けてくれるのだろうか。
閉ざされた扉を眺めながら、私はそのようなことを考えていた。
***
彼女が恋人を殺めて逮捕されたという報道を目にしたのは、私と彼女の接触が無くなってから半年ほどが経過した頃である。
いわく、彼女は恋人が裏切っていたということを知らなかったらしく、怒りを抱いたものの、それでも恋人のことを愛していた。
やがて、独占するにはどうすれば良いのかということを考えたとき、恋人の生命を奪ってしまえば、他の人間が恋人を愛することが無くなるのではないかということを考えるようになり、実行したというわけだった。
だが、その後、恋人が存在していない世界を生きなければならないということにようやく気づき、絶望したのだろう、彼女は狭い部屋の中で、自らの意志で生命活動に終止符を打った。
もしも、彼女が恋人と出会うことがなければ、どのような人生を歩んだのだろうか。
少なくとも、私が彼女と交際することはなかったに違いない。
彼女のような人間が恋人として隣を歩いていれば、私は常に劣等感に苛まれてしまうことになるからだ。
美人薄命 三鹿ショート @mijikashort
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