9.

 キセカン組でソフトテニスをするのは、その週末の土曜日になった。

 創世の部活動がオフだったのと、いつもは予約でいっぱいの富勢運動場テニスコートがたまたま空いていたから。富勢運動場は柏市の北に所在していて、我孫子にも程近かった。

 現地集合としたので澪とシュノはそれぞれ自転車で運動場までやってきたが、柏住みの創世と桜は柏駅からバスでやって来たよう。

 澪は自室で埃を被っていたラケットバックを引っ張り出して、それを背負って自転車に乗って来たので、大会会場まで自転車をかっ飛ばしていた中学時代を思い出して非常にノスタルジックな気分になっていた。

 かつて愛用していたラケットも一応は使用可能で、予備で持っていたその他二本と併せて劣化してポロポロと黒い塊が落ちてしまうグリップを巻き替えて持ってきた。

 コートに一歩踏み入れると、感慨に拍車がかかる。

「うわ、マジで懐かしい。全てが懐かしい」

 残暑の空気に、砂入り人工芝のコートに照りつける陽光。奥のコートで試合をしている学生たちの掛け声。

「え、おれは硬式ラケットでやるんだよね?」

 と、こちらも自前の硬式テニス用ラケットを手に、創世がテニスコートに入ってきた。

「うわ、折角浸ってたのに。まあいいけど。うん、おれ三本しか軟式ラケット持ってないからそれでよろしく」

「へーい、了解。打てんのかなぁ」

 創世は小首を傾げながら、ラケットの面を手でバンバン叩いている。

 それからシュノと桜も、柔らかいソフトテニスのボールをにぎにぎしながらコート内へ。

「へぇ、ソフトテニスはこれを打つのかぁ」

「……因みにわたしもテニス未経験ってことだけ言っておく」

「んじゃあ、軽く試合からやっていこうか」

「厳くん、わたしの話聞いてた?」

 桜は結構マジなトーン。

「はは、うそうそ。一旦、ラリーやってもらって、それ見て打ち方教えるよ」

「……ん。お願い」

「じゃあ、おれとサク。ソウちゃんとシュノでラリーやってみよっか」

「わたしにも教えてね!」

「――よーし、やるかぁ、シュノ!」

 コート内四隅に散らばって、それぞれ正面に立ったペアとラリーが始まった。


 ラリーの結果、創世はソフトテニスにも難なく適応し、桜は初日にしては上手な方、といった印象だった。澪も約二年間のブランクを感じさせぬ程度の動きを見せたのだが、やはり一番のサプライズはシュノだった。

 はっきり言って、上手すぎる。

「はーい、まだまだぁ!」

 桜はしばし休憩で、今もシュノ対澪&創世でラリーをしているのだが、彼女の打つ剛速球に二人掛かりで対応しても、相手コートに返すのが精一杯だ。

 加えて、こちらが球威に押し負けて明後日の方向に飛ばしたボールすら、変わらぬ威力で返球してくる。サーブも信じられない精密さとパワー。手がつけられない。

 運動量的にはシュノの方がコート内を駆け回っていて多いはずなのに、澪と創世の息ばかり上がっていく。

「――はぁ、はぁ。やべぇあいつ、……やべぇ」

 基礎的な運動能力とセンスがあまりにも違い過ぎた。

「もうくたばっちゃうのー? ……ふう、まあ、ここらでわたしたちも休憩しよっか!」

「ああ。そうして、くれ」

 澪と創世は肩で息をしながら、一方のシュノは元気溌剌のまま、桜の待つコート外のベンチに腰掛けた。

「お疲れ、三人とも」

「はーい、ありがとうサク!」

「……あっちぃな」

 九月といえどもまだまだ暑く、さっきまでは懐かしさを呼び起こす一つの要因になっていた熱気も、肌に纏わり付いてうっとおしいったらありゃしない。澪は持参したペットボトルを首の後ろに当てて、火照った身体を冷却した。

「しかし、シュノの運動能力はすげぇな」

 創世の呟きに、シュノはふと真面目な顔になった。

「……うん。やっぱり、わたし大抵のことはこなせるみたい。競技としての運動は今日初めてやってみたけど、この身体の順応具合、これなんでも適応できるヤツだ」

 それを聞いたって嫉妬なんて感情は微塵も生まれない。この差は紛れもない事実であり、彼女が背負った運命でもあるのだから。

「競技初めてって、津下戸高校の体育はスポーツしないの?」

 空気を読まぬか、読んでか、桜はやや上ずった声でそう問うた。

 すると、津下戸生三人の空気がふっと、緩む。

「わたしが体育に参加するようになったのが四月からってのもあるんだけどさ。一学期の体育、ラジオ体操と縄跳びだったんだよね」

「え? 何それ」

「よくわかんないんだけど、そういうカリキュラムなんだよ」

「ほんと面白れぇよなこの学校。創作ラジオ体操とかもやるんだぜ」

「澪の班、イモムシみたいに床に寝っ転がってたよな」

「あれは体育館の床を肌で感じて、心を落ち着かせる運動だから」

「――何それ?」

 もの凄く怪訝な桜の顔にシュノが吹き出して、調子に乗って澪は実演までしてテニスウェアを無意味に汚した。


「じゃあ、最後は軽く試合でもしようよ。ミニ大会みたいな」

 残り時間が一時間を切ったところで、ネット前に集合していた三人に澪はそう提案した。

「……いいけど、わたし絶対負けるし、シュノが絶対優勝するじゃん」

 予想通りではあるが、桜は難色を示した。

「ってことで、今日はダブルスでいこう」

「ダブルスって、二体二で試合するってことだよね? わたしとサクで組むってことだ!」

「ん、そうそう。シュノ・サクペア対、おれ・ソウちゃんペア」

「シュノと一緒なら、全然いいかも」

「意外とコイツ、負けん気強い」

「……わるい?」

 ギロリ、と桜の冷眼に創世は平謝り。

「じゃあ、名付けて『谷岡雪乃杯』、開幕!」

「「「何それ」」」

 澪の高らかな宣言に総ツッコミ。

「受付のお姉さんが谷岡雪乃って名前だったから」

「キモチワルっ」

 シュノの尖ったリアクションはスルーされた。

「え、まあ、トーナメント表も作ったから。やってこうぜ」

「トーナメントって、決勝しかねえだろ。……ホッチキスの芯みてぇな図になってんじゃんか」

「……。なんか、厳くん変にテンション高いね」

 自覚はあるけれど、だって久しぶりのテニスが楽しかったから。

 澪は耳にかけていたボールペンとトーナメント表(?)をコートの端っこに置いて、ラケットを持って試合開始を促した。

「よっしゃあ、絶対勝つぞ、ソウちゃん!」

「……お、おお。ケガだけはすんなよ……」


 結果はシュノ・サクペアの勝利。試合中盤で調子に乗っていた澪のラケットのガットが切れて、プレー継続不可で失格となったのでした。

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