6.
〈灯の満月〉調査は続いていた。
夏休み開始から早一週間。澪ら四人は部室でパソコンとにらめっこ。正確には、シュノは脳内からネットワークに接続できると胡坐を掻いて緩く瞑目して。
「何からしようか?」
夏休み初日の第一回〈灯の満月〉会議の創世の一言にシュノがピシャリと。
「まずはリサーチ、でしょ? 先人たちの情報を集める。堅実に行こう」
よくわからないが、シュノは時たま物凄く合理的になる。
そこからひたすらにネットに転がっている〈灯の満月〉の情報を洗い出した。
「取り敢えず、ここ一週間でわかったことを纏めると。〈灯の満月〉、今年の五月二十四日に世界各地の上空に出現した無数の満月。地上から見た姿は満月そっくりなものの、太陽光を反射して光って見える本当の月と違って、〈灯の満月〉自体が発光している物体」
「あれ自体が発光してないと、全てが満月なんてことはあり得ないもんね」
澪は今でも紙媒体派で、いろいろと書き殴ったルーズリーフを流し見しながら成果を整理していく。一方、それに続いたシュノは完全にデジタル派。最早手には何も持っていない。
「そして〈灯の満月〉は、地球の磁場に捕捉された荷電粒子がドーナツ状を形成した放射線帯――ヴァン・アレン帯の内帯を漂っている。ちょっと前にわたしたちが目撃したような、突然消滅する個体も各地でちらほら見られていて、それに伴って物が急に落ちてきたり、逆にちょっと浮き上がったりした例もあるみたい」
創世が唸る。
「落ちてくることも、浮き上がることもあるのか。これらも、〈灯の満月〉が何かしらの原因になってると見ていい感じだよな」
「……そうだと、思うよ。地上からの観測で得られた情報はそんなところだけど、他にはいろんな宇宙機関が無人ロケットを飛ばして実際に接近して調査もしているみたいだね。大きさは実のところ月ほど大きくはなくて、材質調査からヴァン・アレン帯に浮遊している粒子が凝集してできた可能性が高いってのも発表されてる」
「ただ、無人ロケットの探知機能じゃあ感知できない個体が幾つか確認されたってのも気になるな。同じに見えて、〈灯の満月〉によって異なるところもあるってことだ」
桜と創世は各自の端末に打ち込んだノートを見ながら発言する。
ふと、澪がルーズリーフから顔を上げた。
「そもそも、あれは自然にできたものなのか? 材料は宇宙空間に漂っているものだったとしても、あんなのが同時期に大量に生じたりするんだろうかね」
「……わからない」
「わかんないねぇ」
「わからねえな」
「「「「……」」」」
正直なところ、専門家でもない高校生四人で〈灯の満月〉に立ち向かうのは無理があるのだ。どう考えても。世界中の成熟した専門家たちが額を寄せ合って二か月が経過しても、あれがどんな存在で、どんな影響をもたらすものなのか、その一端にも到達できていないのだから。人間ばかりでなく、科学技術ですら今のところ敗北続きのようであるし。
最先端の演算装置も満足いく演算結果を導出できずにいて、シュノのような〈完全なアンドロイド〉はあくまで「人として生きるアンドロイド」であるから、合理性を追求した演算装置には敵わないのだと、実際、シュノも歯切れのよい解答は出せていない。
だからと言って澪がこの高校生の自由研究を放棄する理由にはならないが。
「まあでも、おれらは結果も大切だけど、過程が重要でもあるわけだから。地道に、一つでも専門家を出し抜く発見ができるように、ってくらいのモチベーションでやっていこう」
「だな、おまえの言うとおりだ。……そんじゃあ、ここらでちょっと休憩にしようか」
もちろん、反対するものはいなかった。
「アイス食べたくない?」
「シュノ、昨日もアイス食べたじゃん」
「サク。アイスは何回食べったっていいものなんだよ」
「くそ暑いからアイスもいいけれど、体育館前の自動販売機が一新したらしいからそれも気になる」
登校する途中、後ろを歩く正規の部活に向かう女子生徒たちが話しているのを、澪は聞いていたのだ。
「じゃあ、自販機見て、しっくりこなかったら裏のローソン行こう」
またしても創世の提案に全員納得。
「百円のやつが増えたらしいよ」
「マジ⁉ 百円はアツい」
「ネクター百円だったらわたしもアイスやめよ」
「……やっぱ外出たらアイス食べたくなってきたかも」
そうしてガヤガヤ騒ぎながら、澪らは体育館前の自動販売機へと向かった。
「……ふう」
時刻は午後九時半過ぎ。この時期の津下戸高校の完全下校時刻は九時であったから、一切の人影もなくひっそりと静まり返った夜闇の校庭に、桜はこっそりと忍び込んだ。
この時間は校内も一定の限られた部屋にしか明かりが点いておらず、そこで作業をしている先生たちは滅多に校庭に出てこないことも把握済みである。
キセカン組は二時間ほど前に解散となり、津下戸高校最寄りの柏駅周辺で適当に食事を済ませた後、ぶらぶらと歩き回りながら時間を潰してここにやってきた。
当然、校庭の端に五台設置されたナイター照明も消灯している。校庭に突如出現したナイター照明とそれが空けた穴は、翌日にシュノを含めた全十人の津下戸高校に通うアンドロイドたちが処理してくれたから跡形はない。
妖月の光を、桜の白銀の柳髪と頬に流れた汗が仄かに反射する。
今宵は比較的涼しく、普通に行動している分には汗が滲む気温ではない。だから、それは冷や汗だった。桜の顔は原因不明の痛みで歪んでいた。
みんなの前では堪えられるけれど、一人になると駄目だ。
校庭を頼りない足取りで通過した桜は、部室棟の前にしばし佇んだ。
やがて半ば倒れこむようにして、彼女の姿は右から四番目の部室に吸い込まれた。
再び訪れた完全なる静寂。
妖月にギラギラと照らされたとて、学校の夜は暗い。
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