あくまでも一人の人間として

椋鳥

あくまでも一人の人間として

 自分が自分である理由なんて、無ければいいと思っていた。


 そんなもの、あるだけ無駄だと。僕は思っていた。どうしようもない海のような気持ちは、だらだらと時間を削るばかりで、僕の為になるはずがない。


 形の整えられた物ばかりが、僕の目に映る。それに僕らは心を動かされて、泣いたり笑ったりする。おかしいんじゃないか。分かりきったことだろう。そんな当たり前の事は、誰でも知っている。様々な人が居て、その分それに合わせた形がある。


 それは不思議なことじゃなくて、ただ普通のことのように、息を吸うように僕らを取り巻いている。僕はここに居るが、ここにいるのは別に、僕じゃなくてもいいなんて、僕は思わない。僕だからここにいるし、他の人が僕に成り代わるなんて、できっこない。


 取り巻く人が僕を形作るのなら、ソレラは、僕によって形作られたと言っても、過言ではない。僕が吸って吐いた空気を、どこの誰ともわからない人が、生きるために吸って吐いているのだ。


 ありのまま、流されるままに人は進んでいく。僕たちは進化の産物だ。ぶつかり、傷つき傷つけられながら、僕は生きている。人生良いことあるよ。なんて簡単には言えない。誰にとってどんな事が良いことかなんて、僕には分からないから。


 終わらせるのは、誰にだってできてしまう。でも、終わらせないでいることが、遠回しでも、自分の考えを伝えきることが、必要なんだと思う。命の所在は明らかではない。その命は、誰のものでもない。軽々しく扱うことも、許されない。


 寒いときは苦手だった。思わず震えてしまう。何も手につかなくなる。ただ丸くなっていくのを、どうしようもなく、見ているだけだ。そこに怒りは無い。


 怒るのは、自分が何もできないと認めることだと思う。僕はよく怒る。自分が馬鹿であるとか言われることが、嫌で嫌でたまらない。どうしょうもなく短気な性格の持ち主だという自覚は、無い。軽く言われただけで心が折れる。前を向けない。


 俺は馬鹿だから。という人に、なんて声を掛けたらいいのか。自分で自分の価値を下げることは、何より大切な者を傷つけるに等しいと思う。お前は凄いやつだよと、何で僕は言えないんだろう。

 

 自分を信じる。果たして僕は、そんな事を意識したことが、今までにあっただろうか。あっても片手で事足りると思う。どんな事をしても、僕は何時も他人だ。決して心は一人称にならない。仮面を被って、その上からでしか、人を見れない。

 

 他人行儀で、誰かの深いところに行こうとしない怖がり。こんな事を描いても、結局は自分が楽になりたいだけ。自分はどんなに悪いやつかを色々言って、自虐して、楽になりたいだけかも知れない。でも止まれない。まるでブレーキのない自転車みたいに。


 美しかった。まるで世界が夢のような瞬間は、いつだって僕を置き去りにする。辛い戦争を越えて幸せになった人々、日々を謳歌する旅人。小説に描かれるのは、まるで現実味がない。現地味が無さ過ぎて、逆に現実味を帯びてきたように感じる。


 止まれ。と言われなかったら、全てのものに対しての、柔らかな好奇心を発揮してしまうだろう。だが、僕はそれを自分で閉ざしてしまった。何がそうさせたのか、どうしてそうしたのか。色々あるけど、結局今に至ってしまった。


 人を見た目で判断しては、いけないよ。と聞いた。何を持ってして、人を判断するのか。心がきれいな人、他人に優しい人、素直な人。誰だろう。だから僕は、辞めてしまった。人を判断する事を。もしかしたら、辞められてないかもしれないけれど、いつかきっと、そうなる日が来ると思う。

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