第15話 エピローグ 2

「ねえ、どっちから告ったの?」

「わたし」

電車の中で楽しそうに尋ねてくる海音の質問に、友花がまったく躊躇なく答えた。


「意外と大胆なんだねぇ」

「菜々美ちゃんのこと、好きだから。我慢できなくなった」

友花は真面目な顔で言うから、わたしの方が恥ずかしくなる。


「ちょ、ちょっと、友花。そんなこと言われたら恥ずかしいから!」

「恥ずかしいって、菜々美ちゃんはわたしのこと嫌いなの?」

「そう言う意味じゃないよ……」

右に座っている友花が、わたしの顔を覗き込みながら尋ねてくる。


「ほら、ちゃんと彼女に愛を伝えてあげないと。心配させちゃうぞ〜」

ああ、もうわかったから! わたしは覚悟を決める。

「友花のこと好きだよ!」

俯きがちに答えると、友花が少しがっかりしたように言う。


「ちゃんと正面向いてくれなきゃ嫌」

友花はわたしと付き合ってから、すっかり積極的になってしまっている。

「ほら、ちゃんと彼女の希望くらい答えてあげなよ」

海音がまた茶化してくる。本当、この人は自由だな……。


「わかったよ……」

わたしはジッと友花の方に体を向ける。

「友花のこと大好きだよ……」

「本当に愛してる?」

「本当に愛してるよ」


友花が顔を赤くして俯いてしまった。愛の言葉を伝えたわたしよりも恥ずかしがるのやめてほしいんだけど……。


「お二人ともお熱いねえ」と海音が楽しそうに言っている。

「茶化すな!」

「いやー、良いもの見せてもらったね」

最寄駅に着いたことを伝えるアナウンスが鳴っている。海音が立ち上がる。


「後はお二人でどうぞ! 幸せになれよ〜」

「あ、ちょっと!」

ドアが開くと、海音がさっさと出ていってしまった。

「また明日お話聞かせてね〜」

海音は手を振りながら早足で去っていった。


「わたしたちも行こっか」

うん、と頷いた友花の手を引いた。アスファルトの上をのんびりと歩いていく。ごく普通のどこにでもありそうなありふれた住宅街を進んでいく。


「でも、友花がわたしの家に一緒に行きたいって言うなんて、意外だな」

「菜々美ちゃんがあの子に取られちゃいそうだったから」

「取られちゃいそうって、海音はいつも通り揶揄っただけだと思うよ」

「でも、本当にキスしようとした」

「……されたら嫌だった?」


真面目な顔をしていた友花に、わたしはつい意地悪な質問をしてしまった。ていうか、嫌って言ってくれないと、わたしが嫌になってしまうような質問。そんなわたしの言葉を聞いて、友花はこちらをジッと見つめて、人差し指をわたしの顔に近づける。


「嫌な質問」

わたしの唇に、友花の人差し指の先がくっついた。

「菜々美ちゃんの唇に触って良いのはわたしだけ」


友花はそっと指先でわたしの唇を擦った。まさかそんな積極的なことをしてくるとは思わなかった。


「友花、なんか出会った時とキャラ変わってない……?」

「別に変わってない。わたしはずっと、好きなものには正直」


そう言って、友花がカバンに3つほどつけている鳥のぬいぐるみを見せてくる。スズメと、鶯と、もう一つは名前のわからない鳥だった。たしかに、友花は好きなものは全力で愛していたっけ。


「わたしの写真にもキスしてたって言ってたもんね」

「……あれは忘れて」


友花がバツが悪そうに俯いたところで、わたしの家についたのだった。どこにでもあるような2階建一戸建て住宅に友花を案内する。


「何もない普通の家で悪いけど、入ってよ」

「普通が一番」

友花が「お邪魔します」と言ってから、わたしの分までピッタリと靴を揃えて玄関に置いた。わたしたちは一緒に2階に上がり、部屋に入る。


「結構散らかってるね」

「もうちょっとオブラートに包んでくれたら助かるかも……」

友花は思っていることをそのまま伝えてくる。


実際、まさか友花が家に来るなんて思ってもいなかったから、散らかしたままにしてしまっていた。とりあえず、わたしは友花が見ている前でさっさと簡単に片付けをした。友花も漫画をまとめるのを手伝ってくれたから、スムーズに片付けは終わる。


「ごめんね、人の家に来てもらって、片付けさせちゃって……」

「ううん、共同作業楽しいから問題ない」

共同作業、なんか良い響きだった。作業を終えたわたしたちはベッドに腰掛けて、2人で横に並んで座っていた。


「ねえ、友花はいつから好きだったの?」

「いつ……?」

友花が困ったように首を傾げていた。


「いつだろ……? わかんないや。でも、菜々美ちゃんがわたしのこと校外学習で一緒に周ってくれた時には、わたしの中で菜々美ちゃんは特別な人になってたよ」

「そんなに前から!?」


友花が百合に対してどこまで許容できるのかの実験をするずっと前から好感度が高かったなんて。じゃあ、わたしはあんな実験する必要がなかったのか。


「わたしのこと、菜々美ちゃんは『可哀想な友花』にしなかったから。もうその頃には大好きだったかも」

「可哀想な友花?」


そういえば、校外学習の班に誘った時には友花は「可哀想な友花でいるのが嫌」みたいなことを言っていた気がする。その時には友花を誘えた嬉しさもあって、わたしは深く意味を考えなかった。


「それって、どういうこと?」

「わたしは菜々美ちゃんも知ってるように暗いから、中学時代から友達がいなかったの」

実際の友花は一緒にいて楽しいから、暗いとは思えなかったけれど、話の続きが気になったから、そこには触れないでおいた。


「それで、嫌がらせでもされてたの?」

「ううん、みんな優しかったよ。友花のこと学校行事の時には無理やり班に誘ってくれてたし、よく遊びにも誘ってくれた。でも、ある日みんながこっそり喋ってるの聞いちゃったの。『藍葉さんいつも一人で可哀想だから、わたしたちが友達になってあげないとね』って。本当はみんなわたしといるの嫌だったみたい」


わたしは何て声をかけたらいいのか分からず、ただ友花の手の上に手を重ねて、温かみを確保することくらいしかできなかった。


「でも、菜々美ちゃんはわたしと一緒に水族館周ってくれたから、嬉しかった。友達よりも、わたしのこと選んでくれた」

「だって、友花のマイペースな空気感好きだし」

「それが嬉しかったの」


友花がわたしの首に手を回して、そのまま体を預ける。わたしの上に友花が乗る形で、上半身をベッドに横たえた。


「菜々美ちゃんはわたしのこと、救ってくれた。だから、ずっと一緒にいたいって思えた」

「なんだか照れるな……」


鼻先を触れさせながら嬉しい言葉をかけてくれて、恥ずかしくなってしまう。でも、嬉しかった。友花はそのままわたしに口付けをしてくる。わたしたちは、舌を触れさせてキスをした。


以前は友花がどこまで許容してくれるかなんて、実験をしたけれど、まさか友花の方からキスをしてくれるようになるとは思わなかった。友花はひたすらわたしに体を押し付けるようにしてキスをしてくる。そうして、少ししてから、ゆっくりと体を引き離した。


「変な実験しなくても、友花は全然キスとか大丈夫なんだね」

「菜々美ちゃんにだったらいくらでもキスする」

相変わらず真面目な顔で友花は続ける。


「その先も、菜々美ちゃん相手だったらシてあげるけど、どうする?」

「そ、その先!?」

友花が妖しげに微笑んだのを見て、わたしは慌てて顔を逸らした。


「ま、まだわたしの気持ちができてないから、また今度ね……!!」

「今度はわたしが菜々美ちゃんはどこまでいけるのかの実験しないとね」

クスッと笑う友花を見て、もはやわたしたちの関係性はかなり逆転しているのかも、なんてことを思わされてしまう。


けれど、これはこれで幸せだ。好きなものに正直な友花が、わたしのことを目一杯愛してくれているのだから。そんな友花に改めて昔と同じ質問をしてみる。


「ねえ、友花って女の子から告白されたらどうするの?」

「困っちゃうよ。だってわたし、もう菜々美ちゃんのことしか愛せないから!」

そう言うと、友花はまたわたしに抱きついてキスをしたのだった。

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藍葉さんは百合が苦手 西園寺 亜裕太 @ayuta-saionji

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