第14話 エピローグ 1
付き合っても、友花はいつもの友花だった。今日も一緒に帰っているけれど、静かに早歩き。ちょっとでも一緒にいられる時間を長くしようとか、そんな発想は友花にはないらしい。
「ねえ、菜々美ちゃん。今度一緒に出掛けてもらってもいい?」
友花の方から話しかけてくれただけでも珍しいのに、しかも一緒に遊びに行く約束までしてくれるんなんて。いつもの友花と思っていたことは撤回しないといけないかもしれない。わたしはビックリしたのと、嬉しかったのとで、勢いよく頷いた。
「もちろん! 友花と一緒だったらどこにでも行くよ!」
わたしの返事を聞いて、友花が嬉しそうに「やった」と小さく頷いた。
「でも、どこに行くの?」
わたしが聞くと、友花はピタリと足を止めて、カバンの中を漁り出した。
友花に合わせて早歩きをしていたわたしはうまく止まれず、一人だけ数歩前に進んでしまった。まあいっかと思って、友花の前に立って、向かい合うようにした。そんなわたしに向けて、友花はパンフレットを嬉しそうに見せてくる。中央に大きな鳥の写真のあるパンフレット。
「世界の鳥類展……?」
友花が大きく頷いた。
「行こっ!」
「あ、うん……」
いや、もちろん友花と一緒に出かけられるのは嬉しいけれど、やっぱり友花はわたしより鳥が好きなのではないだろうか……。まあ、友花らしくて良いといえば良いけれど、ちょっと寂しいかも、なんて思っていると、友花は嬉しいそうにこちらに笑顔を向ける。
「大好きな人と大好きなものを見に行けるの、すっごく嬉しい」
「わ、わたしもすっごくうれしい!」
鳥だけじゃなくて、わたしのこともちゃんと愛してくれているみたい。良かった。
「楽しみだなぁ」と言いながら、友花はまたいつものように早歩きを始めた。わたしも遅れないように早歩きを続ける。そして、いつものように駅に着いたら、それぞれ自分の帰り道の方のホームへと別れたのだった。
わたしは友花とホームを挟んで向かい合って電車を待っていた。わたしと友花はホームを挟んで見つめあっては時々微笑んだ。2人とも黙ってただ向かい合ってお互いに反対の電車を待っていると、すぐ横から声をかけられる。
「イチャつきやがって、お熱いねえ」
わたしは、呆れたように馴染み深い声の出どころの方を見ると、海音が立っていた。
「別に、イチャついてなんてないけど……」
「でも、一緒に鳥類展とやら見に行くんでしょ?」
「まあそうだけど、……ってまた後つけてたの!?」
「いつ気づくか見てたけど、全然気付かなかったら。なんなら菜々美は藍葉さんと向かい合ってた時に、あたしの方見てたのに、全然気付かなかったし、どんだけ藍葉さんのこと愛してるのさ」
「どんだけって……」
わたしはホームの向こうで一人ベンチに座っている友花のことをチラリと見てから答えた。
「いっぱいだけど」
友花には当然聞こえてはいないはずだけれど、わたしと目が合ってから小さく微笑んだ。この頃、友花はわたしの前で微笑む機会が多くなった。
「そんなに熱かったら、妬いちゃうなぁ」
「妬いちゃうってね……。海音がわたしに嫉妬する必要なんてないでしょうに」
わたしはため息をついた。
一体海音が何を妬く必要があると言うのか。海音の態度に呆れていると、友花の待っている側のホームに電車が到着するアナウンスが聞こえる。電車がホームに入ってくる。
「あたしのほうが先に菜々美と仲良くしたんだけれどね」
海音が寂しそうに笑う。
「今でもわたしたち、仲良いと思うけど、違うの?」
「違わないけど、あたしが求めてた関係性とはちょっとだけ違ったからさ」
「求めてた関係性って意味がわからないんだけど……」
「分からなくていいよ。あたしは菜々美が幸せになってくれたら、それで嬉しいし」
向かいのホームに電車が入ろうとしている様子をぼんやり眺めていたら、藍葉さんが目を大きく見開いて、驚いていた。何だろうかと思う間も無く、海音が突然わたしの真正面に回り込んでくる。そして、グッと顔を近づける。
「でも、ちょっとくらい意地悪したくもなるじゃない?」
海音が困ったように笑いながら、今にもキスをしてしまうのではないのだろうかというくらい近い距離に顔を近づけていた。
「何のつもり?」
「菜々美の彼女への嫌がらせのつもり」
「嫌がらせってね……」
わたしはため息をついた。友花はもう電車に乗ろうとしていたから、今さら何もできないだろう。海音がわたしにキスをするふりをしたところを見たとしても、見ていなかったとしても、今頃電車の中で英単語でも覚えているに違いない。その証拠に、電車が去っていったホームには当然友花はいなかった。
「もう藍葉さん見てないし、キスして良い?」
「良いわけないでしょ……」
海音が呆れた質問をしてきたから、わたしはため息をついた。ここで話は終わったと思ったのに、改札の方から大きな声が聞こえた。
「わたしの菜々美ちゃんに変なことしないで!!」
反対のホームにやってきた電車に乗って帰ってしまったはずの友花が、なぜかこちらのホームで、今まで聞いたことのないような大きな声を出している。周りの人に奇異の目で見られてもお構いなしに、ホームを走ってこちらにやってくる。
「と、友花。走ったら危ないよ……」
「緊急事態だから!」
友花がわたしのことを海音から引き離すみたいにして、しっかりと力一杯抱きしめてくる。そして、友花がわたしを抱きしめたまま、後ろを向いて、海音のことを睨んでいる。
「わたしの菜々美ちゃんに何しようとしたの? 泥棒猫なの?」
友花が思ったよりも慌てているみたいで、困惑してしまいつつも、嬉しかった。友花がわたしのことをしっかりと思ってくれているなんて。
「嫌だなあ。人聞き悪いって。修羅場みたいにしないでよ。キスしようとして揶揄っただけだから」
海音が困ったように笑っている。わたしですら友花の慌てている姿に困惑しているのだから、海音はきっと、もっと困惑していると思う。
「キスって……」
友花が小さく呟いてから、わたしの方を向き直す。しっかりと目を合わせてから、ゆっくりと顔を近づけてくる。
「友花……?」
友花が何をしようとしてきているのか、わからなかったけれど、次の瞬間に唇に触れた柔らかい感触でわたしは理解した。友花は駅のホームでわたしにキスをしてきたのだ。
それも、一瞬だけのキスではない。周囲の視線も気にせず、時間をかけてキスをしていた。わたしも今だけは周りの視線を無いものにして、友花のキスを受け入れた。友花の舌がわたしの舌に触れる。こんなにも積極的な友花は初めてだった。
場所さえ選んでくれたら最高に嬉しいのに、と思いつつも、こんなところで今までしたことのない積極的なキスをしてしまうのが友花らしくて良いのかもしれないとも思った。
長い時間をかけたフレンチキスをした。まるで海音に見せつけるみたいに。終わらせてから友花がわたしに言う。
「わたし以外の人と、絶対にキスしないでね」
わたしは頷いた。
「しないから、安心して。海音も本気でしようとしたわけじゃなくて、揶揄っただけだから」
「えー、あたし本気でキスするつもりだったんだけどなぁ」
海音がいたずらっぽく笑っている。
「もう、海音が変なことするから、友花もこんなところでキスするなんて、変わったことし始めちゃったじゃん」
わたしが呆れたように言ったら、友花がもう一度海音を睨んだ。
「ダメだよ?」
「わかったよ、今は」
「ずっと!」
「はいはい」
友花と海音がテンポよく会話をしているけれど、わたしには何のことなのかよくわからなかった。海音との会話を終えた友花ははわたしのことをジッと見つめた。
「今日は菜々美ちゃんの家まで一緒に帰るから」
「良いけど、わざわざ来てくれるの?」
友花は頷いてから海音を指差す。
「この人と菜々美ちゃんを二人きりにしたくない」
「あたし、すっかり藍葉さんに嫌われちゃったなぁ」
海音が苦笑いをしているのを気にせず、友花は続ける。
「それに、菜々美ちゃんの家行ってみたい」
「わたしは嬉しいけど。友花は良いの? 電車代かかっちゃうけど……」
「わたしが良いから、行くの」
そんなわけで、わたしと友花と海音で一緒に帰ることになったのだった。
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