第13話 テスト勉強に百合を添えて 3
こちらを睨み続けている藍葉さんからわたしは視線を逸らせずにいた。もちろん、写真にハートマークとか、大好きとか、友達同士でやるようなことだろうから、それはそこまで深く疑問に持たなくてもいいことなのかもしれない。
でも、どうしてその写真を藍葉さんが見られたくなかったのか。それが問題である。だって、普通に友達同士で撮った写真をデコって飾るくらい別に問題でもないのだから。
「ねえ、藍葉さん。この写真、見られてマズイの?」
「え?」
藍葉さんが睨むのをやめて、ぼんやりとわたしのことを見ている。頭の中で、必死に何かを考えているような、心ここにあらずな表情で。
「ねえ、梅川さんは一体何を見たの?」
「何って……。わたしと藍葉さんが校外学習の時に一緒に撮った写真だよ」
「それだけ?」
「デコってた」
「そこまでしか見てない……?」
「そこまでしかってどういうこと?」
わたしが不思議そうに尋ねたのを見て、藍葉さんが安堵したように小さな息を吐き出した。
「よかった……」
「他に何かあったの?」
わたしが尋ねると、藍葉さんが思いっきり髪の毛を振り乱しながら首を横に振った。
「ない! ないよ! ないから!!」
藍葉さんが見たことないくらい取り乱してる。絶対に何かあるときの否定の方法だ。わたしは藍葉さんから目を離して、再び写真の方を見る。
「だ、ダメ……!」
次の瞬間には、藍葉さんがお盆を持ったまま、わたしの方に慌ててやってくる。わたしが首を写真の方に向けるよりも早く、藍葉さんがわたしの前にやってくる。そして、両手が塞がっている藍葉さんは、あろうことかわたしに顔を近づけてくる。そして、勢いよく口付けをしてきたのだ。え? とわけを理解するよりも先に痛みがやってくる。
「痛っ!? ちょ……」
藍葉さんは確かに口付けをしてきたのだけれど、勢いが強すぎて、思いっきり歯が当たってしまった。藍葉さんも痛そうにしている。わたしも藍葉さんも、残念ながらキスに慣れていなさすぎてお互いに下手らしい。
わたしが口を押さえている間に、藍葉さんは勉強机にお盆を勢いよく置いて、写真を抱きしめた。オレンジジュースが揺れて、中身が少し溢れてお盆の上のクッキーとチョコを濡らしていた。
「そ、そんなに嫌だったの……?」
目の前で写真を抱きしめる藍葉さんの必死さはわたしの想像を超えていた。てっきりあの写真は好感度が高いことを表しているのかと思って、喜んでいたけれど、実は藍葉さんはわたしのことを嫌っていたのだろうか……。よく見たら何か悪口とか書いていたのだろうか。
「見られたくない。恥ずかしい……」
藍葉さんは写真立てを抱きしめたまま、その場でしゃがみ込んだ。
「えっと……。わたしの悪口とか書いてたの?」
藍葉さんは首を横に振る。
「じゃあ、写真写りが悪くて、目が半開きになってるとか……?」
また藍葉さんは首を横に振った。
「えっと……、じゃあ……」
わたしが尋ねると、藍葉さんが思いっきり息を吸ってから、しっかりとした声で答える。
「キス!」
「キス……?」
「キス、してたの……」
キスしてた……? 藍葉さんが言った意味がよくわからなかった。
「どういうこと……?」
「友花、梅川さんと一緒に写ってる写真にいっぱいキスしてた。よく見たら跡がわかるくらいに」
「えっと……、なんで?」
尋ねているわたしの胸の鼓動は早くなる。さすがに、キスは嫌いな人にはしないはずだし、むしろ……。
「ごめんなさい……。多分、友花気持ち悪い……。変態かもしれない」
藍葉さんが写真立てを抱きしめながら、泣き出してしまった。藍葉さんの泣いているところを初めてみた。
「大丈夫だよ、気持ち悪くないよ」
慌てて藍葉さんの元に駆け寄った。
「ただ理由を教えてほしいだけ」
「友花……、梅川さんのことが好きなの……。梅川さんのこと考えると、苦しくなっちゃうの」
泣きじゃくりながら伝えられた。
「お友達としてじゃないよ。友花、梅川さんとキスしたり、それ以上の関係になりたいの……。梅川さんの全部が欲しいの!」
藍葉さんが泣きながら顔をあげて、まっすぐな瞳で伝えてくる。
「だから、写真越しの梅川さんにキスしちゃったんだ。我慢できなくてキスしちゃった。だって、梅川さんがわたしにキスしようとしてくれたのに、途中でやめちゃったから……。そんなの我慢できない!」
藍葉さんは泣きながら、今までの物静かな彼女からは信じられないくらい饒舌に話してくれた。
「梅川さんにキスして欲しいの、すっごく我慢してたのに、それなのに、梅川さんは友花にキスしてくれないどころか、海音って子にキスされちゃったから、友花すっごく嫉妬しちゃった。そんな気持ち、梅川さんに出会うまで持ったこともないのに……。誰かを羨ましいなんて思ったことないのに、あの日は海音って子のことすっごく羨ましいって思っちゃった。人に嫉妬するなんて、友花はとってもいけない子なんだってわかってるけど……」
藍葉さんの瞳からポタポタと流れる涙が止まりそうになかった。
そんな藍葉さんの真剣な告白を聞いて、わたしは藍葉さんを抱きしめた。
「嬉しいよ。わたしも藍葉さんのこと好きだから。こんな恋、報われないと思ってたから……」
「報われないって、どうして? 友花は水族館で一緒にいた時から、ずっと梅川さんのこと好きだったのに?」
尋ねられたけれど、むしろわたしの方がはてなマークである。
「なんでって、前に一緒に帰った時に、『女の子に告白されたらどうする?』って尋ねたら、『嬉しいけど、困る』って言ってたから……」
藍葉さんは頷いた。
「うん。とっても困る。だって、友花、梅川さんのこと好きなのに、別の女の子から告白されたら断らないといけないから、大変。もちろん、好意を向けてくれることはとても嬉しいけど」
「えっと……。その困るにはわたしは入ってないってこと?」
藍葉さんは大きく頷いた。
「大好きな梅川さんに告白されて、困るわけない」
なるほど、わたしの勘違いだったということか。わたしは勘違いのせいで、あやうく両思いの恋愛を台無しにしてしまうところだったみたいだ。わたしはホッと息を吐いてから、もう一度藍葉さんに向き直す。藍葉さんの手を包み込むようにして持ってから、ゆっくり深呼吸をして言う。
「藍葉さん……、ううん、友花と付き合いたい。彼女になってくれる?」
友花は大きな目をもっと大きく見開いて、首が取れそうなくらい、思いっきり頷いてくれた。そして友花はわたしの胸元に思いっきり顔を埋めてくる。
「わたしの名前、呼んでくれたの嬉しい。友花っていう名前、大好きなのに誰も呼んでくれないから」
友花はわたしの体にしがみついて泣いていた。一人称が友花からわたしに変わっている。
わたしは友花の頭をソッと撫でた。やっぱり優しいミルクの匂いがする。そして、友花がわたしの胸元に顔を埋めたまま、尋ねてくる。
「菜々美ちゃんの実験、ちゃんと最後までやって」
「実験って……?」
「口以外のキスで止まってる。ちゃんとわたしがどこまでいけるか試さないとダメだよ」
「なんで知ってるの?」
実験のことがバレていたなんて、恥ずかしすぎる。
「ごめんね、席離れてる時にノート見えちゃったの。机に置いてたやつ、勉強用のノートだと思ってたから……」
「見ちゃって嫌じゃ無かったの?」
「嬉しかった。だって、わたしにキスしてくれるんでしょ?」
友花の声が普段よりも少し震えているように感じられた。友花が緊張しているみたい。なんだか意外だった。好きな子にキスをしてと言われてキスをするのは恥ずかしいけれど、友花だって頑張って伝えてくれたのだ。
「わかった。顔をあげて」
ギュッと胸元に抱きつかれている状態ではキスはできないのに、友花は「ムリ」と拒んだ。
「顔あげてくれないとできないよ」
「わたしの顔、真っ赤になってるから、恥ずかしい」
「友花にも恥ずかしいっていう感情あるんだ」
「ある」
顔を上げたがらない友花の体をわたしの体から引き剥がして、ジッと顔を見つめる。わたしの顔を見てから、サッと目を逸らされた。そして、友花が小さく口を開いた。
「意地悪……」
友花は元々ほんのり赤い頬をさらに紅潮させている。今も夕暮れ時だけれど、夕焼け空は関係なく頬を赤らめていた。
「わたし、友花とキスしたいな。こっち見てくれないとできないよ?」
わたしの言葉を聞いて、友花は重たい前髪をかきあげてから、こちらに顔を向けた。そして、ソッと目を瞑った。
「早く」
友花に促されて、わたしも目を静かに閉じて、顔を近づけた。ソッと唇をくっつけると、友花は嬉しそうに小さな声を喉の奥から出していた。わたしと友花がキスをしたのは、ほんの一瞬だったのだけれど、柔らかい友花の唇が触れてわたしはホッと息を吐いた。友花は両手を自分の胸に当てて、嬉しそうに大きく息を吐き出していた。
「ありがと」
「お礼なんて言わないでよ。これからはこれが普通になるんだから」
「うん、嬉しい」
友花がまたギュッとわたしに抱きついてきたから、わたしはまた、ソッと頭を撫でたのだった。
「わたしも嬉しいよ」
心の底から、そう言った。
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