4-3 繋がっていない

   ◆




 とどのつまり、ルーチェ青年は、過労状態だったのだ。


「出会ったときから目の下のクマもすごかったし、気にはなっていたんだ」


 孫を宿へと送り届けたイトが戻ってきて、簡単に説明する。

 そのイトの表情はなんとも形容しがたいものになっている。


(……全然気づきませんでした)


 ただ、今のイトが沈んでいることは、分かる。

 孫の状態がよほどショックだったらしい。 


「詳しいことは教えてもらえなかったけれど相当忙しかったみたいで、ミスも続いていたらしい。ギリギリのところで頑張っていたんだろうな……」

「それで、どうするつもりですか」

「強制的に休ませるよ」


 イトは力強く答えた。


「そうですか」


 勇者らしい持論だ。

 しかし、ユッカは口を挟まずにはいられなかった。


「……それはルーチェさんの本意とは離れているのでは」


 魔法協会の中央支部といえば、魔法使いにとってはエリートコースもエリートコースだろう。

 少しの休息が出世への命取りになるはずだ。

 ましてや、ルーチェは勇者の孫だという。期待もだが、羨望や嫉妬も一手に引き受けていそうだ。


「何もしていないのに涙が出てくるというのは、普通じゃない」


「まぁ、わたしには関係ありませんが」


 ユッカは言葉を区切った。


「とりあえず、今日の夜営業はわたしとグレタさんで回します。あなたはルーチェさんのところへ行ってあげてください」

「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうよ。とりあえず、仕込みだけはやっていくから」


 大量のじゃがいもを洗いはじめたイトを見て、ユッカは天井を仰いだ。




   ◆




 夜の営業を終え、ユッカは二人分のまかないを作った。


「グレタさん。お疲れさまでした」

「ありがとうございます。……今日も美味しそうです」


 薄切りの豚もも肉に塩こしょうをまぶして、余っていたきのこを巻き、片栗粉をまぶした。

 それを焦げ目がつくまでしっかりと焼き、酒と砂糖と醤油の合わせ調味料でからめただけのシンプルな料理だ。

 アクセントににんにくのすりおろしも入れているので、香りがいい。


 つやつやとした茶色い照りにグレタが瞳を輝かせる。

 ぱくっと一気に頬張ると、もぐもぐと口を動かした。


 ユッカは白ご飯と、残りのコンソメスープもよそってやる。

 ありがとうございます、とグレタは両手で受け取った。


「『夜明亭』で働かせてもらってから、体調がよくなった気がします」


 グレタは母親が他界しており、父親は出稼ぎに出ている。

 料理をするということは生活の選択肢になかったのだという。


「それはよかったです」

「ごはんを食べさせてもらうだけじゃなくて、お給料ももらえて、本当に感謝しています」 

「グレタさんが真面目に働いてくれているからです。今日もイトがいないなか、頑張ってくれましたから」

「イトさん……の、いとこ? さんは、大丈夫なんでしょうか」


(いとこ? ルーチェのことでしょうか?)


 イトとルーチェの関係について、グレタはグレタなりに解釈したらしい。

 訂正するつもりもないのでユッカは話を進める。


「どうなんでしょうね」

「ゆっくり休めると、いいですよね……」


 ずずず、とグレタはコンソメスープをすすった。


「わたしもいただくとしましょうか」


 ユッカも立ったまま肉巻きを口へ運ぶ。

 しっとりとやわらかく、甘辛く、中のきのこのくったり加減もちょうどいい。


「ごちそうさまでした」


 先に食べ終わったグレタが食器類をキッチンへと運ぶ。

 ユッカの隣に立つと、使ったものを洗いはじめた。

 

「父も、魔石鉱山で、休めているといいのですが……」


 魔石は人々の生活に欠かせない資源である。

 形状も硬度も様々。冷蔵庫も魔石からできている。異世界から来た勇者による発明のひとつだ。


「労働環境は整備されているでしょうから、要らぬ心配では?」

「でも、なかなか連絡をくれないんです。聖女祭の乙女役に選ばれたことを手紙に書いたんですが、返事がまだなくて」

「返事の文章に悩んでいるのかもしれませんよ」

「そう、ですね」


 グレタは洗い終えた食器類を乾いた布巾で拭くと、定位置へしまう。


「グレタさん」

「はい?」


 名前を呼ばれたグレタが、体ごとユッカへ向けた。


「グレタさんさえよければ、食材の仕込みを教えましょう。料理を覚えると、少しだけいいことがあるかもしれません」

「お願いします!」


 前のめりに返事するグレタ。

 勢いのよさに、提案した側のユッカが驚いた。


「何でもやります。何でもやらせてください。自分でも、何かを作れるようになりたいです。クッキーみたいに」

「快い返事で安心しました。まずは簡単なものからやっていきましょう」


(かつて、わたしがそうだったように)


 ユッカがこの世界に取り残され、永遠の人生に対して途方に暮れていたとき。

 道しるべとなったのは『勇者のレシピ』だった。


(そして、わたしがリコルドを去るとき、グレタさんが『夜明亭』を継いでもいいのですから)


 勿論それは、まだまだ先の思惑ではあるが。


 労働の疲れから一気に回復したグレタは、頬を紅潮させたまま言う。


「今日はこれで失礼します。お疲れさまでした」

「はい。明日も宜しくお願いします。おやすみなさい」


「……」


 ひとりになった店内は、やけに静かだ。


(わたしの居場所は、この世界のどこにもないのでしょう)


 イトにも、グレタにも家族がいる。

 それは目には見えないが、糸のように結ばれ、繋がれている。


 ユッカはこれまでもこれからも、誰とも繋がることは、ない。




   ◆




 ようやく陽の昇りはじめた頃。

 ユッカは普段使いの青空市場へと足を運んでいた。


(さて、今日は何を作りましょうか)


 どっしりとした、脂の乗った肉。ぎらぎらと輝く、ハリのある魚。

 いずれも魅力的だ。


(昨日のメインは豚肉でしたから、豚以外で……)


 『勇者のレシピ』を思い出しながら、店を見て回る。

 

「厚切りの豚肉はどうだい?」

「豚ですか……」

「いいのが入ったんだ。安くするよ」


 肉屋に呼び止められて、ユッカは立ち止まった。

 豚肉以外にしようと思っていたのに、厚みのあるロース肉は魅力的に見えた。


「お願いします。いつものように『夜明亭』まで運んでもらっていいでしょうか」

「もちろん。毎度あり!」


 かさばるものは仕込み前までにまとめて馬車で運んでもらっている。

 配達サービスは飲食店経営者にとってありがたい仕組みだ。


(あの分厚さに合わせるには、たっぷりのにんにくですね)


 メインメニューが決まれば早い。

 ユッカは野菜を扱う店の集まっている区画へ向かった。


「にんにくと、キャベツをください」


 ずっしりと重たいキャベツを籐かごに入れる。

 にんにくは紙にくるんでもらってから受け取った。


(流石にグレタさんへキャベツの千切りを頼む訳にはいきませんね)


 仕込み作業を教えると言ったことを思い出す。


(にんにくやしょうがくらいなら……)


 にんにくの皮むきやしょうがのすりおろしくらいなら、と、思考を巡らせる。


 そして市場を出てフィウーメ川の河川敷を歩いているところで、うなだれた青年が視界に入った。


「……」


 ルーチェだ。

 当然のようにユッカには気づいていないので、ユッカはそのまま通り過ぎた。

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