第48話 N728/12/24

「『陥落寸前 ヘルハウンド、イモータル・コア地区を占拠か』……これ立てこもり事件の記事ですね。私が産まれるより前の出来事です。こんな昔の新聞が綺麗に残ってるなんてすごいですね」


 この日、ベルトコンベヤは一つのトレーを運んできた。

 トレーの姿を見ると虫が乗っている可能性を考え、萎縮する環を余所にアキは彼の前を通り抜けるようにすたすたとベルトコンベヤに近付いていく。

 そこでアキがトレーから慎重に取り上げたのは一枚の新聞記事の切り抜きであった──彼女が読み上げる日付は数十年前の物だが、新品と見紛うほど状態がいい。


「今でも特番が組まれる程度には有名な事件ですよ。年に一回は再現ビデオ作ってどこかがやってます」

「俺も観たことがある。映画化もされたな。親友がよく観ていた」


 アキはトレーの上に載せられた切り抜きに触れることを一瞬躊躇ったが、どうせ記録が済めば流してしまうもの。流した後でどうなるかも分からない代物だ。

 それでもやや慎重に摘まみ上げると記事の内容を共有するように環の方へ向けた。

 切り抜きの中には街中に大勢集まった役人達──現在と変わらないデザインの制服姿で並ぶ人々の写真が掲載されていた。所属ごとに固まっている列の脇には武装した民間人も混ざっている。


「異星人の襲撃の中でも特に甚大な被害を及ぼした事件なんですよね。すごい変異体が出たっていう。ビルからビルへ飛び移り、人を食い千切り、街中を燃やして回ったそうじゃないですか。こんなのを最初は素人に対処させようとしたってのが」

「代行業者はピンキリだ。数を集めれば何組かいい仕事をすると考えたんだろう」


 ──一概に素人とは言えないわけですか。

 アキは人々が密集している写真に顔を近付ける。彼等が戦闘未経験の民間人でないことはアキも知っていた。環の言う通り、代行業を生業とする人々だろう。

 この国には「代行業」と呼ばれる職種が存在しており、現代ではとてもポピュラーな仕事として知られている──否、社会から篩い落とされた時にまともな仕事がそれしか残っていないのだ。故に老若男女を問わずこの仕事に従事している。年齢制限も無く、学も要らず、誰でも始められる。本当にピンからキリといった感じだ。

 アキの代行業に対するイメージは金さえ払えば何でもする仕事というものだった。家出人の捜索から借金の取り立て、暗殺に至るまで仕事の幅は広い。

 代行業の成り立ちは星間戦争以降に増加した異常現象に対し、行政機関の負担を減らす為にと問題解決を国が民間に持ち掛けたことが始まりであった。

 現在では直接依頼することは減ったとはいえ、こうした非常事態には討伐依頼を誰でも受注出来る形で広めたりとその名残はしっかりと残っている。


「それって捨て駒ってことですか?」

「参加するのは自由だ。死にたくなければ来なければいい」

「ああ、それは確かに。でも討伐しないと報酬は貰えないわけですよね?それなのにどうしてこんな素人丸出しって感じの人達が来るんでしょうかね」


 ──それは確かに人は見かけによりませんけど。

 写真の中の行政機関……公共安全局や国防局の局員達は一定の戦闘力のある人間達だ。個人の才能はともかく局員に支給される装備品を考えれば無条件で使える人材としてカテゴライズしていい。

 しかし一般人というのは装備品、戦法、状況判断といった全てにマニュアルが無い。中には行政機関のどの組織にも勝るほど優秀な代行業者の存在が無いわけでもないのだが、大半は素人集団だ。だからこそ普段は実力に見合った仕事をしているというのがアキの見解であった。

 だが複数ある写真の中には彼等の写真が多く含まれている──今まで学生をしていて戦闘の知識などまるでないアキのような人物からしても「あからさまに戦闘向きではない」とすら思える人間達の姿。

 アキは彼等が最難関、或いは大規模な災害とも捉えられるほどの依頼に命を懸ける理由がまるで理解出来なかった。


「当時のインタビュー映像とかも流れたことから考えるに自分達の名前を売る為に来ているんですかね?倒さなくても参加して生還というのは宣伝になりそうです」

「それもあるだろうな」

「それ『も』ですか。一応この事件だって誰かしらが終わらせたから今があるんでしょう。やったのは避雷針という特殊な槍を携えた人だと聞いていますが……まあ、それは一先ず置いておいて」


 環はこの問題の答えを知っているらしい。

 アキは特集番組を思い出そうとして小さく唸る。特集番組の大半の構成は事件の概要、再現ドラマ、当時の映像……といったものだがその中にインタビュー映像も含まれていた。ヘルハウンドと呼ばれる変異体を討伐した本人ではなく近隣住民から素人の討伐作戦参加者まで複数。野次馬も含まれていた。

 作戦で役立たないならただテレビに映りたいだけの一般人とそう変わらないだろう。もし自分であればきっと学校の友人に自慢できる──アキの中ではそこまでしか考えが至らなかった。

 結局、この事件を解決した人間は一人。シャイなのかストイックなのか……その人間は「テレビに映るのが嫌」という何とも単純な理由でインタビューすら受けず、後日行政機関から賞を贈られたという報道だけを残していた。


「何かヒントをください。あっ!答えは言わないでください」

「討伐作戦の時だけ容易に他所の敷地への入場許可が得られる」

「……ああ、火事場泥棒?……ですよね?合ってます?今回はそこそこ自信がありますよ」


 入場許可。

 本来、セクター間での立ち入りには許可が要る。簡易化、電子化が進んでいても必ずセクターを超える時はその審査を受けている。そしてセクター内の移動であっても大都市に足を踏み入れる際に通行許可証や身分証の確認を求められたり、複雑な手続きを求められることが少なくない。

 しかし非常事態が起きた際は入退場が簡易化されると習ったことがある。これは内部の人間をスムーズに避難させ、外部から労働者を呼ぶ為だと聞いていたが……中々こういった発想に至れないのは今まで平和な環境で暮らしてきたからであろうか。

 執拗に何度も答えを確認するアキに対し、環は頷いてやる。


「分かりやすく盗みに入られた例は少ないが、情報にも価値は有る」

「意外と泥棒って感じでもないんですね」

「場所次第では拠点や構造を調べることも出来るだろう。参加した以上、定例会議や報告会には参加義務が生じるが……」

「逆にそれさえこなせば自由時間ってことですね」


 いざそう言われると写真の中の素人達の姿が違って見えるものだ。時期的な問題もあり、防寒具としてコートを纏っている者達が大半とはいえ靴を見るとどう考えても戦闘に向かないような物が多い。走ったら転んでしまうような踵の高い物から、チェーンのような装飾の付いたものまで──何より武器が弱そうという点に尽きる。

 アキがイメージしていた火事場泥棒とはまるで目的が異なるようだが……それでも善意、或いは名誉の為に危険に身を投じる者は少数派らしい。

 ──何だか社会の嫌な所を知ってしまった気がするなあ。

 アキは手元の新聞記事をトレーの上に戻した。

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退廃都市の記録係 Theo @Theo_0

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