「正しい死因とは」

 以前、一人の戦闘員が死んだ。

 これはフェノム・システムズでは日常茶飯事だ。時間に差はあれど施設内で死亡した生命体は短期間で蘇生するのだから誰も気に留める必要が無く「死体」は医務室に運び込まれるのが一般的だ。運搬の途中に身体が修復し、休む間もなく仕事に戻る者もいれば数十分置いてから修復する者もいる。

 ──個人差はあれど、誰も死なない。社内にいれば誰も死なない。

 具体的なメカニズムこそ誰も知らないが職員達は入社時に「正しい死因以外で死ぬことが出来ない」ということを知らされている。就業条件にも含まれ、職員達はそれを福利厚生の一環として受け入れていた。しかしながらこの国において再生技術というのはそれほど珍しいものではない……だからこそ誰も気に留めなかった。

 外勤の職員であってもリンクデバイスという機器が支給され、それを見に付けている限りは社内で死亡した時と同様に「再生」の恩恵を受けられる。故に施設の内外でどのような職務を任せられても恐怖に駆られる職員は稀であった。


「いつまで経っても目覚めない人間がいる。リンクデバイスの動作異常か?」


 そして今日、一人の戦闘員が死んだ。

 そうして医務室に運ばれたはずの戦闘員が、何故か研究棟に運ばれてきたのだ。

 施設内で戦闘を行った際、呆気なく死亡した。これ自体はよくあることだ。環もそのこと自体は気に留めなかったが、普段であればとっくに修復しているはずの人間がいつまで経っても息を吹き返さない現状に疑問を感じた。

 ──環は今正にその疑問を代表フレデリークにぶつけているところであった。


「蘇生限界か、だからここへ運んだんだね」

「条件?どういうことだ。死者を蘇生させる能力ではなかったのか」


 環は以前、フレデリークに連れられれてある変異体と対面していた。

 かつての自分の親友──ウロボロスと名付けられた変異体。巨体の龍の姿をしたそれは施設の地下に安置され、常に施設全体に『再生能力』を行き渡らせているという。死者が再生する、という例の就業条件はこのウロボロスによるものだ。

 暴れるわけでもなくただ眠っているだけだからある意味では再生装置と言っても過言では無いのかもしれない。


「条件外の『死因』を持つ者にはウロボロスも力を貸さない」

「正しい死因であれば死なないのだろう」

「それはそうだ。ウロボロスの能力は異星兵器や変異体の影響を受けた場合のみ蘇生を可能にするという特殊なもの。完全ではないが、ここで働くならば十分……さて君はどうして彼が不審死したか気になっているんだね?」


 台の上で職員は冷たく固く変質していく。肉体が死を迎え入れたのだ。

 フレデリークは「後で遺族に連絡しないとな」と言い、軽く台の淵を指でなぞった後に天井の薄暗い照明を見上げて話し出した。

 環はウロボロスの能力を知っている──親友の願いを知っている自分には何となく分かった。彼女は人類に不老不死を齎したいわけではなく「不審死からの解放」を望んでいたのだ。星間戦争が始まる前の人間が普通に生き、一般的な死因で死んでいた時代……それを彼女は「人生をやり直す」という方向性で叶えた。

 環の推論は大方正解のようだ。自分以上にウロボロスを知っているであろうフレデリークが、環の思考をなぞるようにして語ったことが全てだろう。


「ウロボロスは並行世界の同一人物の肉体を「転写」する形で蘇生を行う。これにより、死亡した人物の「記憶」を完全に保ちつつ、新たな肉体を持って復活させる。このため、肉体の損傷や変化も復元される形で回復している」


 フレデリークは人差し指を立て、一つと数えた。

 ウロボロスのメカニズムについてまでは考えが及ばなかった。並行世界にまで干渉する能力はこの国の何処を探しても存在しなかったはずだ──フレデリークは続けて蘇生した人間の記憶に矛盾が生じる場合が有ること、身体的に小さな差異が生じる事とを話した。

 蘇生した職員の脳を調べることでその世界の情報を断片的に引き出し、並行世界の存在を確信したのだそうだ。環にとっても信じがたい話ではあったが、変異体の能力は未知数だ。環は一先ず彼女の説明を受け入れた。


「ウロボロスの力には「蘇生回数の限界」がある。回数を超えるとその人物の存在は並行世界にも影響を与え、宇宙全体に存在の不整合や矛盾を生じさせる。これにより一定回数を超えた後、蘇生は不可能となり、対象者は不可逆的な死を迎える」

「……宇宙の抑止力とでもいうのか?」

「そこまでは。サンプルが増えればより真相に近付けるだろうな」


 ──蘇生する度に並行世界の個体の記憶や意識を死亡した個体で上書きするプロセスが行われるが、回数が増すごとに微妙な差異や矛盾も生じやすくなる。最終的には並行世界の同一性が崩れ、蘇生が不安定になるのだろう。

 殉職した職員は他にも複数存在する。彼等の死について遺族が疑問を唱えることは無かった。この国において仕事で死者が出ることは珍しくない。大企業であれば尚更犬死ではなく名誉の死。そして多額の手当ても渡しているはずだ。

 中には遺体の引取を拒否する遺族もおり、その場合にはフェノム・システムズが「処理」を名目に研究棟で預かっているのだという。先ほどの脳の検査といい、死体にもまだ何らかの使い道が残されているのだろうか。

 環は何とも言えない感情になった──この国における技術というものはどれも碌でもないと思っていたが、人間から生ずるものも例外ではなかったのだ。

 それを利用する人間にも、強情な親友にもかけるべき言葉が見つからない。


「これは不審死ではない、と」

「自身の蘇生能力の限界に起因する自然消耗や「内的な崩壊」が原因だ。蘇生限界に達した際の死は外的な力によるものではなく、ウロボロスの能力が尽きた結果に過ぎない。異星人の兵器や外的要因による死と異なり、記録上も自然な死として扱われる」


 ──但し、外見的には突然の崩壊や停止が起こるため、不審死に似た謎めいた現象に見える可能性はある。その場合、調査や解剖の段階で「蘇生限界」由来であることが判明するだろう。

 親友は人間に自然な死、そして自然な生をを求めていた。そして人間らしい人生を謳歌させるため、どういうわけか並行世界から肉体を用意し、蘇生に見せかける……といったある意味では「強引」な手法を選んでしまった。その結末は崩壊だ。フェノム・システムズから離れれれば恐らくその輪から逸れることは出来るのだろうが、恵まれた仕事先を手放す人間は早々いないだろう。

 もしこれを誰かに伝えたところで、彼等がここを出て行くビジョンが見えない。

 皮肉なものだね、とフレデリークは呟いた。



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