第47話 変異体対策講習

 ある日、環は社内の講習に出席していた。

 主に戦闘に携わる正規職員に向け「不審死と変異体」についてを学ばせる目的の下、定期的に開催されているという。 フェノム・システムズには講義室のような広いフロアがある。講演や講習が行われる際に度々使用されているというが、大半の職員にとっては無縁のフロアだ。

 講師になるわけでもないというのに非正規職員の自分が何故講習への参加を義務付けられているのだろうか……一種の当てつけのようにすら思える。

 早い時間帯に来たこともあり、まだ最後列の席も空いているようだ。興味のない講義の類はなるべく後ろの席で受講するに限る。同じことを考えていたのだろうか、最後列に座る見知った顔がこちらへ手を振った──ロラだ。彼女もこの講習に参加しているらしい。ロラは環を隣の席に招いた。


「環さん、講習は何度目?」

「覚えてない」

「本当に興味無いんだね……私も無いけど。新卒は必ず受けるとして、後は数年おきなんだよね。私は二回目」


 環はロラと他愛もない会話を続けた。あの変異体をやり過ごした後も変わらずロラはアキと環が働くフロアで警備を続けているそうだ。とはいえ異変が起きることが稀であるため、近くで働いていても彼女と顔を合わせる機会は少ない。

 そうこうしているうちに部屋に他の受講者が集まってきた。そうして全ての席が埋まり、予定時刻になったと同時に会場の照明が消える。

 ──講習映像が始まる。静かな無機質な音楽が流れ、白い画面に「不審死・変異体・能力者の基礎」という簡素なタイトルが映し出された。昨年と同じ内容なら講習は音声のみで進行するだろう。

 講習映像自体は何度も見せられているため内容は知っているのだが、それでもこの無機質な感じはどうにも苦手だ。


「第1章: 不審死とは何か。不審死とは多くの場合、外傷無しで突然死を迎える現象を指す。我々の研究によればその多くは対象の強い願望が異星人兵器の作用と結びつくことで引き起こされていると推測されている。この兵器は意識せぬうちに肉体や精神を蝕み、突然の死へと誘う。記録にある症状としては身体の異常な変色や火傷、もしくは不可解な内部損傷などがある」


「不審死が発生する前に兆候を示す者もいるが、これも個人差が大きい。そのため、職員各位は、通常の事故死と区別がつかない場合にも即時報告を行うことが求められる」


 会場内は静かだ。隣のロラは眠そうな顔でスライドを見つめている。時折持参のルーズリーフに絵を描いていたが、環の視線に気付くとロラは腕でそれを隠した。

 流石と言うべきか。「不審死した人間」の例を何枚も見せられても会場内の受講者は微動だにしない。恐らく新卒であろう職員達が若干ざわついた程度だ。彼等の仕事内容からすればこれぐらい日常茶飯事なのだろう。

 映像は数秒間の沈黙の後、画面が次の「変異体」の章に切り替わる。


「第2章: 変異体の性質。変異体とは強い願望によって肉体や精神に異常が生じた存在である。彼らは異星人の兵器による影響が最も顕著に現れた例であり、人間を超えた形態や力を持つことが多い。彼らの中には知性を残している者もおり、会話が成立する場合もある。しかし通常の人間社会に適応することは不可能で放置すると急速に暴走や異常な行動を引き起こす。少数ではあるが、人間以外の知的生命体が変異した例も存在している」


「変異体の一部はフェノム・システムズ内に保管されている。対応する際は必ず冷静さを保ち、指示を受けた場合を除き直接的な接触を避けること。また彼らに対しては対話可能な場合には無闇に刺激せず、監視を続けることが推奨される」


 スライドには複数の画像が並んでいる。中には今正に人間から別の存在へ羽化しようとしているもの、この施設ではお馴染みの「行進」の画像も含まれている。

 環がちらりと横を向くとロラの横顔は恐怖や驚愕といったものではなく退屈の滲んだものであった。視線はスライドに向けながら、器用に右手でペンを回している。

 日々現物と出会う人間達からすれば見たくもない顔を見せられているようなものなのだろうか。

 ──更に短い沈黙があり、画面は「能力者」の章に切り替わる。

 

「第3章: 能力者の概要。能力者とは異星人の兵器や未知の影響を受けながらも自己の肉体や精神を制御できる存在を指す。変異体との違いは彼らが持つ異常な力を自分の意志で扱える点にある。能力の内容は多岐に渡り、炎や冷気の操作、物質の変換など多彩だ。能力者は通常の人間と見分けがつかないが、その力は重大な脅威ともなり得る」


「彼らは変異体とは異なり一見して無害であるが、感情が高ぶるとその力が暴走する可能性がある。したがって能力者に対しても慎重な接し方が求められる。万が一の際には我々の施設で研究・管理する手段も準備されている」


 隣でロラが「芸能人にもたまにいるよね」と呟く。

 変異体とは異なり、内容によっては大企業で高給取りになる者もいる存在達……環の友人の写真がスライドに掲載されていた。未来視を扱う友人は組織に所属し、一躍有名人になった。一般的には「未来視」で知られている彼女だが、真価を発揮するのは確定している過去を視ることだと環は思う──実際、一度世話になっている。

 しかしながら能力も万能ではなく彼女の場合は意思に判して流れ込む情報量から生活に支障を来し、精神的な治療を受けていた。

 ──沈黙の後、画面は「再生」の章に切り替わる。


「第4章: リンクデバイスによる再生。リンクデバイスは各職員が異星兵器や変異体の影響を受けた際の安全性とフェノム・システムズによる支援を確保するための装置です。戦闘職員や調査職員は現場でのリスクが大きいため、このデバイスを用いて『蘇生システム』とのリンクを確立し、万が一の際の蘇生支援を受けることが可能です。」


「デバイスは小型かつ耐久性に優れ、日常業務で支障なく使用できるよう工夫されています。身体に負担がかからないよう、通常は胸部や腕などに取り付けられ、耐熱・耐衝撃機能も備えています。異常な状態を感知した際には自動的に記録が開始され、本部へ即時にデータが送信されます」


「但し注意点としてこのデバイスがあるからといって、全ての場合において蘇生が保障されるわけではありません。特に、部における作戦では通信障害や異星兵器の影響でリンクが不安定になる場合があり、異常が感知されても迅速な対応ができないケースもあります。そのため常にデバイスに依存せず慎重な判断をもって行動してください」


「万が一、リンクデバイスが損傷した場合はただちに本部へ連絡し、必要であれば交換を申請するように。またデバイスは強力なセキュリティが施されていますが、紛失や外部への漏洩がないように取り扱いには十分注意を払ってください」

 

 音声が今までの無機質なものから柔らかい声質──研究職員による語り口へと変更された。環はこの声の主を知っている。性格から察するにこの録音にはあまり乗り気ではなかっただろうとコレを聞かされる度に思う。

 蘇生システム──ウロボロス、環のかつての親友だった存在。職員達の多くはその存在を知らず、単なる「正しい死因以外での死を防ぐ蘇生システム」として扱われている。ロラの階級ではその大本の事は知らないだろう。

  これは「正しい死因以外で死ぬことが出来ない」の実践だ。以前までは外勤の職員──社外で調査や戦闘を行う職員達にはそれらが適用されなかった。今思うと恐ろしい話だが、ウロボロスによる恩恵を受けられなかった。それを戦闘員の消費を抑えたい一心で効果を遠隔で付与する装置まで作ってしまうのだから恐ろしい。

 ロラの左腕にも「実物」が光っている。肩や腕、胸などに簡単に固定できるようなクリップ式であり、彼女の場合は腕時計の要領で巻き付けているようだ。

 視線に気付いたのか、環は暗闇の中でロラと目が合った。ロラはスライドに控えめに指を差すとひそひと小声で環に話しかける。


「ねえ、思ったんだけど。なんでこれ内勤の人にも配るんだろ。施設の中にいれば即座に蘇生するでしょ?……こんなの配るだけ無駄じゃない?」

「一回施設から何㎞も吹っ飛ばされて死んだ奴がいるからな」

「それ本気で言ってる?」


 ロラは呆れとも絶句ともとれる表情でぽかんと口を開けたまま固まった。

 後から次第に笑いが押し寄せてくる──冗談にしては洒落にならないことを真顔で言うものだからロラはつい吹き出しそうになった。

 ──講習映像が兵器および不審死の項目に移る。



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