ダンジョンアタック自衛隊 後編

 知っている人が死んだ。


 それはとても悲しい事であるが、俺は自分で無くて良かったという事を考えてしまう。


 俺は今士長のように誰かの為に金が欲しい訳では無い。


 自身が不自由の無い生活をする為に金が欲しいというごく一般的な金銭欲でしかない。


 今士長は確かに足を引っ張り続けたし、鈍臭くて周りからも馬鹿にされていた。


 それでも最後の瞬間まで自分では無く家族の為を考えられる人はそうそう居ないだろう。


 俺はここぞという場面で自分の命を優先してしまわないか···そんな嫌な感情が出てくる。


 ダンジョンアタックから16時間···湧き水が川の様になっている場所に陣取り、仮眠を取ることとなった。


 背嚢から寝袋とマットを取りだし、地面にマットを敷き、寝袋で横になる。


 疲れからか直ぐに意識を手放すことができた。


 そこで俺は夢を見た。


 何処かの体育館の様な場所で、スーツを着た男性が俺に問いかけてくる。


『なぜ自衛隊を志したのですか?』


 あぁ、自衛隊に入る時に行う面接の場面だとそこで気が付き、俺は当たり障りの無い言葉を言おうと口を開こうとする


「何かになりたいからです」


 口が勝手に動いた。


『何かとはなんですか?』


 面接官が質問を続ける。


「今俺は何者でもありません。国防の意識も人を助けたいという心構えもありません。かと言ってやりたいこともありません。だから自身が納得のいく事をしたくて自衛隊に入ろうと思います」


 こんな言葉を俺は本当の面接会場では言っていない。


 これは夢だ。


 たぶん俺の本心なのだろう。


 面接官の顔を見ると俺が居た。


 スーツではなく戦闘服に着替えており、椅子に座り話しかけてくる。


『お前の本質は探索者だ。納得のいく行動を模索し続ける。常に迷いながら···時に間違い、立ち止まるが、最後は必ず前に進む···そんな人物だ』


 口が動く様になった。


 俺は目の前に座るもう一人の俺に語りかける。


「なぁ、俺は今正しい選択をしているか?」


『正しいか正しくないかは結果でしかわからない。思考を止めるな。活路は必ず存在するのだから』


「迷っても良いのか? 俗物の俺は容易に楽な方に転ぶぞ?」


『楽な方に向かうのならば、自衛隊何かに入らねーよ···俺にアドバイスだ』


『結局のところ最後に決めるのは自分自身だ。他人に頼るのも大切だが、それが正しいとは限らない。いいな』


 もう一人の俺がそう言うと視界が暗転し、目が冷めた。


 腕時計を見ると3時間ほど眠っていたらしい。


 体の疲れは完全に取れていないが、意識を臨戦態勢に切り替え、見張りを交代するのだった。







 ダンジョンアタック開始から24時間···ちょうど1日が経過した時に、俺達は3つ目の部屋に到着した。


 その部屋の前には他の部屋とは違い扉が付いている。


「ボス部屋」


 真田士長がボソリと呟く。


 扉は両開きで、押し込む事で開きそうである。


 材質は石材で、灰色かつ重量感のあるそれは、入口にあった2体の像を彷彿とさせる。


 結局真田士長が危惧したゴブリンやコボルトが大量に居る部屋は最初の部屋だけであり、ゴブリンやコボルトの数は奥へと進むにつれて少なくなっていた。


「真田士長、仲山士長両名は扉を押せ、開いた瞬間に動く物が居れば鶴田士長、射殺しろ」


「「「了解」」」


 鶴田士長が三脚を立て、射撃姿勢を取ったのを確認すると、俺と真田士長は石の扉の前に立ち、頷いてタイミングを合わせ、扉を押し込んだ。


 扉はスッとスムーズに開き、俺と真田士長は転びそうになりながら扉を奥まで押し込んだ。


 扉が開くと中にはブヨンブヨンと動く軟体の物体が弾んでいる。


 スライムだ。


「撃てぇ!」


 田中2曹の号令に鶴田士長が機関銃を発砲するが、スライムは攻撃が全く効いていない様に思えた。


 スライムは青い液体の中にコアと思われる黄色い魔石で構成されており、弾丸は液体部分で全て止まっていた。


 銃が効かないという事実は俺達に衝撃を与えたし、スライムは転がりながらこちらに突っ込んでくる。


 全員が回避する。


 壁に当たったスライムはドンと音共に壁にくぼみができる。


 車···いや、トラックに轢かれるの同じ程度の威力に思えた。


「田中2曹! 当たったら死にますよあれ!」


「言われなくてもわかっている」


 鶴田士長の声に田中2曹はそう答える。


 背嚢を一時的に放棄して身軽になるが、それでも30キロ近くを装着しているので身軽な動きはできない。


 体力もじわじわと削られてくる。


 打開策が思い付かない。


 考えろ···何か必ずあるハズだ。


 ドンと再びスライムが壁に激突する。


 その瞬間スライムの動きが一瞬止まる。


「核だ! 核となる魔石を抜けば絶命するハズだ!」


 俺は今までゴブリンやコボルトが魔石を抜き取ることで絶命していた事を思い出す。


 その為には装具は逆に邪魔だ。


 テッパチ(ヘルメット)を脱ぎ捨て、銃や装具を外していく。


 全部の装具を外している間に他の隊員が俺の意図に気がついたのか、射撃を行い、音を立ててスライムの注意を引き付けてくれた。


 30秒···僅か30秒であるが、装具を外す時間がとても長く感じた。


 最後の装具を取り外し、俺は完全に身軽となった。


 ゆっくりと走り出す。


 スライムは走ってくる俺の音に気がついたのか対象を変えて、俺に突撃してくる。


 部屋は正方形、故に壁際を走ればスライムは俺を倒そうと転がってくる。


 全速力で壁に向かって走り、壁が目の前に近づいた瞬間に、壁を蹴りつけて向きを変える。


 スライムは壁に勢いよく激突して動きが止まった。


 俺はスライムの中に手を突っ込む。


 最初は水の様な液体に感じたが、魔石に近づくにつれて圧力がかかる。


 腕がギチギチと悲鳴を上げ始めている。


 それでも俺は腕を伸ばし、体もスライムに突っ込んで魔石を掴んだ。


 スライムが全身を尖らせてくるが、俺の全身がスライムの中に入っていた事で最後の攻撃は不発に終った。


 腕だけを思いっきり振り抜いて、魔石を体外に取り出すと、スライムの液体が形を保っていられなくなったのかドロリと崩れ落ちる。


「やったのか?」


 銃の効かない敵の呆気ない最後···俺は魔石を掴んだ右腕を見ると嫌な方向に曲がっていた。


 痛みは無い。


 ただアドレナリンがドバドバで痛みよりも興奮が勝っているのだろう。


 手からこぼれ落ちた魔石を左手で掴み、手のひらで転がし···そして自然と口に含んでいた。


 なぜ食べてしまったのか俺でもわからない。


 わからないが···食べなければならないと思ったから食べるのだった。







 応急手当をし、俺が休んでいる間に鶴田士長と真田士長が部屋の探索を行う。


 ダンジョンはこの部屋で行き止まりになっていることがわかった。


 その為、ボスを倒した事でダンジョンから出れるのかもしれないという希望が湧いてくる。


 田中2曹は入口に戻る判断を下し、帰路につく。


 本当に帰還できるのかという不安は皆ある。


 スライムがボスかもわからない。


 しかし、これ以上何もないのだから戻るしか無い。


 ボスを倒したからといってゴブリンやコボルトが居なくなったという訳でも無く、帰る最中にもゴブリン達と遭遇した。


 持ってきた弾薬は底をつき、更に俺は重傷、亡骸となった今士長も回収している。


 負担は最初よりも遥かに大きい。


 しかし、町田3曹が作った地図と格闘が得意な鶴田士長が矢面に立ち、入口近くまで戻ることができた。


 入口には宮永士長が壁に寄り添いながら座っていた。


「宮永士長···」


「田中2曹! 皆さんご無事で! ···今士長は?」


「···ここに居るよ」


 田中2曹は今士長が眠る血の付着した寝袋を指差す。


「···え? 嘘ですよね」


「宮永士長、本当だ。申し訳ないがリタイアしたお前と無事に会えた喜びよりも怒りが来ている···お前が居れば今士長は死ななくて済んだかと思うと···どうしてもな」


「すみません」


「···柳田3曹は」


 宮永士長は渦の方を指差す。


「出て行かれました。渦が再度出現した瞬間に···」


「嘘だろ!?」


 町田3曹が叫ぶ。


 俺達は信じられないという表情をしながらも宮永士長が1人で待っていてくれたという事で、怒りの矛先は柳田3曹に向かう。


 罵声がでそうになるのをぐっと堪え、田中2曹の指示で渦から外へと出たのだった。









 俺達はダンジョンから帰還すること成功した。


 訓練を受けた自衛隊員でも戦死する環境ということに自衛隊上層部はダンジョンの警戒度を上げると同時に、俺達が持ち帰った魔石は未知のエネルギーを多く含まれていることが判明したのだった。


 魔石1つで25メートルプールまでとはいかないが、大きめの風呂を沸かせるエネルギーを秘めている事が判明し、ダンジョンを閉じる努力よりも活用できないか議論が盛んに行われていると聞いた。








 ダンジョンから帰還した俺達の話をしよう。


 まずは任務から逃亡とも取れる行動をした柳田3曹は生き残った全員が上に報告をし、柳田3曹は敵前逃亡が適用されるか議論されたが、作戦任務の不服従とのことで約1ヶ月の謹慎及び、数ヶ月の減給処分となり、ボーナスや昇進速度の上昇の話は消えた。


 俺達の分隊には居づらくなった為か異動願いが受理され、翌年から北海道の北部にある駐屯地へと旅立っていった。


 宮永士長は戦闘職種からの移動を願い、会計科へと転属していった。


 彼は新しい職場で辛いながらも、訓練で培った忍耐力で活躍していると聞く。


 今士長は2階級特進で2曹扱いとなり、それに見合った遺族年金が支払われることとなった。


 今士長の葬儀には謹慎中の柳田3曹以外は全員出席し、今士長の母親が泣き崩れているのが印象的であった。


 勿論任務中の事故として公表しているので深くは言うことができないが、弟さんになんで兄貴が死ななくちゃいけなかったのかということを詰め寄られて何も言うことができなかったのは辛かった。


 鶴田士長と真田士長は数カ月後連隊長推薦で陸曹試験を突破し、陸曹教育を受けている最中だ。


 鶴田士長の体力も、真田士長の知識は今後ダンジョンを挑むには欠かせないし、成長した彼らならば良い陸曹になることができるだろう。


 町田3曹は2曹へと昇進の上で、田中2曹の跡を継いで分隊長となった。


 温厚だが、やる時はやる男になり、半年の訓練で引き締まった肉体の維持をするために訓練後も筋トレを続ける姿を見て、新隊員達は震え上がっていたっけ。


 田中2曹は幹部候補生として再教育を受けている。


 もう部下は失いたくないから、より上を目指し、指揮官としての能力を高めたいのだとか。


 陰キャボッチだった田中2曹は戦士として覚醒していた。


 それほど男前になっていた。


 そして俺は···









『日本人がこんな辺境に何か用か?』


「ああ、未知がそこにあるんだよボブ」


『ハハハっ! 未知か! それは良いな!』


 俺は魔石を食った事でか怪我は急速に治癒し、自衛隊員として過ごしていたが、その生活に魅力を感じなくなり、2任期の節目で自衛隊を辞めた。


 どうやらダンジョンに魅せられてしまったらしい。


 体がダンジョンに引かれるのだ。


 俺は自衛隊で稼いだ貯金で海外に渡り、秘境のダンジョンを巡っている。


 各地のダンジョンを攻略し、そこで回収できる武器や装具に身を包み、俺はダンジョンに今日も挑む。


 俺はダンジョンアタックという生きがいを見つけたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダンジョンアタック自衛隊 星野林 @yukkurireisa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ