ダンジョンアタック自衛隊 中編 2

 柳田3曹は宮永士長の肩を貸しながら入口の方向に進み、残りの俺達は奥へと進んでいく。


 隊列の先頭は俺に戻り、ゴブリンを倒しながら進んでいく。


 まだ1、2体しか現れてないので近接戦闘にて音を立てず、暗殺していく。


 既に返り血で俺の手袋は赤黒く変色し、悪臭を放っている。


 予備の手袋は持ってきているが、それも限りがあるので、この手袋を長く使わなければならない。


 お陰で小銃にも持っている部分に血が付着し、帰還した後の手入れは大変そうである。


 ゴブリンの死骸に近づき、胸を銃剣で切り裂き、手を突っ込むと、硬い物体がある。


 取り出してみると白く輝く石である。


 真田士長の言葉が正しければ魔石というらしい。


 取った魔石は町田3曹のダンプポーチ(腰に着けるペットボトルや小道具を入れる袋)に入れて回収する。


 回数を重ねる事にゴブリンの解体速度が上がっていき、10体目を解体する頃には1体3分で魔石の回収ができるようになっていた。


 俺が基本倒しているが、時折真田士長とスイッチして真田士長もゴブリンを倒していく。


 俺とは違い、銃床による打撃で脳挫傷を起こさせ、そのまま意識を失ったゴブリンの首を180度捻り、首を折って絶命させていた。


 真田士長曰く、銃剣も消耗品故に血で切れ味が徐々に落ちてしまう。


 今は斬るという行為ができているが、それもいつまで持つかわからないのなら、銃床打撃や石を使った方が良いだろうと言っていた。


 真田士長の言葉はもっともだが、格闘に自信が無い俺は引き続き銃剣を使わせてもらうことにする。







 ダンジョンに入って3時間、最初のポイントである広い部屋に出た。


 広い部屋は半径25メートル程の空間で、所々に穴が掘られている。


 機関銃手の鶴田士長を囲むように円形の陣を取りながら部屋の中央付近に進むと、無数の視線と足音を感じた。


「···30、いや50以上」


「射撃用意···来るぞ!」


 ギギギと音と共に穴という穴からゴブリンが湧き出てくる。


「囲まれる前に部屋の入口に後退する!」


 田中2曹の指示でゴブリンを射殺しながら部屋の入口まで後退し、鶴田士長が入口に集まってくるゴブリンやコボルトを機関銃でなぎ倒していく。


 通路の後方を真田士長が奇襲を警戒し、鶴田士長が撃ち漏らした敵を俺と今士長がまず倒していく。


 リロードのタイミングで田中2曹と町田3曹にスイッチし、絶え間のない射撃を行う。


 2マガジンを使い切ったくらいで動けるゴブリンとコボルトはいなくなり、ギギギと這いつくばりながら苦しむ者ばかりとなっていた。


「残弾確認」


 田中2曹の言葉に凄惨な光景で呆然としていたが、我に返り、俺達は慌てて弾倉の残弾を確認する。


 俺は残り全弾入った30発入り弾倉が3つと25発入った弾倉が1つ。


 他の隊員はもう少しあるだろうか。


 鶴田士長も空の弾倉を背嚢にしまい、死にぞこないを半長靴のかかとで肋骨を粉砕し、そのまま内臓も破壊する。


 気分が悪くなる作業だが、こうすることで肋骨に邪魔されること無く魔石を抜き取ることができる。


 踏み潰した衝撃で魔石が皮膚を突き破って体の外に飛び出すこともあり、その場合は解剖する手間も省ける。


 また、魔石を抜き取ると、ゴブリンやコボルトは必ず息絶える事をこの時確認することができた。


「56体···町田3曹どう思う」


 田中2曹は階級が次に高い町田3曹に意見を求める。


 町田3曹は少し困った表情をしながら


「申し訳ありません、私も多いとは思いますが···」


「···真田士長」


「私は多くは無いかと」


 真田士長は町田3曹とは反対の意見を言う。


「理由は」


「通路で10体、この部屋で56体ですが、部屋に無数にある穴が彼らの寝床だとするとあまりに数が少ないように思えます。部屋のあちこちにロボットの残骸や爆発した跡が残っているので間引きができていたからかと」


「···」


 田中2曹は右手を顎に当てて考え込む。


「となると更に奥へと進めば数が増える危険性が高まる···か。ここからは完全に未知の領域だが、脱出方法を模索しながらの探索となる。···覚悟を決めておけ」


 覚悟···それは死ぬ覚悟なのか、仲間が戦死するかもしれないという覚悟なのか、発破かける為の言葉なのか人生経験が浅い俺にはよくわかないが、俺の覚悟は決まっている。


 こんなよくわからない場所で死んでたまるか! 


 田中2曹は皆の顔を確認し


「それぞれの覚悟を胸に進むぞ」


 この場に居る5名は自衛隊員からこの時初めて自衛官になっただ。


 公務員から完全な武官···戦士へと昇華することができたのだ。


 突入から4時間、俺達は最初のポイントを突破した。









 通路の途中で交代をしながら10分間の小休止を取っていた。


 カロリーメイトを1本食べ、残りは袋にしまい、水筒の水を飲む。


 緊張が少し解れた気がした。


 町田3曹はこの時間で簡単な地図を作製している。


 コンパスは磁場が狂っているのかゆっくり時計回りに回転しているため使い物にならないが、町田3曹は曲がった回数や角度を大まかに割り出して描いているようだ。


 ちらっと見たが、ちゃんと地図になっているし、気になる部分、ゴブリンと戦闘をした箇所も印が付けられていた。


「交代だ」


 鶴田士長が交代を告げて俺はその場を離れ、歩哨(見張り)に出る。


 薄暗い洞窟であるが、気温は寒いわけでも暑いわけでもない。


 適温といえば良いだろうか? 


 ダンジョンの不思議な現象を考えだしたらキリが無い。


 ゴブリンから拾った石材で作られたと見られるナイフ···持ち手と刃がしっかりとしてある。


 斬る、突くという事には問題は無いだろうし、石材なのに想像の数倍鋭利だ。


 ロボットを繋いでいた導線を切断する程の強度と鋭さがこのナイフにはある。


 銃剣の予備として使えると、数本拝借して、背嚢に小さなベルトで固定しているが、長期戦闘となればこのナイフが命綱となるだろう。


「使いたくは無いがな」


 そう思いながらも見張りを続けるのだった。







 小休止が終わり、前進を再開すると再び部屋に出た。


 中央に祭壇が鎮座しており、青い篝火が8方向に置かれて祭壇を囲んでいる。


 祭壇には箱が置かれている。


 装飾された綺麗かつ場違いな箱に俺は違和感を抱く。


 俺だけではなく他のメンバーも箱を気にしつつもトラップや奇襲を警戒してなかなか動けない。


「···俺が行きます」


 そう言ったのは今士長であり、今士長を先頭に陣形を変えて進んでいく。


 今士長は箱の前に立ち、ゆっくりと開けると、中から勢いよく何かが飛び出してきた。


 瞬時に反応できた今士長は銃を突き出し、その物体を受け止めた···かに思えた。


「今士長!」


 今士長は銃で確かに受け止めていたが、次に来た攻撃を避ける事ができなかった。


 バン


 大きな銃声が田中2曹の銃から放たれた。


 弾丸は今士長の真横に居た物体に直撃して地面を数回バウンドして転がっていく。


「今士長! 無事か!」


「···助かりました。田中2曹」


 田中2曹の咄嗟の判断で今士長は生き残ることができ、転がった物体を見ると大きな頭と口、それに鋭利な尻尾を持つ悪魔としか言いようが無い生物が緑色の血を流して死んでいた。


「ミミック」


 真田士長がそう言った。


 箱に擬態するのではなく、箱が開くのをじっと中で待ち、開いた瞬間に飛び出して対象を喰らう。


 防がれたとしても鋭利な尻尾による攻撃で対象を切断しようとする狡猾さは恐ろしく感じる。


「あれがボスか?」


「恐らく違うと思われます」


 田中2曹の問いに俺が答える。


 部屋の奥を見ると蛸壺のような容器からこっちをじっと見る視線や、ガラクタの様な箱からも気配を感じる。


「···再び今士長と同じ事が起こった場合助けられるとは思えない。放置し、進むぞ」


「田中2曹、ここの篝火で肉が焼けますが···」


「···今は辞めておこう。必要以上にリスクを取る必要は無い」


 真田士長の意見具申を却下する田中2曹は今士長が先程の箱の中を覗いていることに気がついた。


「何かあるのか今士長」


「町田3曹···これは···ロットでしょうか?」


「宝石の付いた杖?」


 町田3曹が箱の中から杖を取り出すと杖が仄かに光った様な気がした。


「ただの杖のようだが?」


「ファイヤーとかアイスとか叫んでみては?」


「ファイヤー! こうか?」


 杖はうんともすんとも言わない。


「一応回収しておくか···しかし、大きいな」


 町田3曹は杖を背嚢に固定し、更に先へと進もうとした時、今士長が部屋から出て壁沿いに手をつくとカチッと音とともに床から槍が飛びだし、今士長の太ももを貫いた。


 崩れ落ちる今士長に田中2曹は直ぐにかけより、大量に出血している右大腿部の止血を行うが、太ももの大動脈を損傷してしまった事により、止血が不可能の事態に陥ってしまう。


「田中2曹···俺、死ぬんすか」


「大丈夫だ! 必ず止める! お前らも手伝え!」


 止血バンドで止血しようにも胴体に近すぎる為に血が止まらないし、上手く機能しない。


「無駄な事は辞めましょう。分隊長、俺は覚悟を決めています」


「馬鹿、あれは死なない覚悟の事だ。死ぬ覚悟ではない!」


「分隊長···いや、田中2曹、意識があるうちに伝えておきます。俺の遺族年金は必ず親に届くようにしてください」


「弱気になるな! 必ず止める!」


「田中2曹! 狼狽えないでください。なぜだが熱いだけで痛みが無いんです。血を流し過ぎました。もう俺は助かりませんよ···迷惑ばかりかけてしまい申し訳ありませんでした」


 田中2曹はなおも止血しようとするが、俺と鶴田士長が羽交い締めにして引き離す。


 町田3曹が今士長に近づき、言葉を聞く。


「半年間···いや、自衛隊に入ってから教育隊でも、部隊でも迷惑ばかりかけてしまい申し訳ありませんでした。···でも辞めるわけにはいかなったんです。俺には歳の離れた自慢の弟と妹が居ます。うちの家計じゃどっちかしか大学に入れてやれません。なので辞めるわけにはいかなったんです」


「6回も陸曹試験に落ちて皆から馬鹿にされても金が欲しかった。自衛官としては失格かもしれませんが、俺の自衛隊で働く理由はそんなもんです」


「あぁ、でも···覚悟を決めたのに···死ぬのは···やっぱり怖いなぁ···」


「かあ···さん···」


 今士長はそれを最後に意識を手放した。


 俺は今士長のドッグタグを回収し、敬礼をする。


 田中2曹や町田3曹、真田士長、鶴田士長も彼に敬礼をし、必ず遺体をご家族の元に連れ帰ると言い、今士長の寝袋に彼を包んで壁際に背嚢で隠れるようにしておいた。


 トラップの事を頭に入れながら俺達は先に進む。

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