ダンジョンアタック自衛隊 中編 1

 営内の中での休みというのは自由な時間がある反面、外出できないので少し退屈でもある。


 まず初日は泥のように眠る。


 疲れ切った体を癒やすために眠り続ける。


 起きたとしても食事をしたり、喫煙したり、風呂に入ったりといった最低限のことしかやる気力が湧いてこない。


 俺も喉が乾いたから自販機に飲み物を買いに行くために起き上がった。


 ドアを開けると隣の部屋で生活している同じ分隊員の真田士長とバッタリ会い、一緒に自販機に向かうことになった。


 基地によって様々だが、営内に自販機があるところや、自販機近くが多目的スペースになっている駐屯地もある。


 俺等のいる駐屯地は外に自販機が纏っている感じだ。


 自販機エリアの近くは何も無く、秋の終わりで雪が降りそうという時期もあり、長居する人は居ない。


 俺はペットボトルでデカ目のバナナオレとイチゴオレを、真田士長は缶のエナドリを数本購入し、深緑色の手提げカバンの中に入れて足早に営内に戻る。


 まだ勤務時間ということもあり、他の隊員は営内に居らず、多目的スペースのソファーに腰を掛けた。


「仲山士長、今回の任務をどう思う?」


「どう思うとは?」


 エナドリとバナナオレをそれぞれ飲みながら今回の任務について話をする。


 誰かが洗濯機を回しているため会話の声も聞き耳しない限り聞こえないだろうと判断しての会話だ。


 他言無用の極秘事項であるが、真田士長は話すことで任務を理解したいらしい。


「調査対照【甲】···門ってあれだよな。ダンジョンだよな?」


「まぁそうでしょうね。真田士長の方がそういうのは詳しいのでは?」


「確かに詳しいけどうちの部屋のメンバー皆寝てたし、話し相手になってくれや」


「まあ良いですけど」


「まず確認だ。極秘事項故に資料の持ち出しができなかったが、ダンジョンの調査の記録は覚えているか?」


「ええまぁ、任務の目的は内部の生物の駆除でしたよね?」


「あぁ、こういうダンジョン物のお約束で駆除をしないとスタンピードを起こすってのが定番だからな」


「スタンピード?」


「スタンピードってのは本来の意味だと恐慌状態の動物が同じ方向に動く様子を言うんだが、ダンジョン等の作品だと、ダンジョン内部の生き物が外部に出て、町を襲うことを意味する」


「そんな事が起これば隠してきた政府や県、市のお偉いさんに警察、そして自衛隊がマスコミに叩かれそうですね」


「あぁ、目に付いた動く物を道具を使って攻撃する···そして彼らの独自の言語で行動を行える···ヤベー奴なら共存を提案しそうだな」


「ゴブリンはともかく、コボルトは二足歩行の犬ですからね。飼いならそうという者が出てきてもおかしくありませんね」


 上層部から開示された情報だとダンジョン内部は入り組んでいるが、一定の距離に部屋と呼ばれる広い空間が存在するらしい。


 ロボットだとその部屋を出る前にゴブリン達により破壊されてしまっているが、更に奥があることも音響探知で判明している。


 その仮に最初の部屋までは道なりで1kmほど···俺達はその奥の調査も任務に入っている。


「ゴブリンやコボルトの耐久性は犬と同じ程度らしい。だから銃は効く。回収された死骸の中には心臓の横···ちょうど胸の中心に小指程度の石が存在したとも書いてあったな」


「よく覚えてますね」


「ファンタジー作品だと大抵魔石って言われる者だがな」


「なにかに使えるんですか?」


「そこまでは開示されてなかったが、ファンタジー作品あるあるだとエネルギーの原料にされたり、魔法の触媒にされたり···とかあったな。スキを見てその石を食べてみたいな」


「狂ってますねぇ真田士長」


「ゴブリンを食べる作品とかもあるんだぞ? 基本不味いらしいが」


「遠慮したいものですよ」


「中国だと猿脳を食べるところもあるくらいだし、ゴブリンやコボルトもいけるだろ」


「なんか狂犬病とかに当たりそうで俺は嫌ですが」


「あー、狂犬病って犬の肉でも感染するの?」


「生だと駄目なんじゃないですか? 焼けばウイルスは死滅すると思いますが···そこまでして真田士長は食べてみたいんですか?」


「オタクとしてやれることはやりたい。···俺はこれがたまたま最初の事例であって、今後増えていくと思うんだよ」


「ダンジョンがですか?」


「気が付かないだけで世界にはもう幾つかあるのかもしれない···だってそうだろ? 日本みたいな島国にあるなら、他の国にもきっとあるし、発見されたらまずは秘密にするだろ。他国を出し抜く為に」


「あー、確かにそうですね」


「ダンジョンの定番だと部屋が1つってのはあり得ない。ゴブリンとコボルトという2種類の生物が増殖しているのも自然増殖だけなら共食いで一定数で落ち着きそうだが、奴らは協力してロボットに襲いかかってくる」


「ダンジョンが産み出しているってことですか?」


「俺はそうなんじゃないかって思っている」


 真田士長はエナドリを飲み終わったのか2本目を開けている。


「真田士長が考えるダンジョンの定番の構造ってなんですか?」


「ボス部屋が一番奥にある。それか宝物庫···で、道中にそれを守るための部屋が幾つかあるって感じじゃないか? もしくは不思議なダンジョンみたいにボス部屋が無いパターンもあるが」


「不思議なダンジョンというとダンジョンの内部構造が変わる···みたいなことは今回のダンジョンでは無さそうですね」


 音響探知を実施しているため、構造に変化があれば直ぐにわかるが、それは無いと報告されていた。


「それは救いだよ。俺マッピング苦手だし」


「あとは···無線が使えないのが痛いですよね」


「だな。もし奥に進んだ場合道が分かれていたら分かれて進むという選択肢が取りにくいのが難点だな」


 これは田中2曹が話していたが、もし道が分かれていたら場合偵察を行い、先に進むことが決まっていた。


 偵察するのは階級が低いが、新隊員ではない俺と真田士長になる。


 同期の鶴田士長と新隊員の宮永士長は機関銃手であるため、偵察から外されているからだ。


 俺もバナナオレを飲み終わり、イチゴオレのボトルを取り出す。


「真田士長が一番恐れていることってなんですか?」


「銃が効かない敵と遭遇した場合だな」


「そんなの居るんですか?」


「ゴブリンやコボルトが居るんだからファンタジー的に考えたら···スライムとかゴーレムとかか?」


「スライムって最弱のモンスターって記憶があるんですが?」


「大抵の作品だとな。ただ物理攻撃無効って場合がある。そうなった場合弱点を突かないと俺達が死ぬんじゃねぇかな」


「俺はまだ死にたくないですよ真田士長」


「俺もだ。来月から始まるクリスマスガチャを引くまでは死ねねぇな」


「好きですねぇソシャゲ」


「悪いか?」


「いえ、ぜんぜん」


 イチゴオレを半分程飲んだ所で俺と真田士長はそれぞれの部屋に戻った。


 部屋ではベットの上で田中2曹がゲームをやっている。


 どうやらジャンルはダンジョン物らしい。


 柳田3曹はTRPGのルールブックを読んでいる。


 こちらもダンジョンとかが書かれていたりする。


 今士長は···相変わらずだな。


 マイペースにホームドラマをスマホで鑑賞中だ。


 俺もベットの上で寝っ転がり、残りのイチゴオレを飲み干した後、スマホでダンジョンを検索する。


 皆一様に不安を感じながら3日間の営内休養は終わりを告げたのだった。











 装備品の点検を約半年お世話になったレンジャー徽章持ちの教官から受け、中隊長と大隊長、そして連隊長からお言葉をいただき、3トン半ハーフトラックに乗り込んで板山へと移動する。


 背嚢を含めれば60キロにもなる装備品を身に着けて山道を登ると、哨戒の自衛隊員が一部区画を封鎖している。


 挨拶を行い、封鎖区画に入ると石像が2体鎮座し、そこから禍々しい空間が広がっていた。


 田中2曹が


「本作戦は内部の生物の駆除及び内部構造の把握を目的とする。···それでは状況開始」


 禍々しい空間こと門に、まずは俺から入る


 次に分隊長の田中2曹、機関銃手の鶴田士長と宮永士長、その間に柳田3曹が入り、宮永士長の後ろに町田3曹、真田士長、最後尾に士長の中だと最年長の今士長で陸曹を挟むように行軍する。


 ダンジョンの中は薄暗い。


 しかし光苔と呼ばれる青く光る苔があるため完全な暗所というわけではないが、89式小銃の先端に皆自腹で購入したタクテカルライトで照らしながら慎重に進む。


 機関銃手はテッパチ(戦闘用ヘルメット)に装着したヘッドライトで光源を確保している。


 耳栓をしているが、時折ギギ、ギギギと不穏な音···いや声が聞こえてくる。


 先頭ということもあり、見落としがないように慎重に銃を構えながら進むと、動く影が視認できた。


 田中2曹が肩を叩く、田中2曹も目視できたようだ。


 弾薬の数は小銃手である俺達が180発、機関銃手の2人は背嚢に弾倉を追加で入れているので300発程。


 どの程度この任務が続くかわからないため探り撃ちといった行為をすることはサバゲーのように豊富な弾薬を持っているわけではないのでできない。


 本来であればやらないが、足元にある石を影の移動した場所に投げる。


 コン、コンコンと石が地面に当たる音が響き、ギギギと言う声が聞こえてきた。


 ライトを向けると道が右にカーブしており、声の主はカーブの奥に居るようだ。


 壁に俺は張り付き、ライトを消し、音を殺してカーブの奥を見ると緑色の肌、餓鬼のような膨らんだお腹、尖った耳と鼻、小学生くらいの大きさの生物が石を削ったナイフを持って左右を見渡していた。


 ゴブリンだ。


 ゴブリンの動きを注視しながら、後ろに控える田中2曹に接敵のハンドサインを送る。


 田中2曹は確認し、肩を叩く。


 攻撃の合図だ。


 俺は更に射撃の許可を求めるが、田中2曹はそれを却下し、近接での攻撃を命令した。


 確かに落ち着いて考えれば相手はこちらに気がついていない。


大きな音を立ててゴブリンが寄ってくる可能性もある。


息を吐きながら心を落ち着かせて銃剣を鞘から抜き、手に持ち直す。


音と殺気を殺し、背後から一気に近づき、顎を持ち上げて声が出ないようにし、首を掻っ切った。


 ゴプゴプと血液を口から吐き出しながらゴブリンはその場に倒れた。


 人型の生物を初めて殺したのに冷静な自分に驚く気持ちもあるが、邪念を捨て任務に集中する。


 もう一度石を投げ、周囲に敵が居ない事を確認してゴブリンの死骸を俺は回収する。


 これも調査に必要な任務である。


 ゴブリンの重さは思ったよりも軽く、30キロ未満と推測できる。大量に血液が流れ出した事も影響しているかもしれないが···


 宮永士長は死骸を見て顔を青くしているが、他の隊員は興味深そうにゴブリンの死骸を眺めている。


 俺は人間と同じ様にゴブリンの目にライトを当て、反応が無いことを確認し、確実に死亡したと事を田中2曹に伝える。


 田中2曹は


「町田3曹、仲山士長と共に一度来た道を戻り、ゴブリンの死骸を門の外に居る隊員に渡してこい。2名が戻り次第任務を継続する」


 と命令をした。


 いつもは陰キャオーラ全開で声も小さいが、状況中は見違えるほど頼れる分隊長である。


 この半年の教育で多分一番成長したのは田中2曹だろうなと考えながら、指示に従い、ゴブリンの遺体を町田3曹と共同で入口に運んでいく。


 来た道といっても500メートル程で、最初の部屋までもまだ半分の地点であるが、戻ってみると入口が壁で塞がっている。


「町田3曹、入った時はまだ禍々しい渦がありましたよね」


「···生物が一定数入ると閉まる仕組みか? 犬を中に入れた時はちゃんと帰ってきたと聞いたが」


「憶測ですけど外と繋がる物···犬の時は録画機材のケーブルが外と繋がってましたから、それで門が閉まらなかったのでは?」


「···進むしかできなくなった訳か」


「開くとしたら定番はボスを倒すことかと」


「···田中2曹に直ぐに報告をしよう。ゴブリンの死骸はここに放置しておく」


「了解」








 分隊に合流した俺と町田3曹は入口が塞がっていた事を田中2曹に報告する。


 話を聞いた田中2曹と真田士長はこの様なケースも想定していたのか冷静である。


 鶴田士長と今士長は動揺しているが問題なし···問題は真っ青から真っ白に顔色が変化している宮永士長と


「どうするんだ! 食料を切り詰めても1週間しか持たないぞ」


 と騒ぐ柳田3曹である。


「この様なケースも考えられただろ柳田3曹、あと声がデカい。状況中だぞ」


「しかしです田中2曹」


「我々は閉じ込められた。前に進むしか無いということだ。状況開始から約1時間と30分、全てが未知の空間だ。いちいち驚いていたら始まらない」


 真田士長が田中2曹に


「食料があるうちに試しておきたいことが」


「なんだ真田士長」


「ゴブリン及びコボルトの捕食が可能かどうかを試したいです」


「生で食うわけにはいかないだろ。火を起こす燃料はどうする?」


「着火材にコボルトの体毛を、問題は燃料ですが···」


 真田士長はおもむろに光っている苔を剥がし始め


「これ燃えませんかね?」


「苔だぞ?」


「見た感じ苔ですが、触った感じ水分が多いわけでも無いですし、苔の厚さも10センチ近くあります。乾燥させれば燃焼させることができるかもしれません」


「···真田士長、苔を集めておけ」


「田中2曹、あと、ゴブリン等の体にあるとされる体内の石···魔石と仮定しますが、それの回収も進言します。燃料になるかもしれません」


「そんな都合の良い事はあるか?」


「試すだけならタダですよ」


「わかった···真田士長の言うように、ゴブリンやコボルトの体内にある石の回収も行っていく···宮永士長? 大丈夫か」


 田中2曹が話している途中で宮永士長の様子がおかしい事に気がついた。


「···うぇ」


 急に吐き出し始め、地面に吐瀉物が落ちる。


「···宮永士長···お前、血が駄目なタイプか」


「···はい、申し訳ございません。田中2曹」


 血が駄目な者というのは少なからず居る。


 血液恐怖症といい、少量の採血や出血している様子を見ると意識を失ったり、体調に不調をきたしてしまう者のことだ。


 自衛隊員の適性検査に血液恐怖症の診断が無いためそういう者でも戦闘職種に割り振られてしまうことがある。


 宮永士長がまさにそれであったのだろう。


 見ると手が震えており、壁に寄り添って無ければ立っていることも厳しいのだろう。


「田中2曹、私が宮永士長の救護をします」


 そう言うのは柳田3曹で、進みたくないという意思が滲み出ていた。


 自己中心的な性格がここで表面化してしまう。


 半年程度の訓練では人の本質の補正はできないということだろう。


 田中2曹含め、今まで怒鳴られる事が多かった今士長は特に軽蔑した目で彼を見る。


 俺は柳田3曹が今士長をやたらと怒鳴る事の意味をここで初めて正確に理解した。


 決して今士長の為を思っての行動では無く、怒っている自分に酔っていただけだったということ、そして彼は集団生活や行動に本質的に向いていないということを···


「···わかった。宮永士長、背嚢の弾薬を俺に渡せ。駆除を目的とする以上、多くの弾薬が必要だ。柳田3曹は必ず宮永士長を守り通せ」


「了解」


 柳田3曹の顔に安堵が出ている。


 人の醜い部分を感じながらも、俺達は先に進むのだった。

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