第2話
光をこちらに向けてきている誰かは歩く速度が早まることが無かった為に、私達も急いで逃げ出してはいなかったが、それは闇の中で姿がよくみえてないからかもしれない。そう思い、既に背を向けていた湊に続き、私も背を向けようとした時だった。
「あんたら、こんなとこで何してる」
向こうの方から声をかけてきた。年配の、女性の声だった。施設の職員ならわざわざそんな尋ねてきたりはしない。少しだけ胸を撫で下ろした。
「ここで迷ってしまったんです。だから、その、怪しいものじゃないです」
「怪しいかどうかは私が決める。こんなところで何をしてるんだい? それと懐中電灯を私に向けんどくれ」
湊は向けていた懐中電灯の光を足元へと滑らせた。先程まで光に照らされていたその顔には幾つもの深い皺が刻みこまれており、ほつれた白髪の髪が渦をまくように肩の辺りまで垂れ下がっていた。以前施設の中で出会ったおばあちゃんだった。だが、言葉を交わす事が出来たのはほんの僅かな時間だった。施設の職員に見つかったのだ。私達はすぐに山の斜面を駆け下りた。
「湊、さっきのおばあちゃんの話……あれって、穴に呑まれた二人って」
背中で息をしながら呼吸を整えていた湊にそう問い掛けずにはいられなかった。
「新奈」
「あれって、亮太と愛莉のことじゃない?」
「新奈、やめろ」
「もしそうだとしたら……二人はもう、この世にいないって事」
「新奈っ!」
湊が膝に手をつきながらも、私に鋭い眼差しを向けてくる。
「二人はきっと大丈夫だ。あの二人がそんな簡単に死ぬはずない。それにさ……穴ってなんだよ。全てを呑み込む穴なんて、そんなもの現実にある訳がないだろ? あのおばあちゃんはどこかおかしかった。だから、きっと、幻覚か何かをみたんだ」
湊は諭すようにそう言った。ついさっきここで何をしているのかと尋ねた湊に、おばあちゃんは「私は言い伝えにある穴を守ってるよ」と言った。そしてこうも言ったのだ。
──数日前、ちょうどあんたらくらいの年の子が、その穴に呑まれたよ。二人
湊が周りに意識を向ける中、私はおばあちゃんの放った言葉を思い出していた。湊が言うように確かにあのおばあちゃんにはおかしな所があった。だが、私には嘘をついているようにみえなかったのだ。もしあの話が本当でそれが愛莉と亮太だとしたら、そう考えたら胸が張り裂けそうになる。
「おい、新奈っ!」
湊が私の顔の前で指を鳴らしていた。私は何度か瞬きをして「ごめん、考え事してた」と呟いた。
「また前みたいに白い部屋にいたのか? 頼むからお前まで変なこと言わないでくれよ」
「いや、ちょっと考え事をしてただけだから」
「そっか、とりあえず身体を休める場所を探さないとな。これから夜明けまでの時間が一番冷え込んでくる。このまま外にいたら俺たち凍死するぞ」
身体を縮こませている。私も少し前から身体の震えが止まらなかった。走っていた時には感じなかった肌を突き刺すような冬のつめたさが、今になって私達の身体を襲う。手足の指先の感覚はもう随分前から無かった。ずっと、走り続けることは出来ない。どこか。安全などこかで身体を休めないと。両手を貝殻のように組み合わせその中に息を吹き込みながら頭を必死に動かしていた時、ふっと思いついた。
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