第3話

 沙羅と二人で部屋の中で待っていると、あの紙切れに書かれていたおおよその時間から五分程遅れて湊が私達の部屋に入ってきた。


「じゃあ、思いついた計画を話す」と順に視線を配らせてから湊が言った。


「明日だ」

「えっ?」


 私も沙羅も声にもならないようなものが口から溢れる。計画を立てるというから、その為にも準備をすることが色々あって、それを実行に移すのなんてもっと先の話になるかと思っていたから面を食らってしまったのだ。


「明日って、そんな急に実行に移して大丈夫なの?」


 私が疑問に思っていたことを沙羅が口にしてくれた。


「うん。むしろ、もう明日しかないと思った方がいいと思う」


 いつになく真剣な表情で話し始めた湊の計画というものを、私と沙羅は時折疑問に思ったところは質問を挟みながら聞いた。そもそも、私と沙羅は自分達の出生元を辿れる──その対象すらも分からなかった。それが、三島の部屋の中にある黒いファイルだということは湊が教えてくれた。


「どうして湊は、そこに私達の出生元を辿る情報があるって知ってるの」と私が問い掛けると、湊はふっと微笑みながら、陽菜乃ちゃんのおかげかなと言った。


「ここ最近、俺は毎日一緒にいるだろ? 二週間くらい前にいつものように食堂の前で点呼があって、目の前の職員に俺が名前を告げた時だった。俺が抱っこしてた陽菜乃ちゃんがさ、陽菜乃にもみせてって言って職員の手にしていたファイルに手をかけたんだよ。そしたらそれが地面に落ちて、少しだけだけど中身がみえた。そこには俺の顔写真、名前、年齢、その下には何か一瞬だけだが出生記録っていう文字が確かにみえた。だから、明日職員室に忍びこんでそれらしいものを片っ端から調べて盗む」

「え、ちょっと待ってよ。計画ってそんな杜撰ずさんなもので大丈夫なの? 片っ端から調べるって、職員にみられたらただじゃ済まないんじゃない?」


 途端に声をあげた沙羅をみながら、私も全く同じことを考えていた。職員室の中には常に数人の職員がいる。その中を、誰に咎められることもなくファイルを探すなんて到底無理な話だろう。そんな私達の不安げな表情とはよそに湊は不敵な笑みを浮かべる。


「片っ端から調べるのは他にも俺たちの知らない何かがあるかもしれないからだよ。出生元のファイルは三島の部屋にある」

「なんで湊がそれを知ってんの?」

「前に外出届を出しにいこうと三島の部屋に入った時にそれをみたから。ファイルの色味や傷跡、それに俺には見せないようにと咄嗟に仕舞い込んだあの反応は間違いねぇよ」


 湊の瞳は自信ありげに部屋の照明の光を吸い込んだ。そんな湊に対して「でもさ、職員室を物色するのすら難しい話なのに、更にその奥にある三島の部屋なんて入れるの?」と沙羅が問い掛ける。


「だから明日なんだよ」


 湊は、私と沙羅に順に視線を配らせてから本当の意味での計画を話してくれた。


 クリスマス会当日は、子供達や職員も含め施設内にいるほとんどの人間が食堂に集まる。職員室の中には数人の職員が残っているだろうが、食堂から一番距離がある女子寮のある西館には誰もいないだろうというのが湊の考えだった。クリスマス会は午後六時から始まる為に、二時間程時間が経過し皆の意識が一番向いているタイミングで火災報知器を鳴らすということだった。


「その五分前には新奈と沙羅は職員室前にある女子トイレの中に入っていて欲しいんだけど」

「え、なんで?」


 沙羅が咄嗟に問い掛けた。


「火災報知器が鳴ると、職員達が子供達を一斉に外に誘導させるはずだ。二年前のこと覚えてるか? 東館の火災警報が誤作動で鳴った時あっただろ? あの時も職員達は馬鹿みたいに訓練通りに子供達を一斉に誘導してた。だから、その時に食堂の中にいるのはまずい」と言いながら、湊は取り出したメモ帳に長方形の建物を三つ書き入れ、その内の一つに西館と書き丸をつけた。


「午後八時きっかりだ。火災警報が鳴り始めてから、一分経ったらまず一人が女子トイレから出てくれ。その時に、もしかしたら職員室にはまだ職員が残ってるかもしれない」とそこまで言ってから、湊は沙羅に視線を送った。


「そこで沙羅、お前の出番だ。職員がもしまだ残っているようなら西館から子供達の声がしました。まだ残されてるかもしれないです。とか言って職員を全員外に連れ出してくれ」

「分かった。それは全然いいんだけど、なんで私なの?」


 沙羅がそう問い掛けると、湊が悪戯な笑みを浮かべる。


「お前が一番口がうまいから」

「あーなるほどね。おっけ、任せて」


 沙羅は納得した様子で、少しばかり胸を張った。


「で、その時なんだけど、もし職員がいないようなら沙羅は新奈を呼びに女子トイレに戻り、いるようなら中にいる新奈にも伝わるように出来るだけ大きな声をあげて連れ出して欲しいんだ」

「分かった。でもさ、湊は火災報知器を鳴らす為に西館にいるからまだ西館にいるんじゃないの? それって私と職員達と出くわさない?」

「あーそれは大丈夫。俺は秘密の通路を知ってるから。汚れるからちょっと嫌なんだけど」


 湊はあぐらをかいていた足を組み直してから、それから次は新奈だ、と私に目を向けてきた。私はその時、秘密の通路とは何だろうと考えていた。


「新奈は職員室の中に入ったら片っ端からファイルをみてくれ。俺たちの知らない何かがそこに書かれているかもしれない」

「三島の部屋の黒いファイルじゃなくていいの?」

「新奈が職員室に入る頃にはたぶん俺も合流してるから、それは俺がやる。職員室にいるならまだ言い逃れ出来るけど、三島の部屋の中にいるのは流石に言い逃れ出来ない。だからリスクが高いし、それは俺がやるよ」


 湊にそう言われるまで、私は事の本質というものを十分に理解出来ていなかったのかもしれない。見つかったらまずい、バレたらやばいかもしれない、そんな風に私が胸の内で考えた事はどれも抽象的で、実際に職員に見つかってしまうと自分がどんな目に合うのか全く想像することが出来ていなかった。言い終えた湊がメモ帳に目を落としながらいつになく真剣な表情でいる姿をみて、私には覚悟が足りていなかったのかもしれないと思った。


「計画は明日。午後八時きっかりに開始だ」


 湊の放ったその声が、頭の中で何度も反芻された。

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