第2話

 みじん切りにした玉ねぎを炒めてから、塩コショウで下味を付けて、ソースと絡ませる。それから既に焼き上がっているチキンの上にそれをかけると出来上がり。厨房に入るなり、職員の女性にそう言われた。今日の夕飯はチキンステーキのようだった。私は、配膳係の女の子が事前にサラダを盛り付けてくれているそのお皿の上に、先程職員の女性に言われたようにトレイの上に並べられた湯気の立ち昇るチキンステーキをトングを使ってのせ、炒めた玉ねぎとあえたソースをかけた。料理の品数が少なくて済む朝食と違って、おかずの品数が二品増える夕食は忙しい。たった二品にしか増えていないように思えて、数十人はいる施設の子供達全員分のそれを作るとなると、朝が優雅なティータイムのような落ち着きだとしたら夕食時は戦場になる。外に一歩でも出れば凍え付く程の寒さなのに、厨房の中で働いている女の子達はみんな汗だくだった。慌ただしく動き続けているせいもあるが、厨房の中では常に火が立っているのが一番の理由だろう。


「あっ、ごめん」


 私の隣で盛り付けたお皿を渡してくれる女の子が申し訳なさそうに言う。急ぎ過ぎたせいか手元が狂い、お皿に盛り付けたサラダを台の上に溢してしまっていた。


「いいよ、焦らないで。ゆっくりやろう。」


 私は笑みを向けてから、溢れた野菜を女の子と一緒に掻き集めた。そう、焦る必要なんてない。だって、と厨房の中からテーブルに座る男子達をみる。私達がこんなにも急ぎ汗を流す中、男子達は皆涼しげな顔をしている笑っている。少し前までは、これすらもおかしいとは思わなかった。物心ついた時から料理は女性がするものだと教え込まれ、それが当たり前だと思って生きてきたから何も思わなかった。でも、この数日でその当たり前が私の中から崩れてきている。名前の端にギリシャ文字が付くこともこの施設だけ。二ヶ月に一度必ず行われていた血液検査だってそうだ。じゃあ、女性が皆の食事を準備することだって、この施設だけのことではないのだろうか? そう思うと、腹が立ってきた。


 ふつふつと湧いてきた怒りが、私の手にしていた寸前までソースをかけていたスプーンを目の前に投げさせた。それは、付着していたソースを撒き散らしながら弧を描くようにして飛んでいき、男子達が座るテーブルの手前に落ちた。それに気付いた皆が一斉に私をみる。


「すみません。手が滑りました」


 感情を込めず、氷のように冷たく言った。何人かにはソースがかかったらしく、おいソースかかったよ。と言ってきたが、一向に私が目を逸らさない為に逃げるように私から目を背け、何事も無かったかのように仲間達と向かい合い馬鹿みたいに騒ぎ始めた。私は厨房から出て、スプーンを取りにいった。

このスプーンに、罪はない。拾い上げ、再び厨房に戻ろうとした時に、誰かに手を掴まれた。さっきの男子達かと思い、反射的に大きく身体を振り払おうとしたが無理だった。振り向くと、湊がいた。私の手のひらに小さな紙切れを、そっと握らせる。それから、言葉には出さなかったが湊が目配をしてきて、読んでみろと言われた気がして、私は手のひらを開き、その紙切れに目を落とした。


❲今日の夕食は、十分で食べて。計画を思い付いたから新奈と沙羅の部屋にいく。鍵を開けて、二人で待っていて欲しい❳


 読み終えて、顔をあげた時には湊はいなかった。

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