第三章 母の温もり

第1話

 クリスマスの装飾は、女がするものだと大人は言う。綺麗に作ってね。皆がその空間にいるだけで楽しめるように可愛くね。口裏を合わせたかのように、男性も女性も大人は同じことを言う。でも、誰がそんなことを決めたのだろう、と煮えきらない思いで、私は食堂の入口に置かれた作り物のツリーに装飾を施していた。私と共に装飾をしている数人の女の子に混じって、小さな子供達は男女関係なく楽しげに職員たちと一緒に飾り付けをしてくれている。でも、私と同じ年くらいの男子達はテーブルに座り、大きな笑い声をあげながらトランプをしている。それを横目にみながら、レースを巻き、銀色や金色の大きさは様々の小さな玉を固いプラスチックで出来た葉に結び付けていく。時折、上手く巻けなくてぷつんと糸が切れた玉は、からんと音を立てて床に落ちた。私は、それを拾わなかった。この施設の外で生きる女性達は、皆この理不尽な扱いに耐えているのだろうか。それとも、この施設の中だけで取り決められているルールなのか、私には分からない。私はこの小さな世界でしか生きたことがないから。


「綺麗に作れてますね。新奈は子供の時から本当にセンスがいい」


 頭の上から声が降ってきて見上げると、そこには三島がいた。いつもの、作り物の笑顔を向けられて、寒気がした。それと同時に、この笑顔を何食わぬ顔で今まで私に向けたまま、ずっと嘘を付いてきてきたのかと怒りも湧いた。


「どうしましたか? 私の顔に何か付いていますか?」

 抑えきれない怒りのままに、睨みつけてしまっていた。すぐに笑顔を貼り付ける。三島と同じように。

「いえ……なんでもありません。上手く出来てるかどうか分からなくて自信無かったんですけど、お世辞でも三島さんにそう言って頂けると嬉しいです」


 そう言うと、三島はうっすらと笑みを浮かべ、食堂の奥へと消えていった。


「新奈、はいこれ被って」


 振り向くと沙羅がいて、頭の上に先端にいくにつれて細くとんがった帽子をのせられる。おでこの辺りには白いふわふわが付いていて、残りの部分は真っ赤に染まったクリスマス仕様の帽子だった。


「なにこれ」

「なにこれって、毎年被ってるじゃん。明日は私達の誕生日会でもあるでしょ?」

「うん。だから、被るのって明日じゃないの?」

「まあ、予行演習みたいな感じ? 明日は私達が主役だし、その前に帽子の可愛さも確かめてる方がいいじゃん。あっちのテーブルにもう少し派手めなやつがあったから新奈はそっちの方が似合うかもね」


 今日は十二月の二十四日。明日の二十五日はクリスマス会であるのと同時に私達の誕生日会でもある。その帽子は、誕生日の人が被るという、施設のしきたりのようなものだった。私達の誕生日は、正確には私が十二月二十七日で、沙羅は二十九日だ。だが、この妖精たちの庭には、雪が降る日に生まれ、生まれたことすら忘れられて親に捨てられた子供達が集まっている。皆が冬の間に生まれているものだから、一人一人の誕生日の間隔も近い。その為、月の前半に生まれている子達は毎月一日に、後半に生まれている子達は毎月二十五日に誕生日会はまとめて執り行われるのだ。ふいに沙羅が腰を屈めて私に耳打ちをしてきた。


「さっき三島と喋ってたでしょ? なんか言われたの?」

「いや、なんかツリーに飾り付けるセンスがあるとか、なんかよく分かんないこと言ってた」


 私がそう言うと、沙羅はなにそれと言って吹き出すようにして笑った。


「計画は思い付いた?」


 私はそんな沙羅に向かって問いかける。沙羅は小さく首を横に振る。


「でもさっき薪割りしている湊と話してきたら、なんか思い付いたって感じだったよ」


 沙羅はそれだけ言うと、壁の装飾に戻っていった。私達が親を探そうと決意してから一週間が経っていた。自分達の本当の親を探す、という目的はあるしゴールもある。けど、そこまでの道筋が定まっていなかった。


 ──この施設は、狂ってるよ


 湊の言葉を思い出した。きっと湊の言う通りなのだと思う。一度不信感を持つ始めると、今までは当たり前だと思っていたことが全ておかしいことに気付いた。数日前、計画を固めようと暖炉の前のソファに座り、三人で知恵を出し合っていた時だった。その疑問すら持ったことが無かった私達に、湊は問いかけてきた。


「なぁ、おかしいと思ったことないか? 本に出てくる登場人物達の名前にギリシャ文字が付いているのはみたことないし、村の人たちがそうやって呼びあっているのも聴いたことないだろ? 身体測定はあっても血液検査まであるって教科書にも本にも載ってないし、もしそれがこの施設だけで行われていることだしら」


 そこまで言った所で、「ちょっと、そんな怖い話すんのやめてよ。今の段階で私達が分かってることって雪が降る日に記憶を無くすって事を皆に隠してたってだけでしょ?」


 沙羅はそう言ってから、私と湊に視線を滑らせて、あっ、という顔をする。それから申し訳なさそうに続ける。


「ごめん。今の発言はよくなかった。雪が降る日に忘れていただけの私と違って、新奈と湊はずっと孤独だったんだもんね」


 小さく頭を下げる沙羅に、私も湊も気にしないでと笑った。私には沙羅と湊がいるし、湊には沙羅と私がいる。私達は、もうひとりじゃない。


「じゃあ、言うね」と気を取り直すようにして沙羅が言う。


「雪が降る日に記憶を無くすって事を隠してたってだけでもひどいけどさ、その、さっき湊が言ってたようなことまでこの施設だけで行なわれてるっていうのは、さすがに飛躍し過ぎじゃない?」 


 言い終えてから、沙羅は私と湊を順にみる。少しの間、沈黙が降りて、暖炉の中からパチっパチっと不規則な、だが耳障りのいい音が鼓膜に触れる。


「じゃあ、確かめてみよう」


 その沈黙を破ったのは、湊だった。


「確かめるってどうやって?」


 私はソファの上に膝を立てて出来るだけ冷えないようにと身体を縮こませながら、言った。純粋な疑問だった。


「施設のすぐ近くには小学校があるだろ? 俺達の授業が終わってから外出許可をもらって急いでいけば下校中の生徒に出会えるかもしれない」

「会えるかもしれないって、会ってどうすんの?」

「会って、話して、確かめる」

 湊のその言葉に、沙羅が顔をしかめる。

「え、なにそれ。私達不審者に間違えられない?」

「もう、手段は選んでられないだろ」


 湊に押し切られる形で、私達は授業が終わるのと同時に外出許可を貰いにいき、小学校の校門の傍で下校してくる子供を待っていた。時刻は既に十六時を過ぎており、中々生徒は出てこなかった。三十分程待っていると、黒いランドセルを背負った一人の男の子が出て来た。私達はその男の子の元へと駆け寄った。


 結果、湊の予想は全て当たっていた。名前の端にギリシャ文字が付いてる子なんていないし、血液検査という言葉の意味すらその男の子は知らなかった。年齢の問題ではない。その男の子と同じくらいの施設で生きる子供なら皆がその意味を知っている。その時になって、私達は初めて知ったのだ。自分達が十七年もの間不思議にすら思わなかったことが、それが全世界共通の常識だと思っていたことが、施設の外に住む人達からしてみればそれは当たり前ではないということを。

 

 それからというものの、湊は焦っていた。一刻も早く親を見つけ出し、この施設から出なければならない。逃げないと。本能がそう訴えかけてきてるのだと湊は言った。きっと、湊は自分の為にだけやっているのではない。口には出さないけど、私はそう思っていた。私や沙羅、そして他の子供達。皆をこの嘘で塗り硬められた施設から助け出してあげないと、とその一心なのだろう。からん。指先から何かがするりと抜けて、音を立てて地面に落ちた。装飾の玉だった。その音にふっと我に返って辺りを見回す。ツリーの周りには、もう誰もいなかった。

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