第四章 もう一人の犠牲者

第48話

 ロニー達が、イーゴリの村から戻って三日が経った。

 ここは、旧レンストンにあるギルバート商会の二階会議室。ロニーとルパート、そしてクレアとトニー、ケネスとロージーが緊張の面持ちで座っている。

 ロニーが窓から外を見下ろすと、石畳の道路のあちらこちらに昨夜の大雨で出来た水たまりが見えた。周囲の店はまだ閉めたままだが、階下では店員達が忙しそうに駆け回り開店の準備をしているのが見える。

 空には灰色の雲が低く漂う。夏前とは言え、まだ朝なので涼しいがジメジメした空気は少々不快だった。

 外を見ていると、不意に扉がノックされて扉が開いた。扉から現れたのは、アネットとギルバート、それに幹部の面々だ。

「皆さん、ご要望通り皆を集めました」

アネットが、微笑と悲しさが同居したような顔でロニー達に話かけた。

 彼女と信用できる極一部の者には、昨日、内密に会って概要を報告してある。これからやる事と、戻ってきたのが彼等だけだったのを聞いて、手放しでは喜べないのだろう。

「お忙しい所すみません。まずはお礼とご報告をと思いまして」全員の着席を確認したロニーが口を開いた。「皆さんのお陰で銀灰ぎんかいを奪還できました。有難うございます。それと報告ですが、テッド商会、いえリッチモンドをはじめとするヴェルゴーの住民は全て怪物でした」

 幹部達から、一斉にどよめきが起きた。

 幹部達が口々に騒ぎ始めると、ルパートが注目を集めるように手を叩いた。

「ちょっと、静かにしてくれ。奴らが、全員怪物だったってのは本当だ」

 皆が一斉に静まりかえり、全員の視線がルパートに集まった。

「オレ達も確かに見た。ネリー達は奴らに殺されちまったし、オレ達も危ない所だったぜ」

 幹部達が、目を見開いて呆然としている。それだけ、衝撃が大きかったのだろう。

「皆さんの驚きももっともです。僕達も住民全員とは予想もしてませんでした。奪還隊のケネスさんとロージーさんは救助できましたが、僕達と行動を共にしたネリーさんとターナーさんは亡くなられました。リッチモンド以下の怪物は全滅させましたが、大切なお仲間に大きな犠牲を出してしまった事、誠に申し訳ございません。深くお詫びいたします」

 ロニーは立ち上がり、姿勢を正して深々と頭を下げたが、それをアネットが止めた。

「頭を上げて下さいロニーさん。大きな犠牲を払いましたが、もう仕方が無い事です。騙されていたとはいえ怪物との関わりを絶てて良かった。貴方達のおかげです。感謝します」

「そう言って戴けるなら助かります。ですが、まだ大きな問題が残ってます」

 ロニーは、立ったまま居並ぶ全員を見回した。

「僕達は、あの町が怪物の集団だと分かってから、親玉はリッチモンドに違いないと考えてました。でも違った。リッチモンドは、僕達から逃げる途中で何者かに殺された」

 ロニーの言葉で、会議室に電撃のような緊張が走った。居並ぶ幹部達の表情が強張る。

「表面的には、あの組織は壊滅しました。でも親玉や幹部、いえ、ひょっとしたら背後の組織丸々かもしれませんが、そいつらはまだ生き残ってます」

 幹部達は、全員固唾を呑んでロニーを見つめている。 

「もう一つ重要な事があります。今回の奪還作戦の日時、陣容、こう言った情報が事前にリッチモンドに漏れていた可能性があります」

 幹部達から、再び大きなどよめきが起きた。

「まさか……先日、全員をチェックして怪物はいない事を確認したじゃないですか! まさか怪物では無く、人間が怪物と組んでいるとでも?」

 中年の男が叫んだ。声に焦りが窺える。

「それも疑わしいですが、まずは怪物が残っていないか再チェックです。前回は、上手くすり抜けたヤツがいるかもしれません」

 ざわめく幹部達に対し、ルパートが机を叩いて声を張り上げた。

「静かにしてくれ! 文句があるって事は、みんな、怪物の手先なのか? オレの頼みだ。聞いてくれ。オレと姉貴、ロニー達も含めて全員もう一回やろう。今度は全員、オレ達が用意した聖水で、オレ達の目の前でやってくれ。姉貴、良いだろ?」

「良いわ。大した事じゃ無いし怪物絡みは手を抜けない。徹底的にやりましょう」

「有難うございます。実は、聖水は既に用意してきました」

 ロニーは、床に置いていた背嚢から大きな聖水の瓶を数本、机に置いた。教会の封が解かれていない新品だ。

「この聖水を確認して下さい。昨日、間違いなく教会で買った未開封の新品です」

 ロニーとルパートが運んだ瓶を、アネットが手に取って、厳しい目で全ての瓶を一本一本慎重に確認していく。

「……封やラベルは全て本物ね。開封したり細工した形跡もないわ。製造日も最近。全て教会の新品で品物は確かよ。私の名誉にかけて保障するわ」

「アネット様の目なら、間違いなかろう」

 初老の男が重々しく呟く。中年女や中年男も、それに同意する様に大きく頷いた。

 ルパートから聞いた話だが、彼等姉弟は一家の跡継ぎとして、凄腕だった両親に幼い頃から盗賊の技を教育されてきた様だ。叩き込まれた技術には、贋物にせもののお宝を掴まされないように品物の真贋や不自然な加工を見抜く技もあったようで、アネットは、この真贋判定の腕が一家で一番良いらしい。

 参加者で一番下っ端のクレアが席を立って入口に行き、廊下に控えていたアリシアとマーシアを招き入れた。彼女達が運ぶカートには、コップがたくさん置かれている。

「じゃあ、アリシアさん、マーシアさん、すまねぇが頼むよ」

「ええ」

 ルパートの言葉にアリシアが応える。アリシアとマーシア、クレアが手分けして、コップに蒸留酒ワンショットほどの聖水を注ぎ、居並ぶ面々に配っていく。

「では皆、今ここで、この聖水を飲んで。何も問題無いでしょう?」

 皆に、聖水のコップが行き渡った事を見たアネットが言う。彼女は、まず自分が聖水を飲んで見せた。他の幹部、ロニーやルパート達、アリシア達も続く。

 だが、ロニーがコップを置いた時、一部の者がコップに手を触れていない事に気付いた。

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