第47話
波乱の一日が終わろうとしていた。夕闇が迫り、朝からの猛暑も影を潜めつつある。
海から遠く離れ、高い山の中腹に位置するドワーフの村は、夕暮れの涼しさが訪れるのが早い。
今、ロニー達は村外れの墓地にいた。リッチモンド達と一応の決着が着いた後、生き残りの怪物がいないか、そして奴らが何を企んでいたか知るための捜索を行った後、村に戻って戦死者の弔いを先程まで行っていたのだ。
村を守るため、村の総意としてこの作戦に賛同した時点で、参加者に犠牲が出るのはドワーフ達も覚悟の上だった。あの戦いの戦力差を考えると犠牲者は少ないと言えたが、そんな事は家族や親友、恋人が死んだ者にとって何の意味も持たない。
馬車に戦死者の亡骸を積んで戻った時、大事な者の死を知った遺族の悲痛な叫びが上がり、ロニー達とイーゴリは、ただ頭を下げることしか出来なかった。
弔いに参加したドワーフ達が家に戻った後も、何人かの遺族は、それぞれの身内の眠る墓前で祈りを捧げたり泣いたりしている。
あの戦いから逃げた怪物がいる可能性を考えると、夕闇の迫る村外れに、彼らだけを残すのは危険を感じる。ロニー達は彼らの弔いの気持ちが収まるまで彼らを守ろうと、自発的に墓地の外れで周囲の警戒に当たっていた。
遺族達の邪魔をしないよう注意しながら、周囲に気を配っていたロニー達に、村の合同葬儀の後、遺族への弔問を終えたイーゴリが静かにやって来た。
「……ここにいたのか。すまんな、彼らを守ってくれてたのか?」
イーゴリが、墓地に残る遺族を横目で見ながら、ロニーに小声で尋ねた。
「ええ、今回の件は僕達のせいでもありますから」
「まぁ……な。だが町の怪物は早急にどうにかせんとダメだったんだ。君達の提案のお陰で村が助かったのも事実だろう? ワシらは君達を責めるつもりは無い。気にするな」
イーゴリは、微笑んで軽くロニーの腕を叩いた後、ふと思い出した様に表情を改めた。
「……そう言えばロニー君、
「それは……さっき聞いたんですけど、彼らは昨日の夕方、僕の手紙を見た隊長から緊急命令を受けて、即出発した様です。今朝僕達が村を出て間もなく到着して、村の皆さんから話を聞いてすぐに伏兵のところまで移動したそうで……」
ロニーは、心苦しそうな表情で言葉を続ける。
「それと姿を隠したのは、総出で出てきた敵に逃げられない為だったそうです……一網打尽に出来たのは彼等の狙い通りですけど、そのせいで犠牲が増えたかも知れないのはちょっと……リッチモンド達を取り逃がして、後で奴らが復讐に来る可能性を考えると、姿を隠さなかった方が良かったかどうかは判断が難しいですけど……」
「そうだったのか……まぁ、彼等の考えも理解できる。ひとまず奴らを壊滅させた事だし、この件はこれで良しとしよう。お陰で助かったよ。彼らが来なければどうなっていたか……」
イーゴリは、心底ほっとしたような顔を浮かべた。駆けつけた
「彼らは、後日調査に来る騎士団から安全宣言が出されるまで、ここを守るよう命令されているそうです。今日から皆さんの指示に従いますので、よろしくお願いします」
「ああ、あれほどの強者達が村を守ってくれるとは心強い。ロニー君、頼りになる人達を紹介してくれて有難う。大助かりだよ」
ロニーとイーゴリは、ドミトリーの指示で、外で警備するべく野営の用意をしている
当分の間、怪物が復讐に来る可能性に備え、常時二チームが外の警備に当たるようだ。
「ところで明日はどうするんだ? また町の探索を行うのか? リッチモンドを殺した奴の手掛かりを探すんだろう?」
「……いえ……もう調べるところは今日で調べ尽くしたと思います」
ロニーは深いため息をついた。犯人の手掛かりは全く無いが、リッチモンドより上の幹部なのだろう。敵の組織を潰したと思ったら、振り出しに戻った事で気が重い。
「……リッチモンドを倒せば全て終わりと思ってましたけど、そうも行かなくなりました。奴の正体が何であれ、あの町の全てを知った僕達を生かしておくとは思えません。奴を探して全貌を暴き、黒幕共を倒さないと、皆さんにも迷惑が掛かるかと」
「そうだな。ワシらに出来る事があれば言ってくれ。乗りかかった船だ。協力させて貰うよ」
イーゴリも、ため息をつきながら頭を掻いた。
「……ま、あのクソッタレな霧を作る機械を壊せただけ良かったやも知れん。どうせ、奴らはロクでも無い事に使うつもりだったんだろうからな!」
「……そうですね」
ロニーは、あの忌々しい霧を思い出した。精霊や術を弱めるあの霧が無ければ、燃える家から逃げる時も、もう少し上手く立ち回れたかも知れない。そうであれば家からの逃亡中に亡くなったターナーとネリー、それに奪還隊の人々も死なずに済んだだろうか?
そこまで考えが及んだ時、ロニーは、ふと奪還隊の事を思い出した。
「……ケネスさん、奪還隊が町に潜入した時、術が使えなかったって言ってましたね。霧は最初から出ていたんですか?」
「……ヴェルゴーに着いた時は……どうだったかな? 薄らと掛かっていた様な気がするけどロージーは覚えてる?」
山の端に沈む夕日を見ていたロージーが振り向いた。
「ええ。あの時には町に薄く霧が掛かっていたわ。潜入前に丘の上から町を見た時、薄もやに覆われた町が月明かりに照らされて凄く綺麗だったのよ……地獄の始まりだったけどね」
「やっぱり……そうだったよな。それでテッド商会から出る頃には、今日ほどじゃ無いけど結構な霧になってました。それに術も力が弱まってましたね」
「あの霧、奪還隊が向かった時は既に出ていたって事か……」
ケネス達の話を聞いたロニーの心に、疑念が浮かぶ。
「……ちょっと……変だな」
「え?」
ケネスとロージーが、揃って驚いた様にロニーを見る。
「リッチモンドが遺した資料を見ると、あの機械を動かすと
「……そうだったわね。ちょっと待って」アリシアが、背嚢から皮紙の書類の束を取り出して紙をめくり、あるページで止めた。「これよ。あの機械はまだ開発中みたいね。あまりにも
アリシアが、めくったページを表にして書類の束をロニーに渡した。
ロニー達は、リッチモンドが死んだ後、町の秘密や残った怪物を探すべく念入りに探索したのだが、リッチモンドを殺した人物が事前に処分したのか、霧を作っていた機械は爆破した様に粉々になっており、町中探しても、めぼしい資料や品物は何も無かった。
だが、奴はリッチモンドの私室にあった小さな隠し書庫は見落としたらしい。ルパートが偶然発見したその書庫から、リッチモンドが上役にあまり知られたくなかったと思しき内容の、部下からの報告書や資料が幾つか出てきたのだ。怪物の文字で書かれた文章は内容が分からず意味不明だったが、その辺りの知識があったアリシアの尽力で何とか解読できた。
「昨日のケネスさんの話だと、テッド商会からの注文は
「……確かにね」
アリシアが頷く。
「でしょう? それにあの霧は、濃くならないと術や精霊の力を抑える効果が出ないし、そうなるまでには時間が掛かる。町に着いた時には既に薄もやがあったと言う事は……そうなるには奪還隊が町への潜入を始める前に、あの機械を動かしていないとおかしい……つまり、奪還隊の行動は事前にリッチモンドに漏れていたって事になるんじゃ?」
「ちょっと待ってくれロニーさん。それってオレ達から情報が漏れてたって事だろ? あり得ないぜ」
話を聞いていたルパートが、少し不満げな顔を浮かべる。
「ロニーさんは寝てたから知らねぇと思うが、オレ達の中に、まだ怪物がいるかも知れねぇってんで全員を聖水でチェックしたんだ。アリシアさんも見ただろ?」
「ええ、でもロニー君の言う事は一理あるわ。私達がいきなり襲撃されたのも、私達が彼らの害になるって知ってたからじゃない? こんな町でも商人や旅人は時々来るでしょうし、誰彼構わずこんな事をしてたら、例え誰も帰らなくても悪い噂くらい出ると思う」
「……うぅむ……それもそうだな……ウチの者も今まで普通に行ってたし……まだ怪物や協力者が潜んでいるとして、何らかの手でチェックをすり抜けたって事か?」
ルパートが顎に片手を当て、訝しげな表情を浮かべて俯いた。
「何やら、込み入った話の様だな。ワシは
「あ、すまねぇな。イーゴリさん」
「鎌わんさ、気にするな」
ルパートが申し訳なさそうに言うのを聞いたイーゴリは、片手を上げて
「そう言えばイーゴリさんも言ってたわね。十五年ほど前から、何となく町の変化は気になってたって。でも行商は続けられてたんだから、やはり襲う相手は選んでたのよ」
「そうでしたね……やっぱり、今回の件は情報が漏れていたと考える方が自然だと思う。だから今までイーゴリさんや一家の人達は何も無くとも、奪還隊や僕達が訪れた時は牙をむいた」
ロニーは、皆を見回した。
「一家に、まだ怪物か協力者か……あり得ないと思うんだが……どうにかして聖水を偽物にすり替えたのか……?」
ルパートの呟きに、クレアとトニー、ケネスとロージーが戸惑うように見つめ合った後、一様に困惑の表情を浮かべて考え込む。
「ルパートさん、ご迷惑かと思いますけど、もう一度、一家を全員チェックしませんか? 大したお金や手間が掛かる訳でもないですし、今度は僕達が準備して全員チェックすれば一家の白黒がハッキリします。お金は僕が出しますし、黒だった場合、リッチモンドを殺した奴は、そいつかもしれませんが……難しいでしょうか?」
ロニーの申し出に、ルパートは少し柔和な顔を浮かべた。
「いや、良いぜ。疑惑がある以上、やらなきゃいけねぇ。オレが姉貴を説得するよ」
「有難うございます。それと……もう一つ大事な事が」
ロニーの表情が曇る。これから頼む事は、ルパートには到底呑めない相談だろう。
「何だい?」
「敵の組織は思った以上に大きかった。敵の全貌が分からない以上、僕達の安全を確保するのも、そしてラングドン一家に黒幕や手先が隠れていて、万一、そいつらが逃げ出した時の対策も、
「……なるほどな」
「ええ……ですが首都のレンストンに怪物や手先がいるかもしれないとなると、
「…………つまり……オレ達の事を全て騎士団に喋る必要があるって事か……一家も強制捜査が入って解散……オレ達は……逮捕だな」
ルパートが静かに呟き、悩みを吐き出す様に大きく息を吐いた。
「……ええ。凄く……心苦しいのですが……」
ロニーは、心苦しさで彼の顔を見ていられなくなり俯いてしまった。そもそも今回の事件の発端は彼らなのだが、ロニーはいつの間にか、義侠心に富み、ここまで共に戦って生死を共にした彼らに仲間としての親近感を覚えていた。
その彼らを、自分が苦境に追いやらねばならない、そのやるせなさに胸が締め付けられる。
「……少し、考えさせてくれ」
静かに答えたルパートは、険しい顔で腕組みをして黙りこくった。
トニーとクレア、ケネスとロージーが、不安げな顔でルパートを黙って見つめている。
しばらく考え込んだルパートが、ゆっくりと口を開いた。
「ここでは決められねぇな。帰ってから姉貴と二人で相談したい。返事はその後で良いか?」
「はい」
「有難うよ。それと、すまねぇが姉貴と話をするまで、オレ達の事は
「分かりました。お約束します。アリシアさん、マーシアさんもお願いします」
「分かったわ」
アリシアが頷いた。マーシアもその横で黙って頷く。
「みんな、すまねぇな」
ルパートは微笑を浮かべた。夕闇に照らされる、そのどこか物悲しげな微笑を見て、ロニーは彼の心の内が窺えた様な気がした。
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