第46話
「そうか……そういう事か!」
ロニーは、思わず独り言を漏らした。
「……何が、そういう事なんだ?」
飛びかかってきた黒い怪物を叩き切ったイーゴリが、怪訝な顔で尋ねる。
「援軍が来ます! もう、そこまで来てる!」
ロニーは、少し考えて初めて気付いた。
いくら戦場で土煙が上がると言っても、あんなに大きく濃い土煙が上がる訳がない。
あの土煙は、援軍の存在がバレないように、ドワーフ達の使う風精霊や土精霊が、道や畑の土埃も混ぜて作り出した目隠しだ。
それに気付いた時、異変は起きた。
土煙の中から、ロニーの頭上を越えて幾つもの炎や光の弾が、正確に怪物達に叩き込まれ始めたのだ。今のは魔法による攻撃術以外にあり得ない。
次いで、姿を隠しておきたかった者達が、土煙の向こうから姿を現した。
雄叫びを上げながら、先頭を走るのは数十人の人間だ。
ドワーフ達ではない。彼らは、みな武装している。
彼らに少し遅れてドワーフ達が走ってくる。土煙の中から五十名近い援軍が現れた。
「
「ここで皆殺しにすれば、後の仕事が楽だっ! 行けーーーっ!」
先頭を走る人間達が、口々に勝手な事を叫びながら突っ込んでくる。
イーゴリ達も怪物達も思わぬ事態に一瞬唖然としたが、不意にイーゴリ達から一斉に歓声が上り、それと正反対に怪物達は慌てふためき始めた。
「……あれって
横目で援軍達を見たロニーが、襲いかかって来た黒い怪物を斬り伏せて呟いた。
駆けつけてきた
ロニーの要請通りなら、五等から七等の連中が揃ったチームが四つ来たはずだ。
ロニーが思うに、山羊頭は少々手強いが、彼らなら油断しなければ負けないだろう。
まして黒い怪物や狼など、不運に見舞われるか舐めてかからない限り只の雑魚だ。
今回の件で遭遇した怪物の情報は、手紙に書いたので手こずる事はないと思う。
怪物達は、余裕の戦いを楽しんでいる間に少し数を減らしすぎた。
犠牲は大きかったが、この戦いは勝ったと思う。
ロニーの見込み通り、
アリシアとクレア、それにドワーフの術士や援軍の術士達が、傷ついた仲間の治療を行う間に戦況はたちまち逆転していく。
敵影が薄くなる中、ロニーは仲間の様子を確認すべく周囲を見回した。ドワーフ達に何名かの死者が出てしまったのが痛恨の極みだが、マーシア達やルパート達は無事な様だ。
仲間の安全を確認してホッとしたのも束の間、ルパートがヴェルゴーの方を見て、怒りに満ちた怒鳴り声を上げた。
「リッチモンドの野郎っ! 逃がすかあああっ!」
ルパートが憎々しげに睨む方を見ると、リッチモンドが馬を駆り、部下を率いて逃げ出した様だ。ここで奴らを取り逃がすと、態勢を立て直してイーゴリ達の村へ復讐に行くのは間違いない。
それは何としても阻止しなければならないが、人間の足で馬に追いつくのは無理だ。
焦るロニーが辺りを見ると、山羊頭が乗ってきた馬達が、戦いの場から少し離れた所で草を食んでいる。ルパート達も気付いたのか、その馬達へ走りだした。
ロニーもルパート達に続く。マーシア達やイーゴリ達も合流してきた。
馬を捕まえたロニー達は、全速力でリッチモンド達を追いかける。
既に周囲の怪物は、ほぼ殲滅され、残るは懸命に逃げるリッチモンドと、その取り巻きらしき十匹あまりだけと言って良い。
リッチモンド達の距離は、一.五パスレル(約四百五十メートル)程。馬を捕まえる間に、少し離されすぎたが、何としても追いつかねばならない。
ロニーは懸命に馬を走らせるが、なぜかリッチモンド達の馬が急に速度を上げ、あっという間に見えなくなった。この馬も既に全速力なのに、明らかにおかしい。
「奴ら……何か術を使ったな?」ロニーは、後ろを振り返った。「アリシアさん! 馬を、あいつらより速める術って無いですか? このままじゃ逃げられる!」
「無いわ! 奴らは多分、死ぬかも知れないけど疲れを感じなくなるとか、全体力を一気に引き出す黒魔法を使ったのよ。神様の力を借りる白魔法に、そんな残酷な物は無いわ」
「……分かりました……」
絶対に逃がしたくない敵に逃げられる悔しさで、ロニーは思わず歯噛みしたが、その時、後ろからマーシアの叫び声が聞こえた。
「
「了解よ!」
「ロニー君! 後は
「そうだな……ロニー君、残念だが少し休もう。次の戦いに備えて、ワシらも少し休憩が必要だと思うぞ?」
「……はい」
「ちっくしょう!」
ロニーの横で、ルパートが無念そうに叫ぶ。彼の無念さは察するに余りあるが、イーゴリの言う事も
ましてドワーフ達は、度々村を襲う怪物との戦いで鍛えられているとは言え一般人だ。
彼等は、イーゴリが出発前に言っていた通りの腕利き揃いだったが、
追っ手は放ったし、どうにもならないなら、彼等の疲れを取る為にも休める時に休むのも大事だろう。
ルパート達と共に、馬を止めて下りると、皆も続々と馬を止めて下りていく。
早朝とは言え、夏の青空の下で懸命に戦っていたせいで、全身から滝のような汗が流れる。
緊張が去って酷い喉の渇きを覚えたロニーは、背嚢から水筒を取り出した。
水筒半分ほどの水を一気に飲んで一息ついたところで、不意に、リッチモンドが逃げた方向から小さくドンッ! という爆発音が轟き、音が周囲の山に響いて小さく
音の発生源は、多分リッチモンドの館の辺りだ。距離があるので音は小さかったが、実際は違うだろう。
「な……何だ、今のは?」
イーゴリや、ドワーフ達が不安げに周囲を見回す。ただ事では無いのは確かだ。
「イーゴリさん、リッチモンドが何かやったのかもしれない。見に行きませんか?」
「そ、そうだな」
ロニー達が再び馬に跨がろうとした時、町の方から凄まじい突風が吹いて、
「大変よ!」
全員が驚愕の顔で
「……だ、誰に殺されたのよ? やった奴の顔は見た?」
マーシアが、顔を強張らせながら
「濃紺のローブを
「……ロニー君、とりあえず行ってみよう」
「ええ……」
イーゴリに促され、ロニーは馬を走らせた。その後ろをマーシア達やドワーフ達、そして追いついてきた
リッチモンド達を殺したのが、
恐らく、犯人はリッチモンドの上役で、大きな被害を出したリッチモンド達を粛正して転移札か転移術で姿を消したのだろう。
この怪物共を率いる親玉は、リッチモンドだと思っていたが違った様だ。組織の全貌も暴いたと思っていたが、何も分かっていなかったらしい。
奴が誰で、何処へ消えたのか突き止めない限り、いつか自分やマーシア、イーゴリ達に報復の刃が向けられるのは間違いない。
空は抜ける様な青空だが、馬を駆るロニーの心は徒労感で暗く沈んでいった。
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