第45話
戦いが始まってから数分は過ぎただろうか? 夏の早朝の青空の下、ロニーは暑さで滝の様な汗を流しながら、怪物や狼を斬り伏せていた。
戦いが始まった直後は、砂嵐を受けて目の見えぬ敵や、毛に着いた火を消そうと逃げ惑い、のたうち回る敵を一方的に蹂躙する楽な戦いだった。
だが、敵の後方から視力を回復した敵が出てくると、それと入れ替わる様にアリシアの術で被害を受けた怪物が後方に下がり、やがて、その彼らも回復して戦いに戻り始めてから、ロニー達の不利は隠せなくなっていった。
休む間もなく、怪物や狼が襲いかかってくる。飛びかかってきた黒い怪物を、斬って捨てたロニーの目に、孤軍奮闘で戦う山羊頭が見えた。
これまでの様子を見るに、山羊頭の大男は恐らく敵の幹部。数が減れば少しは楽になるかも知れない。ロニーは、すかさず山羊頭に向けて駆け出した。
「
ロニーの叫びを受けて、手に持つ剣の刀身がスパークを纏う。
ロニーに気がついた山羊頭が向かって来て、眼前で剣を振り下ろしたが、余裕で躱して怪物のがら空きの腹に剣を叩き込む。
剣が怪物の腹を割いた刹那、剣が激しい放電を放った。
山羊頭は悲鳴を上げ、痺れたのか痙攣しながら血の流れる腹を押さえてうずくまる。
「このっ!」
ロニーは、屈み込んだ山羊頭に剣を振り下ろして首を叩き切る。
即座に、肩で息をしながら周囲を見回した時、アリシア達に近づく山羊頭に向かうイーゴリが見えた。
イーゴリが目指す山羊頭は、他の山羊頭と比べても頭一つ以上体格が大きい。
その山羊頭は巨躯を活かし、人間が両手で持つ大剣を片手で軽々と振り回していた。奴の斬撃は、腕の長さに剣の長さが加わり、只でさえ小柄なドワーフ達の持つ戦斧やハンマーより届く範囲が長い。あれでは、ドワーフ達は自分の間合いに入る事すら困難だ。
イーゴリが、雄叫びを上げながら斬り掛かろうとするが、即座に山羊頭が横薙ぎに振るった大剣に阻まれる。彼は、剣が当たる寸前で立ち止まったが、山羊頭は即座に返す刃でイーゴリの右下から斜めに走る斬撃を繰り出した。
これをイーゴリは戦斧で受け止める。怪物は直ちに剣を引っ込めてイーゴリの首を目掛けて凄まじい早さで剣を突き出した。辛うじて体をひねって躱したイーゴリの兜の側面を、山羊頭の大剣が火花を散らしながら削る。
次の行動も怪物の方が早かった。イーゴリの一瞬の隙を突いて、怪物の蹴りが腹に叩き込まれたのだ。
「ぐおっ!」
イーゴリが吹っ飛ばされ、背から地面に落ちる。
あれでは、イーゴリがやられる。ロニーは飛びかかってきた狼を叩き切り、地面に横たわるイーゴリにトドメを刺そうとする山羊頭へ、奴の死角に回り込むように全力で駆け出した。
「うおおおおーーーーーっ!」
近づく雄叫びが聞こえたのか、山羊頭は剣を止めて振り向き、ロニーを見る。
狙い通り、山羊頭の注意を自分に引き付けた。それに、何とか敵の懐に入りこめた。
これほど接近されては、山羊頭の腕と大剣の長さが懐に死角を生むだろう。勝利を確信したロニーは剣を振り下ろしたが、この山羊頭は斬撃を軽く避け、懐に飛び込んだロニーに、構えた剣の柄を振り下ろして殴りかかった。
これは何とか紙一重で躱したが、次の瞬間、山羊頭の強烈な蹴りが腹に炸裂して吹っ飛ばされた。地面に倒れたロニーの胃から、苦いものがこみ上げる。
今の蹴りは、厚手の固い皮鎧の上から食らったとは思えない強烈な一撃。
この山羊頭は、今までの山羊頭と同じく巨躯だけが取り柄かと思ったがとんでもない。力も技量も確かな強敵だ。全力を尽くしても、一つ間違えば簡単に殺されるだろう。
急に空が暗くなった。危険を感じて咄嗟に横に転がったが、直後、山羊頭がドスンと大きな音を立てて着地したと思うと、凄まじい斬撃が今まで転がっていた地面に叩き付けられる。
今のを喰らっていたら、間違いなく皮鎧ごと真っ二つにされていた。
「
敵を指した左手から放電が走り、山羊頭の剣に当たる。剣に電撃が走って驚いたのか、山羊頭が剣を落とした。今の術は、疲労を軽減する為に弱く撃ったのでダメージは無いだろうが、体勢を立て直す時間は作れた。
即座に立ち上がって斬り掛かったロニーに、山羊頭は拾いあげた剣を横薙ぎに払う。ロニーはこれを盾で受け止めた。敵の方がリーチが長い。何とか、こちらの間合いに入りたい。
「
イーゴリの声が響き、山羊頭の足元から鋭く尖った石柱が飛び出したが、すんでの所で飛び退かれた。マーシアの水弾丸や自分の雷の術と比べると、土精霊が地面から
「ちっ!」イーゴリが、歯噛みしながらロニーの横に並んだ。「すまん! 加勢するぞロニー君」
イーゴリは油断なく戦斧を構えて、険しい顔で山羊頭を睨んでいる。
「有難うございます」
ロニーも、山羊頭から目を離さず返事した。コイツを舐めてかかると、二人掛かりでも簡単に負けるだろう。一瞬たりとも気を抜けない。
「ワシは術を使う。その隙に奴を頼む。君の方が早くて武器も長いからな」
「はい」
イーゴリの囁きに、ロニーは敵から目を離さず応じる。
「
イーゴリが術を放った。死角を突いたのだろうか、敵の後ろから石柱が放たれたが、山羊頭は即座に横へ飛び退く。
この隙にロニーは山羊頭の懐まで飛び込み、着地の瞬間、すぐに体勢を立て直せない山羊頭の足目掛けて剣を振り下ろした。この攻撃は当たると思ったが、驚いた事に山羊頭は素早く剣で受け止めた。切っ先がぶつかる鋭い音と共に火花が散る。
ロニーは、山羊頭が後ろからの石柱を避けたのを見て、奴が、術を見て避けるのではなく声に反応している事に気付いた。忘れていたが、こいつらは普段は人に化けて人とも接しているのだ。言葉くらい分かるだろう。
剣を受け止めた山羊頭が左の拳を振り上げた。殴りかかるつもりだ。
「
イーゴリが再度術を放つ。今度はロニーへの攻撃を止める為に、あえて斜め前から見えるように放った様だ。山羊頭は即座に後ろへ飛び退く。
ロニーは、それを見て閃いた。奴も着地前なら体勢を変えられない。懐へ飛び込むなら今しかない。即座に思いっきり体当たりを仕掛けた。
意表を突かれたのか、体当たりを喰らった山羊頭が、体勢を崩して後ろに倒れ始める。
「
イーゴリが三度叫ぶ。
石柱が、山羊頭が倒れる後ろの地面から突き刺す様に飛び出した。倒れ行く山羊頭は、これを避ける事が出来ず、鋭く尖った石柱に背中から体を貫かれた。
山羊頭が血を吐き、何かを喚きながら藻掻くが、すぐにぐったりとして動かなくなる。
強敵を倒したロニー達は思わず息をついたが、すぐに武器を構え直して表情を引き締めた。
「イーゴリさん。援軍がどうなってるか分かりませんか?」
「分からん! 精霊で連絡でもくれれば、と思っとるのだが……」
イーゴリの、すまなさそうな声を聞き、ロニーは援軍が来る筈の道を横目で見た。
援軍が来ない。来る気配も無い。心に絶望が満ちてくる。既に犠牲者は何人も出ている。
彼等は、この敵の数に怯えて村へ逃げ帰ったのでは? とも思えてくる。
獰猛な唸り声を上げて飛びかかってきた狼を、ロニーが叩き斬る。
戦いが巻き起こす、大きく濃い土煙が風に流されていく。風は道の向こうに、援軍が来るはずの方へゆっくりと吹いている。そのせいで、その方向に何があるのか全く見えない。
だが、そよ風に流される大きな土煙を見たロニーは、不意に、その土煙がおかしい事に、そして、それが何を意味するのか気がついた。
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