第43話

 ロニー達は、町の十字路に追い込まれていた。今、ロニー達に襲いかかっているのは、庭先に現れた巨大な鶏のような怪物四匹。

 怪物の名前はコカトリスという。姿は鶏に似ているがロニーより倍ほど背が高く、その巨躯から繰り出すくちばしや、足の鋭い爪の一撃を受けると、皮鎧程度では致命傷になりかねない。

 知能は鳥や獣と変わらないが、嘴から吐くガスを浴びたり、尾から生えるヘビに噛まれると体が石に変えられる。

 警備局ネストが討伐に動く場合、ジャイアントワームと同じく、六等級以上のメンバーが複数いるチームに割り当てられる難物だった。

 悪い事に、このコカトリス達は、どう育てたのかロニーが今までに見たコカトリスより三割程大きい。

 ケネスとロージーは、先程、このコカトリスが吐き出したガスを避けようとして物陰に隠れて、うっかりガスを吸い込んでしまったらしい。隠れた姿のまま石にされていた。

 リッチモンド達は、追い込まれたロニー達とコカトリス達との戦いが始まってから、遠巻きにロニー達を取り囲んで、はやし立てる様な歓声を上げていた。

 ロニーには見えないが、霧の奥にも大勢の怪物がひしめいているのだろう。

 追い詰められたロニー達の戦いを見て、楽しんでいるとしか思えない。

(クソッ! こいつら一気に勝負をかけてこないところを見ると、僕達を嬲り殺しにするつもりだな……仲間を殺された事の憂さ晴らしか!)

 ロニーは、楽しげな怪物達の歓声に苛立ちが治まらない。

 左から迫るコカトリスを見たロニーが、そのコカトリスに斬り掛かろうとしたその時、シルフのしんどそうな叫びが聞こえた。

「ダメ……避けて!」

 ロニーが咄嗟に飛び退いた横を、死角にいたコカトリスの吐いたガスが猛烈な勢いで通り過ぎる。ガスが微かにロニーから逸れたのは、シルフの起こした風のせいだろう。強い力を持つ彼女ですら、精霊や術の力を抑えるこの霧で疲労困憊らしく、この程度の力しか出せない。

(くっ、霧で敵の姿とガスが見難い!)

 ロニーは、前に迫ったコカトリスが振り下ろしたくちばしを躱し、剣で怪物の足を斬ったが羽毛を切っただけ。斬り付けられたコカトリスが、羽を激しくばたつかせて飛び退いた。

 ロニーはチームを組んでいた時に、この怪物を二回倒した事がある。その時も、ガスと尾のヘビには悩まされたが、それさえ気を付ければ良かった。

 だが、今日は一度に四匹、それに濃霧で視界が悪く、戦いにくい事この上ない。

 それにコカトリス達を倒せたとしても、その外を大量の怪物に包囲されている。おまけに、この霧でアリシアの精霊達も弱体化し、アリシアの判断でガス避けのシルフ以外、全て籠に戻している。どう転んでも、勝ち筋が見えない。

「……焼き払え! 炎精霊サラマンダー!」

 アリシアが、ガスを吐いたコカトリスを指さす。

 コカトリスの脇腹に、一瞬炎が上がったが、怪物が羽をばたつかせると炎はすぐに消えていく。アリシアが苦虫を噛み潰したような顔で、下がっていくコカトリスを睨む。

 気を抜けない戦いが長引いているせいか、アリシアにも疲労の色が濃い。

「アリシアさん……すみません。こんな事になって」

 ロニーは壁を背に立ち、肩で息をしながら剣を構え直して、傍らのアリシアに呟いた。

 元より難しい作戦なのは分かっていたが、敵の方が上手だったと認めざるを得ない。

 自分だけならともかく、アリシア達まで死に追いやろうとしている現実に後悔の念が募る。

「……こうなる事くらい覚悟の上よ……無茶をしないとマーシア達を助けられなかったでしょう? お陰でマーシア達は逃げられたみたいだし……この作戦は、私も望んだ事だから気にしないで」

 荒い息をするアリシアが、不敵な笑みを浮かべながら横目でロニーを見る。

「諦めちゃダメよ、ロニー君……何としても脱出して……マーシア達と合流するのよ」

「……ええ」

 アリシアが息を整える様に深く息をして、周囲のコカトリス達に目を配った。

 コカトリス達は、既に何度かアリシアの炎の術とロニーの雷の術で体を焼かれて痛い目を見ている。術を弱めるこの濃霧の中では、奴らの負った怪我など軽い火傷位だろうが、炎や雷の痛みを恐れているのか、時折、様子見程度に襲ってくる以外は慎重に様子を覗っていた。

 ロニーが、横目で傍に立つアリシアを見ると、彼女が逆手に構えたマンゴーシュを両手に構えながら小さく吐息をついた。

「……とは言え……もう仕方ないわね……手段は選んでられないか……」

 アリシアが、荒い息をしながら苦渋に満ちた表情で言葉を続けようとした時、ロニーの頬を弱い風がそっとなでた。

(……風? 気のせいか?)

 怪訝な顔のロニーの頬を、もう一度風がなでる。

風精霊シルフさん、今、風を吹かせました?」

 ロニーが、最も近くのコカトリスに剣を構えたまま尋ねた。

「いいえ……何もしてないけど風は感じたわ……アリシア様、何かされました?」

「……まだ何もしてないわ。確かに風は感じたけど……変ね?」

 アリシアが不思議そうに周囲を見回した次の瞬間、空を見た彼女が目を見開いて叫んだ。

「空の霧が薄れてる! 薄いけど青空が見えるわ!」

「えっ?」

 ロニーは、コカトリスに注意しながら視線を上に向けた。今まで気がつかなかったが、確かに霧の向こうに薄らと青い空が見える。先程までは、濃霧に覆われて見えなかった筈だ。

 今度は少し強い風が吹いた。ロニー達が戸惑う中、徐々に風は強くなっていく。

 霧の向こうから、怪物達の戸惑う様なざわめきが聞こえてきた。

 見る見る間に風は勢いを増し、やがて嵐を思わせる突風が吹き荒れ始めた。あまりの風の強さにロニー達は立っているのがやっと。

 コカトリス達も、姿勢を低くして暴風を耐えている。襲いかかって来る気配が無い。

 暴風に流され、周囲の霧がみるみる薄れていく。

(これは……イーゴリさん? でも、こんな強い風をどうやって?)

 戸惑うロニーに、アリシアが風に負けない大声で叫んだ。

「ロニー君! もう少ししたら術が使えるわ! だから頑張って!」

「了解!」

 ロニーも大声で答えた。この嵐のような風で、文字通り風向きが変わったと思う。

 少しすると、徐々に風が弱まってきた。霧は流されて随分と薄れ、遠くの様子も大体分かるようになった。ロニーは、素早く周囲を見回す。

 その時、怪物の大きな悲鳴が轟いた。見ると、道を塞ぐ様に立っていたコカトリスに一本の矢が刺さっている。怪物は、矢の当たった所から急速に霜に覆われていき、全身が霜に覆われたコカトリスは、バランスを崩してゆっくりと転んだ。

 木材の折れる大きな音と共に、家の軒先が押し潰される。戦いの様子を見物してた怪物達から、悲鳴の様な、どよめきが上がった。

 コカトリスの死体は、体躯の大きさが幸いして上手い具合に狭い道を大きく塞いでいる。

 これでは、怪物は、この道から攻め込みにくいだろう。

(これは凍結の術……ルパートさんとクレアさんか!)

 ロニーの顔に喜びが浮かぶ。ドワーフ達に氷の術を使える魔術師はいないという話だった。

 それにクレアの氷魔法が、あの大きなコカトリスを凍結させる力を発揮できるなら、銀灰ぎんかいを使っているとしても、術を弱める霧は大きく力を失ったと見て良い。

 怪物共に、立て続けに矢が撃ち込まれていく。新たにコカトリスが一羽、別の道を塞ぐ様に倒れて霜に覆われた。射手は敵の包囲を崩す様に攻撃している様だ。包囲する怪物達もロニー達に接近しようとして矢が数本撃ち込まれたらしい。パニックを起こしている。

 この強風の中、狙い違わず矢を当てる射手の腕に、ロニーは感嘆を禁じ得ない。

 敵が浮き足立つこの機を逃す手は無い。クレア達も来ている。彼らも、何らかの勝算があって来たのだろう。今なら反撃して脱出の時間を作れる。

「焼き払え! 炎精霊サラマンダー!」

 アリシアが指さしたコカトリスから突如爆音が上がり、怪物の背に大きな火がついた。彼女は最後に残ったコカトリスにも火をつける。

 絶叫が轟き、燃えるコカトリス達がアリシアを恐れたのか脱兎の如く逃げだし、助けを求めたのか後ろで見ていた怪物達へ突っ込んでいく。

 体を焼かれて苦しむコカトリスが、けたたましい悲鳴を上げながら闇雲にガスを吐き、それに巻き込まれまいとして大勢の怪物達が逃げ惑う。

 怪物を退けたアリシアが、道を塞ぐ様に倒れている二羽の凍死したコカトリスに火をつけた。これで敵の接近をしばらく防げる。このコカトリスは、大きさと力で相手を圧倒するつもりだったのだろうが、こうなれば、この大きさが仇になるだろう。

 一安心したところへ、遠くから大勢の雄叫びが響いてきた。十字路の東側を陣取っていた黒い怪物達が何者かと応戦している。よく見ると、なだれ込んできたのはドワーフ達だ。

 マーシアもいる。彼女は、ロニー達の姿を見ると大慌てて走ってきた。

「今のうちに逃げるわよっ! ……急いでっ!」

 マーシアは肩で息をしている。余程急いでここまで来たのだろう。

「待って! ケネス達を治すわ」

 アリシアが駆け出して、近くの物陰で石になっているケネス達の元に向かった。

 彼女は、石にされたケネス達の所で跪き、治療術と思しき呪文を異様な早口で呟く。

 アリシアの呪文が終わった瞬間、石にされたケネス達の肌が健康な色に戻った。

「話は後! 異常が無いなら、すぐ逃げるわよっ!」

 アリシアが、荒い息をしながらケネス達に呼びかけた。ケネス達は少し頭がフラつく様だったが、アリシアに短く礼を言って立ち上がり、ロニー達と共に走り出した。

 ロニーとアリシアは、マーシアの後について、しんがりを務めた。マーシアの先導で懸命に走るロニーに、東側で戦っていたドワーフ達からロニー達を呼ぶ怒鳴り声が聞こえた。

 見ると、彼らは何とかその場にいた怪物達を一掃したらしい。

 彼らは、口々に「急げ」と怒鳴りながら懸命に手招きしている。

 ロニー達は全力で走り出した。それを見たドワーフ達が先導する様に走り出す。ロニー達が少し走った所で、不意にルパートとクレア、トニーが建物の上から飛び降りてきた。

 彼らは、この建物の屋根から矢を放っていたらしい。彼らはケネス達の顔を見ると喜色満面の笑みを浮かべ、心の底から嬉しそうな声を上げた。

 マーシアとアリシアも、再会を喜び合っている。

 その彼女等の横で、怪物達の様子が気になったロニーは、チラと後ろを振り返った。

 大暴れするコカトリスのせいで、大混乱に陥った怪物達が追いかけてくる気配は無い。

 何とか脱出の糸口を掴んだが、敵の数はこちらを圧倒する。怪物達が混乱から立ち直る前に伏兵が伏せている所まで戻り、その後は村に籠城して警備局員ヴァルチャーを待たねばならない。

 猛烈な風は、いつの間にかそよ風に変わっていた。既に霧は無く、薄く霧が掛かった様な状態だが夏の青空と町の周囲の高い山々が見える。ロニー達は生き残りを賭けて懸命に走った。

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