第39話
マーシア達が建物の裏から出た時、周囲は濃霧に覆われていた。
地下に幽閉されていて時間が分からなかったが、外の弱い明るさと涼しさ、そして気の早い小鳥のさえずりから察するに、今は明け方のように思える。
怪物の気配は無い。マーシア達は、急いで建物から離れて庭の植え込みに隠れた。
「トニーさん、クレアさん、周囲の警戒をお願い」
「分かりやした」
小声で答えたトニーは、クレアと共に即座に他の植え込みに隠れて周囲の警戒に当たる。
マーシアは、ここまで先導した
「
「アリシア達、まだ無事よ。あ、そうだ、仲間に奪還隊生き残りの元傭兵が二人いるのよ」
「元傭兵って事はケネスとロージーだな? あいつらがいるなら少しは役に立つ」
ルパートは、奪還隊に生き残りがいたと聞いて顔をほころばせた。
「マーシアさん、オレ達が脱出したって分かれば、みんな囮を止められるだろう? 精霊さんに伝えてもらった良くないか?」
「そうね。
「了解!」
「マーシア! アリシア達が大量の敵に囲まれたわ。大きな怪物もいるし、どうしよう……」
不安げな
「助けに行くんだろ? 手伝うぜ。どうする?」
ルパート達の真剣な顔を見て、彼らは心の底からアリシア達を助けたいと言っているのが分かった。彼の部下が一緒にいるだけでは、ここまで言えないと思う。この絶望的な状況の中、僅かな力とは言え、彼らの気持ちが心強い。
「有難う……でも霧で術を使えないのに、あたし達が行っても役に立たないわ。ヘタしたら、また捕まって今度こそお終い」
この霧を何とかしないと術が使えない。術が使えないと大勢の敵に対応できない。
悩むマーシアは、ふと、
「……そう言えば、母さん達は霧を止める手立てをしてるって……
「霧だったら、協力してくれるドワーフ達が止めに行ったわ。発生源に近づくほど、あたし達精霊の力が弱まるでしょ? だから昨日、彼らと契約した精霊達が導いてるんだけど、まだ止まる気配が無いわね。ドワーフ達は熟練の戦士達って言ってたけど……どうしたんだろ」
「ドワーフ? どこに居たんだい?」
「山に坑道があったでしょ? あそこに村を作ってたのよ。あの人達も、この町が怪物の巣って知らなくてね。色々あって力を貸してくれたの」
「……事態の打開には、術が使えないと話にならないわ。あたし達も霧の発生源へ向かうべきね。それに、母さん達を救う為にも、味方を無駄死にさせる訳にはいかないわ」
思案にふけるマーシアが、策を練りながら言葉をこぼす。
「じゃあ、この鬱陶しい霧を止めに行くんだな? そしてドワーフ達と合流する」
「ええ」マーシアは、急いで鞄から瓶を取り出し、中の
「
「勿論よ!」
ネロが
精霊達の手のひらの上で、シュッと言う小さい音と共に、
「じゃ、みんな行きましょ。
進むにつれて霧は段々濃くなり、早朝の光の下にあっても三十パスル(約九メートル)先が見えるかという有様になってきた。
近くの様子しか分からないが、周囲に民家は少なく、刈り入れの終わった麦畑が広がっている様だ。
不意に、先頭を進む
数十秒ほど経って、安堵したように
「ねぇ……八十パスル(約二十四メートル)ほど先に、精霊と人の気配があるわ……立ち止まってるみたいだけど……様子を見てこようか?」
朝の光が出てきた為、他人にも
「ええ、気を付けて」
マーシアの言葉に頷いた
「この水精霊から話は聞いた。失礼だがワシらも色々あってな。この精霊の紹介なら間違いないと思うんだが、念の為、聖水を手につけてくれんか?」
リーダーらしき中年男が、取り出した聖水の蓋を開けながら、申し訳なさそうに言う。
「あ、どうぞ?」
マーシアは、気を悪くするそぶりも無く手を差し出した。ルパート達もそれに続く。中年男は無言で聖水を垂らす。聖水で手が濡れても当然何も起きない。
それを見た彼らの顔に安堵の表情が浮かび、彼等はようやく警戒を解いた。
リーダーと思しき中年男が、ホッとした様な顔を浮かべてマーシアに頭を下げる。
「失礼な事を頼んで申し訳ない。人に化ける怪物に困っていたんでな。ワシは近くの村の長のイーゴリ。水精霊から聞いたが、あんたがマーシアさんか?」
「はい。怪物に捕まってたんですけど逃げてきました。さっき、
「ああ、その通りなんだが困った事になってな……」
イーゴリは困り果てた様な顔でため息をつき、兜を脱いで頭を掻いた。
「ワシらの精霊が、ここまで来て、みんな動けなくなったんだよ。
彼は弱り切った表情で、どこかにあったと思しき古い精霊籠を持ち上げて見せた。
疲れ切った精霊が、その綺麗に拭き上げられた籠の中で休んでいるのだろう。
「この霧が……こんなに濃いとキツいと思うわ……ここまで導けただけでも凄いから……良かったら、後でその子達を褒めてあげて……」
「ああ、そうだな」イーゴリは精霊籠を腰のベルトに戻した。「ところで皆さんは、これからどうされるので? もし良かったら、霧を止めるのに力を貸して頂けると助かるんだが……」
「もちろんです」マーシアは即答した。「急ぎませんか? こうしている間も、この子が弱っていきますから」
「分かった。では皆さん、よろしく頼む。そうだ、皆さんのお名前は?」
マーシア達は、手早く互いの名前の確認を済ませて再び駆け出した。
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