第35話
ロニー達は、マーシア達が囚われているリッチモンドの館を目指し、水精霊達の先導で静かに走っていた。
東の空を見ると、夜明けが近い事を告げるかの様に、闇に僅かな青さが混ざり始めている。
ふと気がつくと、いつの間にか薄く霧が漂い始めている。
それに、先程から遠くで早鐘が鳴り始めた。恐らく、火災を知らせているのだろう。敵に侵入がバレたのは間違いない。ここまでは想定通りだが気持ちは焦る。
マズい事に、昨日より霧が濃くなるのが早い気がする。まだ霧は薄いため精霊達は影響を受けていないようだが、それも時間の問題だ。
作戦通り、イーゴリ達が霧の発生源を叩いて止めてくれるのを祈るしか無い。
しばらく走って、ようやく領主の館が見えてきた。ロニー達は、近くの建物の陰に入って館の様子を慎重に覗う。
館まで、あと約百五十パスル(約四十五メートル)と言うところだろうか? 空は闇が幾分薄れてきたが、濃くなってきた霧のせいで館の姿がはっきり見えない。
「……周囲に人影は無いな。アリシアさん、精霊達は何か言ってます?」
ロニーが、物陰から遠眼鏡で館を覗いた後、後ろにいるアリシアに小声で尋ねた。
「館の外に誰もいないそうよ。大勢見張りがいるって話だったけど……狙い通り穀倉の消火に行ったとしても、おかしいと思う」
「……罠ですかね」
「多分……あと悪い事に精霊が何人もここを離れたいって言ってるわ。霧の強さが昨日と段違いで耐えられないって。さっき
「確かに、今日は霧が濃くなる早さが昨日と全然違った……無理は頼めないな。どうしてもダメな精霊は離れて貰いましょう。霧が薄れたら、また力を貸して欲しいって伝えて下さい」
「……分かったわ」
アリシアが、
「マズいわね。残ったのは私達の精霊と、あと一人だけよ。後の子は一旦帰ったわ」
精霊達は善意で手伝ってくれた相手。その彼等が苦しんでいるのに無理に働いてもらうのは心苦しいし、具合が悪くて耐えられない者を無理に働かせても良い事はない。
なので、具合の悪い精霊は一度離れて貰おうと考えたが、離れる精霊がこれ程出るとは思ってもみなかった。館の中はまだ良いが、脱出後の警戒は範囲を大きく狭める必要がある。
イーゴリさんは、上手くいっているだろうか?
不安で心が押し潰されそうになるが、ロニーは、それをおくびにも出さなかった。指揮を執るロニーが不安そうにすれば、皆も不安がって士気が落ち、上手くいく物もいかなくなる。
「……アリシアさん、偵察の範囲を狭めましょう。それと、僕達は最善を尽くしてみんなを救出するつもりだけど、場合によっては一旦脱出しないとダメかも知れない。そこで相談ですけど……」
「何?」
「皆を救助できず一旦撤退となったら、僕達が囮になって皆が脱出する時間を作ろうと思うんですけど、どうでしょう?」
アリシアが、少し俯いて考えこむ。
「私達が囮……そうね。次の機会があるとは思えない。マーシア達に伝える連絡役が必要ね」
「ええ」
「……
「仕方ないです。潜入がバレてる以上、救出を優先しましょう。イーゴリさんが霧を止めれば昨日みたいに段々霧も晴れるだろうし。そうすれば精霊達も戻ってくると思う」
「そうね」アリシアが、おぼろげな
「分かったわ。皆の武運を祈ってる」
周囲が微かに明るくなってきたせいで、ロニーの目にも、地面にしみ込んで姿を消していく
「
「はい」
アリシアの横に
「じゃあ行きましょう」
ロニーが静かに駆け出すと、アリシア達も続く。
館の窓に明かりは無く、周囲に人や怪物の気配は無い。夜明け前の薄明るさが、濃霧の町を青く染める中、ロニー達は、静まり返った館の窓の一つに辿り着いた。
「
周囲を警戒するロニーに、アリシアが囁き声で言う。
ロニーは、窓から慎重に中の様子を探った。中は誰もいないが、窓は鍵が掛けられているのか開きそうに無い。周囲の窓も調べたが同じだ。
ここからは侵入出来ない。ロニー達は静かに館の入口に回った。
ケネスが扉を調べたが妙な点は無い。彼は鍵を開け、慎重に少し扉を開けて様子を覗った。
窓からの薄明かりで、ぼんやりと中の様子が分かる。ロニーは彼の背中越しに中を覗いたが、どこからか入り込んだ霧で霞む玄関ホールには誰もいない。ケネスはロニーに囁き声で報告した。
「中には誰も居ません。罠も見当たりません」
「分かった。行きましょう」
ロニーの言葉を受けて、ケネスが静かに扉を開けて慎重に中に入る。ロニー達も後に続いたが、広いホールには何の気配も無く物音一つしない。
贅沢な造りのホールには、奥の部屋に続く扉が二つと二階へ昇る豪奢な階段がある。
一昨日来た時の記憶だが、この館は広くて部屋も多い。伏兵には注意しなければならない。
「アリシアさん、伏兵がいないか偵察をお願い出来ませんか?」
「分かったわ……」アリシアが黙って頷き、周囲を見回した。「中も霧じゃ、術は役に立たないか……
囁きが終わるとロニー達の周囲に微弱な風が吹いた。精霊が偵察に出向いたのだ。
「行きましょうか」
アリシアが両手にマンゴーシュを逆手に構え、慎重に歩き始めた。ホール奥の扉の前に立った彼女はケネスを呼ぶ。彼は慎重に罠を調べ、何も無い事を確認すると扉を開けた。
扉の奥は窓からの薄明かりが差す廊下が続き、幾つかの部屋が並んでいる。
廊下にも、どこからか入り込んだ霧が漂う。廊下の奥の扉を慎重に開け、先程侵入を試みた部屋に入っても何も無い。静まり返っている。
その時、先導する
「奥から敵!」
部屋の奥、そして後方の玄関ホールからも大勢が走ってくる足音が響く。
調子の悪い精霊達が伏兵の隠れた部屋を探し出すより、敵の行動の方が早かった様だ。
「窓を開けて!」
ロニーの指示を受け、ケネスとロージーは直ちに窓を開けようとした。
だが、窓は開けられるように見えて固定されていた様だ。気付いた時には遅かった。
「ダメです! 開きません!」
ケネスが叫ぶ横で、ロージーが
その時、前後の扉を開けて黒い怪物が現れた。前の扉の奥に太ったリッチモンド。後ろの扉の奥に痩せた男がいる。痩せた男は、ルパートから聞いていた話から察するに恐らくテッドだろう。
「ケネスさん、ロージーさんと後ろの奴を。アリシアさんは彼らの援護を!」
ロニーは前の扉から怪物が出たのを見ると、指示を出しながら、後続が続かないうちに斬り掛かっていく。ロニーの指示に、彼等は短く了解の意を伝えて即座に行動に移った。
幸いな事に扉は狭い片開きの扉なので、その前で戦えれば包囲される危険は少ない。
(リッチモンドさん……)
最初の怪物を袈裟斬りにしながら、ロニーはチラと尊大な態度で廊下の奥に立つリッチモンドを見た。彼は、偽装とは言え先日は穏やかに談笑をした相手。だが、彼はロニーを見ても顔色一つ変えず、氷のように冷たい眼差しでロニーを見ていた。
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