第34話

 月明かりの下を、十分ほど静かに走り、ロニー達は目指す穀倉を視界に収めた。

 町に霧は無い。ここまでに数名の人影を見かけたが、誰もロニー達に気付かない。音を立てないよう注意した事もあるが、精霊達の偵察で敵を迂回したのが効いている。

 昨日の夕方、ロニー達は遠眼鏡で町を観察して、実際の地形と場所を頭に叩き込んでいた。

 その時と同じく穀倉の前には二名の見張りがいる。満月の下、八十パスル(約二十四メートル)ほど先の見張り共は、まだロニー達に全く気付いていない様だ。

 時折、欠伸をしながら隣の人物と何か喋っている。

「アリシアさんは右の奴を、左の奴は僕がやります。ケネスさん達は、僕達が外したら間髪入れずに攻撃して。それと奴らが死んだら、すぐ鍵を開けて結界の札を剥がして欲しい。それで精霊が中に入れる様になる」

 物陰で様子を覗っていたロニー達が弓矢を取り出し、アリシアは術の狙いを定める。

 ロニーは、立ちあがって物陰から慎重に狙いを定めた。リカントロプの自分の目は、夜でもこの距離と暗さなら、はっきりと敵の姿を捕らえられる。放った矢は、狙い違わず怪物が化けた人の頭を射貫き、悲鳴を上げる間もなく人影が崩れ落ちた。

 もう一人の見張りが慌てた時には、もう遅かった。

穿うがて、水精霊ウンディーネ!」

 アリシアが、ロニーの足下に屈んだまま身を乗り出して小声で叫ぶ。

 次の瞬間、右の男の頭が消し飛び、崩れるように倒れた。水精霊の水弾丸は音も光も出さないので、こういう局面で助かる。

 次の瞬間、ケネス達が音も無く飛び出し、穀倉の鍵を瞬く間に解錠して中に入った。

 ケネス達が結界の札を探す間、ロニーとアリシアが敵の死体を穀倉に放り込む。これで少しの間は襲撃を隠せるだろう。二人目の死体を穀倉に放り込んだ時、ロージーが破った札を手にしてロニー達に見せた。

「結界はこれよ。間違いないわ」

 アリシアが札を見て即答する。ロニー達は素早く穀倉に入って静かに扉を閉めた。 

 穀倉内は、ケネスの持つランタンで淡く照らされている。中はそれほど広くない。

 先日、泊まって襲われた宿舎の寝室くらいだろうか? 壁際に並んだ棚に色々な道具や箱が納められ、床にも大小様々な櫃や木箱が乱雑に置かれている。

 罠に注意しながら全員で銀灰ぎんかいを探すと、奪われた保存箱はすぐに見つかった。中の銀灰ぎんかいも手つかずのまま。全員で手早く箱ごとロニーの背嚢にしまい込んだが、銀灰ぎんかいは、まだ二箱余っている。

 一つは箱ごとロニーの背嚢にねじ込んだが、もう一つは、全員の背嚢や鞄が満杯で入りそうにない。やむなく全員が手持ちの瓶一杯に銀灰ぎんかいを詰め、精霊達にも少し分け与え、アリシアが自分の術の強化の為に一つまみほど使ったが、まだまだ大量に余っている。

 このまま銀灰ぎんかいを残しても、火事に巻き込まれて灰になるだけ。何か良い使い道は無いかと思案するロニーに、アリシアが話しかけた。

「私に考えがあるんだけど、これを使って良いかしら?」

「え? ああ、良いですよ」

「じゃあ、出でよ炎精霊サラマンダー、目立たぬように」

 アリシアの前に淡い姿で現れた炎精霊サラマンダーに、彼女は箱の銀灰ぎんかいをむんずと一掴みして与えた。

「まだ使っちゃダメよ。後でそれを使って建物に火を点けて頂戴。友達も呼んで好きなだけ暴れていいから、一匹でも多くの怪物をここに集めて。銀灰ぎんかいがそれだけあれば多少の水じゃ貴方の炎は消えないと思うし、日頃の鬱憤をはらす良い機会よ。近くの建物も焼いて大暴れして」

「御意」

 低い女性の声を放つ炎精霊サラマンダーは、心なしか表情が緩んでいるような気がする。

「では次ね。ここに爆弾を置いていくわ。銀灰ぎんかいも置いていくから、怪物が十分に集まったら爆発させて怪物共を吹っ飛ばして頂戴。十分集まるまで爆発させてはダメよ」

 アリシアが自分の背嚢から爆弾を取り出して、近くの空いた木箱の中に手早く並べる。

 爆弾を置いた彼女は、突如、銀灰ぎんかいの残った保存箱を持ち上げて木箱の中にひっくり返した。

 ざざあっという音を立てて、大量に残っていた銀灰ぎんかいが全て中にぶちまけられる。

 ロニーは、唖然として一瞬言葉を失った。

「ちょ、アリシアさん! 話が違う。銀灰ぎんかいは僕達が持ってきた分にするんじゃ?」

 ロニーが狼狽しながら尋ねた。只でさえ強い炎精霊サラマンダーの力で強化した爆弾に、精霊や術を強化する銀灰ぎんかいを、こんな大量に使って爆発させたら本当に町ごと消し飛ばしかねない。

「折角、大量に使えるのよ? どうせ霧で弱まるんだから、景気良くやって怪物を一匹でも減らした方が良いわ。人はいないんだし、やられた分は徹・底・的にやり返さなきゃ」

 アリシアが、冷たい目で怖い笑みを浮かべる。

 ロニー達は、恐らく霧の発生源は、精霊が入れなかった四つの建物のどれかだと見積もっていた。残る三つは、どちらもここから距離があるので大爆発を起こしてもイーゴリ達は大丈夫という算段は立てていたが、これほど銀灰ぎんかいを使って爆発させて大丈夫かと不安がよぎる。

「私の精霊は皆凄い力を持ってる。でも、昨日は銀灰ぎんかいを使っても弱い力しか出せなかったから心配ないわ。これだけの銀灰ぎんかいを使ってもイーゴリさんやマーシア達は大丈夫よ。それ位は考えてるから」

「……分かりました。じゃあ皆を助けに行きましょう」

 少し心配だが、彼女が昨日の経験を元に必要と判断したのだ。ロニーは、精霊使いとしての先生の意見を尊重する事にした。

「ええ。じゃあ炎精霊サラマンダー、私達がこの建物から出たら火をつけて。爆弾を爆発させたら、すぐ私の所に戻って。頼むわね」

「承知いたしました」

 アリシアと炎精霊サラマンダーとの話が終わったのを見たロニーは、建物の扉から、慎重に様子を伺って飛び出した。アリシア達が後に続く。

 炎精霊サラマンダーが、無人となった穀倉に十名近い大小様々な炎の精霊を呼びだした。彼女は何かを話した後、仲間に銀灰ぎんかいを分け与えて建物に火を点ける。あっという間に、太い柱の一つが蝋燭の様に簡単に燃え上がり、パチパチと爆ぜる音を立てながら煙を立てていく。

 炎の精霊達は、燃える柱の周りで、銀灰ぎんかいの超大盤振る舞いで遠慮無く大暴れできる喜びに小躍りしている。欣喜雀躍きんきじゃくやくする彼女等は、アリシアの予想を大きく超えて羽目を外し始めた。

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