第三章 月夜の逆襲

第33話

 翌朝、まだ夜も明けぬ内から、ロニー達は武装した数十名のドワーフ達と共に山道を下っていた。満天の星と満月の光が漆黒の山道を薄らと照らしているが、その程度の光では足下が覚束ない。

 なので、ドワーフ達は麓からの監視を警戒して、薄い鉄板で覆ったランタンで足下を照らして慎重に歩いていた。

 一言も喋らぬまま麓近くまで降りた彼等は、途中で町への道から逸れて細い獣道に入り、町の傍へ流れる大きな川の川縁に辿り着いた。

 月明かりの下、川の流れる音と虫の声が響く。

 五分ほど待っただろうか? 川下から少し強めの風が吹き、光を抑えた姿で風精霊アネモスと、彼女と同じ様な大きさの、見慣れない八人の様々な精霊が現れた。

「ロニーさん、見てきたわ」

 風精霊アネモスが、前に出る。

「ロニーさんが予想した通りだったよ。町に見張りはいたけど霧は無かった。あの位の数だったら、上手く奴らを回避して穀倉へ行けると思う。それと、マーシア達は地下牢から動かされてないわ。近くに見張りがいたから話は出来なかったけど」

「館の敵は、どうだった?」

「館の周辺と中は、結構な数がいたわね」風精霊アネモスが軽く両手を上げて、お手上げと言う様な仕草をする。「館の近くで怪物を回避するのは難しいわ……穀倉を襲う陽動が効くのを祈るしか……」

「分かった。助かったよ、有難う」

「奴らの動き、予想の範囲内ね。館に、精霊除けの結界位は作ると思ってたのに……楽じゃ無いけど希望が見えてきたわ」

 横に立つアリシアが、不敵な笑みを浮かべながらロニーを見た。

「ですね。奴ら僕達を舐めてる。奴らは百匹近い戦力がいるし敵は二人だけ。警戒してるみたいだけど、奴らは夜目が利くし霧や人質も使えるから、普通に考えたら負ける訳がない」

「今は舐めててくれた方が有難いわ……さ、奪われた物を全部取り戻しましょう」

 アリシアの態度は冷静だが、声には気力が窺える。マーシアを救助する希望が出て少し元気を取り戻した様だ。

 ロニーは口に出さなかったが、戦力差や状況を考えれば、この作戦を成功させるのは非常に難しいと思う。楽観できる要素が全く無い。彼女も、それは分かっていると思うが、何とか銀灰ぎんかいとマーシア達の奪還を成し遂げ、セオとアリシアの希望を叶えたい。

「ええ。じゃあ、イーゴリさん。すみませんがよろしくお願いします」

「ああ。確認だが、ワシらは二手に分かれる。ワシのチームは霧が発生したら発生源を破壊する係だ。息子のニコライ達は、村への道に怪物を阻む罠を色々作っておるが、もうすぐ降りてくるはずだ。降りた後は、君達が脱出してきた時に撤退を援護する」

 そう言ってイーゴリは顔の汗を拭いた。まだ夜明け前だが今夜は蒸し暑い。

「村を守る者以外は全員参加したが、人数が足りんからニコライ達は合流地点から動けん。囲まれればお終いだからな。だから、そこまでは何とか自力でやってくれ」

「了解しました。イーゴリさん。それにドワーフ族の皆さん。僕達の為にすみません」

 ロニーは、イーゴリ達に深々と頭を下げた。アリシア達も続いて頭を下げる。

「構わんさ。どちらにせよ怪物共はどうにかしないとダメだったんだ。君らのおかげで村を守るメドも付いた。君の手紙を持った仲間が、国立警備局ヴァルチャーズネストの護衛達を連れて来てくれる……さぁ、やるからには必ず成功させよう」

「ええ」

 ロニー達とイーゴリは固く握手を交わした。

「ではイーゴリさん、精霊達の事をよろしくお願いします」

「ああ、任せてくれアリシアさん……では、行ってくるよ」

 イーゴリ達は、昨日の会議の後、アリシアの仲介で村の近辺にいた精霊達と、明後日までの約束で契約していた。彼等がイーゴリ達の周囲を警戒しながら、霧の発生源へ案内する手筈になっている。

 さらに、イーゴリ達は不利な状況を少しでも改善すべく、戦いに備えて昨日のうちに簡単な精霊術の練習を済ませていた。初心者の彼等では、霧の中では気休めかも知れないが無いよりマシだろう。

 イーゴリは部下達を集め、ロニー達に手を振った後、待機地点へ向かって歩いて行った。

 霧の発生源は、最初に風精霊シルフが町を偵察した時、結界で入れなかった建物のどれかだろう。

 ロニー達は、どの建物が怪しいか大まかな目星をつけており、イーゴリ達は、その近辺の安全と思しき所で霧が出るまで待機する。 

 イーゴリを見送ったロニーは仲間達を見た。アリシアの横にケネスとロージーがいる。

「僕達も行こう。このまま川縁を進んで町の近くまで行く。アリシアさん、精霊のみんなをお願いします」

「ええ」アリシアは頷き、傍らで体からの光を抑えて佇む精霊達を見た。先程、風精霊アネモスと共に町の偵察に向かった精霊達だ。「皆さん、急なお願いに力を貸して下さってすみません」

 アリシア達が頭を下げたのを見て、少年らしい風精霊が片手を上げて軽く答えた。

「気にしなくて良いぜ? この近くの精霊は、みんな時々体調が悪くなるから変だなって言ってたのさ。それが、あの町の奴らのせいだってんだろ? あれを、何とかするんだったら喜んで手を貸すぜ」

「有難う。じゃあ、さっき話したとおり、風精霊は空から偵察して怪しい物を見つけたら教えて。その他の方は自分の行ける所から偵察をお願い。それと、これを渡しておくわ。まだ使わないでね」

 アリシアが、鞄から銀灰ぎんかいを入れた薬瓶を取り出して、中の銀灰ぎんかいを一粒ずつ精霊に与えた。

「さっきも言ったけど、その内、あの霧が出ると思う。だからマズくなったらそれを使って。銀灰ぎんかいを使えばマシになるらしいから」

「お、すまねぇな……じゃ、オレ達はここから姿を消す。姿を現すと体の光がマズいって話だし、連絡は水精霊ウンディーネ達に直接やるよ。それなら姿を出さなくてもいけるしな」

「ええ。お願いね」

「おう! 任せときな。じゃ、行ってくるぜ!」

 少年の風精霊が姿を消すと、周囲の風精霊達も姿を消した。その直後、上空や町へ向けて風が四回吹いていく。

 その他の精霊達も、アリシア達の精霊を残して姿を消した。

「では、我々も皆様の周囲を警戒します」

 傍に佇んでいたシルフとアネモスが姿を消し、直後に強い風が吹いた。

「では、ウンディーネとネロは案内をお願い。みんなから連絡が入ったら随時教えて」

「御意」

 先導する水精霊達は、辺りが暗いので相変わらず姿が分かり難い。これなら怪物共に見つかる事もないだろう。

「じゃあ、ここからは敵地だ。皆、気を付けて行こう」

 ロニーの言葉に、アリシア達が表情を引き締めて頷く。

 ロニーの横にアリシアが並んだ。彼女の前には水精霊ウンディーネ達がいる様だ。

 ロニー達は、川の流れる音の中、闇の中を静かにヴェルゴーへ向けて駆け出した。

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