第32話

「え?」

 驚いたロニーが風精霊シルフを凝視した。全員の視線を一身に集めた風精霊シルフが口を開く。

「霧の発生源に近づくほど、霧が濃くなって私達の力が抑えられるでしょう? だから私達の力が抑えられる方向へ行けば発生源を突き止められる筈。そこにある何かを止めれば良いわ。霧が出たら案内出来るわよ」

 天啓とは、この事だろうかとロニーは思った。確かに、その手ならいけそうだ。

「そうか! 後手だけど手はあるって事か……穀倉に火を点けた後、霧が出ても効果が出るには時間が掛かるし、怪物を集めて一泡吹かせる事は可能だと思う。そして敵の目が火事に向いている間に皆を救助して脱出。もし、町に近づく前に霧が出ていれば僕達を警戒してるって事だから、その時は先に霧の発生源を何とかする。作戦の大枠はこんな感じかな……?」

「ロニーさん! いけそうじゃないですか?」

 ロージーが明るい顔で言ったが、ロニーの表情は、まだ冴えない。

「いや……ダメだな。穀倉を焼いた時点で僕達の侵入はバレるから、霧はすぐ出るだろうし、人質の奪還も迅速にしないとダメだ。風精霊アネモスさんが伝言を伝えに来たって事は、僕達がみんなの居場所を聞いて奪還に来る事くらい予想してると思う。グズグズすると館への侵入が難しくなるから、とても霧への対応は出来ない」

「じゃ、じゃあ霧への対応を先にすれば……って、ダメね……霧を止めて術が使えても敵が多すぎるし、捕まった人達が何をされるか……」

 ロージーが、顔をしかめて頭を抱えた。

「そう。それに脱出する時も厄介だよ。穀倉を焼いたら僕達を探す範囲は館の近辺に限られるから、大量の敵が狭い範囲に集中すると思う。行きと違って、帰りは精霊達の偵察があっても見つからずに逃げるのは難しいだろうな。霧が出たら精霊の力も落ちるしね……」

「……そっか……そうね」

 ロージーがケネスと顔を見合わせて、暗い顔で肩を落とした。彼女達の失望はもっともだ。

 問題を解決したと思っても、続々と難問が湧いてくる。そもそも四人で百匹近い敵を相手にするのが無茶なのだが……

 ロニーは懸命に打開策を考えるが、何も良い手が思いつかない。ロニーの前でケネスとロージーがヒソヒソと話をしていたが、少しして思いきった様にケネスが口を開いた。

「イーゴリさん、ご迷惑でしょうけど、どうか皆さんのお力を貸して頂けませんか?」

「……気持ちは分かるが難しいな」イーゴリが、申し訳なさそうに言った。「実は、君達を助けた後の会議で怪物を討伐しようという意見は多かったんだ。だが、幾ら村を襲う怪物との戦いでワシらも鍛えられたとは言え、どう考えてもワシらでは戦力が足りん。だから騎士団に通報して彼等が動くのを待ち、行商に行けない間は備蓄でやっていこうと決まったんだよ」

「……そうなんですか……」

 ケネスが力無く肩を落としたが、騎士団と聞いたロニーが心配そうに尋ねた。

「イーゴリさん、通報があっても騎士団は完全な証拠が無いと動かないです。まず騎士団の使者が内密に調査してからになりますから、時間が掛かるかと」

「ロニーさんは国立警備局ヴァルチャーズネストに務めてるって話だったな? 君が言うなら間違いないだろうが困ったな……」イーゴリが思わず天を仰いだ。「まぁ、秋迄に解決してくれれば良いが……それ以上掛かると冬の備えに影響しかねん」

 それを聞いて、黙って考え込んでいたアリシアが顔を上げ、おずおずと口を開いた。

「……イーゴリさん、ひょっとしたら……ですけど、少し気になる事が」

「それは……何だね?」

 イーゴリが、呆気にとられた様にアリシアを見た。

「先程、皆さんが奴らの注文で作る品もあると仰ってましたね。でも、今回の行商は中断して行ってないでしょう? それに今後も行けないでしょうし……今、彼等へ納品する物って無いんですか?」

 イーゴリを心配そうに見るアリシアの前で、彼の顔がみるみる強張っていく。

「あっ! 幾つか……!」

 イーゴリの顔から、完全に血の気が引いた。忘れていた様だ。

「やはり……納品が遅れれば、彼等が催促に来るかもしれません。正当な理由があれば彼等も納得すると思いますけど、何故、来ないのか尋ねられたらどうされます?」

「む……」

 イーゴリが、眉間に大きな皺を寄せて腕を組んで俯いた。

「それは何とか誤魔化せたとしても、皆さんが、奴らの正体に気付いたとバレる方がマズいかと思います。奴らは普段人に化けていた。正体を隠したかったからでしょう。でもこうなったら全員の口を閉ざして自然に振る舞うのは難しいかと。子供達の様子や、うっかりミスからバレたり怪しまれる事はありえます。そうなれば、奴らがどう出るか……」

「……そうだな……君達も、人質を取られて呼ばれてるんだった」イーゴリが、苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。「奴らは人など虫ケラか何かにしか思っていない……この村を、血で染める訳にはいかん」

「ええ。ですが奴らが来る前に引っ越ししようにも、行くあてはありますか? 逃げるにせよ戦うにせよ、早く決めた方が良いかもしれません」

「急な事とはいえ抜かったな。納期遅れか……くそっ! 奴ら、いつ来てもおかしくない!」

 思わず小さな舌打ちをしたイーゴリが、頭を掻きむしって深刻な表情を浮かべた。

「これは、すぐ仲間と相談せねばならん。村の重大事はワシの独断では決められんからな……だが、仮に、あんたらに協力するとして村の安全はどうする? 君達に手を貸せば奴らは必ず報復に来る。村の安全のメドが立たんとワシらも手は貸せんが、何か良い手は無いか?」

 イーゴリの言う事はもっともだと思う。ロニー達に、幾らかの武器や爆弾を融通するのでさえ、彼等は危ない橋を渡って協力してくれているのだ。感謝こそすれ不満など無い。

 普通の村なら、巻き添えを恐れて、それすら望めない事が多いだろう。

 ロニーは、考えを巡らせながら木箱に入った武具を見て、一つの手を思いついた。

警備局員ヴァルチャーを雇うのはどうです? 国立警備局ヴァルチャーズネストは公益を重んじますから、安全を脅かされているのに支払いが難しい場合、分割とか物納とか、なるべく融通を利かせる事になってます」

「分割払いに物納か……」

 イーゴリは、頷きながら何かを真剣に思案しはじめた。

「ええ。もし、お金で払うのが厳しいなら、あの武具を物納すれば良いです。不足なら指定された分量を追納したら良いですし、あの業物なら喜んで受け取りますよ」

 ロニーは、先程手にした剣が納められている木箱を指さした。

「皆さんには、僕達みたいに明日正午までっていう期限が無い。僕が緊急事態を知らせる手紙を書きますから、それを持って依頼を出せば警備局ネストはすぐ動くと思います。ヴェルゴーを迂回する時間は掛かるでしょうけど、明日の昼過ぎには護衛達が来るかと」

 イーゴリが、真剣な表情でロニーの言葉を聞いている。

「中堅のチームを四つほど呼べば、籠城用の物資もある事ですし、余裕で騎士団が討伐に来るまで持ちこたえられると思います」

「なるほどな。ちなみに武具の買取は幾ら位で、雇う金は月に幾らくらい掛かると思う?」

「……まぁ、大体……ちょっと、お耳を借りますね」

 ロニーは、イーゴリに耳打ちした。

「……うぅむ、ちょっと痛いな。まぁ、武具の買取がその位なら大丈夫だが……」

「無理をお願いする分、僕が生きて帰れれば、セオさんに銀灰ぎんかいをお渡しした後、休暇を取ってお手伝いします。色々あって使えなかった有給休暇が、たっぷり余ってますから」

 借金の返済に少し支障が出るが、金貨七十枚をセオが払い、今月稼いだ金を来月分に充てれば何とか来月のメドは立つ。今は、この危機を乗り越える方が先決だ。

 ロニーの言葉にアリシアが続いた。

「私もお手伝いします! マーシア達が助かるなら、それ位のタダ働き喜んで!」

 懇願する様なアリシアの言葉を受け、イーゴリは腕を組み眉間にシワを寄せて考えている。

「よし、分かった。物納で国立警備局ヴァルチャーズネストを呼ぶ……か。それは思いつかなかった。それに、君の手紙があれば明日には来ると……その代わり、ワシらも君達に力を貸すという事だな?」

「ええ、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんが、お力をお借りできれば有難いです」

 ロニーは深く頭を下げた。アリシアやケネス達も続いて姿勢を正して頭を下げる。

「……分かった。条件は悪くない。すぐに仲間と相談するが、ダメだったら諦めてくれ」

「はい」

「よし、では早速仲間と相談する。では、ここを出ようか」

 イーゴリに誘われ、ロニー達は倉庫を後にした。

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