第31話

「何故、そこが怪しい建物だと?」

 ロニーが少し訝しげに尋ねたが、根拠によっては有力な手掛かりとなる。

「一昨日かな? 馬車が一台テッド商会に行くのが見えたんだ。何とかして危ないと教えたかったが、どうしようも無かった。だが馬車はしばらくして何事も無く帰って行ったんだよ。変だとも思ったが、ワシらもずっとそうだったからな。今まで忘れておったわ」

「あ!」ロニーは思わず納得した様に手を叩いた。「それ、納品に行ったギルバートさんだ」

「知ってるのか? その馬車が帰った後で、テッド商会から別の建物に色々な荷物が運ばれていったんだ。多分あれは、そのギルバートとやらが納品した物だろう」

「その建物は何処です? この地図にありませんか?」

 ロニーは背嚢から地図を取り出した。出発前に、ラングドン一家から貰った地図だ。

「多分、この建物だな。見張りが立っているようだったぞ? 後で遠眼鏡で確認すると良い」

 イーゴリが地図で指さした建物は、ペンで小さく星印が書き込まれている。

風精霊シルフさんが、結界が厳重で入れなかったと言ってた建物か」ロニーの言葉に風精霊シルフが頷いた。「まず間違いないな。まずここへ行って銀灰ぎんかいを奪還、爆弾を置いて建物に火をつける」

 ロニーは、作戦を考えながら独りごちた。

「アリシアさん、爆弾の爆発は炎精霊サラマンダーさんにお願いできますか? 怪物をなるべく沢山引きつけてから爆破して欲しいんですが、可能でしょうか?」

「いけるわ。爆破の判断は精霊任せになるけどね」

「一つ解決だな」ロニーは少し安堵したが、すぐに気を引き締めた「次の問題は、やるとしたらいつ襲撃を掛けるかだけど……出来るだけ敵が油断している時間が良い……イーゴリさん、奴らの生活習慣みたいな物は分かりませんか?」

 イーゴリは腕組みをしながら俯き、何かを思い出しながら言葉を紡ぐ。

「……あいつらは、普通の人間のように昼間は仕事をしていると思う。ワシらが町へ行く時は昼位に行ってたが、いつも、その頃には畑や店に出ていたからな」

「なるほど……あ、でも」ロニーは襲撃を夜にした方が良いかと思ったが、一つ気になる事を思い出した。「ケネスさん……確か、奪還隊は深夜に潜入を試みて攻撃に遭ったと言ってましたね?」

 昼間に活動しているなら夜は休んでいると思うが、それが罠かも知れない。

「ええ、そうです。でも僕達が潜入を開始した時に怪物はいなかったですし、怪物が現れるまで数分は掛かった様な気がします」

「そうですか……少し現れるのが早いと思うけど、見張りに見つかるか何かまでは人と同じく奴らも休んでるって事かな……」

「じゃあ、やはり奪還は夜が良いって事かしらね?」

 アリシアがそう呟いたが、ロニーは、まだその考えに賛同できなかった。

「多分そうだと思うんですけど、問題が」全員の目がロニーに集まった。「あの怪物共、夜霧の中で正確にこちらを目指してきたでしょう? 倉庫で戦った奴もそうだったけど、奴らはリカントロプの僕より、ずっと夜目が利く。今夜はまだ月明かりが期待できるけど、それが効くのも霧が出るまでです」

「……あ……そうね」

 アリシアが何かを思い出した様に呟き、残念そうに顔をしかめた。

「え? あの霧って何かあるんですか?」

 ケネスが、不思議そうにロニーに尋ねた。

「精霊が見抜いたんだけど、あの霧、術とか精霊の力を弱める黒魔法の産物らしいんです。おまけに視界も効かなくなる。奴らが、危険を感じたら出るみたいで……」

「そうだったんですか……あの霧のせいで……」

 ケネスが悔しそうに顔をしかめた。彼等も、あの霧のせいで追い詰められて仲間を大勢失ったのだ。その怒りと無念さはいかほどだろう。

「……さっきも霧で月明かりが余り役に立たなかった。視界が効かないと僕達は圧倒的に不利だ。逃げる時も控えてたけど、ランタンや炎の術を使えば居場所を教える事になるし」

 ロニーは少し俯き、考えを巡らせながら言葉を続けた。

「……夜襲の考えは良い。でも捕虜を連れての脱出を考えると、襲撃は、霧が出てもこちらも少しは目が利く夜明け直前が良いと思う。その上で、敵の裏を掻けないかと思うんだ」

「……と言うと?」

 ケネスが興味深げにロニーを見ている。

「これは推測だけど、敵は夜目に加えて匂いか音か体温か、何かを加えて居場所を察知していると思う。でなければ単純な夜目で、あの濃霧の中、離れた所から正確にこちらの居場所を突き止められると思えない」

 ロニーは、猪人オーク共の洞穴で戦ったワームを思い出していた。奴らは目が無いのに音や匂いで正確に自分達を狙ってきた。

「それ、ありえるわね……さっき、敵を迂回しても少しの間つけ回されたし」

 アリシアが、腕組みをしながら呟く。

「でしょう? 多分、奴らは暗闇や濃霧の中での探知に自信を持ってる。それがあるから夜襲に加えて、あの厄介な霧を使えたんだ」

 ふと、ロニーは一つの案を思いついた。上手く行けば奴らの裏をかける。

「……アリシアさん、さっきは焦って気付くのが遅れましたけど、最後は大勢の精霊を呼んでの偵察で追跡の裏を掻きましたよね? こちらから襲撃する時も、さっきみたいに大勢の精霊に偵察して貰えば、安全な行き方を探して敵の裏を掻けると思うんだけど、どうでしょう?」

「……いけると思う。でも精霊は、もっと多い方がいいわ。さっきは危なかったし」

 それを聞いて、黙って話を聞いていた風精霊シルフがアリシアに語りかけた。

「それならば、私がこの辺りの精霊に頼んで来ましょう。何人かは手伝ってくれるかと」

「力を貸してくれる精霊がいれば助かるよ。じゃあ、時間は夜明け前に決行か」

「そうね。それで良いと思う」

 アリシアが大きく頷いたが、ケネスは浮かない表情だ。

「でも、さっき伺った霧はどうします? 僕達も術が使い物にならなくて酷い目に遭いましたし、霧が出てたら爆弾の強化も弱まるんじゃ……」

「一番厄介なのが、それなんだよな……どうするかな……」

 ロニーが深刻な顔で考え込むのを見たアリシアが、風精霊シルフに尋ねた。

風精霊シルフ、あの町の霧はどうだった? まだ出てた?」

「町に入った頃は、霧が薄れて力を抑える効果も少し弱まっていました。それにアネモスと出会う頃には、ほぼ霧は晴れて力も普通に出せる状態でした」

「……奴ら……さっきの戦いでアリシアさんの術の手強さを知っただろうし、僕達の奇襲を受ける可能性を考えれば、犠牲を抑えるために霧はまだ発生させるべきだと思う。でも、危険が去るとすぐ霧が晴れるって事は……あの霧……あまり使いたくない理由があるのかもな」

 風精霊シルフの話を聞いたロニーが、考えをまとめる様に独りごちた。

「多分、僕達の侵入に気付くまで霧は無いと思う。それに霧が発生しても風精霊シルフさんの話だと即座に精霊の力が抑えられる訳じゃない。霧がある程度濃くなるまで効果が無い」

「でも、それは時間の問題ね。侵入に気付かれたら、また霧に覆われてさっきの二の舞よ」

 アリシアの言う通りだろう。この霧を何とかしないと、どんな作戦を立てても万に一つの勝ち目も無い。

「アリシアさん、さっき炎精霊サラマンダーさんが、あの霧は黒魔法の産物って言ってましたね? 霧っていうか、黒魔法を中和する術とか方法ってありませんか?」

「……残念だけど……無いわ」

 アリシアが無念そうな顔で答えると、風精霊シルフが遠慮気味に声を上げた。

「……ロニーさん、霧の発生源を突き止める方法ならあるわよ。そこを叩かない?」

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