第30話

 朝食の後、イーゴリに案内されたのは坑道の奥にある倉庫だった。

 イーゴリが扉の錠前を開けて、軋み音を立てるぶ厚い木の扉を重そうに開くと、通路の明かりが暗い倉庫に差し込んで中を淡く照らした。

 倉庫は、先程の打ち合わせ部屋位の広さがあり、壁には様々な武具が掛けられ、床にも所狭しと様々な大きさの木箱が積み上げられている。

 イーゴリが先に倉庫に入り、天井から下がる魔法のランプを灯していく。

 朝食中に聞いた話では、ここは以前の村に比べて、家畜を狙う怪物によく襲われるそうだ。

 故に、万一の事態に備えて坑内に安全性を確認した水源を確保し、半年は籠城できる武具、塩や保存食、医薬品等の物資を数カ所に分けて蓄えているらしい。

 ロニーは倉庫を見回し、イーゴリの許しを得て、木箱に無造作に納められていた剣を一本手にした。鞘から抜いてみると見事な逸品だ。こんなに雑に扱われて良い品ではない。

「ドワーフ族が作る武具は、素晴らしいと聞いてましたけど実際凄いですね。魔法の掛かってない鋼の武具でも、これほどの業物わざものは、結構なお金を払わないと買えないです……」

「気に入ったんだったら一本持って行くか? 何かの助けになるなら幸いだ」

 仕事ぶりを褒められて気をよくしたのか、イーゴリが笑みを浮かべる。

 彼は鍵束から一本の鍵を選び、奥の赤く塗られた箱の一つに近寄って錠前を開けた。

 開けられた箱を覗き込むと、握り拳より少し大きい、黒光りする爆弾が整然と並べられている。

「傭兵や警備局員ヴァルチャーなら珍しくも無いと思うが、これが爆弾だ。これは発破用と違って中に金属片を混ぜて殺傷力を高めてある。猪人オークが相手なら大体半径十パスル(約三メートル)以内は即死、三十パスル(約九メートル)以内なら運が良くて重傷だ。最大で三百パスル(約九十メートル)位まで破片が飛ぶから、使うんだったら気を付けてくれ」

「分かりました。ちょっと持って良いですか? この爆弾、爆発までは何秒位でしょう?」

 ロニーは許可を得て爆弾を一つ手に持った。ひんやりとして思ったより少し重い。

「導火線に火を点けて六秒だ。ワシらは、それを専用のクロスボウを使って放つんだ」

 イーゴリは、隣の木箱の蓋を開けてクロスボウを出した。普通なら矢をセットする場所に、爆弾を収めるカップがついている。

 ロニーが、試しに弦をセットするレバーを引いてみたが結構力がいる。義手に、少し魔力を送って力を込めると簡単にセットできたが、これではケネス達は使えないだろう。クロスボウを見つめていたロニーは、イーゴリが目を丸くして自分を見ている事に気がついた。

「君、人間にしては凄い力だな。それはワシらドワーフ族が使う様に作ったんだが……」

 ドワーフ族は、人間やエルフ族より優れた膂力りょりょくの持ち主で知られている。このクロスボウのレバーの重さも納得だ。

「まぁ、僕は馬鹿力だけが取り柄なんで……ところで、これ凄い力がいりますね。強力な武器ですけど、ちょっと……」

 ロニーは、クロスボウを見ながら心底残念そうに呟いた。

「これはワシらが使うように作ったからなぁ。よほど体を鍛えてないと、ワシらより力の弱い種族では扱うのは難しいかもしれん」

 イーゴリが呟く傍で、アリシアがロニーから爆弾を受け取り、じっと見つめた。

「それが使えなくても、爆弾は炎の精霊で強化できるから工夫次第で切り札になるわ。炎精霊サラマンダー銀灰ぎんかいを与えて頼めば凄い威力になるわよ」

「どの位、強化できそうです?」

 ロニーは、興味深げに尋ねた。

「そうね……この箱の爆弾を一度に全部使ったら、あの町を半分更地に出来るかしら?」

 イーゴリが、その言葉を聞いて苦笑いを浮かべた。

「……あんた、怖い事を言うな。あの町を怪物ごと消し飛ばすつもりか?」

「その位の気持ちじゃないと、四人で百匹近い怪物と渡り合えないわ」

 アリシアが少々疲れたような、先が思いやられるといった風な表情を浮かべた。

 イーゴリが、しばし顎に手をやって考えていたが、少しして、すまなさそうに言った。

「うーん……あんたの気持ちは分かるし、なるべく協力したいが大量に使うと奴らが出所を怪しむだろう? それに、すぐ新しい物も作れんから十個位で勘弁して欲しい」

「それだけでも助かります。有難うございます」

 アリシアとイーゴリのやり取りを聞き、ロニーは頭を下げてから話を続けた。

「爆弾は、なるべく敵を集めて一網打尽にする方が良いと思う。爆弾は間隔を取る敵には効果が薄くなるし、敵と遭遇するたびに使ってたら手を読まれますから。不意を突ける内に最大の効果を出せる使い方をした方が良いかと」

「それが良いと思うけど、どうやって集める? 私達だけじゃ囲もうとするでしょう?」

 アリシアの懸念はもっともだと思う。数に勝る側は包囲しようとするのが当たり前だと思うが、そこを何とか一カ所に敵を集めたい。思案にふけるロニーは、ふと、ある事に思い当たった。

「確か……銀灰ぎんかい返却を頼んだ時、慰謝料を払うから返してくれって話を蹴られたって言ってたな……奴らは銀灰ぎんかいこだわっている様な気がする。そこを突けないかな……」

「ロニーさん、どうしてそう思うんです?」

 ケネスが、ロニーが自問気味に呟いた事に関心を抱いたらしい。アリシアも、爆弾を箱に戻して興味深げにロニーを見る。

「怪物が、人間のかねに興味が無いのは分かるんだ。でも困ってる相手の頼みを拒否するのは得とは思えない。自分達の方が立場が強くても禍根は残るし、頼みを聞けば貸しを作れるでしょう?」

「あ……そうですね」

 ケネスが、納得した様に頷く。

「まぁ、使い捨てにするつもりなら話は別だけど……銀灰ぎんかいは、品物が減って値段も上がってるけど待てば手に入る……つまり、皆さんに頼めばまた入手出来るのに返さなかったって事は、奴らには銀灰ぎんかいを手放せない理由があると思う」

 ロニーの頭に、取るべき策がおぼろげに浮かんできた。

「だから、銀灰ぎんかい奪還後に穀倉を燃やせば消しに来た敵を集められるかも……精霊に頼んで、そこを強化した爆弾で吹っ飛ばせば、奴らを痛い目に遭わせられるかな……」

「……そう言えば、奴らからの仕事は銀灰ぎんかいの依頼が多かったみたいですね。僕達が手がけたのも、ほとんど、それだったんじゃないかな?」

 ケネスがロージーに確認する様に尋ねると、ロージーが同意する様に頷いた。

「……そうね。そうだったわ」

「なるほど……その手でいけそうね」真剣な表情で意見を聞いていたアリシアが、納得した様に頷いて尋ねた「イーゴリさん、穀倉って何処にあるか分かりませんか?」

 アリシアの問いで全員の視線がイーゴリに集まったが、彼は心苦しそうに頭を掻いた。

「すまんが、それは分からん。ワシらも町へは時折行くだけだったからな……」

 さらに言葉を続けようとしたイーゴリだが、ふと何かを思い出した様に顔を上げた。

「……いや! 穀倉がどこかは分からんが、怪しい建物ならあるぞ」

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