第29話

 それから一時間程でドワーフの村に到着したが、村と言っても家は見当たらない。

 山の中腹にある坑道が彼らの村で、坑道の外の森を切り開いた平地には、様々な野菜や穀物の畑と家畜小屋、それらを囲う頑丈な獣除けの柵が広がっているだけだ。

 彼等の家は、坑道内の各地に各家族が住まいとなる広さの空間を作り、そこに木製の間仕切りや家具を置いて家としていた。イーゴリが言うには、村には百二十人程度の住民が住んでいるらしい。坑道や家の中は、随所に設置されたランプの光で満たされて明るく、思ったより換気も効いていて悪臭や息苦しさも無い。

 ロニー達は、このドワーフ一族を率いるイーゴリの家に案内された。

 少し天井が低い事と窓が無い事を除けば、住まいとして不満は無い。案内された部屋は普段は仲間との打ち合わせにも使う部屋らしく、大きな机と椅子が十脚、置かれている。

 机にはランプが二つ置かれ、室内を柔らかい光で満たしていた。

 その部屋の椅子に、ロニーとアリシア、イーゴリ、ケネスとロージーが座った。

「ここは昔、人間が掘った坑道でな。そこを改造してワシらの村として使ってるんだ。人間達は発見できなかった様だが、ワシらは近くに新しい鉱脈を見付けて、そこで採掘した鉱石を加工して生活しておる」

 イーゴリが村の紹介をする間に、イーゴリの妻が、黒パンと搾ったばかりの家畜の乳の朝食を持ってきてテーブルに並べる。イーゴリが戻ってすぐ、彼から大まかな話を聞いた彼女は、朝早くの来訪なのに嫌な顔一つ見せず、ロニー達をねぎらって下がっていった。

 ロニー達は、イーゴリと妻に礼を言ったが、イーゴリはすまなさそうだ。

「出せるのが、こんな物ですまない。口に合うかどうか分からんが良かったら食べてくれ。ところでロニーさん、あの町の事だが、住民の大半が怪物と言うのは本当か?」

「ええ。アリシアさんの精霊が教えてくれました。精霊使いは少ないですしアリシアさんの精霊ほど力のある精霊は滅多にいないって話ですから、今までバレなかったんだと思います」

 ロニーの顔と声に、悔しさが滲む。

「なるほどな。確かに、今時、精霊使いとは珍しい。ワシが子供の頃は村にも一人いたんだが精霊を見たのはその時以来かな」

 イーゴリが、アリシアの横に浮かぶ水精霊ネロを珍しそうに見た。夜は姿が見えにくい水精霊ネロだが、明るい所では水の固まりの様な姿が分かる。

「さっき見た風精霊シルフとやらの大きさだと、相当な力の持ち主だろう。昔、村にいた精霊とは大きさが全く違う」

 イーゴリが、感心した様に言った。

「精霊の力って、大きさで決まるんですか?」

 ロニーは、そんな事を聞いた事が無い。

「昔、聞いた話ではな。普通、契約できる精霊は人の頭位の大きさだそうだが、あんな凄い精霊が契約してくれるなんて、精霊から余程の信頼を得ているんだろうな」

 イーゴリは、腕を組んで表情を改めた。

「まぁ、それはともかく、あの町のほとんどが怪物。あの惨劇を見て予想はしていたが改めて言われると……困ったな……」

 イーゴリは腕を組んだまま、顔をしかめて考え込み始めた。

 部屋に重苦しい沈黙の時が流れる。ケネスが、思い切った様に口を開いた。

「ロニーさん、ヴェルゴーへは誰と来られたんです?」

「僕達以外は、ルパートさん、ネリーさん、クレアさん、ターナーさん、トニーさん、そしてマーシアさんの八人ですが、今朝の襲撃で……このザマです」

「ルパート様まで……」

 ロージーが沈んだ声で呟き、悲しそうに俯いた。

「僕達が知っている事は、今、言った事が全てです。来てすぐの襲撃でしたから、銀灰ぎんかいもテッド商会には無いと言う事くらいしか……ケネスさんは如何です?」

「僕達も同じ様なものです。潜入を開始して、すぐに襲撃を受けましたから。イーゴリさんの遠眼鏡の監視も、まだ始めて数日ですし、これといった情報は何も……」

 ケネスが、心苦しそうに言う。

「そうですか……イーゴリさんは、これまで何か気付いた事は無かったですか? 皆さんは、もう何年もここに住んでいらっしゃるんでしょう?」

「気付いた事は……特に無いな。ワシ達も来て二十年位なんだが……言われてみれば、最初の頃は変わった所は無かったが、十五年程前から、行商に行ったあと町の様子が少しおかしくなかったか、と言う奴が時折出てきたな……」

 イーゴリが、少し首を傾げて考えている。昔を思い出そうとしている様だ。

「言われる度に、何がおかしいのか皆で考えたが何も思いつかなかったんだ。皆、気配とか雰囲気とか、漠然とした事しか言わないので放っておいたんだが……」

 イーゴリの言葉が終わらぬうちに、突如、部屋の扉から弱い風が吹いてきた。

 風はアリシアの辺りで止まり、シルフとアネモスが姿を現す。

「アリシア様、アネモスが報告したい事があると」

「こんな所にいたのね! マーシア達が怪物に捕まったわ! あの怪物達、みんなが明日の正午までに投降しないと全員殺すって言ってるわ!」

 ロニーが血相を変えて立ち上がり、風精霊アネモスに詰め寄った。

「ごめん、今、生き残ってるのは誰? 状況を教えて。頼むよ!」

「無事なのはマーシア、ルパート、クレア、トニーの四人よ。怪我も無くて元気だから安心して。皆、リッチモンドの館の地下牢にいるわ。でも、ネリーさんとターナーさんは途中でやられて……守ってあげられなくてご免なさい……」

 辛そうな風精霊アネモスに、水精霊ネロが近づいて労る様に頭を撫でる。

「奴ら……いつまで経ってもみんなが待ち伏せ場所に現れなかったから、裏を掻かれたって分かったみたい。それでクレアさんを人質に取って、マーシアにあたしを呼ばせて、皆を探して伝言を伝えろって脅迫されたのよ」

「皆を人質にするって、予想通りになりましたね」

 犠牲が二名も出たのは悔やまれるが、四人が無事と聞いてロニーの心に少し元気が湧く。

「ええ、でもマズい事になったわ」アリシアの眉間に皺が寄る「皆を助けるなら、もう傭兵仲間か警備局に助けを呼ぶしか無いと思ってたんだけど……期限が明日の正午じゃ、とても間に合わない」

 ロニーは、心苦しそうにイーゴリを見た。

「イーゴリさん、転移札は無いですか? あれば、必ず払いますので分割で売って頂けると」

「転移札? あの瞬間移動の魔法の札か? あんな高い札、無い無い! あんなの貴族か大商人くらいしか持ってないだろう?」

 イーゴリは、とんでもないという風に頭を左右に振って見せた。

「ゴメンね。期限を延ばそうと思って、どこにいるか分からない人を探すのは時間が掛かるって言ったんだけど、明日の正午まで延ばすのが限界で……」

 風精霊アネモスが、すまなさそうに頭を下げるのを見たロニーは、慌ててそれを止めた。

「あ……いや、それはもう仕方無いよ。風精霊アネモスさん、他に分かった事は無いですか? 例えば銀灰ぎんかいの場所とか」

「三つあるわ。でも聞き耳を立てて聞いた事だから、確認はしてないわよ? まずね、町の全住民が怪物だって。リッチモンドが言ってたわ」

「まいったな……全員か……」

 イーゴリが、思わず頭に手を当てて天井を仰いだ。

「次にね、銀灰ぎんかいは今も穀倉って所に保管されてるって。でも穀倉の場所は分かんなかったわ。最後に、今朝の襲撃で奴ら二、三割の仲間が死んだみたいよ?」

「……今朝倒した敵の倍以上は残ってるって事か。雑魚ばかりとは言え、僕達二人で戦うのは無謀に過ぎる。囲まれれば終わりだし罠もあるだろうし、あの霧が面倒だ」

 ロニーは、腕を組んで考え込み始めた。それを見てアリシアが口を開いた。

「イーゴリさん、もし、銀灰ぎんかいがあれば少し売って頂けませんか……」

「まさか、助けに行くつもりか? 仲間を見捨てられんのは分かるが、二人なんて無茶だぞ」

 話を聞いていたケネスとロージーが、二言三言相談して声を上げた。

「助けに行くなら、僕達も行きます。二人とも元傭兵ですから少しは役に立つかと」

「え? 皆さんが?」

 ロニーが、きょとんとした目で二人を見た。

「はい。二人とも同じ傭兵団にいました。でも三年程で力の限界を感じて一緒に辞めて、色々あって今の仕事に」

「なるほど、それで上手く逃げられたのかも知れませんね。三年もされてたら戦いも慣れているでしょうし……元傭兵の方が手伝って下さるなら有難いです。よろしくお願いします」

 ロニーが手を差し出すと、ケネス達はその手を固く握った。

「まぁ、四人でも無茶だが……そうだ、銀灰ぎんかいだったな? ちょっと待ってくれ」

 イーゴリは部屋から出て行き、少しして薬瓶を手に戻ってきた。

「ワシが持ってるのはこれだけだ。これは高いし色々と面倒だろう? 他の奴らもそれほど変わらんと思う」

 イーゴリは、そっと瓶を机に置いた。入っているのは五粒だけだ。

「発破の爆弾を強化とか、やむを得ん時だけ使うんだが、そんな事は滅多に起きんからな」

「爆弾? 爆弾があるんですか?」

 ロニーは、薬瓶から目を離してイーゴリを見た。

「ああ、採掘で時々使うからな。量もそれなりにあるが騎士団には内緒で頼むぞ? 大量に持ってるとバレたら、あいつらうるさいからな。ワシらも生活があるから目を付けられん様に、自分達で材料を集めて作った手作りだ。だが性能は市販の物に引けを取らん」

 イーゴリは、ニンマリと笑みを浮かべた。

 それを聞いたロニーが色めき立つ。ひょっとしたら逆襲に使えるかもしれない。

「イーゴリさん、もし良かったら、それを見せて頂けませんか?」

「……使いたいのか? まぁ、武器も爆弾も分けて良いが……絶対に、あの怪物共に出所がバレん様に頼むぞ。バレれば報復に来るだろうからな」

「分かりました。お約束します」

「頼むぞ。では、飯を食ったら置き場所に案内しよう」

 ロニーは、食事中もマーシア達の事が頭から全く離れなかった。ふとアリシアを見ると、彼女は真剣な顔で何かを思案している。マーシア達の救助方法を考えているのだろう。

 マーシア達を救助したいのはロニーも同じ。良い策が無いか懸命に頭を巡らせた。

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