第28話
「貴方は……ケネスさんね。で、隣の方がロージーさん。無事だったのね!」
アリシアの顔が、二人の人物を見て少しだけ明るさを取り戻した。
「ええ。でも、まさかアリシアさんが来られるなんて。ひょっとしてマーシアさんも?」
「ええ……でも」
表情を曇らせたアリシアが、何かに気付いた様にロニーを見た。
「ロニー君は、彼らと会うのは初めてね。彼等は奪還隊の人よ」
ケネスは、二十代半ば位の少し痩せた短髪の金髪男性。
ロージーも二十代半ば位の中肉中背の女性で、ポニーテールにした茶色い髪を持つ。二人は硬く加工した皮鎧と弓、剣で武装していた。
「僕は、ロニーと言います。
ロニーが差しだした手を、ケネスが固く握る。
「もちろんです。ヴェルゴーに来たのは皆さんだけで?」
「他に六人いたわ……だけど、みんなはぐれて……」
沈んだ顔のアリシアを見て、ケネスとロージーも表情を暗くして見つめ合った。
「僕達と同じですね……僕達も深夜に侵入して怪物にやられました。魔術師は急に術が弱まって何も出来ずに殺され、伝令を出す事も出来なかったんです」
ケネスは、沈んだ表情で言葉を続けた。
「僕達は隊長の命令で逃げて、霧の中を走りました。仲間ともはぐれて……何とかコンビだったロージーと共に町外れの橋まで逃げたんですが、そこで怪物達に追い詰められたんです」
ロニーは黙って話を聞いた。自分達も同じ目に遭ったばかり。彼等の絶望感がよく分かる。
「川は、先日の大雨で増水して夜でも分かる程の激流になってました。飛び込んだら死ぬと思いましたけど嬲り殺しにされるよりは良いし、万に一つは生き延びれるかもしれない。そう思ってロージーの手を取って川に飛び込んだんです」
ケネスは、遠い目を浮かべて小さくため息をついた。
「何度も溺れそうになり、岩にぶつかって大怪我もしましたけど、随分流されて何とか流れの緩い所で岸に上がれたお陰で奴らを撒けました……けど、平地を進むと僕達を探す怪物がいるかも知れない。だから山を越える事にしたんですが、大怪我をしてたせいで途中で動けなくなって……そこを偶々通りかかったドワーフの皆さんに助けて戴いたんです」
ケネスが後ろを向いて誰かを指し示した。まだ薄暗く、霧のせいでよく見えないが三十パスル(約九メートル)ほど後ろに何人かいるようだ。こちらを警戒している様に見える。
ロニーが彼等を見ていると、二人近づいて来た。姿を見ると間違いなくドワーフだ。
「すまんが、この聖水を手に掛けて良いか? 怪物が化けていては困るからな」
二人とも、たっぷりと顎髭を蓄えた若い男だ。大きな斧と鎖帷子で武装している。
一人が斧を背中に仕舞い、手に持つ瓶の蓋を開けながらロニーに尋ねた。
「ええ、大丈夫です」
ロニーは、アリシアと共に手を差し出した。
彼等は、差し出された手に聖水を少し掛ける。当然何も起きない。
ドワーフ達が安堵の表情を浮かべ、後ろを振り向いて片手を上げ、招く様な仕草をした。
残りのドワーフ達が小走りで近づいてくる。彼等の先頭に立つ、胸当て鎧と両手持ちの戦斧で武装した中年男が、ロニー達の前に立った。
「ワシは、近くの村で族長をしてるイーゴリだ。あんたら昨日町に来た人達だろう? 怪物に襲われたのか? 町で火事が起きたから様子を見に来たんだが?」
ロニーは、なぜ彼等がこんな時間にここへ来たのか合点がいった。
「あ! あの火事が見えたんですね……ええ、僕達も怪物に酷い目に遭わされました。それに仲間がはぐれて……でも、どうして僕達が昨日町に来たのが分かったんです?」
イーゴリが、気の毒そうな目でロニー達を見た。
「まぁ、色々あってな。あの火事からもう一時間ぐらい経つ。ヴェルゴーに怪物が出たなら、この辺も危ない。一旦、ワシらの村に来んか?」
「僕も、それが良いと思います。色々お話も伺いたいですけど、ここで話は危険かと」
ケネスの横でロージーが頷いている。だが、ロニーは僅かだが仲間が来る可能性を考えるとここを離れるのは心苦しい。じれったくなったのか、
「ロニーさん、もうここを離れた方が良いわ。私、さっき少し町を見てきたの。マーシア達は見つからなかったけど、怪物達は、あなた達を必死で探し回ってた。ここでグズグズしてたら、ケネスさんやドワーフさんも危ないわよ」
「……ロニー君、
「…………分かりました」
ロニーは、アリシアが物悲しそうに言うのを見て、もう何も言い返せなかった。娘のマーシアを置いて、ここを去る決断をした彼女の心痛はいかほどだろうか? 苦渋の決断だが、
「シルフ、
アリシアが、
「はい。術を使わないなら一時間は大丈夫です」
「じゃあ……ごめんね、もう一回……もう一回だけマーシア達を探してきて。お願い」
「私なら大丈夫です。微力を尽くします」
精霊に、霧がまだ濃く漂う町に行って貰うのが心苦しいのだろう。申し訳なさそうに頭を下げるアリシアに、
直後、彼女の姿が消えて一陣の風がヴェルゴーへ吹く。
「行きましょうか。ロニーさん」
ケネス達に導かれ、ロニー達は木々に覆われた道を歩き始めた。暗い林の中を、馬車が一台通れる程度の山道が山頂へ続いている。
「ケネスさん、火事を見て町の様子を見に来たとの事でしたけど、どこかで見張りに立っていたんですか?」
周囲を警戒しながら、ロニーが尋ねた。
「ええ。僕達は昨夜まで怪我で動けなかったんですが、僕達が帰らないと誰かまた来るかも知れない。でも何も知らないと僕達の二の舞になるでしょう? だから、どんな細かい事でも情報を集めて渡せるように、ドワーフの皆さんに山からの偵察をお願いしたんです」
「ドワーフさん達は、なぜケネスさんに協力を……?」
「彼らは、町に怪物がいるって知らなかったみたいなんです。僕達を助けた行商の方々も、最初は疑ってましたけど、念のために町を見渡せる場所まで行って遠眼鏡で確認して下さいました。そこで住民や怪物達が、町の広場で捕まえた仲間に化けていき……仲間を殺したり食べているのが……僕達以外は皆殺しに……」
ケネスは表情を硬くして言葉に詰まったが、聞かされたロニーも言葉を失った。
捕まった人がそうなったと言う事は……まだ大丈夫だとは思うがマーシア達もいずれ……そう思うと、ロニーは悔しさと無力感で思わず立ち止まり、拳を握りしめ歯を食いしばった。
「……ロニー君、今は最善の手を考えましょう。軽率な事をしたら、全てお終いなのを忘れないで」
「……はい……」
アリシアが、少し厳しい声で諫めたが、彼女の顔も悲痛そのもの。
娘を失うかもしれない彼女が一番辛いだろうに、それを抑えて心を前に向ける彼女を見て、ロニーは自分の未熟さを知った気がする。懸命に何かを考えながら黙って歩く彼女を見て、ロニーは改めてマーシア達の救助を固く心に誓った。
ケネス達の横を歩くイーゴリが、沈んだ表情でロニー達を見る。
「……あれは酷いもんだった。最初に見た奴は吐いておったわ。ワシは、そんな馬鹿なと思って遠眼鏡で見たんだが……後悔しておる。あの酷い眺めは死ぬまで忘れんだろうな」
ロニーも内心で頷いた。敵を殺すのとは異なり、家畜のと殺ですら可哀想で見られない人は多い。まして心の準備も無いまま、生きている人が殺され食われる所を見るなど、どれほどの衝撃と苦痛だろう。
「それまで時折町に行って、注文を受けた品を納品したり日用品を買ってたんだよ。ケネス達を助けた日も行商に行くつもりだったが中止したわい。時折少し雰囲気がおかしいか? と思う事もあったが、まさか怪物共の町だったとはな」
イーゴリが、疲れた顔のまま前を向いて大きく息を吐いた。
「昨日、見慣れん馬車が来たと思ったら、夜明け前になって急に町に霧が出て火事が起きただろう? また、ケネス達の様な目に遭った奴が出たかもしれんと思って降りてきたんだ。あんたらだけでも助けられて良かったよ。お、日が昇るの」
東の山を見ると、薄くなる霧の中、東の山の端から太陽が顔を出し始めた。
「急ごうか。粗末な物しか無いが朝食を出そう。腹が減っているだろう?」
「え? ああ、はい。有難うございます。ご迷惑で無ければ、よろしくお願いします」
ロニーは言われて初めて、昨夜も敵襲を警戒して手早く食べられる物しか食べなかった事に気付いた。言葉ではイーゴリの厚意を無にしないために同意したが、元気なく歩くアリシアと捕まったであろう仲間達の事で心が一杯で、食事どころの気分では無かった。
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