第27話

 ロニー達が、マーシアから遣わされた水精霊ネロの意見で炎や雷の術を完全に止め、アリシアが呼べる精霊を全て呼び出して周囲を偵察させ、待ち伏せを迂回して集合場所に到着してから半時間は経つ。水精霊ネロから経緯を聞いたロニーは、皆が来るのは絶望的だと思ったが、一縷の望みを掛けて、道の近くの巨木の傍で仲間が来るのを待っていた。

 まだ霧は濃い。お陰で空の様子は見えないが、明るくなるのはもう少し先だろう。

「……アリシアさん」ロニーは、心配そうに町を見つめるアリシアを見た。「皆を……助けに行きませんか?」

 ロニーは、自分の策のせいで、こんな事になり心が締め付けられる思いがしていた。

 先程からアリシアは、少し疲れた様子で、若干離れた所で女戦士に化けた炎精霊サラマンダーと時折小声で言葉を交わす以外、心配そうに町を見つめるだけだった。

 ロニーに問いかけられた彼女は、数秒ほど経ってゆっくりと口を開いた。

「……そうしたいのは山々だけど……今は……無理よ」

 沈痛な面持ちの彼女の声に、ロニーを非難する様な様子は無いが、彼女が娘のマーシアを案じているのは痛いほど分かる。

「皆がどこにいるかも分からないし、敵の数が多すぎよ……今、救助に行っても間違いなく返り討ちに遭うわ」

「でも……僕の指示のせいで……」

 アリシアが、どこか物悲しそうな微笑を浮かべてゆっくりと歩き、ロニーの横に立った。

「あの状況じゃ、他に手は無かったわ」

 アリシアがロニーを労る様に肩を軽く叩く。

「……それに、私もマーシアの言う通り、皆は、すぐには殺されないと思う」

「え?」

「奴らが襲ってきたのは、マーシアの言う通り秘密を守るためでしょうね。怪物が人に化けて町を占拠してるなんて騎士団が知ったら全力で潰しに来る。それを防ぐ為とでも考えないと、たかが八人の私達の為に家を燃やして大量の怪物を繰り出すなんて大げさすぎ。絶対に、私達を生きて町から出したくなかったんでしょうね」

「……確かに」

「奴らは私達が来た理由を知らない筈だから、私も、それ以外の理由を思いつかないわ。なぜ私達が奴らの正体を知っている事に気付いたかは謎だけど……マーシア達は私達が生きていれば人質として使える。でも私達が捕まったり死ねば利用価値がないでしょう? 私達は、絶対に敵の手に落ちる訳には行かないのよ」

「……それは……そうですね」

 ロニーも、怪物共が襲ってきた理由については既に同じ結論に至っていた。マーシア達が人質にされ、直ちには殺されないという事も理屈の上では分かる。

 だが、今後、怪物がどう出るかは分からず、反撃や救助に出ようにも手詰まり。

 それに、捕まったであろうマーシア達を考えると、このまま手をこまねいている事は出来ない。思案を巡らせるロニーの心に、大きな疑問が湧き上がってきた。

「それにしても……何故、急に精霊も魔法も力が落ちたんでしょう?」

 ロニーは懸命に頭を巡らせた。魔法を封じる術や道具はよく見るが、今回、そういう物を使われた覚えが無い。家の外は風精霊シルフが警戒していた。ロニーは、まだ精霊の事はよく分からないが、隙の無い彼女を出し抜いて術や道具を使うなど不可能では? と思う。

「ロニー君、横から悪いけど、それはこの霧のせいさ。やっと分かった」

 眼光鋭く周囲を警戒していた炎精霊サラマンダーの化けた女戦士が、ロニーを見る。

「え? この霧に秘密が……」

 ロニーは、予想せぬ答えに一瞬言葉を失った。

「そうだ。これは普通の霧に見えるけど、ごく僅かに悪魔の力を使う黒魔法の力を感じる。でも、それが分からない様に凄く上手く偽装してるんだ……どうやって作っているか分からないが、発生させている物を止めるまで、いつ出てくるか分からないな」

 ロニーは心の中で頭を抱えた。そんな物があるのでは奪還は一層厳しい。

「皆を助けに行きたいのは山々だけど、この霧を止めて、初めて少し勝算が出るって事か」

 その時、少し強い風が吹き、周囲の警戒に当たっていた風精霊シルフが姿を現した。

「十名程の、武装した人間とドワーフが山から降りて来ています。如何なさいますか?」

 ロニー達は、驚いて風精霊シルフを見た。

 ドワーフとは、概ね人間の七、八割程の背丈でがっしりした体格を持つ種族。鉱山に住み着いて採掘した鉱石や自ら作った金属製品を売ったり、他者から金属加工を請け負って生計を立てている事が多い。人口は、それほど多くなく、彼らの村以外で出会うのは珍しい。

「こんな所に、武装した人間とドワーフが……? しかも、こんな時間に?」

 ロニーは訝しげに呟いた。彼等の村を飛び出た物好き以外で、彼らの村の外でドワーフを見たのは数回しか無い。しかも、今はまだ夜明け前だ。

風精霊シルフ、見間違いじゃない? 本当に人間達なの?」

 アリシアが、怪訝そうに尋ねた。

「はい。私も何度も確認しましたが間違いなく人間とドワーフです。人間は、恐らくラングドン一家の奪還隊です」

「アリシアさん、こちらから出向いてみませんか? 本当に奪還隊なら何か話を聞けるかもしれません。そうじゃなくても何も知らないなら、町へ行くのは止めないと」

「……そうね。だけどその前に」アリシアが炎精霊サラマンダーの化けた女戦士を見た。「奪還隊は、誰も貴方の顔を知らないわ。いらぬ疑いを招くと困るから、貴方は一旦籠に帰って。ここまで有難う」

「御意」

 女戦士は、アリシアに一礼して掻き消す様に姿を消した。

「じゃあ、行きましょうか」

 風精霊シルフを先頭に、アリシアに促されてロニーと水精霊ネロも山道を登り始めた。

 山を下りてくる人々と遭遇したのは、それからすぐの事だ。

「彼らです」

 風精霊シルフの指さす方を見ると、霧の向こうにランタンを持つ複数の人影が見える。

「ロニー君、行きましょう」

 アリシアに促されたロニーは、警戒を緩めずに彼等の下へ小走りで駆けていった。

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