第25話

 家の近くは炎のおかげで周囲の様子が分かる。しかし、ここから離れれば頼りは山の端に沈みかけた満月だけだが、この濃霧では暗すぎて近くの様子しか分からない。

 道案内と周囲の警戒は精霊だけが頼りだが、彼らは謎の現象で思った様に力が出ない。

 待ち構える敵は、もし住民全てが敵ならば百匹以上。

 楽観できる要素は何も無いが、生き残りたければ何とか道を切り開くしか無い。

「後ろから三匹!」

 ロニー達の後ろを飛ぶ風精霊シルフが叫ぶ。

 振り向くと、炎に照らされる霧の向こうに三匹の怪物の影が見えた。

「止まったら囲まれる! こいつらは僕が! みんなは先に行って!」

 ロニーは立ち止まって叫ぶ。ルパートが後ろを見たがロニーに促されて前を向いて走る。

「一人で三匹は無茶よ! 援護するわ! マーシアは一家の人を援護して!」

 アリシアがロニーの横に駆け寄ってきた。炎精霊サラマンダーの化けた女戦士もいる。

「切り刻め! 風精霊シルフ!」

 近くまで迫った怪物二匹は、アリシアの叫びと共に絶叫を上げた。風の力で身を切り刻まれているらしい。精霊は謎の現象で弱っているがアリシアの精霊は強い。瞬く間に二匹が血飛沫を振りまいて崩れ落ちる。残る一匹はロニーが斬り捨てた。

 怪物を片付けたロニー達は、即座に皆の後を追って駆け出したが、一分も経たぬ間に風精霊シルフが声を上げた。

「後ろから四匹!」

(こんな奴らが数匹現れた所で、僕達の前では只の雑魚。それは敵も分かっていると思うけど何故だろう? 大量の味方がいるはずなのに、戦力の小出しって一体?)

 ロニーは腑に落ちない。その四匹が屍を晒す事になった頃、また風精霊シルフが叫ぶ。

「右の屋根に三匹!」

 燃える家から離れて炎の明かりは届きにくくなったが、精霊術を使う者は、精霊の導きで敵の位置を捉えられる。矢をつがえていた怪物達は、再びアリシアの命令で風精霊シルフに切り刻まれ屋根から転げ落ちて動かなくなった。アリシアが、ふぅと安堵のため息をつく。

 敵を一掃したロニー達は駆け出したが、また数十秒も経たぬ内に風精霊シルフが叫んだ。

「前から三匹、後ろからも三匹。挟まれました!」

 立て続けの襲撃を受け、ロニー達は、うんざりという表情で互いの顔を見つめた。

 前方からの敵は、ルパート達をやり過ごしてロニー達を待ち伏せしていたのだろう。

「アリシアさん、前の奴らを頼みます。それと、敵の動きがおかしくないですか?」

「……やっぱり、そう思う?」

「はい。多分ですけど敵の狙いは僕達を分断する事かと思います。でなければ戦力を小出しにして僕達を足止めする理由がない」

 ロニーとアリシアは、それぞれ前後の怪物に対峙した。炎精霊サラマンダーの化けた女戦士が、アリシアを守る様に横に立つ。

「本命の戦力を待ち伏せさせて、僕達を分断した後に片方から叩く。分断できなければ有利な地点で包囲して袋叩き。このままじゃ僕達もマーシアさん達も危ないかと」

「そうね……包囲を恐れてマーシア達を先に行かせたの、マズかったかも……」

 アリシアが、悔やむ様に呟いた。

「……ですね」

 ここまで来ると、若干は夜目が利くリカントロプの自分でも、家の燃える炎は明かりとしては心細い。ロニーの目に、夜霧の向こうの微かな炎を通して、近くまで迫った四匹の怪物の姿が浮かぶ。

「……ちょっと暗すぎるかな……」

 ロニーの呟きが聞こえたのか、アリシアは、ちらと後ろを向いてマンゴーシュを持つ手で怪物共を指した。

「焼き払え! 炎精霊サラマンダー!」

 周囲を警戒していた炎精霊サラマンダーが、アリシアの意図を読んだかの様に後ろを見た。

 いつもの術と比べて少し発動が遅いが、先頭の一匹が火達磨になった。傍にいた一匹が巻き添えを食い、体毛に火がついて狂った様にのたうち回っている。

 炎に眩しさを感じたのか、その横の怪物が思わず顔を背けたが、ロニーとしては、周囲が明るくなったのは有難い。

「それで戦いやすくなるでしょ? 後は、お願い!」

 アリシアの言葉が終わらぬうちに、敵が怯んだ事を見たロニーが駆け出した。敵に立ち直る時間を与えてはいけない。三人は現れた怪物達を、あっという間に物言わぬ骸に変えた。

 お互い怪我が無い事を確認したロニーは、剣を振って血糊を飛ばした。

「……アリシアさん、すみません」

 ロニーは、少し照れくさそうに呟いた。

「どうしたの?」

 アリシアが、驚いた様にロニーを見つめる。

「あの時、一人でしんがりをしてたら途中でやられてました。お陰で助かりました」

「仲間を助けるのは当然の事でしょう? 私も、ロニー君のお陰で助かってるから気にしないで。さ、行きましょう。これが罠なら、早くマーシア達と合流して対策を考えなきゃ」

「はい」

 微笑を浮かべるアリシアに促されてロニーは駆け出したが、それほど時を置かず再び風精霊シルフが後方からの敵の接近を告げた。

 今度は十匹近くいるらしい。少数で掛かっては犠牲が出るだけと判断したのだろう。

 だが、それよりも気になる事がある。力を抑えられた風精霊シルフが、敵の接近に気付くのが段々遅れているのだ。このままでは気付いた時には手遅れになりかねない。 

 ロニーは、焦る気持ちを抑えつつ敵に向かった。

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