第24話

 怪物共が去って五分は経っただろうか? ロニーは弓による狙撃を警戒し、マーシアに頼んで光精霊に消えて貰った。底面のみ弱く灯したランタンの頼りない明かりの中、皆は束の間の休息を取っている。

 風精霊シルフを外の偵察に出し、ロニーとマーシア、アリシアとルパートは窓と扉から用心深く様子を覗っているが、他のラングドン一家の面々は床に座り込み、疲れからか力無く頭を下げていた。彼等を見たロニーは、これから先を考えると少々気が重い。

 怪物共は諦めた訳では無いだろう。奇襲に失敗した奴らは、このままでは犠牲が大きいと判断して一度退いただけだと思う。住民の大半が怪物なら、まだ敵は大量にいるはずだし、人がいたとしても助けは期待できない。ヘタすると怪物の協力者の可能性もある。

 中堅警備局員ヴァルチャーとして十分な経験を積んだロニーは、まだ体力に余裕がある。敵も強い訳では無いし術を使った疲れも無い。傭兵のアリシアとマーシアも、まだまだ行けそうだ。

 だが、ルパートは気丈に振る舞っているが、慣れない怪物との戦いのキツさと見通しの立たない精神的な辛さに、いつまで耐えられるか分からない。

 敵が、こちらを消耗させる目的で五月雨式に襲ってくれば、このまま立てこもってもいずれ疲労の限界が来る。上手く戦えたとしても、いつまでも飲まず食わずという訳にはいかない。

 ロニーは、事前に考えていた色々な案を元に懸命に打開案を考えていた。

 思案にふけるロニーの前に、窓から急に風が吹いて物陰に風精霊シルフが姿を現した。

「皆さん、怪物共が接近してきました。今度は五匹。建物の後ろに移動中」

「後ろ? 店の反対側か。様子を見てきます」

 ロニーが扉に向かった時、ほのかに焦げ臭い匂いが漂い始めた事に気付いた。

「……ロニーさん……この匂い、煙じゃねぇか?」

 ルパートも気付いたらしい。怪訝な顔で、匂いの元を探すように鼻で息を吸いながら、周囲を見回す。

「ええ……でも、どこから?」

「……あれじゃない? まっず! あいつら、この家に火を点けたわ!」

 窓から外を見ていたマーシアが、指を指して小声で叫ぶ。

 ロニーは慌てて窓へ行き、マーシアが指さす方を慎重に見た。霧の向こうに大きくなっていく炎が見える。パチパチという木の爆ぜる音を聞いて、ロニーの顔から血の気が引いた。

 怪物共は、この家ごと自分達を殺すか家から飛び出た所を襲うつもりだ。ここまでされる理由が分からないが、家一軒を灰にしてでも絶対に生かして帰さないつもりらしい。

 ロニーは、血相を変えてアリシアに尋ねた。

「アリシアさん! 水精霊ウンディーネさんで火を消せないですか? 近くに大きな川があるでしょう?」

 アリシアが水精霊ウンディーネを呼んで何かを尋ねたが、彼女の表情は冴えない。

「ダメみたい。今の力が出ない状態だと、銀灰ぎんかいが効いてても遠すぎるって」

「……仕方が無い。外に出るしか無いな」

 ロニーの顔には心苦しさが滲む。異変を察してラングドン一家の面々が集まってきた。

「行き先は、例の集合場所だな?」

 ルパートの小声の問いに、ロニーが頷いた。

「ええ。脱出する時の先頭と、家から出た後のしんがりは僕がやります。立ち止まったら囲まれますから皆さんはとにかく走って。山へ逃げれば隠れる場所もあるでしょうし、そこで手を考えましょう。それと散り散りになった時は坑道に集合しよう」

 ロニーの指示を、皆が真剣な表情で聞いている。

「アリシアさんとマーシアさんは精霊に道案内をさせて下さい。この夜霧で迷うとマズいから頼みます」

 アリシア達が、了解の返事をして頷く。

「最後に、荷物が多いと足が遅くなる。持って行くのは大事な物だけにしよう。荷物の選別がすんだら、僕が突破口を開くから後に続いて」

 ラングドン一家の面々が急いで荷物の選別に入ったが、彼らも、この町に入る前に大体の荷物の区分けはつけている様だ。選別は、すぐ終わるだろう。

 必要な物は全て背嚢等に収めているロニー達は、引き続き窓や扉から外を警戒する。

 ロニーが窓から慎重に外の様子を覗う横で、外から見えない位置にアリシアが移動した。

風精霊シルフ、外に出る時の情報が欲しい。近くの様子を見てきて」

「御意」

 風精霊シルフが風となって出た後、アリシアが煙のせいか少し咳き込んで次の精霊を呼び出した。

「出でよ、炎精霊サラマンダー

 その瞬間、蜥蜴にも似た燃え上がる大きな炎が物陰に現れ、周囲の空気を熱く炙った。

 この精霊も、アリシアと同じ位の背丈がある。

炎精霊サラマンダー。共に戦う人手が欲しい。人の姿を取って援護して」

「私が戦う間、何か求められても対応できないかも知れませんが、よろしいでしょうか?」

 炎精霊サラマンダーが、アリシアを見ながら低い女性の声で尋ねる。

「構わないわ。夜は貴方の術は目立ちすぎる。今は見つからない様にしたいから大丈夫」

「御意」

 蜥蜴の様な炎が、アリシア程の背丈の人間女性に姿を変えた。髪は短く年は三十歳位で胸当て鎧を纏い、左手に大きな盾を持っている。一瞬、彼女の右手のひらに細長い炎が走ったかと思うと、その炎が長く鋭い剣に姿を変えた。

「……精霊って、化ける事が出来るんですか……?」

「力のある精霊はね。怪物も化けてるでしょ? 化ける存在なんて珍しくないわ」

 戸惑うロニーに、アリシアが澄ました顔で答える。

 その横に、荷物の選別を終えたルパート達が駆け寄ってきた。

「待たせてすまん。いつでもいけるぜ」

「じゃあ、行きましょう」

 皆が急いで店舗部分に向かう。ロニーは入口に行き、扉から慎重に外を窺った。

(外は暗闇、怪物も罠も待ち構えてるだろうし、何人無事に辿り着けるかな……くそっ!)

 外は、家の燃える炎のせいで霧の中でも近くの様子は分かる。炎の爆ぜる音と煙が立ちこめる中、風精霊シルフが戻ってきた。

「怪物共は、この通りの左右に分かれて陣取っています。距離は、両方共六十パスル(約十八メートル)程。数は左に四匹、右に五匹。いずれも先程の黒い怪物です。それ以外は半径約二百パスル(約六十メートル)内に怪物はいません」

 ロニーの予想より敵が少ないが、罠の可能性もある。それに、精霊は力が衰えているので見落としがあるかもしれない。しかし、ここで悩んでいても仕方が無い。

風精霊シルフ炎精霊サラマンダー、貴方達に銀灰ぎんかいをあげるわ。よろしく頼むわね」

 アリシアが、精霊達に銀灰ぎんかいを与え終えたのを横目で見て、ロニーは、心を落ち着かせる様に深呼吸した。

「じゃあ行きます! 援護を頼みます!」

 ロニーは剣を抜いて通りに躍り出た。家を飛び出すと通りの左右から怪物の遠吠えがする。

 左側から先陣を切ってきた怪物二匹は、すぐにロニーの剣の錆と化した。その後ろに続いた二匹は、マーシアが一匹を水弾丸で足止めして隙を作り、二匹ともロニーが斬り伏せた。

 その隙にラングドン一家の男達が飛び出して、右から来た五匹の怪物達に斬り掛かる。

 その怪物達はアリシア、ネリー、クレアの援護の下、ラングドン一家の男達が叩き切る。

 これで入口近くの怪物達は一掃した。ラングドン一家の面々とマーシアが先頭に立ち、夜霧の中、全員で集合地点へ向けて懸命に走る。

風精霊アネモス、怪物に見つからない様に道案内して」

 マーシアの呼び声と共に、風精霊アネモスが皆を先導する様に現れる。

「了解よ」

 たちまち、風精霊アネモスの薄緑に淡く光る体が見えにくくなった。自分の位置が分かる最低限の光を残しているが、思った通りこの濃霧では、この弱い光で位置がバレる事は無いだろう。

 風精霊シルフも、同じ様にしている。

 道案内の精霊は、契約者以外には姿が見えにくい水精霊達を使うつもりだった。だが、もしアリシアやマーシアが討たれれば、この暗闇で道案内できる者がいなくなる。

 そこで、精霊に発する光を抑えさせれば、この濃霧では近くに来ないと見えないだろうというアリシアの意見で、誰でも姿が見える風精霊を使う事になったのだ。

 ロニーは彼女の意見を聞いた時に不安を覚えたが、今は、その意見が正しかったと思う。

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