第二章 悪夢

第21話

 会議の二日後、ロニー達は真夏を思わせる強烈な昼下がりの日差しの下、ヴェルゴーの町を目指し、四頭立ての大型馬車で、濃い緑に覆われた山を登る街道を進んでいた。

 ロニー達の仲間として、ラングドン一家から、精鋭としてルパート自らが四人の部下を引き連れてきている。一家がロニー達の為に最善を尽くし、決して裏切らない証らしい。

 つまり、彼はラングドン一家から差し出された人質という事だが、彼は予期せぬ形で両親の死を知ったアネットにとって最後に残った肉親。

 ロニー達が出発した時、唇をかみしめ、悲痛な顔で馬車が見えなくなるまで見送っていた彼女を思うと、ラングドン一家の親分となった彼女が裏切るとは思えなかった。

 ルパートの部下は、御者をしている小太りの四十歳位の男がトニー。ルパートの隣に座る、少し痩せた三十代半ばの男がターナーで、二人とも潜入と盗みの腕は一家で指折りだそうだ。

 アリシアの隣に並んで座る女性二人は、二十代前半位の女性がネリーで、十代後半位の女性がクレアという。二人とも一家で指折りの魔術師で盗みと潜入の腕も良いらしい。

 ターナーとネリーが元曲芸師で、マーシアと共に即席の旅芸人一座を組む。

 そのロニー達は、今、深刻な表情で目的地に着いた後の事について相談していた。

「怪物がいる事は予想してたけど……まさか、住民の大半が怪物かもしれないとは……」

 頭を掻くロニーの顔に、苦虫を噛み潰したような表情が浮かぶ。

「……私も信じられないけど、化けた怪物を見抜く精霊が言うんだから間違いないと思うわ」

 アリシアが、前に佇む風精霊シルフを見た。大人ほどの背丈で背中に羽を生やした、女性の形をした薄緑色の精霊が浮かんでいる。

 ロニー達は数時間前、馬車が精霊をヴェルゴーに偵察に出せる距離まで近づいたのを確認して、一番力のあるアリシアの風精霊シルフを偵察に行かせていた。その彼女が戻ってきたのだ。

「怪物達は、何らかの方法で正体を見抜きにくくなる工夫をしていました。実際の数は、もっと多いと思います。またテッド商会に銀灰ぎんかいは無く、奪還隊がどこにいるかも分かりませんでした。ただ、厳重な結界で入れなかった建物が幾つかありましたので、そこが怪しいかと」

 風精霊シルフが、落ち着いた口ぶりで言う。

「有難う風精霊シルフ。疲れてるところ悪いけど、周囲の警戒をお願いして良い?」

「御意」

 アリシアの言葉を受けて、風精霊シルフは頷いて姿を消し、馬車の外へ少し強い風が吹いた。

「ねぇ、マズくない? 一旦戻って、傭兵仲間でも連れてきて出直す?」

 ロニーを見るマーシアの顔に、不安の色が窺える。

「そうしたい所だけど、今から戻って対策を整えたりしてたら、納期に間に合わないかもしれないわ。それに傭兵仲間も、無料タダで呼ぶ訳にはいかないし……」

 アリシアが、腕組みをして小さく吐息を漏らす。

「……奴らは僕達の正体を知らないし、自分達の正体がバレてる事に気付いてないと思う。それに旅芸人が傭兵を大勢引き連れたら、かえって怪しまれるかも」

「それも……そうね」

 ロニーの意見に、マーシアが納得した様に頷いた。

「ええ、僕達が奴らの正体に気付いてると分かれば、それこそ何をしてくるか分からない。多勢に無勢、弱い怪物でも一斉に襲われたら勝ち目は無いです」

 ロニーは、水筒から水を一口飲んだ。夏の日光に照らされる幌の中は、とにかく暑い。

「ギルバートさんも、情報は得られなかったけど無事に帰ってきた。と言う事は、奴らは普段は怪しまれないように人として暮らしてると思う。僕達も怪しまれないように振る舞って目的を素早く達成するしかない。風精霊シルフさんの言う怪しい建物を調べれば何とかなるかな……」

「……実際……納期を考えたら、難しいけどそれしか手が無いと思う」

 そう呟いたアリシアが物思いにふけるのを見たロニーは、ルパートに尋ねた。

「ルパートさん、セオさんを襲う依頼を出したのはテッド商会って言ってましたけど、どういう経緯で依頼が来たんです?」

「奴らへ納品に行く、ギルバートの店を通して依頼が来たのさ。話が来た時には、セオさんが通る道や日時、積荷なんかの詳細な情報があったぜ。その情報に従って計画を立てたんだ」

 ルパートも、水筒の蓋を開けて一口水を飲んだ。

「奴らからの依頼はいつもそうだ。だが、奴らが、どうやってそんな情報を得ているかはオレ達も知らねえ……一つだけ確かな事は、オヤジ達を怪物に入れ替えた犯人は、テッド達で間違いねぇと見て良いって事だな! ちっくしょうめ!」

 ルパートが、やり切れない様に吐き捨てた。握る拳が怒りで震えている。

「色々と不穏な組織ですね……ルパートさん、今のうちに情報を確認させて頂けませんか?」

 ロニーに促され、ルパートは鞄から一枚の地図を出して簡易な机の上に広げた。

「そうだな……今回の人員は誰も現地に行った事は無ぇし、奴らと会った事も無え。土地勘のある奴を入れるか迷ったが、そういう奴がいるとオレ達の正体がバレるかも知れねぇからな。だから、情報も行った事のある奴から聞いた事だけだ。そいつは良いかい?」

「ええ」

 本当は土地勘のある人物が欲しかったが、彼らの懸念も分かる。仕方ない。

「ヴェルゴーは町と言っても小さくて、住民も百何十人位って話だ。昔は近くの鉱山のおかげで賑わったみたいだが、鉱石を掘り尽くしてから寂れる一方だったそうでな。町の守りも、獣の侵入を防ぐ柵が町を囲んでるだけらしい」

 ルパートが、地図中央の大きな建物と少し離れた建物を指さす。

「で、精霊さんが行く時にも見せたが、コイツが領主の館、こっちがテッド商会だ」

 ロニー達は、ルパートが地図で指さす場所を、じっと見つめた。

「で、テッド商会だがオーナーのテッドはお飾りで、実権を握ってるのは領主のリッチモンドらしい。コイツはテッド商会だけでなく町の全てを支配してるらしいから、町の大半が怪物なら、多分、怪物の親玉はリッチモンドだと思う」

 ルパートが、額に浮かんだ汗を拭ってロニーを見た。

「なぁ、計画では領主から興行の許可を貰って、昼は芸を見せて夜に探索する話だったがどうする? 町自体が怪物の巣って分かったんだ。計画を変更するかい?」

「……うーん……何より疑われない様に行動しないとダメですから、まずは計画通りに……」

 ロニーが続いて何か言おうとした時、御者のトニーが振り返り、だみ声をあげた。

「皆さん、町が見えてきやしたぜ。多分、あと一時間くらいで着きまさぁ」

「……一度、現地を見てみましょうか」

「そうだな」

 ロニーの問いにルパートが同意し、連れだって馬車の後ろから町を見た。アリシアとマーシアもそれに続く。山を降りる馬車の右に、周囲を高い山に囲まれ、川沿いの僅かな平野に広がる小さな集落が見えた。集落の周囲は刈り入れが終わった様な畑と草原が広がっている。

「……町の外で、怪物に襲われたらマズいですね。隠れる場所も無いし簡単に包囲される」

「……そうね。怪物が大量って話だし、これは町の中も外も危ないわ。万一、バラバラに逃げなきゃいけなくなった時の為に、落ち合う場所を決めておいた方が良いと思う」

 ロニーの横で町を見ていたアリシアが、深刻な表情で呟いた。

「ルパートさん、どこか良い場所は無いですか? 始めて行く私達でも分かりやすく、隠れる所もある場所が良いんですが……」

 アリシアに尋ねられて、地図を手に少し考えたルパートが、ある地点を指さした。

「ここはどうだ? さっき言った鉱山への入口さ。山なら隠れる場所も多いし、隠れながら他の仲間を待つ事も出来ると思うんだが?」

「……なるほど、そこしか無いでしょうね。町は怪物の巣だから論外だし、町の周囲は畑と草原で、目印になる物も隠れる場所も無さそうだし……」

 ロニーの言葉に、アリシアも地図を見下ろしながら自信なさげに頷く。

「……そうね。私も、そこしかないと思う」

 アリシアが地図から顔を上げ、何かを考え込み始めた。

 ロニーは全員を見回したが、もう意見は出そうにない。

「では、ここで……他に何か考えておく事は無いですかね?」

 皆、しばらく何事かを考える。少しして、俯いて思案していたアリシアが顔を上げた。

「……そうね。私も、まずは怪しまれないように作戦通りにした方が良いと思うし、他は特にないと思うわ。一旦、打ち合わせは終わりましょう。装備の点検もしないと」

「……そうですね。では、これで終わりましょう」

 ロニーが打ち合わせの終了を告げると、皆は武具等の点検を始めた。

 馬車は、ゆっくりと山道を下っていく。ロニー達とルパートは、馬車の後ろから少しずつ近づいてくる町の地形を、遠眼鏡を使って頭に叩き込んだ。

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